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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
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5.ティオとともに

 

 グリフォンに出会ってから、シアンは積極的に街の外へ出た。といっても、相変わらず戦闘能力がないため、比較的安全な場所にのみだ。

 希望通り、ティオに会えた。トリス街周辺は草原で見通しが良く、外をうろつくと向こうが探し出してくれる。ありがたいやらうれしいやら、だ。

 現実世界でせっせと覚えてきた新しい曲のいくつかも、気に入ってくれて、一緒に楽しんだ。


 ティオに再会するなり、サブ職種で吟遊詩人を選択し、楽器演奏のスキルを取得した。シアンが街の外に出たことを察知して会いに来てくれるのだ。腹を括ることにする。純粋に、音楽を楽しむ姿が好ましかった。

 リュートは調弦も時間がかかる。スキル頼りでズルをしている気持ちになるが、そこはゲームシステムのショートカットだと思い込むことにした。

 スキルによって現実世界では成し得ないことを体験することがゲームの醍醐味でもあるが、基礎や訓練をすっ飛ばしてしまうことに罪悪感を覚えた。料理に関してはそんな気持ちにはならなかった。そのことに気づいたのは大分後だ。


 リュートが弾けるようになればいいので、音楽に関するスキルは多く取らなかった。

 シアンはあまり人前で歌ったことはなかったが、この美しい世界で歌う気持ちよさは格別で、抵抗はなくなった。

 弾けない最中でも、脳はメロディーを追っていた。指が動くのを思い起こした。

 沈黙の中に音を聴く。

 脳にしかと記録された音楽は、弾けない間も、傍にあった。

 それが、溢れ出してきた。


 魔獣を調教して従える、テイマーという職種があり、吟遊詩人よりもそちらが良かったかとも思ったが、ティオとは意思疎通ができるようになってきた。

 ティオとは何度か会ううちに、九尾のように鳴き声に意味のある声が重なって聞こえるようになった。また、喜怒哀楽も何となく読み取れるようになった。


 ティオは五感が鋭く、運動能力に優れていた。森の中で軽く助走をつけるだけで、飛び上がることができる。さすがに垂直に飛行することはできないが、五メートルくらい跳躍した。羽根をはばたかせていたが、ほぼ脚力のみで飛び上がっていた。

 そうやって果物をとってきてくれたのを食べたら酸っぱくてむせた。

 シアンを見てティオは笑う。酸っぱいのをわかっていたのだと知り、ふくれるシアンに更に面白いと鳴き声を上げる。

 花冠を作ってティオの頭に乗せると、大きすぎて首まで落ちた。そのままでいいというので作り直さなかったが、次にログインして会った際、ちぎれてほつれて、残骸が残っているだけだった。狩りの途中に破損してしまったそうだ。

『ごめんなさい』

 しゅんとうなだれるティオにシアンは逆に慌てた。

「いいんだよ、壊れやすかったんだから。それに狩りの時に邪魔になったら危ないから」


 AIが動かすNPCだとは思えなくなった。

 猛禽と猛獣のハイブリッド、巨大な動物で意思疎通ができて強く、空を飛べる。

 地を行く脆弱な人として、鮮烈に憧れた。

 何より音楽を分かち合える。

 シアンはゲームの世界にのめりこんだ。

 毎日ログインしては音楽に狩り、料理をした。


 ティオがその大きく幅広い翼を広げ、風を捕らえ、時折ゆっくり羽ばたきを交えて悠々と飛ぶ。輪を描いて優雅に旋回し、遠くを見通す視覚で獲物を見つけると、猛スピードで急降下し、その勢いを乗せて一撃で魔獣を蹴り倒す。

 ティオは傍目には優雅でゆるやかに飛翔する。

 実際にその背に乗せて貰っての空の上の飛行は、殊の外怖かった。

 内臓が浮く浮遊感。全身の毛穴が開く実感を伴う前の恐怖。まず、肌が反応し、じわじわ中へ浸透していく。そして、ようやく神経に到達し、自分は今恐怖感を抱いているのだと知る。

 飛行中は視点も体勢も安定しない。

 ライオン特有のよくしなる体や風の流れに乗るために羽ばたく振動、空気抵抗によって視点が小刻みに上下斜め左右にぶれる。シアンの体の体勢は常に不安定で、風で吹き飛ばされそうになるのと相まって、いつ落ちるかという恐ろしさが付きまとった。

 普段その巨体が豆つぶ程に見える上空を飛ぶ。シアンを乗せた際には低いところを飛んでもらったが、恐怖で体全身がこわ張った。

 背に乗せていてそれはよく分かったようで、一緒に飛んでもらうことを辞退したら残念そうではあったが、強要はされなかった。

 体の大きさや飛べるということは有利なアドバンテージだ。


 更には魔力もある。

 発達した胸筋を持つが、さすがに巨体を翼だけで飛ぶのではなく、魔力の使用が不可欠だ。

 ティオの狩りは遠くまで見通せる目で獲物を狙い、高度からの急降下による一撃で大体終わる。

 凄まじい速度から繰り出される衝撃は激しく、巨体の動物も吹き飛ぶ。

 時折、地を駆り獲物を追いかける時もあるが、身体を斜めにしてスピードを落とさず走る。ネコ科の肉食獣特有のバネのきいた後ろ脚が体を支え、鋭い前足の爪がスパイクとなる。

