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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
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69.闇の聖教司   ~ろくでもない予感/仮面の君~

 

 麒麟は鸞と共に夏の終わりごろに天帝宮へモモを持って行き、食べられるようになったこと、これは麒麟が人間に教わって育てたものであることを報告した。天帝は非常に喜んだ。その眦が光っていたのを見て、随分心配を掛けていたんだなと改めて実感した。

 天帝宮への同道の際、同族の事を教えてくれた闇の聖教司を訪ねた。食べることができるようになったと話すと非常に喜ばれたので、そこでもお裾分けをした。遊びに来ていた子供たちが興味津々の態で、モモを一口ずつ食べていた。美味しい美味しいと喜んでくれた。

「きりんしゃん、また来る?」

 子供たちは闇の聖教司に諫められ、そっと、それでも他の者に比すれば遠慮なく、麒麟の鼻づらや腹に小さな掌をくっつける。

 鼻息を漏らすとけらけらと笑い声を上げる。

 麒麟と鸞を相手してくれた聖教司はアベラルドと名乗り、この神殿を纏める者だと言った。

 アベラルドは遠慮したものの、子供たちが嬉しそうでまた来るよと頷いた。

 収穫のある秋はともかく、どこも凶作で十分な備蓄を持つことが出来ないかもしれないという鸞の言葉に、麒麟は真っ先にあの神殿のことを思い出した。

 神殿の長は少ししかないモモも遊びに来ていただけの子供らと分け合い、それでも美味しいと喜んでいた。

 各地へ物資を配布するに当たり、あの闇の神殿へも不足しているだろう物資をいくらか分けて貰うことは出来ないかとシアンに頼むと、一も二もなく頷き、食料の他、日用品なども整えてくれた。

 シアンはログアウトする時間が迫っていた。

「できれば、誰かと一緒に行ってね」

 そう言い残したシアンに頷いた麒麟は一角獣に同行を頼もうかと思った。

 そこへリムが名乗りを挙げた。

 リムは翌日一緒に行こうとシアンを誘った。シアンは自分やリムが行くと、闇の神殿の者は普段通りには振舞うことが出来ないから、とやんわりと断った。

 自分も行けないのかとがっかりするリムを見て、不憫に思った麒麟は鸞に相談する。その話を一緒に聞いたカランが仮面祭りがある地域のことを話してくれる。そういえば、魔神も仮面をしていたし、あれは人であった時の自分を捨てるためだと鸞が説明した。

