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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
466/630

40.懐かしい再会1

 

 現実世界のことを片付けて慌ただしくログインしたシアンに、九尾は休憩がてら音楽を勧めた。

 言われてみれば、随分この世界で音楽に触れていないことに気づく。

 ティオもリムもいそいそと愛器を取り出すのを見ながら、シアンの手伝いを優先してくれていたことに思い至った。

『こんな時だから、休息は必要ですよ』

「そうだね。みんなで食事をして音楽をしようか」

 九尾の勧めに従い、食事や音楽を楽しむと幻獣たちが賑やかに浮き立つ。張り詰めていた空気が緩むのに、偏るのはいけないなと実感する。緊張感も適度なら良い結果を生むが、ずっと張り詰めているといつ突然断ち切られるか分からない。

 はしゃぐ幻獣たちを眺めていたら、九尾が近寄って来てエディス行きを告げた。

 貴光教は異能保持者を嫌った。綺麗なものだけの清浄な世界を目指そうとした。それは多分に主観によるものだった。異能のような自分たちの理解が及ばないもの、手に負えないと断じたものを悪とした。

「ゼナイドに?」

『はい。聞くところによると、ゼナイドは貴光教に抵抗しているそうですよ。新しい国王が玉座に就き、あの国も変化しようとしているようです』

 そのゼナイドの国都エディスの様子を見に行くという九尾に、シアンも付き添いたいと答えた。

 シアンは咄嗟に同行を申し出たが、以前からエディスへは顔を出そうと思っていたので丁度良いと思えた。

『我も行く』

 一角獣も名乗りを上げる。

「じゃあ、転移陣を踏まずに行こうか」

『シアンたちは先に行っていても良いよ』

 一角獣は転移陣登録をしていないため、エディスの神殿の転移陣を使うことはできない。自分に合わせる必要はないと言う。

『いえ、どうせなら、各地を見回りながら行きましょう』

 後から追いかけると言う一角獣に九尾が大陸西の北側の国の様子を見ておこうと提案する。

「うん。そうしようよ。ただ、あまり時間を掛けられないから、ベヘルツトが登録している一番エディスに近い転移陣で移動してから見ていこう」

『それが良いですな。あちら方面は最近、行っていませんものね』

 シアンと九尾に、そういうことならば、と一角獣も受け入れる。

 無論、ティオとリムも一緒だ。

 物資を整えるために残った幻獣たちに適度に休憩を挟むように伝えて、シアンたちは転移陣を踏んだ。



 ゼナイドの南西から北上する。

『まだこちら異類排除令とやらは猛威を振るっていない様子ですな』

 それもいつ手が伸びてくるかわからない。噂が出回っているのだろう村人たちは不安げな表情をしていた。天変地異が相次ぐ中、暗い顔をしてじっとしていても食べ物は降ってわいてくることはないから、とにかく働くしかない。

