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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
496/630

70.種族病

 

 魔族は長きにわたり国は閉じられその人口が緩やかに減少していた。国土は広く、北側に山脈が横たわり、西側に荒地と接し、南には海が広がる温暖な場所だ。

 昨今では人口は爆発的に増え始めた。

 生を楽しみ、特に食と音楽に力を入れ、それに付随して農業畜産手工業が盛んに行われた。人口増加による建築も増えた。活発に働き、積極的に外界と接するようになった。

 その矢先、異類排除令が発令され、国王リベルト・フィネスキは確固たる態度で退けた。

「我ら魔族は高い魔力を持つ人である。過分な恩恵を受けているが、何ら恥じることはない」

 魔族は人の身でありながら、神の身を食べ、その力を闇の精霊に定着させて貰ったことによって生き永らえて来た。人身供犠の逆である。

 しかし、代を重ねるにつれ、膨大な魔力を人の身に宿し続けることが難しくなってきた。魔力循環が上手くいかないことによって病にかかる者が多くなった。

 この魔力不順病は種族病とも言えた。

 慢性的に罹病する者もいるが、定期的に一気に勢力を伸ばし、蔓延することがある。

 とある植物が効果を発揮するので、苗木を手に入れて育てようとしたが、魔族の領土では何故か、育ちにくい。

 そこで、商人を国外に送り込み、この植物が育つ場所を探させた。閉鎖されたインカンデラから出ることを選んだ僅かばかりの商人は殆どがこの密命を帯びた。ところどころで根付き薬草は育った。ただ、場所を選ぶのか大量に得ることは出来なかった。そして、この薬草でも寛解させることができるだけで、病の根絶には至らなかった。

 その薬草はナンニと言った。

「ナンニという薬草をこの島で栽培するのですか?」

「ええ、厚かましいこととは重々承知しておりますが」

 館に訪れたディーノがシアンに折り入って願いがあると口火を切った。

 聞けば、魔族の種族病とも言える病が流行り出しているのだという。

 現在では唯一有効とされる植物が育ちにくく、この島でならば、と一縷の望みを持って依頼しに来た。

 畏まるディーノに、シアンは一も二もなく頷いた。

「もちろんです。魔族のみなさんには良くして貰っていますし、何より、国土の一部を異能保持者のために開放してくださいました。そのくらい、恩返しにもなりません」

 そう言って、シアンは樹の精霊に協力して貰おうと申し出てくれた。

 ディーノはシアンに言えば快諾してくれるだろうと予測していた。問題は家令である。

 死刑判決を言い渡される罪人のような面持ちでセバスチャンの前に立つ。

『何をしている。早く界様に相談に上がりなさい』

「へ? あの、宜しいので?」

 シアンを煩わせたことについて叱責があると覚悟していたのだ。

『シアン様が決められたことにわたくしが否やがあろうはずもない』

「ふふ、セバスチャンは以前は魔神だったから、魔族のことを心配しているんですよ。さあ、行きましょう」

 シアンの言葉に、見送るセバスチャンが複雑そうな面映ゆそうな表情を微かに浮かべた。セバスチャンをしてそんな顔をさせることができるシアンに対して、ディーノは改めて凄みを感じずにはいられなかった。

 魔族の領土では闇属性の魔力が特に濃かった。島は全ての属性の魔力が濃く、それが調和し、かつ、セバスチャンが全体を管理し、樹の精霊が植物の成長を調整していたため、魔力に負けることなくナンニは育った。

