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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
491/630

65.元勇者、弟子を取る

 

 元勇者であるミシェレは他のアンデッドと違って意識が明瞭で、動きも滑らかで活発だが、さすがに洞窟内に限られた。そこで、大量の楽器を作り終えたユエが面白がって、魔力蓄石を改良し、ちょうど心臓の位置の骨の奥にとある装置を取り付けた。魔道具の類だ。

『おお、陽の光の下でも普通に活動できる!』

 洞窟の外に出て飛び跳ね駆け回る骸骨を見て、満足げに両前足を組んで胸を逸らすユエをカランが胡乱気に見やる。

『ユエ、とんでもないものを野に放ったことに気づいていないのかにゃ』

 カランの言は後世に違う表現で示される。

「その兎はとんでもないものを作り出してしまった。やつを陽の光の下でも自由にする魔道具を作ったのだ」

 未来のことなど与り知らぬユエは平然と言い返す。

『大丈夫。ミシェレはシアンに忠誠を誓ったってレンツが言っていたもの』

『でも、まずは島の常識から教えてあげないとね』

 一角獣が蹄で地を掻きながら、いつの間にか遠く離れた場所にまで走って行ったミシェレを、今にも咥えて引き戻しそうである。

 そのミシェレは一角獣の瞬間移動もかくやの突進による狩りを目の当たりにし、はしゃぐのをやめて居住まいを正す。

『ベヘルツト殿か。すごい幻獣が住まわっているのだな!』

『我はシアンの一番槍だからね』

『おお、確かに、真っ先に駆け抜けて行く姿が目に浮かぶ』

 得意げに鼻を鳴らす一角獣にミシェレは快活に笑う。

 人慣れしていないユエは快活で気さくなアンデッドには気を許した。

『ユエ殿は道具作りの名人だな! 時に、武器は打てるのか?』

『武器は専門外なの』

『ユエの同族たちも無理だろうにゃあ。ミシェレは武器が欲しいのかにゃ?』

『ああ。シアンにはベヘルツト殿のようなご仁がいるが、いつ何時、必要になるか分からんだろう?』

『そうだにゃ。何なら、ミシェレは頭から布を被って、リムに隠ぺいの応用をして貰ったら、人間の護衛だと思い込ませることができるかもしれないにゃ』

 カランはそう言うも、布があろうとなかろうとリムが隠ぺいを応用すれば、なんにでも認識させることができる。

 元勇者というだけあって強いのだろう、と尋ねるカランに気負いなく頷く。

『それはやり甲斐のある仕事ではあるが、この島自体が魔力に溢れているからこそ、俺はこれほど自在に動けるのだと思うがね』

 島の外には出ることは出来ないだろうというミシェレに、ユエが改良に務めると意気込んだ。

『それは有難い!』

 ミシェレもユエを拝まんばかりだ。

『じゃあ、武器の方はディーノに頼んでおこう』

 一角獣の言葉にカランとユエが頷き、ミシェレがそれは誰だと首を傾げた。



『これは素晴らしい業物だな!』

 ディーノが携えて来た剣は両手剣で扱うのに膂力を要する。それをミシェレは片腕で軽々と持ち、振って見せた。

「話を聞いて理解が及ばなかったのですが、現物を見てもちょっと良くわかりません」

 嬉々として骸骨が片手で両手剣を取り扱っていることか、それが元勇者であることか、アンデッドが陽の光の下に自在に動いていることか。

「いつも済みません」

 疲れた表情を見せるディーノに、シアンは魔神の一柱に挑んだ存在だとまでは言えなかった。

「いえいえ、今度はどんなびっくり箱を開けられるのか、いつも楽しみにしているんですよ」

 少なくとも、セバスチャンが淹れた茶をしっかり味わえる程度には慣れて来た。

 なお、ミシェレは元魔神が家令として振舞っているのに最初驚いたが、幻獣たちからアイランドキーパーとしてなくてはならない存在だと聞き、ひとつ頷いた。

 初めてできた友だと思っていた。

 なのに、自分は彼の苦悩を和らげるどころか、理解を示すことすら放棄して袂を分かった。そして、後からケルベロス独りを連れて自ら封印の地に赴いたと聞き、どれだけ悔やんだことだろう。

 そんな彼が穏やかな表情であれこれ雑事を行うのを見て、万感の思いが去来した。

 人の身を逸脱して神になったほどの男が、細々とした生活に関することを行う。受け取る側の価値観によってやり甲斐のないとか能力を有効利用できないとかの論もあろう。けれど、生きるための事柄を行う彼を見ることが出来て、ミシェレは感激した。全てを放棄した彼をどうすることもできなかったからだ。

 ミシェレは剣をすっかり気に入り、久々の狩りに出かけた。

 ディーノは抜かりなく予備の剣も用意しており、両方使いこなす腹積もりだった。

 念のため、一角獣を護衛に、珍しくユエも同行した。ミシェレに取り付けた魔道具の状態を確かめ、内蔵した魔力蓄石がどれほどの運動によって摩耗するかを確認したいと申し出た。

