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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
486/630

60.残された者  ~兄の胸で泣けの巻~

 

 グラエムは腕を失った後、治療に掛かるまで時間を大分要したため、くっつけることができなかった。

 倒れた非人型異類の下敷きになった腕は潰され、引きちぎられた部分の破損が著しかった。そのため、鸞も手の施しようがなかった。

 高熱が出てその熱冷ましを煎じて貰った。グラエムをエメリナが看病した。

 そのエメリナも以前、足を引きちぎられた。戦闘要員で痛みに慣れているグラエムでさえ時に気絶するほどの激しい痛みだ。そんな思いをしたにもかかわらず、ここに残りたかった理由を聞いてみた。

「だって、どこにも行くところがないもの。どこにだって危険はある。でも、美味しい物が食べられて何より幻獣の近くにいることができるもの」

 そう笑って答えたエメリナに、強いなと感心した。

 強がっているというのもあるかもしれないが、エメリナは足を引きちぎられた後も普段通りに振舞った。

 痛いものは避けたい。苦しいのも嫌だ。

 しかし、世の中にはままあることだ。

 手当てを受けられただけ有難いことだ。

 以前は何でもそつなくこなすリベカに嫉妬していたのを、一丁前にと馬鹿にしていたが、今や尊敬するに変じていた。

 力がなくてもそれぞれが技能で役立つという幻獣たちに感化されたのもある。

 いつしか、グラエムはエメリナが気になるようになっていた。

 一方、時を同じくして帰島したディランはこちらも鸞の薬を定期的に服用し、休養した。本拠地に戻った当初は一進一退を繰り返した。彼にはリベカが付き添った。

 ディランは目を覚ますとマウロとカークに報告した。

 休養を取るように言われたものの、これだけはと見聞きしたことを語る。

 集めた情報から鑑みるに、エルッカは神への愛は深く、魔族を憎むこと甚だしいものの、異類全てを悪だと決めつけ排除するのは少々やりすぎの感がある。

 急死した大聖教司グスタフは高潔な人物で、その死によって、貴光教が大きく舵切りをしたと言えよう。楔が抜けてしまったのだ。

 もう一人の大聖教司ヨキアムは異類排除令が発令される前から黒い噂が付き纏った。異類審問官が自白を引き出すために行う拷問が陰惨なのは、この人物の影響が多大にあると思われる。

 残る大聖教司オルヴォは手ごわかった。当の本人も老猾なのに、あのヒューゴが守り、厚い壁に阻まれていた。

「ヨキアムが自分の嗜好を楽しむために異類排除令を発した可能性も考えられないか?」

「どちらかと言えば、異類排除令に乗っかって好き勝手やっているという感がありますね」

 マウロの言葉にカークが返すが、二人とも、シアンがオルヴォと面談し、偽翼の冒険者の問題を容易に解決して見せたことから、裏で糸を引く人間がいるとするならば、彼ではないかと考えているのは明白だった。

 それで、ディランも何とかしてオルヴォのことを探れないかと思っていた。

「頭もカークも分かっているでしょう。カヤンデルの怖さを」

 ディランの掠れ声に二人は黙り込む。

 同じ地位のエルッカとて、容易に手玉を取れるのだろう。

 人から聞いた話が自分の理想に近かったから、それを自分の体験や己が発案だと思い込むことはままある。エルッカの心理状態を巧みに読み取り、タイミングを掴んで上手く動かした。大いに考えられることである。

「カヤンデルはまだ仕掛けてきそうです」

 異類排除令によって危険な異能保持者を排除して安全を確保し、不安定な世情を安定させるという目論見は思うほど上手くいかなかった。どころか、貴光教に憎悪を集めることになり、神殿でも重苦しく不安な空気が流れていた。

