67.指揮者 ~過保護にしたい~
その冬、ユエは何かと忙しかった。
アンデッドたちに楽器を作ってやり、ミシェレが自由に動ける魔道具を手掛け、その改良と言ったことの他に、鸞から義手のことを聞いたのだ。幻獣のしもべ団の双子の片割れが死亡したということはシアンには伏せられてはいたが、グラエムが片腕を失ったことは伝えられた。見舞いにも行ったらしく、その後は沈んだ様子を見せた。
そこで、ユエは鸞の言う義手を作ろうと思い立ち、こっそりグラエムを観察するようになった。体格が分からないと作れない。しかし、近づくのは怖い。
早々にベッドから起き出して外を歩き回るグラエムは、初めは何故見られているのか分からなくてどぎまぎしたが、シアンから義手のことを聞いて感激した。
腕は失ったものの籠手は回収したから、何なら籠手を着けることができたら良いなと言ったら、魔力を通すことが出来るように、また、籠手も片手で脱着しやすいように作ると請け合ってくれたそうだ。実際それを考案するのは鸞や九尾、カランである。
以前から、怖がらせてはいけないと自重していたグラエムは、向こうの方から関心を持ってくれて嬉しがった。
エメリナは腕を失ったことによって得たものもあるというグラエムに、筋金入りの幻獣好きを見て、笑った。彼らは突き抜けた価値観を持っていた。失ったものを悔やんでいるよりは今を楽しむことが肝要だ。
そうはいかない者もいた。
フィオンだ。
失ったものが大きすぎた。
フィンレイが死亡したことはシアンには伏せている。以前、幻獣のしもべ団の解体に言及したことから、親しんだ者との永遠の別れを受け止めきれないだろうとマウロが判断した。今、シアンたちの支援を失うには大陸西にとっては大打撃となる。
イレルミたちが元勇者から特訓を受けている間、他の団員たちは異能保持者の保護や物資の配布の傍ら、寄生虫異類の尻尾を掴むために更に忙しく動いた。翼の冒険者偽物の一件や何よりフィンレイの死が堪えた。早急な事態の収束を、彼らも望んでいた。
ニーナの裏切りや各地で起こる陰惨な事件に消沈していたシアンは幻獣たちの励ましによって普段通りの彼を取り戻しつつあった。
幻獣たちやアンデッドたちに音楽を教えるのに忙しかったというのもある。
山眠るころを迎え、異能保持者の移送及び物資の配布も落ち着きを見せていた。継続して物資を整えつつ、小休止をする。
活躍したリリピピやユルク、ネーソスも島に戻って休息を取っている。
暖かい居間に集まって暖炉で煮込み料理の様子を見つつ、みなで輸送の時のことや審問官を追い払ったこと、アンデッドを保護して彼らにも楽器を教えているのだということを話し合う。驚き笑いさざめく幻獣たちの傍ら、シアンはユエに作って欲しいもののことを相談する。カランも呼び寄せ、丁度良い具合の物ができあがるように微調整して貰う。
頭が良いとか色々知っているということは時と場合によって小癪だとか小賢しいだとか言われることがあった。しかし、シアンはそんな発想はなく、この世界のことを良く知らない自分に教えてくれているのだとカランに感謝してくれる。彼が用意してくれた住処では多種多様な高位幻獣たちと力だけでなく、知恵や技能を出し合って互いに認め合って暮らしている。
まさしく、理想郷であり、カランは夢想すらしたことがない光景が広がる。
「僕はね、カランならできるんじゃないかと思うんだ」
『何が?』
『カラン、何かするの?』
ティオとリムが覗き込んでくる。
その手元にはシアンが書いたあるものの簡単な図があった。
『棒?』
『……』
ユルクとネーソスもやって来る。
「そう。先が尖った短い細い棒だよ」
『指示棒でもないな』
『指揮棒ですね』
小首を傾げる鸞に九尾が正解を述べる。
『指揮棒とは何でござりましょうや』
『指示棒と似たものでしょうや』
『肉を突き刺して焼くものではないのでしょうや』
『指揮というくらいですから、音楽に関するものでは?』
「うん、リリピピの言う通りだよ。指揮者が持つものなんだ。この棒を振ってみんなの拍子を合わせたりする纏め役なんだよ」
『あは、カランにぴったりだね』
『うん。カランはみんなのことを良く見ているものね』