 無論、ミシェレにとっては願ってもないことである。

 結果から言うと、ミシェレに弟子が出来た。

 狩りでミシェレが凄まじい剣捌きを見せたのを、偶然、ディランが目撃したのだ。

 ディランは生還した後、フィンレイの死を知った。のんびり寝てはいられないと回復に務め、驚異的な速さで起き上がるに至った。

 シアンは幻獣のしもべ団たちに自分の手伝いで危険な場所に行かせ、生還しろと言う。任務遂行より安全を優先しろと指示されている。臆病者と謗られてもそこだけは譲れない酷い上司だとシアンは笑った。

 だから、自分は危地に赴いても戻るのだ。生き恥を晒すなどいう考えはなかった。必ず生きて帰るのだと思っていた。

 以前の上司は自分たち部下の生死などどうでもよく、私腹を肥やす方を優先した。

 自分はシアンに言ったのだ。

 命あっての物種だ、再戦の機会を得て、最終的に勝てば良いのだと。

 そうだ。

 自分は何とか命を拾えた。

 では、再戦に備えなければ。

 誰かがリムかティオを褒めたら、双子はもう片方を忘れるなと言う。

 先だって、会話の中でフィオンはこれまでの通り、リムを褒めた。その後、続くはずのティオを忘れるな、という声がその場にいる者の耳に聞こえたような気がした。

 ああ、忘れない。俺たちはお前のことも忘れない。

 ディランはミシェレが元勇者と知らず、しかし、幻獣と共に狩りをするのだから、シアン縁の者であると即座に断じ、その剣技にほれ込んで、一も二もなく弟子入りを希望した。

 ミシェレは幻獣のしもべ団が何たるかを聞くと、特に嫌がったり面倒くさがったりすることなく、受け入れた。

『俺は師から教わったものを誰にも伝えることなく生を終えたからな。受け継ぐ者がいるというのも良いものかもしれない。それに、シアンや幻獣たちが出来ない分野で手伝おうっていうのが良い。更に、それを為す力を持ちたいってのも良いね』

 ミシェレはユエが作ってくれた装置が許す限り訓練に付き合ってやろうと請け合った。

 そこへリベカとイレルミも参加を申し出た。グラエムも参加したがったが、片腕では戦うどころか日常生活に慣れるまで時間を要し、断腸の思いで断念した。

「いやあ、流石は翼の冒険者。こんなに強いアンデッドに忠誠を誓われるなんてね」

 へらりと笑うイレルミに、ミシェレもからりと笑う。

『それはこちらの台詞だ。シアンの下にこれほどの男がついているとは面白い』

「立候補してみたものの、こいつらについていける気がしない」

 そう言いつつも、リベカは装備の点検に余念がない。やる気満々である。

 そうして、苛酷な特訓が始まった。

『ハッハー』

「くっ」

「二刀流か!」

「二刀流用は短い剣なんだがね。あれ、両方とも両手剣用じゃないか。間合いが広い上に威力も滅法ある」

 ミシェレは縦横無尽に両手に持った大振りの剣を振り回す。

 ディーノはミシェレと会い、どんな武器でもこだわらずに使いこなすと悟り、別の物も用意してやり、元勇者を喜ばせた。

 弟子たちを相手する際には彼らが用意した得物を使う。数種類複数の武器をその時々の気分によって使う。

 これは弟子たちがどんな武器にも対応できるようにということからそうしている。

 得物の軌道、筋は型であり、武器の種類によって変わって来る。

『武器が技を教えてくれる』

「どういうことだ?」

「武器はその特性に合わせた理に適った型がある。恐らく、師匠は武器を持てばそれが本能的に分かるんだろうさ」

 判事ものめいた言葉にリベカが首を傾げ、イレルミがその言わんとしていることを察する。

「化け物か」

「いや、今は本当に化け物だな」

「まあ、武術の申し子ってところかな」

 ディランが呆れ、リベカが納得し、イレルミが楽し気に笑う。

「そうなると、教えて貰うのは難しそうだな」

「そうだね。体が勝手に動くって言う感じで、他人に説明するのは難しいだろうね」

「いや、そうでもないだろう。師匠の動きを見ていたら分かるだろう?」

 イレルミはこの実力者に教わることが出来て嬉しくて仕方がないという風情である。

「お前も化け物の側か」

「まあ、そんな感じだね」

 ディランとリベカが呆れたように言う。

 そんな様子を遠目に見ていた幻獣のしもべ団団員のうち一人が呟く。

「なあ、イレルミってさ、そんなに珍しくない名前かな」

「どうだろうな?」

 他の幻獣のしもべ団団員の中にはハルメトヤ出身の者はいない。

「それがどうかしたん?」

 イレルミに何かあるのかと興味津々だ。

「いやさ、俺が掴んできた情報の中にイレルミの名前があって、まさか同一人物じゃないよな、って思ってさ」

「どんな人間なんだ?」

「え? ああ、剣聖だった」

「は?」

「だから、剣聖イレルミ」

「いやいやいや」

「まあなあ。ないわなあ」

「でもさ、あの強さってさ」

「いやいやいや」

「まあなあ」

 剣聖。

 誰かがごくりとつばを飲み込む音がした。



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