66.神に挑んだ者 ~骨しかない!/アンデッドの性別/勇者リム/変幻自在の突進~
『クハハハ』
『ハッハー』
剣の合間に地鳴りのような笑い声が響く。
まるきり悪役である。
ミシェレの打ち込みにイレルミが即座に応じる。
『ほう?』
片眼を眇めるように、黒々とした眼窩が狭まる。
『なかなかやるじゃないか』
「一応、当代剣聖と呼ばれているんでね」
自分から呼ばれたくてなった訳ではないが、耳に入って来るのでそうなのか、という程度の認識だ。
『ハッハッハ! そりゃあ良い!』
顎をのけぞらせて切れ良く笑う。次の瞬間、いつの間にか構えに入っている。
『じゃあ、剣聖と勇者対決と行こうかね』
イレルミはかつてないほどの剣圧を感じた。腹の底から湧き上がって来る高揚感を剣に乗せる。
イレルミはもちろん、ディランもリベカも散々しごかれた。
『だらしないね、あんたたち! 俺のように骨のあるやつになりな!』
むしろ骨しかない。
さて、ディランたちは弟子入りしたスケルトンが元勇者だと知った。
「あのばあさんが⁈」
驚いてイレルミが珍しく声を荒げる。
「は?」
「ババアって、あんた、スケルトンの性別とか年齢とか分かるの?」
ディランとリベカは別件でも驚かされることになる。
「分かるだろう。気配で」
「「分かるか!」」
更には、元勇者は魔神を悪だと思い込み、それに挑んだと言う。
「っはー、流石は勇者、神に挑むとは!」
『挑まれた側があの家令だ』
ミシェレはにやりと口の端を吊り上げる。完全に面白がっている態で、乗せられていると分かりつつも驚愕を隠せない。
「はァ⁈」
「い、いや、あの家令ならあり得る、か⁈」
リベカが素っ頓狂な声を上げ、ディランが口ごもりつつも冷静に推し量ろうとする。
「魔神も人間から人ならざる者になったって言うからな」
イレルミがしみじみ呟く。
「ちょっと待て! さっき、リム様が勇者ごっこだって言って、その家令と互角にやり合っていたぞ!」
「いや、リム様ドラゴンだし」
「でも、上位属性の上位神だぞ⁈ 一介の生物が敵うか?」
「ま、まあ、リム様、だし?」
『リム殿はハンディキャップで聖剣を使っている』
ミシェレがディーノから剣を譲り受け、幻獣のしもべ団員たちを弟子に取った様子を傍から見ていたリムが、自分も剣が欲しいと言い出した。魔族の商人がリムの願いを無視できようか。また、そこそこの代物で間に合わせるだろうか。魔族の商人とつながりを持つ魔神たちが喜々として鍛え上げた剣は当然のごとく、神器だった。
「ああ、それで、それリム様が強くなるように?」
『逆だ。リム殿の場合、牙や爪の方が強い。でも、勇者は剣を持って戦うから、と言ってな』
九尾に聞いたごっこ遊びは勇者ごっこにも及んだ。
一度は子供がやってみる遊びである。
「聖剣の方が弱いんだ……」
「聖剣を持つことがハンデになるんだな」
「もう、どこからどう突っ込めば良いんだ」
「無理だ!」
「いやまあ、リム様だし、な」
「そうだよな、うん」
理解の及ばない出来事も、リムだから、で済んでしまう。
新しくできた弟子たちは弱いものの、中々に骨のあるやつらだった。
イレルミは飄々としていて、風のように軽い剣だと思われがちだが、風は時に重く烈しく凄まじい威力を発揮するものだ。
ディランはアンタ、リベカに至っては時にババア呼ばわりする口の悪い餓鬼どもであったが、それでも食らいついてやろうという気概があった。
その瑞々しくも生々しい感情が肉体を躍動感で満たし、実に眩しい者たちだった。
ミシェレは勇者として神に挑んだころには老境に達していた。
例えばそれは些細なことだった。
腹筋背筋をそれぞれ千回ずつした後、普通に動くことができていたのが、ほんの少しばかり怠さを感じるようになった。体に蓄積される疲労の回復具合が遅くなった。
それを無視することなく、けれど過剰反応することなく、上手く付き合っていくつもりで、老いさえも克服すべき点として臨んだ。
人の身だ。いつかは衰える。それはもう必ずだ。
ならば、嘆くことはない。粛々と取り組むだけである。
『分かるか? 老いは誰にでも訪れる』
魔法補助でも限度はある。適性も必要だ。
「ぜえぜえ」
「はあはあ」
「まあ、そうだな」
イレルミは応じたが、ディランとリベカは荒い息を吐くので精いっぱいだ。
「い、いや、絶対、人間を超えていただろう、ばばあ!」
「生前から人外だったはずだ!」
『そんなに息を切らしてなまっちろい顔して、だらしないねえ。しっかりおし! クハハ』
「大丈夫か、お前ら」
彼女は老女でも勇者だった。
肉体年齢が若い時の方が体は良く動く。老人が強いのは体をどう動かし、相手がどう動くのか読み取り、それに瞬時に対応する。体が自然と動く。考えるまでもない。
数多の魔獣や非人型異類を倒し、勇者と呼ばれて神にも挑んだ。
そして、アンデッドになってから剣聖を弟子にする。
中々ない人生ではないか?