 弧を描く速度に耐え切れずに獲物が倒れ、地面を滑りゆく。もがき起き上がろうとするところを後ろからのしかかるように牙を食い込ませ、前足でひっかく。


 体に見合うだけの量を食べる。

 ティオの狩った獲物を調理するのがシアンの役目だ。

 NPCパーティに同行していた時とは違い、ティオとパーティを組み、ティオが狩ってきた大量の獲物、シアンのレベルでは手の届かないものを料理することによって、シアンのレベルは速やかに上がった。

 料理人のスキルに解体、というものがある。取得したスキルが成長するにつれて、血抜きをし、皮を剥ぎ、骨からこそげ落とした肉を部位に切り分ける一連の流れを体が勝手に行ってくれる。知識としても脳裏に浮かび、経験していないことを体が勝手に行ってくれる、というのも変な感覚だった。

 どんなスキルもレベルが低いと失敗しがちだが、シアンの最近のレベル上昇は著しい。初めて外に出た時、強制ログアウトしたのが懐かしい。

 街中で活動している間は必要のなかったスキルが今や大活躍だ。


 ティオは狩った獲物にそのままかぶりついていたが、種族によって特定の部位が高く売買される。特に魔獣は魔力を帯びた魔石が取れ、用途が多様だ。

 そのため、獲物は先んじて解体し、部位を分けてもらうようになった。先に取り出した方が綺麗だし高く売れるでしょう、とティオが譲ってくれたのだ。

 この世界をまだよく知らないシアンよりよほど気が付く。

 シアンが肉を調理して食べるのに興味を示した。食べたいと言うので大丈夫なのかと首を傾げながらも分けてやると、喜んで食べた。

 肉を焼いたり調味料をかけたりしても、身体的に問題はない様子で、幻獣という実在しない動物だからか、ゲームだからか、異世界だからかは不明だ。

 手をかけた方を食べたいと要望されたため、ティオの食べる分も調理するようになった。作り手としては、美味しいと喜んでくれるから、作り甲斐がある。



「ティオ、ここのところ、貰ってもいい?」

 ティオが倒した魔獣の食べられない部位を指し示すと、いいよ、と返ってくる。

「ありがとう。ここは高く売れるんだって」

『へえ、そうなの、人間は変わったことをするんだね』

 人には興味ない風情のティオに、シアンは説明する。

「そうだね。思いもよらないことをして、びっくりするような効果を表わすものを作り出すんだよ。たとえば、調味料だって、植物から育てて生成しているものが多いんだよ。お肉に振りかけて焼くと美味しいでしょう?」

「キュィ!」

 美味しい、と弾んだ鳴き声を上げる。

「そうやっていろんな人がちょっとずつ自分のできることをやって色々便利なものや美味しいものを作り出しているんだよ」

 言いながら、グリフォンの頭をなでる。

「ティオは強いけど、料理はできないでしょう? 僕は狩りは全くできないけど、料理はできる。まだまだ修行が必要だけど」

『シアンの作ったものはおいしいよ?』

 小首をかしげるティオに笑いかける。

「ありがとう。そうやってね、できる人が自分のできることをして、人間は生活しているんだよ。だから、集まって暮らしているの」

『初めてシアンに会ったときに教えてくれたハーモニーといっしょだね、いろんな楽器の音が調和するんだよね』

「そうだよ、ティオ、よく覚えていたね」

「キュィ!」

 シアンが言ったことは覚えているよ、と得意げだ。

「でね、そうやって自分のできることをお金に換えて、そのお金で自分のできないものを代わりにやってもらうんだよ。この魔獣を売ることで、お金に換えて、例えば、ティオのお皿を買ったりするんだ。……そうだ、これを売ったお金で、深皿を買おうか。そうしたら汁物も食べられるよ。フライパンももっと大きいものがほしいな」

『かおうかおう』


 フライパンで火が通りやすい大きさに切った肉を塩胡椒で味付けして焼いていく。

 皮がパリッとなるように焼き色を付ける。

 ティオは体が大きい分、分量も食べるため、焼きながら食べることになる。

 深皿の他に大きな調理器具も買い足した方が良いかもしれない。

 美味しいよ、とシアンの腕や腹に顔をこすり付け、また皿に戻る、という動作を繰り返すティオに微笑んだ。

「それはよかった。早く他の調味料も作れるように頑張るね」

 食べたい!とティオが喜ぶ。



 現実世界で、アニメの楽譜を集めてメロディーを脳裏に起こすだけでは物足らなくなった。

 動けるようになって真っ先にしたことはリュートを手に入れて弾き始めたことだ。これには周囲は驚いた。

 何故リュートなのか、と聞かれるが、弾いてみたくなったと答えると、怪訝そうな顔をされる。だから、弾いたことがない楽器を弾いてみたかったと言ったら、それぞれの解釈を得たのか納得された。

 なんにせよ、交通事故によるリハビリや体の回復に役立つのなら、という思惑もあったのだろう。それ以上は誰も何も言わなかった。

 一人になった時、弾きながら歌ってみた。

 ゲームの世界よりも声の質も音量も音色も悪い気がした。

 でも、楽しかった。

 気づけば泣いていた。どうしてリュートで涙が出るのかわからなかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームなのはわかったがレベルの概念があるのにステがない(笑)なにがしたいのだろう
2020/01/07 19:04 退会済み
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