 それを打破するための策を聖教司たちは練っているのだそうだ。

「大々的な討伐隊を組むと聞きました」

「魔族や異類に対するものか?」

「いえ、異類排除令は猛反発をくらっていますから、そこから目を逸らすためのものを考えているようですよ」

 ディランがせき込んだ。呂律も怪しくなってきていることから、休むように再度言われた。粗方報告し終わったディランは今度は逆らわずに目を瞑った。

「頭、兄貴にディランやグラエムのことは話すとして、フィンレイのことはどうしますか?」

 部屋を出た途端、カークが問うた。

「黙っている。団員にも緘口令を強いておけ」

 マウロは頭をがりがりと掻く。

 頷いてマウロの言葉を部下たちに伝えるべく歩き出したカークは自身を責めていた。

 アラクネという大物との戦闘の後、双子とグラエムを向かわせたのは自分なのだ。疲労が蓄積されて力を発揮することが出来ず、死傷することを予想できたはずだ。

 もっと他の手を考えるべきだった。

 フィンレイの死やグラエムの片腕を失ったことの責の一端は自身にある。カークはそれをいつまでも忘れなかった。



 フィンレイとフィオンは似ていたが、兄の方がやや華奢だった。そして、胆力があるのに、よく言えば慎重、悪く言えば臆病だった。

 変装し、敵地に潜り込んでも普通に振る舞える度胸がある。

 そういう時は大抵二人一組で行動した。だから、敵地にあっても片割れと共にいるのだという安心感があった。

 それが今はいなくなって、心もとない。戦闘どころか、歩き方も分からない心地だった。何をどうすれば良いのか分からない。

 臆病なだけに慎重に難を避けたフィンレイが死亡した。

「ばっか、臆病な方が生き残るんじゃないのかよ」

 臆病だと慎重になる。それは生存率を上げる。

 どうしてフィンレイが死んで楽天家のフィオンが生き残ったのか。

 フィオンは兄の亡骸に取りすがって泣いた。泣くのなんて、子供のころ以来のことだ。

 何故フィンレイが死ななければならなかったのか。

 養い親から酷いことをされて食が細って体つきがよくないからって女にもてなくて。でもシアンのおかげで役に立つことができて、腹いっぱい食べることができて。誰かを守るために力を手に入れることができるようになってこれからって時に。

 幻獣のしもべ団団員に抱えられるようにして帰島したフィオンはフィンレイが埋葬され、その死はしばらくシアンに告げないように指示された後もぼんやりしていた。

 何も考えることが出来なくて、部屋で座り込んでいたところを、団員が気分転換に外を散歩でもしろと拠点から出された。

 ふらふらと歩く呆然自失のフィオンに、わんわん三兄弟が纏わりつく。

 わんわん三兄弟の本来の姿はケルベロスであり、冥府の番犬とも称されている。

 死に敏感で、幻獣のしもべ団が口を噤んでいても感じ取っていた。親しんでいた双子の片割れのことなのだから、気づかない訳がない。

 無視されても健気に付き従う。

 フィンレイと二人で撫でると尾を振って喜びをあらわにしたわんわん三兄弟との交流を思い出す。ティオほどの威圧感はなく、それでも高位幻獣だというのに、触れることが叶ったのだ。双子の同じ顔に、シンパシーを抱いたと聞き、どれほど嬉しかっただろうか。そして、同じ顔がなくなって一人だけになったのに、まだ、交流を図ろうとしてくれているのだ。

『お主は一人になったのではない』

『我ら三兄弟の弟になったのだ』

『これからは双子でも三兄弟でもなく、四兄弟だ』

 とんでもないことを言い出すわんわん三兄弟に噴き出す。

 頭のどこかで、ああ、まだ笑うことが出来るのだなと思う。

 幻獣の弟にしてくれると言うのだ。破格の扱いである。

 変装が得意なフィオンも、流石に子犬に化けることはできない。

「なあ、わんわん三兄弟は冥界の番犬なんだろう? フィンレイはアンデッドにならなかったのなら、心残りなく逝ったんだよな」

 しゃがみ込んでわんわん三兄弟の頭や腹を撫でながら、フィオンが呟く。

『その通りだ』

『だから、お主はお主で精いっぱいで努めるのだ』

『お主は精いっぱいで生きるのだ』

 不思議と何を言っているのか分かった。それに気づいたのはもっと後のことで、フィオンはその時、悲しみや労りに対する嬉しさや甘えといった様々な感情で心乱されていた。

「ああ。兄ちゃんは精いっぱい生きたんだ。だから、この世に未練はなかったんだな」

 涙を流すフィオンはこの世に未練なく死んでゆく者がいるとは思えなかった。それでも、フィンレイはその時その時を精いっぱい生きたのだと思う。

 自分も負けてはいられない。今を自分なりに楽しむのだ。

『泣き虫だな、我らの弟は!』

『存分に泣くが良いぞ』

『さあ、兄の胸で泣くと良い!』

 小さい胸をぐいと張る。

「ははは」

 フィオンは今だけはこの心優しい幻獣に甘えようと、三匹を抱えて泣いた。

 ネーソスの一件があったことから、幻獣との接近を監視していたセバスチャンは彼らの様子を無言で見守っていた。




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