51.陰の立役者4-1
その非人型異類は美しい女性の上半身を持っていた。豊満な胸は乳房をさらけ出している。なのに、それに魅力を感じないのは、下半身が巨大な蜘蛛の足であったからだ。
とある村で死者が蘇ったという噂を聞きつけ、近くにいたフィンレイの班が急行した。
白昼、家畜がそこここで草を食む牧歌的な風景があるはずが、悲鳴が上がる。
青白く弾力のない物体となった皮膚、あり得ない方向にねじ曲がった足を不格好に動かす。両腕はだらんと体の両脇に垂れ下がっている。およそ、普通の歩行姿勢にほど遠い。
「死体を無理やりに動かしているって感じですね」
ルノーは絵を描くのが得意なだけあって、対象の特徴を掴むのが上手い。僅かな違和感をどんどん口にしていけと言われており、その実、彼の言葉に良く耳を傾けると、攻撃ポイントのとっかかりとなることが多い。
「ああ。アンデッドが出たかと思ったが、どうも違うようだな」
アンデッドは死してなおこの世に未練を残した者が稀に動き出すことがある。悪意と敵愾心の塊で、魔獣の一種として数えられている。
強力な非人型異類の跋扈と黒ローブ対策として、幻獣のしもべ団はフルパーティ六人で行動することを推奨されている。少なくても五人以上で行動し、中に必ず密偵技術を持つ者と攻撃力を有する者二人を帯同するようにしている。
その班にはフィンレイとフィオン兄弟の外、ルノーとミルスィニとカランタがいた。
フィンレイは入団した当初のカランタを苦手としていたが、すっかりクロティルドに躾けられ、付き合いやすくなった。以前の釈然としない諸々はあるものの、頭の働きも速いカランタは重宝された。ミルスィニの観測者としての役割も十分に担っている。
フィオンなどはわだかまりなく普通に話している。フィンレイは元々、それほど女性は得意ではない。それを悟られ、揶揄われたこともあるが、パーティを組むに当たって、そのことについてカランタが殊勝な様子で頭を下げた。
フィオンなどはパーティを組む度に謝ってばかりじゃ大変だななどと茶化していた。折角誠実になろうと努めているのに、とフィンレイは慌てたが、ミルスィニにそれだけのことをしたのだから自業自得だと言われ、カランタは不服そうな顔で押し黙っていた。
ルノーは爽やかな好青年で、お近づきになれたのに、カランタは殊更つっけんどんな態度だった。それをまたフィオンがにやにや笑ってみており、いつ冗談口を言って怒らせやしないかとはらはらした。
「フィンレイさんは良い人ね」
「え、そう?」
ミルスィニに突然言われ、面食らう。
「良い人で終わってしまいそうな人ってこと?」
横からフィオンが嘴を挟む。
「何だと?」
わざとしかめっ面をしてやると、笑い声を上げながら離れていく。
「仲が良いのね。私は兄弟がいないから羨ましいわ」
「まあな。唯一の肉心だし。ミルスィニもお母さんを大事にして、お母さんから大切にされているだろう?」
「そうね」
頷いて、やはりフィンレイは良い人だと笑う。
恐らく、女性を苦手としていることから、あまり性的アピールをすることなく、不躾な目で見ることがないからそう思われるのであろう。
ミルスィニは中世的な雰囲気から徐々に女性らしく変じている過渡期で、危うさを含んだ美しさを予感させた。だから、異性の目に晒されることが多く、神経質になっているのだろう。そんな素振りを見せないフィンレイをいわば安全圏だと感じ取っているのだ。
そんなある意味ちぐはぐなパーティではあったが、実戦を繰り返すうちに連携を取りつつあった。
そして、非人型異類の討伐報告をした街で死者が出る村の噂を聞きつけてやって来た。
墓から起き出した死者はふらふらと村の中をさ迷ってどこかに行ってしまうのだという説明を受けている最中に実物を目撃した。
周囲を警戒しながら十分な距離を取って後をつける。
村はずれまで来て、死体は急に動かなくなった。じっと立ち尽くしたかと思うと、その場にくずおれた。
暫く声を立てずに物陰から辺りを窺っていた。
「あれ……」
カランタが林の方を指さす。
木の陰から上半身裸の美しい女性が覗いていた。
「げえ」
フィオンの声に更に目を凝らすと、身を翻して去っていくその下半身、脚があるはずの部位には蜘蛛の長いそれがあった。細長く半ばでくの字に折れた足が下生えの葉を触れただけですっぱりと切っていた。恐らく、無数に生えた毛が鋭く、それで切れたのだ。
「魔獣か?」
「もしくは非人型異類ですね」
異様な風体に、後を追わずに村に戻って忠告だけしておいて一旦本拠地に戻ることにした。
幻獣のしもべ団切っての知者、ディランは貴光教本拠地へ潜入している。
うまい具合にもう一人の知恵袋、カークがいた。
見て来たことを話すとカークの顔色が変わった。
「それはアラクネだな」
「アラクネ?」
「ああ。とても強い魔獣だ」
カークは気弱そうに見えて、口に毒蛇を飼っている。そのカークをして顔をこわばらせる魔獣だ。推して知るべし。
「ドラゴンくらい?」
「そこまではいかないが、グリフォンに達する力を持つかもしれない」
「え、ティオ様くらい?」
強いと聞いたフィオンが生態系の頂点を持ち出し、カークが否定するが、引き合いに出した存在に今度はフィンレイが仰天する。
「ティオ様は神獣レベルだ。通常のグリフォンだ」
「あ、ああ、何だ」
「そうだよな。ティオ様レベルがごろごろしていたら困るよな」
フィンレイが拍子抜けし、フィオンも胸を撫でおろす。
通常のグリフォンもワイバーンと並び称させるほどには強力だ。いかんせん、彼らの知るグリフォンが強すぎた。
「あのグリフォンはもうグリフォンの範疇を超えているものね」
「だが、アラクネは俺たちが相手取るとなると強力な相手だ」
こんな時、以前なら真っ先にならば館の幻獣に片付けて貰えば良いなどと言っただろうカランタも神妙に頷いている。
幻獣たちは幻獣たちの意志で動く。幻獣のしもべ団は彼らの手助けをする。決して彼らに負んぶに抱っこでいてはならない。