 ナンニの苗木を植えた後、当然とばかりに幻獣たちはリムの号令の下、キュアぽんする。シアンも加わった。

 この日以降、リムはナンニに向けて一日一キュアぽんを行うようになった。シアンも良く付き合った。

 尽力の甲斐あって、ナンニは順調にと言うよりは見る間に育ち、収穫された。

 シアンはナンニを携えてインカンデラ国都カノーヴァへ向かうために転移陣を踏んだ。

 本来ならば、ディーノが受け取りに来ると言っていた。

 しかし、来ることが出来なかった。

 ディーノもまた、種族病に罹患して床についたのだ。

 シアンは国王リベルトに薬草を託し、ディーノを見舞った。

「お手を煩わせてしまい、申し訳ない。こんなことになってしまって」

 熱に浮かされ紅潮した頬、荒い息の下、シアンに謝罪する。

 シアンはナンニを国王に託したこと、まだ栽培を続け、リベルトに必要な場所へ行き渡らせてくれるように依頼してきたことなどを話した。

「だから、ディーノさんは自分の病を治すことに専念してくださいね」

 ディーノは微かに頷き、億劫そうに目を閉じた。熱のせいか、つ、と一筋涙が流れ落ちた。

 島に戻ったシアンらを待ち構えていた鸞やユエが容体を聞いた。

 良くはなさそうだというのに、鸞が自分が煎じた薬も試してみたいと言った。ユエが自分も見舞いたいと願い出る。

 ディーノは彼らが欲しいものを過不足なく手に入れてくれ、時には思いも掛けない物をもたらしてくれることがあり、感謝もひとしおなのだ。

 リリピピもあちこちを旅した話を互いにしたことから、心を通わせていた。

 魔族の国に興味を抱いていたユルクとネーソスも名乗りを挙げる。長らく封印に閉じ込められていたわんわん三兄弟も魔族の国がどういった変遷を遂げているか気になっていた。

『……』

『うん、そうだね。私たちだけでもニカへ入れて貰えたんだから、カノーヴァも港があるし、大丈夫だよね』

「ええと、流石に、それは難しいと思うよ。折角だから、みんなでお見舞いに行こうか」

 放っておけば幻獣たちそれぞれで押しかけかねない。

 異能保持者の輸送で変な風に自信をつけたようだ。シアンは改めて、高位知能を持つとはいえ、幻獣だけで人の街に出入りしないように言い含めた。

『でも、エディスでは大丈夫だったよ』

『ニカでも驚かれたけれど、受け入れてくれたよ』

『リムもエディスへ独りでお使いに行ったよ』

 一角獣とユルクに、それは君たちだけだと例外を含めて話す。

「リムとティオはトリスとエディスでは特例として幻獣だけで出入りを許されているんだよ」

 一角獣もまた、非人型異類や魔獣の討伐のためにエディスの冒険者ギルドで登録を行っている。異類審問官を捕まえて門をくぐることなく上空からエディスに現れているが、それは彼らが良からぬことを企んでおり、緊急措置として容認されたのだ。

「ニカもナウムさんがいたからね。それに、ユルクは僕の友だちだって証拠と書面を渡していたから」

『まあ、インカンデラではこの島のことは何かと伝わっているでしょうから、幻獣は歓迎されるでしょうがねえ』

 九尾が含み笑いをするのに、確かにそうだと頷きそうになり、シアンは慌てて言う。

「と、とにかく、僕も一緒について行くから」

『みんなで一緒に行こう!』

 リムがぴっと片前脚を掲げ、幻獣たちは賛同の鳴き声を上げた。

 そうして幻獣一同で見舞われたディーノは驚いて声もなかった。シアンは申し訳なくて肩を縮めた。

 鸞やユエを始め、幻獣たちが口々に早く良くなれと言うのに、涙目になって頷いていた。

 鸞が症状を見ながらその場で煎じた薬を押し抱きながら飲み干すと、何故か幻獣たちから歓声が上がり、目を丸くした後、笑っていた。

 あまり長居しては病人を疲れさせるから、と短い滞在で暇を告げる。

 その後、しっかりインカンデラの神殿で転移陣登録を行った。

『これでまたすぐにお見舞いに来れるね!』

「ディーノさんは疲れているんだから、頻繁に来ては行けないよ。それより、快気祝いをするのを楽しみにしていようね」

 シアンの言葉に、幻獣たちはそういうものかと頷いた。

 島で薬草ナンニは順調に育った。しかし、それから得られる薬では病の症状を和らげるだけで、完治には到らない。

 シアンは焦燥を感じた。

 鸞に頼るだけで自分は何もできない。ガエルが毒で倒れた時も、南の大陸に流行り病が広まった時も、大陸西の流行り病に対しても、鸞は懸命に薬を作ってくれた。寄生虫異類のことも調べてくれ、それを寄せ付けない成分の抽出にも成功した。これ以上、多くの者を助けてくれと言えない。そんなプレッシャーを掛けることは出来ない。

 そんな折、シアンは幻獣のしもべ団でフィンレイの姿を最近見かけないことに気づいた。不思議に思ってマウロに尋ね、返って来た答えに強い衝撃を与えた。

「亡くなっていたんですか」

「ああ。他の奴らには俺が口止めしておいた」

 シアンに言わないように幻獣たちにも依頼していたというのだから徹底している。シアンには心当たりがあった。ニーナの裏切りでショックを受けていたので、それ以上の心的ストレスを与えたくないと思ったのだろう。

 気づかわしげに見やって来るティオとリムの後頭部を撫でながら、大丈夫だよ、と笑う。随分力なかったらしく、逆に心配を募らせてしまったみたいだ。

 フィンレイの墓に参らせて貰い、その後、アンデッドたちがいる洞窟へと向かった。彼らはこの世に心残りを持つがゆえに留まっている。

 洞窟に足を踏み入れると、小さいスケルトンが嬉しげに駆け寄って来る。また音楽をしにやって来たのだとでも思ったのだろう。

 小さいスケルトンもまた管楽器を貰い受け、せっせと練習に励んだが、出会った時と同じように、時折自分の骨を骨に打ち付けることもあった。どちらも非常に楽しそうで、なかなかリズム感がある。

 シアンは思わず、彼の傍らに膝をついて抱きしめた。

 身じろぎしたものの、押し退けることなく、したいようにさせてくれた。

 小さいスケルトンは幼いうちに亡くなったのだろう。

 この世に未練を残していたのだ。

 フィンレイはアンデッドにはならなかった。

 けれど、シアンの脳裏にはどうしたって流行り病や凶作、異類排除令などによって惨たらしく死んでいった者たちの亡骸が浮かぶ。人だった身が動かなくなり、積み重ねられていた。

 フィンレイはアダレードにいたころからシアンに良くしてくれた。シアンと同じくティオやリムの強さに憧れ、とても好いていた。

 プレイヤーとは違う。死んでしまったらそれまでだ。

 そして、ディーノにもそれは言えた。今まさにその命が失われようとしている。

 それが恐ろしくてたまらなかった。

 ディーノもまた初期から出会い、シアンに良くしてくれていた。幻獣たちも彼に親しんでいた。

 シアンは自分がこんなに欲張りになっていたとは思わなかった。

 失いたくない。



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