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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
485/630

59.脱出3

 

 セルジュのテイムモンスターは人間社会に明るくない。

 魔獣なのだから当然のことだ。

 セルジュは何とか分からせようとあの手この手を使っていた。結果ははかばかしくなかった。

 にもかかわらず、島の幻獣であるリリピピという小鳥と出会ってからは早かった。

 リリピピと共に歌ったテイムモンスターたちはすっかり小鳥に心酔し、様々に教わった。

「俺の今までの苦労は何だったんだ」

 両手両膝を地面につけて嘆いたものだ。

 シアンに願い出て、リリピピを通して、詳細な説明をすることによって、テイムモンスターは大分意のままに動いてくれるようになった。

 まず、斥候の役割をすることができるようになったのだ。

 リリピピから影響を受けたのはテイムモンスターだけではなく、セルジュの方もだった。テイムモンスターが言わんとすることを、何となく分かるようになったのだ。

 そうして、偵察してきたテイムモンスターからの情報を得ることができるようになった。

 一見して小鳥の姿のテイムモンスターだから、対象も警戒しないし、攻撃を受けることも少ない。

 魔獣と知られても、無害そうだと捨て置かれることが多いのだ。

 もし、攻撃されそうになったら、すぐに逃げるように教えている。

 幻獣のしもべ団団則第一項である。

 ユエが開発した魔道具から発せられた救難信号とその位置から当たりを付けた場所にテイムモンスターを放った。

 魔力察知を行い、魔道具からの魔力を追う。一羽は途中経過をセルジュに報告するために舞い戻り、もう一羽は内部に入り込んでその部屋までの経路を見つける。

 潜入捜査をしていたディランの報告から判明した神殿内部の構造と照らし合わせ、打合せ通り、リリトとリベカは礼拝に訪れた信者に紛れて潜り込んだ。

 イレルミは陽動と同時に情報を抜いてくるつもりだった。

「あまり隠密をうまくやりすぎて、目立たないで終わるなんてことはなしにしてよ」

「それ、肝心の陽動の任務を遂行できていないじゃないか。大丈夫。ちゃんと暴漢が暴れたって感じでまとめてくるから」

「あのヒューゴって人がいなければいいのだけれど」

「いたらいたで、イレルミが倒してしまって、正体がばれそうだよ」

「分かっているって。適当に負けてくるよ。それに、俺、もっと年若い黒いのに一度負けているんだけど」

「それも再戦したらどうなるか分からないじゃないか。まあ、イレルミは次は勝つ、みたいにむきになって事の本筋を忘れることはなさそうだから安心だけどね」

「まあね。強い敵と戦うのは面白いけれど、それが一番重要ってのでもないし」

 各々、別れる直前まで呑気な会話をしているものである。

 リリトとリベカは礼拝堂へ向かう人の流れからそっと外れた。リベカはそつなく動き、リリトは隠ぺいの応用を用いて、気配を薄くしている。

 幻獣たちがそうしていると聞き、リリトも同じようなことができないかと特訓している。効果はさほど現れていないが、気持ち、気配を読み取りにくくしているようである。

 いわゆる、気休めである。

 本番前の軽いウォーミングアップだ。

 セルジュに教わった通り、廊下を出てしばらく歩くと、小鳥が姿を見せた。

 リリトの頭上を二度三度旋回した後、飛んで行くのについて行く。

「リリトに慣れているんだね」

 飼い主と同じくというのは口の中で留めておいた。

 リリトの方は緊張を隠せない様子でただ頷いている。

 セルジュの苦労が報われた。

 テイムモンスターは何と、ディランが捕らえられた部屋の他、鍵の在り処まで突き止めていた。落ち着き払うリベカさえも、興奮を隠せなかった。

 小鳥とはいえ、建物内をうろついていては人目を引く。

 リリトはそっと小鳥を窓の外へ押しやった。

 テイムモンスターは大きく一度旋回してまるでリリトを鼓舞するような素振りを見せて飛んで行った。

 リリトには何となく、それが一度、リリトが預かり、収納していた袋から取り出す際、指を突いたテイムモンスターではないかと思えた。

 いわば、戦友の励ましだ。

 ここは気張らなければ。

「始まったね」

 リベカの言葉に耳を澄ませてみれば、遠くで喧騒が聞こえてくる。

 イレルミが異類排除令に反発した暴漢、という態で暴れているのだろう。

 易々と捕まらずに、被害を大きくするだけして、隙を見て逃げると言っていた。あの人ならば上手くやるだろう。

 リリトは自分がやるべきことをやるだけだ。

 息を吸い込み、隠ぺいを使う。

 向かうは廊下の先の小部屋、壁に取り付けられた鍵箱だ。

 幸い、部屋の扉は開いている。こちらから見る限り、誰もいないが、部屋の扉を開け放した者は部屋を出たところで行き会った知人と話し込んでいる。

 悠長にどこかに行くのを待っている時間はない。

