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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
488/630

62.不死者の避難1

 

「アンデッド駆除?」

『そうなのです。貴光教が布告したそうです』

『異類排除令を後押しするためのもの』

『冥府への門を潜ること叶わず、妄執に囚われ苦しんでいる者を強制に消滅させるのはいかがなものかと』

『自然に自身で冥府への道を見つけられるのが一番でござりまする』

「あの大瀑布からハルメトヤは大分離れているけれど、そんなところにまで手を伸ばすんだね」

 足元でお座りポーズを取り、いつになく引き締まった表情でシアンを見上げてくるわんわん三兄弟の言に驚きを隠せない。

 強引な異能保持者の逮捕が反発を招いた貴光教が、人気取りのためにアンデッドの大々的討伐をするとはシアンも聞いていた。それを受けてわんわん三兄弟は大瀑布のアンデッドたちの保護を願い出た。

 人は死した後には、属性に応じた精髄となり、世界と同化する。この時、心残りが強くある者、罪を犯した者は世界に還ることができない。

 惑う者は闇の領域である冥府へ行き、そこで癒され、世界に同化する時を待つ。冥府へも行けず、人の世に留まる者をアンデッドと称される。世界に還るという理からはぐれ、生前とは変わり果てた姿になるのが多いことから、忌み嫌われる傾向にある。

 そして、罪を犯した者の魂は光の世界で罪や未練もろとも浄化の光で焼き尽くされる。それは非常な痛みを伴いのだそうだ。九尾の浄化の炎もこれに類する。

 大瀑布は大陸西の東側中央部に位置する。西側北部に位置する貴光教総本山ハルメトヤからは相当な距離がある。

『本拠地から人手を出さずとも、近くの支部から向かわせれば良いではないですか』

 九尾の言うのももっともだ。大陸西方の北東に位置するゼナイドでも黒ローブたちは現れた。

 幻獣たちはフィンレイの死をシアンの前では口を噤んでいた。

 知ればシアンがとても悲しむだろうことは容易に想像がついたし、しもべ団が解散されることへの危惧を抱いたマウロがティオやリムに頭を下げたからだ。

 九尾は緊急幻獣会議にてマウロの要望通り、黙っていようと提案した。

 カランが後から知った時のショックについて言及する。一角獣も他者の思惑で事実を隠すのに難色を示す。

 鸞がそれでも、幻獣のしもべ団が解散されることは今はまずいという。

 確かに、シアンは大陸西の惨状を救うべく様々に動き、そのことを幻獣たちも手伝った。島は大陸西の凶作とは打って変わって豊富な資源に溢れていて、どうかすると長閑なものだった。

『自然は時に生命を育み、時に荒ぶり様々に壊す。ただそうあるだけだ。そこに生きる人間が自分たちの都合で良し悪しを決めているだけだ』

『それでも、生きて行くためには世界の中で得られるものに頼らなくては』

 鸞の言葉に気づかわしげに返す麒麟に他の幻獣たちが頷いた。

『知恵と技能で文明を築いてきたのが人間なの』

 自然が収まり穏やかな様態になれば人の営みもまた日常を取り戻すだろうとユエが言う。

『この島が豊かなのは、自然の粋が集まるのは当然のこととして、それを調和する力が働いているからなのにゃ』

 島の豊かな資源を有効活用するのはその自然の粋である精霊たちの心に適うことだろうとカランが言う。

 あまり自身の功を誇ることなく、大仰なことを嫌うシアンが大陸西の窮状に手を貸そうとした。

『シアンにはしばらくの間、話さないでおこう。シアンが悲しい思いをしないように』

『シアン、悲しくなっちゃうの?』

 ティオの決断にリムが小首を傾げる。

『シアン、トマトのおばちゃんのことがあってとても悲しんでいるのに、これ以上はダメ!』

 きゅっとへの字口を急角度にするリムに、集まった幻獣たちははっと息を飲む。特にカランは顔色を変え、同様著しい。

 ユルクとネーソスはニカと荒地を行き来し、リリピピは各地で異能保持者の誘導を行っている。

 リムの言う通り、シアンは信頼していた者に裏切られたのだ。これ以上の心的負担を負わせたくない。

 かくして、満場一致でシアンにはフィンレイの死は一時伏せておくことが決定された。

 セバスチャンを通して幻獣のしもべ団にその旨の連絡がなされた後、わんわん三兄弟はフィオンに謝罪された。シアンに隠し事をさせる羽目になったわんわん三兄弟たちに済まなく思うと。

