71.薬を求めて
「ティオ、リム。僕はディーノさんを失いたくない」
「キュィ」
「キュア」
「だからね、魔族の種族病を治すことができる薬を探しに行きたいんだ」
『良いよ。探しに行こう』
『ディーノの病を治すやつ!』
シアンは力がなく、ティオの背に乗せて貰わなければこの危険な世界を旅することも難しい。リムも何かと手伝ってくれ、とても強い。
闇雲に探して見つかるものでもあるまい。けれど、自分に何もできないのが歯がゆく、焦燥だけが募り、大声を上げて走り回りたい衝動に駆られた。意味のない行動をするくらいなら、手あたり次第何かを探していた方がまだ建設的だろう。
シアンはガエルが毒を受けた際、迷うことなく風の精霊に毒の種類を聞き、鸞に特効薬を作って貰うよう頼んだ。
南の大陸で流行り病で人が多く倒れていくのをみて、風の精霊に助けようかと提案された際、強烈な違和感を覚えた。自分たちでできることをしてからだと思った。
そして、魔族の種族病が拡がり、ディーノが罹病した。
すぐ傍にある絶対的な力を持つ存在に縋りたかった。
そうしても良いと思う。
なぜなら、南の大陸では見ず知らずの人間だ。翻って、ディーノはシアンや幻獣たちのために尽力してきてくれた。魔神たちの防波堤にすらなって来てくれた。
土台、同じ土俵の上で考えられることではない。
目の前の縋りついて来る人を全員救うことが出来るが、する義理もないのだ。そうしてしまえば、みな、シアンに難事を任せるようになり、そうするのが当たり前になるだろう。
しかし、精霊たちは簡単に気軽に頼って良い存在ではないと知っていた。
彼らを頼るのなら、それ相応の覚悟が必要だと思う。
幻獣たちに何かあれば、シアンはすぐさま、精霊たちを頼る。そこから派生する事象は甘んじて受ける覚悟はとうに出来ている。
それを他人の分まで負う覚悟はない。
力があるのに救わないのかと言う人間は、ならば自身の力と財力を投げうって救うのか、と問いたい。それをしていたとしても、他人の所有物に関してとやかく言う権利はない。自分は何もせず、安全な場所から、力ある者に力の提供をしないことを詰るのはお門違いだ。
ディーノは親しい友人だ。
でも、まだだ。
精霊たちを頼る前に、まだできることがあるはずだ。
シアンは逸る心を押さえつけながら、必死にその方法を探した。
水の中を行動するようにもどかしく歯がゆかった。
それでも、諦めない。
最後まで自分でやってから、いや、違う、色んな者の力を借りながら、それでも届かなかった時に、精霊の力を借りよう。
シアンは薬探しの道中で葉の形が足の裏を思わせる薬草を見つけた。
「薬草は薬草でも、これは魔族の種族病には効かなさそうだなあ」
ただ、傷や熱に有効で、疲労回復の薬効があると風の精霊が説明し、ティオとリムが鸞に煎じて貰ってシアンに服用するように勧めた。
雪と氷に包まれる山脈を背景に、灰色のやや低めの峰が続く。その手前に広が草原を大きな川が分断している。上空からは水深はそう深そうには見えないが、手前の村で聞いたところによると、浅瀬を渡るために大分遠回りをしなければならないのだとか。また、雨が降ると、蛇行して間に湿地帯を作っている川が合体し、広く深くなるそうだ。
「ティオのお陰で川を避けて遠回りする必要はないから、ありがたいことだね」
『風の精霊のお陰で、気流に邪魔されることがないしね』
『風が背中を押して力を貸してくれているよ!』
呟くのを捉え、ティオとリムが付け加える。
「ふふ、そうだね。ティオと英知のお陰だね。リムも僕の首にいてくれるから、とても暖かいよ」
『うふふ』
リムがシアンの首筋に頬をこすり付ける。シアンはティオの首筋を撫でた。
ティオが飛ぶ角度を変えると、光の加減からか、灰色の峰がまろやかな岩肌を急峻な赤茶色の岩に姿を変える。その傍らを沿うようにして、銀色の流れは糸の繊維を細かく裂く様にして別れたり合流したりしながら、紆余曲折しながら地平線の彼方へ続いて行く。
川が肥沃な土地を運んでくるのか、川辺近くには田畑が広がり、村が点在する。
当てもない薬探しは難航した。
予想していたことだが、シアンは消沈した。
瞼に浮かぶのは人形岬だ。死体の山が木の枝に展示されるように引っ掛けられていた。惨たらしい拷問の跡が見受けられた。彼らは人の手によって苦しめられたが、病は体内から死に至らしめる。
麒麟は奔走するシアンを捕まえて少し休んだ方が良いと言った。
「うん、そうなんだけれどね。僕は何もできないからせめて……」
言いさしながら、研究に没頭する鸞もまたこうやって麒麟に諫められていたのかななどと埒もないことを考えた。疲労が積み重なり、思考がとりとめなくなっていた。
『それは違うよ。我は以前、ティオにシアンの仲間になるのなら、自分を大切にしなければシアンが悲しむと言われたよ』
ティオは静かに麒麟を見つめ、言ったのだ。
『君はそれで良いかもしれない。でも、君を大切に思う者は心配する』
その通りだと思う。そして、それはそのまま今のシアンにも当てはまるのだと麒麟は告げる。シアンに何かあれば、幻獣たちやセバスチャン、カラムにジョン一家、幻獣のしもべ団や色んな人間たちが悲しむだろう。
『ディーノだって悲しむよ』
「うん。ありがとう、レンツ。本当にそうだね」
例えば、音楽だ。ぼんやりした気持ちで演奏してはいけない。ただ一心に音楽を愛する気持ちで奏でないと、聴衆の心にはきっと届かない。
晴れやかな表情になるシアンに麒麟も喜んだ。
後にその一件を聞いた九尾が二度三度首肯する。
『レンツは強くなりましたなあ』
『あは。きゅうちゃんに褒められた!』
そんなことないよと謙遜せず素直に喜んで見せた麒麟は、九尾が珍しく自分の名を呼んでくれたことが嬉しかった。りんりんという愛称も気に入ってはいる。九尾はこういった緩急つけたやり取りがうまい。
『あのね、きゅうちゃんもカランもシェンシを助けていたでしょう? だから、我がシアンにちゃんと言ってあげなくちゃって思ったんだ。きゅうちゃんやシェンシやカランだったらどう言うだろうって。みんなはどう言うだろうって考えたんだ。みんなはシアンにどうしてほしいだろうって』
『ふむ。実にレンツは強くなったな』
鸞も感心したように目を見張る。そして、この島に来て本当に良かったと実感する。
雨はしとどに庭を濡らす。
幻獣たちは何のその、庭遊びに興じていた。
かくれんぼをしていて茂みに隠れていたわんわん三兄弟の鼻に、葉から垂れた大きな雫が次々に着地し、細かく砕ける。
ひゃっと驚いて飛び上がると、さらに雫が激しく垂れる。
その場をくるくる回る。
騒ぐわんわん三兄弟はリムにあっさり見つかる。
『わんわんみーつけた!』
後に、リムがシアンに、わんわん三兄弟は雨の雫に鼻ちょんされていたと話す。
シアンやセバスチャンに大きな布で拭いて貰いながら、話を聞いて貰う。それもまた楽しい幻獣たちだった。