『じゃあ、ぼくも仮面をかぶったら、ぼくだって分からないよね!』

『えっ⁈』

 リムがうきうきとカランにどういう仮面があるか聞く。魔神たちは生物の顔を模した仮面をつけていた。鼻先から下半分は人間の顔を見せている。

『でも、顔だけ隠してもわかるんじゃないかにゃあ』

 カランは仮面の説明よりも気になることがあり、リムの聞きたいことには答えてはくれなかった。

『そんなことないもの! 魔神たちは仮面をしているんだよ!』

 良い考えを思いついたのに否定され、リムは憤慨する。

 しかし、居合わせた者たちは顔を隠しても人の世に紛れ込むオコジョの姿に似たドラゴンはリム以外にいるまいと思った。仮面をかぶってもすぐにそれと知れてしまう。

 顔を見合わせ、当惑する彼らを余所に、リムはカランの向こうに九尾が歩いてくるのを見つける。

『あ、きゅうちゃーん!』

『リム、止めよ。九尾に聞いてもろくなことを答えぬ』

 鸞が慌てて止める。事態が変な方向に進むこと請け合いだ。

 鸞は隠ぺいで姿を隠して行くことを提案したが、リムは頷かなかった。

『違うもの。ぼくはアベラルドと話したいのだもの。レンツにね、同族のことを話してくれてありがとうって言いたいんだもの』

 そう言われれば、麒麟のことを大切に思う鸞も矛を収めない訳にはいかなかった。どうにもリムに甘い一同だった。

 リムが隠ぺいを用いれば、リムではない存在として認識させ、言葉を交わすことができただろう。リムや他の幻獣たちは発想し得なかった。

 ともあれ、リムは九尾に経緯を話し、面白がった九尾がユエに頼んで仮面を作って貰うことになった。ユエはどんなものが良いか聞き取る。新しい物づくりに意欲的だ。

『魔神のように顔の上半分を隠すものじゃないの?』

『いろいろあるにゃよ。顔の縦半分、右側だけとか左側だけ隠すものとか、目元だけを隠すものとか、顔全体を覆うものとか』

『へえ!』

『面白そう!』

 何をやっているのかと集まってきた幻獣たちも興味津々である。

『うーん、あんまりいっぱい顔についているのはイヤ!』

『じゃあ、目元だけを隠すタイプのものを作って貰おうか』

 九尾が鸞に絵を描かせる。幻獣たちで取り囲み、ああでもないこうでもないと話し合うのを鸞が微調整していく。幻獣たち皆で考えたデザインをユエが素材を用いて作り上げる。

 みなで意見を出し合って作ったということは、リムだけでなく幻獣たちに楽しい記憶として残った。

 そうして出来上がった仮面をつけたリムは実に得意げであった。

 良識派の鸞や常識を備えたカランも、仮面作成に自分たちも楽しく手を貸したことからそれ以上止めることができなかった。

 仮面をつける意味はあるのかという根本的な意見はそれ以上出てこなかった。

 そうして、リムは意気揚々と麒麟と連れ立って闇の神殿へ向かった。

 日用品の他、モモはもちろん、リンゴやトマト、様々な野菜とついでとばかりに島で狩った獲物まで携えていた。

 折角だから、空を飛んで行こうというリムに、麒麟が飛行するにはやや遠いということや土産が大量にあるからという理由で転移陣を踏み、直近の街から向かう。ちなみに、土産はどれほど多くてもマジックバッグに入れれば多少に違いはない。

『こんにちは。あ、あの、今日は友だちを連れてきたんだよ』

 いつもは転移陣から入る所を今日は正面玄関からおずおずと顔を出す。

「おや、麒麟様、ようこそお出で下さいました。どなたかご一緒で……」

 出迎えてくれた者がリムの姿を見て絶句する。

 その場で両膝をつき首を深く垂れる。

 あれ、分かったのかなと思い、声を掛ける前に目当ての聖教司アベラルドが姿を見せた。

「ようこそいらっしゃいました、レンツ様。そちらの方は?」

『ええと、友だちを連れて来たんだ』

 鼻先を向け、仮面をつけたリムを紹介する。

『こんにちは! ぼくはリ……えっと、名前はひみつなの!』

 仮面をつけたリムをまじまじと見たアベラルドはにこやかに麒麟とリムを迎えてくれる。

「そうですか。ようこそいらっしゃいました。レンツ様のお友だちはいかがお呼びすればよろしいでしょうか?」

 アベラルドが話を合わせてくれたことに麒麟はほっと安堵した。

『うーんとね、えーとね』

 自身の正体を隠すことを思いついたリムは偽名までには考えが及んでいなかったらしい。

「では、便宜上、仮面の君とお呼びしましょうか」

『わあ、格好良い!』

 黒白の獣の君という二つ名を得ていたリムはもう一つの呼び名を得た。

『あは。良かったねえ、仮面の君』

『うふふ』

 顔を見合わせて嬉しそうに笑い合う麒麟とリムに、様子を伺っていた他の闇の神殿の者たちが身もだえする。

 麒麟とリムを出迎えたアベラルドは中庭に案内してくれる。麒麟が遊びに来ると良くそこへ行くのだ。

『今日はね、モモの他に、リンゴとトマトも持ってきたの!』

「ありがとうございます。仮面の君はリンゴとトマトがお好きなのですか?」

 既知のこともそ知らぬふりで問う。魔族の国のみならず魔族が住まう各地ではリンゴとトマトが栽培され、いまや国民菜となっている。栽培環境が全く異なる両者は同一地域でも育った。大地を叩いたり光や闇に美味しく実るよう願うことで叶った。

『他に色んな野菜や肉もあるから、みんなで食べてね』

『小さいのはね、栄養をたっぷり摂らないと大きくなれないんだって! レンツがね、アベラルドがみんなと分けてちょっとずつモモを食べたって言っていたからね、今日はいっぱい色々持ってきたんだよ!』