 リリトは足を進めた。

 二人の脇を通り抜ける際、流石にひやりとした。

 しかし、噂話に花が咲いて気づかない。

 部屋に入り込み、内部を見渡したが、人影はなかった。

 壁の奥に入って人目から逃れる。隠ぺいしているにしても、そこで一息つく。なるべく音を立てないように木箱を開ける。

 十数個の鍵が打ち付けられた釘に掛かっている。

 その段になって、どれがどこの鍵か分からないことに気づく。

 ままよ、とばかりにすべて持って行くことにする。

 腰につけた小物入れの布袋に詰め、後二、三というところで、飛び上がりそうになった。

「あれ、鍵箱が開いている」

 リリトは速やかに残りの鍵を手にして、そろそろと動いた。

「なあ、中身が空じゃないか?」

「えっ! 大変だ!」

「でも、誰かが使うから持って行ったかもしれないぞ」

 大事になりそうな、様子見をしそうなどちらともつかない雰囲気に、時間のなさを感じながら、早く戸口から退いてくれないかと焦りが募る。

 ようやく二人は部屋の中に入って、木箱の周辺に落ちていないかと探し始めた。

 リリトはそっと抜け出し、ディランが報告してくれた内部を進み、テイムモンスターから教わった部屋へと向かう。

 もし、その部屋が違っていれば、同じ並びの廊下の部屋を片端から開けていく必要がある。

 時間はない。

 しかし、ディランもテイムモンスターも優秀だった。

 目当ての部屋で持ち出した鍵を次から次へと試していたところ、かちりと手ごたえが手に伝わる。

 リリトが開けようとした時、そっと手を止められた。

 リベカだ。

 どこに隠れていたのか、それとも、扉を開けるのに必死で周りが見えていなかったのか、全く気づかなかった。

 リベカはリリトに代わって慎重に扉を薄く開け、目だけで室内を観察する。

 するりと中へ入り込んだ。

 小さくディランを呼ぶ声が聞こえる。リリトは自分も中に入って扉を閉めるかどうか迷った。

 長くはなかった。

 リベカがディランを背負って出て来た。

 リリトは息を呑んだ。ディランは明らかに拷問を受けていた。

 脱力する大の男をよくも背負って歩けるものだ。

 ディランが負傷して動けないことは想定済みで、その場合、脱出する際に黒い布を被ってみるのはどうかという意見も出た。ただ、それは非常に危険だった。ディランの報告では神殿内では黒ローブの姿を見かけたことがないというのだ。

 異類審問官の護衛官として出払っているからという理由でないのであれば、彼らは平常、神殿内に姿を現さないのかもしれない。だとすれば、そんな怪しい風体をしていれば、却って人目を引く。

 そこで、急病人を担ぎ込んできて断られた、という芝居を打つことにした。

 それも通用するのか疑わしいものだったが、案に反して上手くいった。

「あ、貴方たち、そこで何をやっているのですか?」

 早速、廊下で労役係と行き会い、リベカが哀れっぽく頼み込む。

「お願いします。さっきもそこで聖教司様から断られたのです。何とか、流行り病の特効薬をいただけませんか? このままでは死んでしまう!」

 気の毒そうな顔をしながらも、一歩二歩後退る。まるで近寄れば感染するとでもいう風情だ。

「それは、お気の毒に。でも、特効薬はここではお譲りしていないんですよ。商人からお買い求めください」

 言って、街の商人の名前を言う。

「そんな!」

 騒ぎを聞きつけて人が集まって来、毛布でくるんだディランをおっかなびっくり覗き込もうとする者もいた。

 流行り病に罹患した者に興味があるという感じだ。

 けれど、誰も助けの手を差し伸べようとはしなかった。

「こんなところにいて、他の者に移されては困ります。さあ、お帰りを!」

 あちらです、と出口まで先導してくれた。

 リベカはべそをかきながら扉の外へ押し出される。

 力なく、病人を背負ってとぼとぼ歩く態のリベカの後ろにリリトが続く。

「うまくいったな」

 路地からイレルミが出て来て、リベカからディランを受け取り、自分が背負い直した。

「ああ、あんなに簡単だとは思わなかった」

「ディランの情報が利いた」

 ディランは潜入後、今しがたのような騒ぎが幾度かあったと報告していた。

 また同じことが起きたのかと思い込むのではないかという案が図に当たった。

 人間、慣れれば鈍感になるものだ。

 そして、失態はなるべく隠そうとする。鍵がないと分かった時点で騒いでいれば、リリトはディランが閉じ込められた部屋の扉を開けることはできなかったかもしれない。

「初諜報隊の任務遂行、お疲れ様。そしておめでとう」

 リベカににっと笑われ、そういえば、とリリトは気づく。

 リリトの明るい表情を認めた後、リベカは表情を引き締めた。

「早く戻ろう。シェンシさんに薬を煎じて貰わなくては」

 ディランの容体が危ぶまれる。

 しっかりしなよ、と呟いたリベカは常にない不安げな面持ちをしていた。




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