ミシェレは今この時を存分に過ごしていた。
リムはディーノから剣を譲り受けたミシェレを見て、そういうものも取り扱うのかと感心した。リム自身は武器防具を持たない。自前の体で十分事足りる。
しかし、九尾から聞いた勇者ごっこという遊びには剣が必要だと聞き、自分も欲しいと強請った。
ブラシやカトラリーを強請るのと同じ要領だった。
勇者とは絵本の物語の中でたまに出て来る存在で、数多の冒険をするのだという認識を持っていた。リムもシアンたちと行動するうち、翼の冒険者と称され、重なる部分を感じていた。
人間たちが特訓をする傍ら、リムは勇者ごっこをした。
体長三十センチの細長い体で人間が持つ剣を持つことは出来ない。力はあるので持てるが、振り回すことを考えれば、自前の爪を使った方がよほど強力だ。
そこで、ディーノはカトラリーのナイフを一回り大きくした程度の大きさの得物を用意した。カトラリーよりもより実戦的な代物で、リムが持ちやすいものだ。
無論、神器である。
武器を扱う魔神が欣喜雀躍して作り上げた。
リムはディーノから譲り受けた剣をしっかと片前足に掴んで高く掲げる。神が鍛えた剣が陽光を清らかに弾く。
勇者リム。
魔神役の元魔神セバスチャンと剣を打ち合わせる。獲物が小さいほうが圧倒的に不利だが、流石は神器である。目にもとまらぬ速さ、強大な力で何合となく打ち交わされるも、ナイフサイズの剣は刃こぼれひとつしない。
「キュアッ! キュアッ! キュアッ!」
剣を振るううち、力が入るのか、リムが裂ぱくの気合を発する。
神が鍛えし剣ではあっても、リムが扱うにはハンディキャップ、枷となる。爪や牙の方が強いし、体の構造上、そちらの攻撃力の方が高い。
『ドラゴン対魔神!』
『とんでもない対戦カードなの』
わんわん三兄弟はリムとセバスチャンのごっこ遊びの戦いの傍らで、懸命に両者を応援した。
『勇者か』
『ドラゴンが勇者って……どちらかといえば、ドラゴンが討伐される方なのにゃ』
勇者ごっこを見守る幻獣たちが二巨頭の戦いを眺めながらそれぞれ言う。
『じゃあ、ぼくがリムの露払いを。「リムと戦いたくば、ぼくを倒していけ」』
『ティオさん、それ魔王側の台詞。そして、誰も倒せる気がしない』
『でも、リムは魔神を従えるよね?』
『魔神って魔王の上に位置するのでは?』
『その上に座すリム!』
『我は?』
『ベヘルツトはティオと双璧? リムも入れて三強?』
『リムと同格だったら、その上に来るのはシアン?』
「え? 僕?」
突然ユエに振られて、ごっこ遊びにしては激しく戦う二人をはらはらと見守っていたシアンが面食らう。
『でも、そうだよね。三頭を御せるのはシアンだけだし』
それを言うなら、幻獣全て、いや、六精霊全てがそうだ。しょうことなしに従っているのではなく、こぞってシアンの手伝いをしたがる。甚大な力も料理や音楽のためという平和的かつ牧歌的に用いられることが多い。
シアンの光芒たるこの綺羅星の幻獣たちは、実に呑気な会話を繰り広げたものだ。
『本来はリムの圧勝でしょうよ』
「そうなの?」
九尾の言葉にシアンは驚く。セバスチャンの前身は魔神で、その強さの片りんは折に触れて感じている。
『遊びですし、双方手加減していますけどね』
『遊びであのレベルなのかにゃ』
「キュアーッ!」
リムがひと際高い鳴き声を発し、セバスチャンの手にした得物を弾き飛ばす。セバスチャンがその場で跪き首を垂れる。
リムは再び前足にしっかと掴んだ剣を高く掲げた。
気に入ったんだな、と思いつつ、遊びに神が作成した剣を使うことに不条理さを感じずにはいられなかった。なお、館の中の設備はその殆どが神器である。
『楽しかった!』
ふんすと満足げに鼻息を漏らしながらシアンの傍らに飛んでくる。
『我も特訓の成果を見せる!』
一角獣が魔力を集束させると、角に水がらせん状に巻き付く。
『わあ、綺麗だね!』
「本当だね」
『ひみつの特訓をしたんだ。これで突貫力が増したんだよ』
大したことないという口ぶりだが、得意げに蹄で地を掻く一角獣に、シアンはすごいねえ、と言いながら後頭部から首筋を撫でる。
『これで更に傷口が広がりやすくなって、強い再生能力を持つ者も再生できないようになったんだよ。それに、汚れないし、角を引き抜きやすい』
『お、おおう、グロい発言です!』
一角獣の自己申告通り、彼の必殺技、突進はとんでもないものへと変化しつつあった。
後日、幻獣のしもべ団が一角獣の狩りを見て、腰を抜かした。
他の魔獣がどれほど素早くても冷静に対応できるようになったのは嬉しい誤算だ。
また、突進とも言える離れた距離から突きを繰り出してくる黒ローブの隊長ハンネスと再戦した際にも平然としていた。
「超高速移動? へっ、ベヘルツトさんと比べたら止まって見えらあ!」
「まっすぐしか動けないなんて! ベヘルツトさんなんて、気が付いたら後ろを取られているんだぞ!」
「前にいたのに真後ろにいるんだぞ!」
「変幻自在だ!」
「こ、怖かった……」
「気が付いたら角の先が迫っているんだぞ!」
「いつ、ドスッてされるか、っていう恐怖との闘いの連続だ!」
「それに比べれば、お前らとの戦闘なんて、楽なもんだ!」
相当恐ろしかった模様である。