 一定の距離を置いてリムと麒麟の後をついてきていた他の闇の聖教司たちのうち、ある者は感激に打ち震え、ある者はその慈悲に首を垂れ、ある者はその場で膝をつく。

 リムは麒麟と共にモモをどんな風に育てるか、モモやリンゴ、トマトが結果するまでどれだけ大変かを語った。

「おお、リンゴは安定して美味しい果実をつけるのにそれほどまでに時間が掛かるものなのですね」

『そうなの!』

 話を聞いて驚いて見せるアベラルドに、リムが胸を張ってふんすと鼻息を漏らす。

『でも、カラムは大地の精霊に好かれているから、もっと早くにできるんだけれどねえ』

 リムにいたっては、キュアぽんすれば一瞬で結実させる。

「カラム殿は島で農業を営む方でしたね。お陰でわたくしたちも美味しい野菜をいただけます」

『ユエもカランもね、カラムの野菜はとっても好きなんだよ!』

『ユルクもネーソスも大好きだよねえ』

 アベラルドはにこやかに島の幻獣たちの話に耳を傾け、時に大仰に驚いてみたり感心して見せたりする。

 普段、子供たちに接するのと同じ要領である。穏やかな物言いでありつつも、メリハリの効いた反応にリムも麒麟も気を良くして様々に話す。

 最近では幻獣たちが音楽をするのだと聞くと、それは是非一度聞いてみたいものだと言われ、麒麟もまんざらでもなさそうだった。

 そのうち、遊びにやってきた子供たちと追いかけっこをしたり寝そべってアベラルドの話を聞いたり、おやつ代わりに果物や野菜を食べたりした。

 子供たちは果物や野菜の美味しさ、味の濃さ、瑞々しさに目を見張り、せっせと咀嚼した。

 リムは非常に満足げに鼻息を漏らし、その様子に麒麟とアベラルドは顔を見合わせて微笑み合った。

 土産を周辺の村に配りたいと願い出たアベラルドにリムも麒麟も一も二もなく頷いた。

 リムは以前、ナタへ行った際、肉を渡したら持って行かれ、みなで食べるのではないのかと不思議に思ったことがある。それまで訪れた村では提供した肉は分け合って食べてきたからだ。みなで料理して美味しく食べ、音楽を楽しみ、踊り、笑い合い騒ぐ。その和気あいあいとした気持ちや雰囲気を楽しんできた。

 今回もまた自分たちは宴会に参加できなかったが、小さい子らが成長する糧にして貰うために土産として携えてきたのだ。アベラルドがそうしたいというのはリムの気持ちと合致していたため、快く頷くことができた。

 闇の神殿を出る前にリムが麒麟に同族のことを教え、何かと気に掛けてくれたことの礼を述べると、見送りに揃っていた一同が膝をつき、深々と頭を下げた。

 そうして、楽しく遊んで後にした闇の神殿から、肉や野菜を貰った礼だという村々の工芸品や特産品が転移陣を通して届けられた。

「わあ、すごいね」

『ね! みんなで宴会したのかなあ』

『きっとね。リムの好きなリンゴやトマト、レンツのモモは良いデザートになったよ』

『あは。きっと、楽しかっただろうね』

『そうであろうな。これほど沢山の物品を送ってくれたのだ』

 幻獣たちが興味津々で品々を覗き込んだ。

『リム、仮面の君という名を貰ったんだって?』

『そうなの!』

『アベラルドがつけてくれたんだよねえ』

『また仮面をつけて遊びに行くって約束したんだよ!』

「えーと、闇の聖教司様もお忙しいから、たまににしようね」

『そうにゃよ。リムたちはインカンデラに行ったことがあるのにゃね。あの国は今まで閉じられた国だったから、俺も行ってみたいにゃあ』

「キュア!」

 カランが羨ましそうにするのに、リムが今度は一緒に行こうと元気よく返事をする。

 自分の言をうまく援護して話を逸らしてくれたカランにシアンが感謝の視線を送る。

『串焼き、食べたい』

『『『串焼き!』』』

 ティオが思い出して言うのに、わんわん三兄弟が興味をそそられる。

『我はジャガイモ料理。魔族の国でも美味しかった』

『インカンデラかあ。荒地の隣の国なんだよね』

『……』

 一角獣の言葉にユルクが想起すれば、ネーソスも関心を持った様子だ。

『じゃあ、今度、みんなでインカンデラへ行こう!』

『料理を食べに?』

『夏の遠出は楽しかったですものね』

 リムがぴっと片前足を上げ、ユエが笑いながら尋ね、リリピピが首肯する。

 彼らの言は実現する。

 けれど、目的は大きく異なるものとなる。



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