 わんわん三兄弟とて、懐いていた双子の片割れを失ったのだ。

 そして、そのことが影響して、わんわん三兄弟はアンデッドの保護を願った。アンデッドらは非業の死を強制された者も多い。ならばこそ、二度目の苦しみを与えたくない。納得して冥府へ送ってやりたい。

 もう一人の弟、フィンレイの死を悼んでのことだった。以前戦った勇者のことも気にかかる。

 一角獣がこの島に連れて来て、魔晶石の採れる洞窟に住まわせたらどうかと提案する。

 広さも十分にあるし、何より魔力溢れる場所なので移動で失った力を取り戻せるという。

 シアンは躊躇した。

 幻獣たちの意を汲みたい。

 だが、アンデッドの大移動など、一般人には恐ろしいものだし、貴光教に狙ってくださいと言っているようなものである。

 そういうことなら、とセバスチャンが梟の王か烏の王に大瀑布から島に通じる転移陣を設置させると言う。

 そんな大それたことを簡単にしてしまおうとするセバスチャンをシアンは慌てて押しとどめた。シアンとしてはアンデッドの保護はやぶさかではないが、移動に頭を悩ませるところだ。わんわん三兄弟はシアンの躊躇いを賛同を得られないのだと見て取って懇願に吠え立てる。

『お願いします、我ら三兄弟、この先おやつは返上しますゆえ!』

『何ならご飯も減らしていただいても!』

『アンデッドにはちゃんと大人しく礼儀正しくするように申し付けておきまする!』

「うん、保護には協力するよ」

 だから、食事はきちんと摂るようにと言うと、わんわん三兄弟は尾を振りながら揃って返事をする。

「ただ、この島に来て貰うにしろ、荒地か別のどこかに避難して貰うにしろ、黒ローブや異類審問官に見つからないようにしないといけないなって思っていたんだよ。日の光の下では活動しにくいみたいだしね」

『ぼくが隠ぺいする!』

『リム、独りで大丈夫かにゃ』

『わ、我も頑張るよ』

 リムがぴっと片前脚を掲げるのにカランが大量のアンデッドに対して力を使い果たすのではないかと心配し、麒麟が決意を眦に込めて進み出る。

「そっか。ふふ、リムの隠ぺいはすごいものね。レンツもずっと練習していたものね」

 常にシアンのために動いてくれるリムや勇気を示して見せた麒麟に、もし力が不足するのなら闇の精霊を頼ろうと思う。

 アンデッドは陽光降り注ぐ最中は水の中と同じく抵抗を感じるらしく、動きが鈍くなり、徐々に力を失い、動けなくなる。

『それについては、我らも闇の属性、力の限り務めまする!』

『何、ケルベロスとして当然のこと』

『合体せずに済めば良いのですが』

 わんわん三兄弟は言い出した自分たちもまた気張ると吠え立てる。こちらにも闇の精霊の力を借りようとこっそり考える。

 なお、シアンがそう願えば、アンデッドを他者に気づかせることなく、日中でも自由に行動させることが出来る。いつものことではあるが、発想することができないだけである。

『そうだ、レンツ、わんわん三兄弟も魔力蓄石を持って行くと良いよ』

 早速、ユエとカランがわんわん三兄弟に使い方をレクチャーした。上手くいかないが、道中、麒麟が教えてくれるというのに、やる気をみなぎらせている。

『魔族は活性化している上、異類排除令で過敏になっていることだろう。往路になるべく途中の闇の神殿へ寄り、アンデッドの移動について話しておいた方が良いのではないか』

 鸞のアドバイスになるほどと頷いたシアンも、提案した鸞も、リムの隠ぺいの威力を理解していない。闇の精霊とシアン以外はリムの隠ぺいは察知することは出来ない。

 そのことを熟知しつつも、セバスチャンが大瀑布の間にある闇の神殿へ通達しておくと請け合った。

『大陸西南端の港町に船の手配をいたしましょう』

 手際のよい者に囲まれたシアンは、後は身一つで行ってアンデッドたちへ移動と移住の説得をするのみとなった。



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