麒麟と一角獣が顔を見合わせて笑い合う。麒麟は遠出するために飛行訓練をした際、カランは指導者に向いていると感じた。
幻獣たちも口々に賛成の意を表明する。
カランは含羞に顔を染めたが、やってみると言った。
『それで、具体的にはどんなことをするのにゃ?』
「楽団の前で拍子を取るんだけれど、他に様々な楽器の楽譜を読んで構成を掴むんだ」
曲の背景や歴史なども鑑みて演奏方法を組み立てる。演奏の方向性を楽団の音楽に反映させる。それらを演奏で表現することができるように指示する役割を担う。
『重要かつ難解な役目にゃね』
「うん。でも、カランならやれると思う」
呟いたカランにシアンは笑い掛け、その前足をそっと掴んだ。随分ふっくらして毛艶も良くなった。
「そう難しく考えずに、まずはみんなの音を合わせて一つの曲になるようにしていこうよ」
『そうだよ。纏めるのがまずは問題だ』
『カラン、頑張ろう! ぼくも頑張る!』
『一度に全部をやろうと思わず、まずはみんなと音楽を楽しもうよ』
『すぐに上手くできたら勿体ないよ。ちょっとずつやっていこう。先は長いんだから』
『ふむ、音楽考証ならば吾も手伝えるかもしれぬ』
『あは、これでみんなで楽しむ音楽がより美しくなるねえ』
『わ、我らも特訓しまする』
『頑張りまする』
『そして、みなの演奏をセバスチャンに聞いて貰いましょうぞ』
『アンデッドとも一緒に演奏してみたいな』
『……』
『え、わたくしも歌だけでなく演奏もですか。……ああ、それも良いかもしれませんね』
『じゃあ、リリピピの楽器も作らなくちゃね』
ユエが指揮棒の他にその気になったリリピピの楽器も作ると言う。
「ええと、ユエ、ようやく物資調達が落ち着いたのにあれこれ頼んで申し訳ないんだけれど」
『ううん。色々作れて楽しいよ』
『でも、きちんとこまめに休憩するにゃよ』
『それは大丈夫。カランやレンツが休むように言ってくれるもの』
『そこは自分でやろうにゃよ……』
ユエが胸を張ってその前で両前足を組み、カランが肩を落とす。
幻獣たちが笑い声を上げ、シアンも釣られて笑った。
魔晶石と樹の精霊から譲り受けた素材で作った指揮棒には二翼の翼に二股の細長い尾の徴が入れられていた。
それはカランの宝物となった。
ユエとその同族の頑張りでアンデッドたちにも楽器が行き渡った。
演奏するために赴いた洞窟内に氷に当たる水の音がする。氷が溶けて水がたまると音も大きく響く。大粒の雨が降っているような音にシアンは足を止め、耳を傾ける。自然がたてる音は目まぐるしい生活の中、ふと心に染みることがある。
岩から染み出た水が地面に落ちて凍り、積み重なって氷筍を作る。
地面からいくつも生えた氷筍が光の精霊が生み出した光源に照らされて、不思議な世界観を作り出している。字面通り、筍が成長するように細長いでこぼこと太さを変える筒が長く上に向かって伸びている。それが無数にあり、上からもつららが垂れ下がり、巨大生物の顎に迷い込んだようだ。
『にょきにょきだね!』
シアンはドラゴン襟巻と化したリムの言葉に頷きながら、指先に息を吐きかける。
『シアン、指がどうかしたの?』
「え、ああ、冬は指先が冷たくなってかじかんで動きにくくなるんだよ」
よく首に手を当てて温めていたというシアンに、ティオとリムはその脆弱さに驚いた。
リムは首筋を温めようと更に身を寄せ、ティオは自分の首を差し出す。
『さあ、首に手を当てて温まって!』
真剣な表情にシアンは苦笑する。
「今は精霊の助力があるから大丈夫だよ」
そう、良かった、と言いつつしょんぼりするティオに、やっぱりちょっと冷たいから、と温まらせて貰う。
「温かいよ」
そう言うと嬉しげに喉を鳴らす。
ティオは出会ったころよりも大きく、肉食獣のしなやかな体を持つ。シアンの体重の数倍もある巨躯が全く鈍重に見えない。
けれど、こんな風に、シアンには時折とても可愛く思える。それは得難い物である。
シアンもため息交じりに笑いながら、ティオの首筋に手だけでなく頬を寄せた。
長い首をたわめて覗き込んだティオとシアンの肩を陣取るリムが顔を見合わせて微笑み合った。




