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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
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68.冬の楽しみ   ~おねだり/容赦なし~

 

『ねえ、シアン、スノーマンってなあに?』

 誰から聞いたのか、ログインしたシアンの肩に飛び乗りながらリムが尋ねる。

「雪で人間の形を作ったもののことだよ。どちらかというと、だるまかな。丸い大きい雪玉の上にもう一つ雪玉を乗せるんだよ」

『ふうん』

 今一つぴんときていない風だ。

「この地方はそう寒くないから、まだ雪は降らないだろうね」

 だから作るのは難しいと言うと、リムが小首を傾げた。

『じゃあ、深遠に冷やして貰う!』

 力強く宣言し、ぴっと片前脚を掲げる。

「えっ、そんなのできるかな? ……できそうだから、頼まないでね」

『ダメなの?』

 片前脚を下して上目遣いになる。

「寒さに強くない生き物が死んじゃうよ。生き残れても餌が少なくなって結局後々まで大変なことになりそうだし」

 本来寒気が訪れない場所であるのなら、そこに住まう動植物は寒さに強くないだろう。

『そっかあ』

 リムは残念そうにしょんぼりとうなだれた。

『では、この屋敷周辺のみ冷やして貰って雪を降らして貰うのはどうでしょう』

 言いだしたのは面白いことには目がない九尾だ。

「そ、そんなピンポイントなことができるの?」

 九尾の視線が横に逸れる。

 リムは言い聞かせれば諦めるだろう。もう少し待てば良いだけだ。一年前にした雪遊びをしたくて待ちきれないだけだろう。

「じゃあ、深遠に聞いてみようか。深遠ならできるかもしれないものね」

『じゃあ、深遠にお願いするね! しんえーん』

 リムの呼び声に答えてシアンの影からするりと闇色がひと筋抜け出て、眼前で螺旋を築く。ひと巻きふた巻きするたびに虹色の粒子をまき散らし、見惚れているうちに、ぐんと縦に長く伸びあがり、人型を取る。

『深遠、お・ね・が・い』

『うん、いいよ』

 リムが上目遣いで小首を傾げながら言うと、闇の精霊は即答で承諾した。

「深遠、まだ、何をお願いするか言ってないけど」

 シアンが慌てて言う。

『うん、でも、何をお願いされてもいいよ』

「そう、何でもいいの……」

 もはやシアンがとやかく言う余地はなさそうだ。

 雲の温度が氷点よりも高ければ、微細な粒が衝突して雨滴となる。この水滴はある程度の大きさに達しないうちに消失してしまえば降雨には到らない。

 雲の温度が氷点下になれば、粒が凍り、極微細な氷の結晶を形成する。これが大きさを維持できれば雪となる。地上を銀世界に一変させるには相当な降雪量が必要とされた。

 館周辺の上空はみるみる雪催いの様相を呈した。

「あ、ほら、リム、降ってきたよ」

 シアンの手に触れるとすぐに溶けてしまう。水になったのをリムがぺろりと舐めた。

「はは、すぐに溶けちゃうけど、結構な量が降ったら積もるんだよ」

『雨雲を固定して置いたから明日の朝には積もっているんじゃないかな』

 風の精霊の言葉にシアンは眉を顰める。

『大丈夫、植物のことは大地のにも声を掛けておいたし、周囲を暖かい空気で纏わせておくから』

 周辺の植生や動物には影響を及ぼさないと請け合った。

 そこまでしてリムに雪遊びをさせたいのか。

「深遠はともかく、英知まで」

 次の日、シアンがログインすると幻獣たちが雪垂ゆきしずりの庭先でスノーマンを作っていた。雪玉を丸めて行くのが楽しい様子だ。

『大きくて持ち上がらないにゃよ!』

 リムが雪玉に細長い体を張り付かせるようにして、四肢の先の爪をガッと食い込ませ、掴み上げ飛ぶ。

『このもう一つの丸いやつの上に乗せてね。そっとね』

 九尾の指示通り、頭の部分を乗せる。

 その傍らで鸞が雪兎を作る。赤い丸い木の実をちょんちょんと置く。

『あは、可愛いねえ』

『雪の兎だ』

 麒麟と一角獣が揃って覗き込む。

 自分も元はあんな色の兎の幻獣に変化したのだったな、とユエはぼんやり考えた。

 大分薄くなったが、雪と比べれば自分の毛がまだ黒ずんでいるのは明白であり、ひそかに落ち込んだ。

 凍った湖で今年もスケートをした。

 九尾がジャンプやスピンといった技を披露し、みんなでやってみようと、ああでもないこうでもないと試した。

 リムは両前足を何かに掛けて身を乗り出す際には九十度体が曲がる。非常に柔軟だ。器用でもあったので、すぐにどうかすると九尾よりも上手く滑った。

 リムがユルクの尾を掴んでくるくる回る。振り回されて氷の上を回るユルクが珍しくきゃっきゃとはしゃいだ笑い声を上げる。ネーソスはその頭の上でじっとしているが、後で聞いたら楽しかったそうだ。ユルクの長く伸びる胴体が迫って来ると、幻獣たちはジャンプして飛び越える。氷上大縄跳びである。

 麒麟も随分氷上に慣れた様子で跳躍していた。慌てたわんわん三兄弟を一角獣が瞬時に移動させる。三匹纏めて首の後ろを噛み持ち上げるのに見惚れてしまい、危うくシアンがユルクと衝突するところだった。

 いつもなら暖かい部屋から出ようとしないカランも付き合って楽しんだ。終盤には、ミシェレも加わってはしゃいだ。それを散々にしごかれてへたり込む幻獣のしもべ団団員が恨めしそうに眺めた。

 雨氷の降る日には煮込み料理や焼き肉用のタレやケチャップなどの調味料の仕込みをしたり、楽器の演奏をすることが多い。居間にある暖炉で火の調節をしながら、傍らでボードゲームやカードゲームを楽しむ。トランプのババ抜きを焼き菓子をかけて行う時など、わりに白熱する。白毛二頭がむきになることもある。おおむね、九尾曰く、きゃっきゃきゅぃきゅぃきゅあきゅあきゅっきゅといった風情で楽しんでいる。

 フラッシュも参加する時もあれば、ずるをしてやいないかと疑念を抱いたリムがセバスチャンの参加を願う時もある。

 賑やかなのも楽しいが、ぼんやりと窓辺で雨に濡れる庭を見やるのも好きだった。

 横寝したティオの腹に背を預け、膝に丸まったリムを乗せ、梢に滑る雫を眺める穏やかな幸せ。

 君たちと分かち合う幸せ。

『きゅうちゃんは?』

 しっとりした風情の似合わない狐である。

『じっとりが似合う狐でございますゆえ』

 必要に応じて給仕に徹するセバスチャンが九尾の呟きを聞き逃さず答えた。

『きゅっ、じっとり……⁈』

 セバスチャン、容赦なし。



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