 シアンはいつもの高高度を飛行するのではなく、積極的に人や集落を襲う魔獣や非人型異類を退治しながらの道行を願い出た。

『任せて!』

 一角獣が張り切り、リムと手分けして狩っていく。

 シアンは九尾とティオの背の上で方々の様子に目を凝らす。

『シアン、あまり身を乗り出すと危ないよ』

「あ、うん。そうだね。ありがとう」

 身を乗り出しながら左右を眺めているとティオが注意してき、慌てて体勢を真っすぐに戻す。

『シアンちゃんは風の精霊王の助力で飛べるから落ちてもどうということはないんですけれどねえ』

 ティオが長い首を柔軟に捻り、無言で九尾をひたと見つめる。

 代わりにお前が落ちてみるか。

 無音の中にも明確にその意思が伝わる。

『きゅっ……。あっ、シ、シアンちゃん、あっちにも魔獣がいますよ。リムやベヘルツトがいるところから離れていますし、スリングショットを使ってみては?』

 慌てて話題を変える様子に苦笑しつつ、スリングショットを取り出して構える。

 弾を放つ前に、意識を集中したせいか、随分距離が離れている場所で魔獣に襲われている人が誰なのかが分かった。

「英知、襲われている人が吸い込まないようにしてくれる?」

『承知した』

 シアンの放った弾は魔獣に命中し、その場を飛び跳ねるようにして狂ったようにもがく。もはや獲物を狩るどろこではなく、暴れまわっている。

 シアンはティオにその場へ移動して貰う。

 ティオは少し離れた場所でシアンを下ろすと、軽い跳躍で近寄り、さっと前足を一振りするだけで魔獣を仕留めた。

 シアンは襲われていた人の方へ駆け寄る。

「スルヤさん!」

「ああ、翼の冒険者様!」

 村人を庇って戦っていたのは、崖の上の神殿で出会った聖教司だった。高山植物のことなどを教えて貰った人物だ。

 魔獣に襲われていた村人の悲鳴を聞きつけ、森の中に入って間一髪で間に入り、抵抗していたところだったという。

 スルヤと共に村人を村まで送りがてら事情を聞いた。

 リムと一角獣はすぐにシアンと合流した。

 村人は噂に聞く翼の冒険者とその幻獣を間近に見ることができて興奮しきりだった。生死の瀬戸際にいたことも手伝ってまだ興奮冷めやらぬのかもしれない。

「翼の冒険者様は幻獣のお友だちが増えたと噂に聞いておりました。美しい一角を持つ幻獣様ですね」

 エディスから遠く離れた場所で修行に明け暮れていたとはいえ、スルヤもゼナイド国民だ。王室による一角獣虜囚の一件は聞いていただろうが、触れずにいた。

「スルヤさんはどうしてこちらに?」

「崖から降りてきたのは修業が終わったからではないのです。わたくしは生涯修行を行い、そうすることによって風の粋を身近に感じていたいと思っています」

 だから、崖の上に神殿を建て、不便など何のそので暮らしていたのだ。それは強制されたものではなく、また、他者に強制しようという姿勢はなかった。自分がそうしたいからするのだと語っていた。

「ですが、地上では非常な困難に見舞われています。病や凶暴な非人型異類の跋扈、天変地異。いずれも人の手には余るものです。修行により、少しばかり魔法が上手く扱えるので、それを役立たせようと思い立ったのです」

「なるほどなあ。聖教司様は翼の冒険者と同じお考えって訳だ」

 幻獣に気を取られていたと思っていた村人は話を聞いていた様子で、そのお陰で自分は助かったのだなと深く頷いた。

「いえ、私などの力は大したものではないです。翼の冒険者様ほど多くのものを助けたりできません」

「そんなことはないですよ。僕だって色んな方々の力を借りているのです。僕一人だったら小さなことしかできません」

『それが大切なのではないですか。一人ひとりは大きなことをできなくても、その特性を活かして組み合わされば、より大きなことを成せるのですよ』

 他者の目があるので四本足で歩く九尾が言うのに、頷くに留めた。

 そして、幻獣がこう言っていたとスルヤと村人に伝えると、同意の声が上がる。

「良く言われることだがね。こういう時には本当にその通りだと実感させられるね」

 スルヤの方はじっと何か考え込む風情だ。

 村人を村まで送った後、スルヤがゼナイドに向かうのであれば、同行しようかと提案した。

「お気遣いありがとうございます。ですが、わたくしはゼナイドから出立してきたのです」

「どちらへ向かわれる予定なのですか?」

「ゼナイドはまだ非人型異類の被害が少ないので、人の手が足りていない他国でお手伝いができないかと風の神殿を巡るつもりでいたのです」

 崇高な考えに、シアンは食料や路銀を渡す事で応援できないかと考えた。スルヤの話は続いていた。

「そう思ってはいたのですが、こちらで翼の冒険者様にお会いしたのも縁。風の御導きでしょう。もし宜しければ、翼の冒険者様のお手伝いをさせていただくことはできないでしょうか?」

「僕の手伝い?」

 シアンの脳裏に幻獣のしもべという言葉が浮かぶ。まさかこの謹厳実直な聖教司までもしもべになりたがるのだろうか。

「はい。翼の冒険者様は異能狩りの対象とされた異能保持者に避難を呼びかけておられると聞いています。ただ漫然と害されるのを見過ごすのではない。狩られる方が力を持ち技能を磨き、防ぐこともまた道理。このことこそがわたくしの務めであると思うのです」

 スルヤは以前、崖の上の神殿で天から見下ろす幻獣の神話を語ってくれた。その際、「命が命を食べる」ことは世界の理ではあるものの、それに抵抗するのもまた、命あるものの道理なのだと言った。だから、強くあらねばならないとも。

「そこにいて狩られるというのならば、逃げれば良い。その通りだと思いました。避難先への移動や避難場所での生活で風の魔法が必要となることもありましょう。その一助となりたく存じます」

 なんて強い人なんだろうと思う。心の在り様が強いのだ。

 崖の上の神殿でも、近くの村が襲撃されないよう、人面鳥を引き付けていた。あまり手ごわいと村の方へ行ってしまうので、適度に相手をしていた。

『それは願ってもないことでは? 荒地は豊かになったとはいえ、開墾は困難を伴うもの。これほど気持ちがしっかりした者がいれば、他の者たちも随分励まされるでしょう』

 シアンも九尾の言う通りだと思った。

「僕としてはとても嬉しい提案ではありますが、崖の上の神殿は宜しいのですか?」

「はい。私はあの神殿を降りてから神託を得ました。風はどこにでも吹きます」

 神託を受けることができる者はそういない。

 シアンは驚いてつい尋ねてしまった。

「あの、差し支えなければ神託は何と?」

「まず自分の身を守れと」

 シアンは破顔した。

「それは幻獣のしもべ団の第一則と同じです」

「まあ」

 驚きの声を上げた後、スルヤも笑った。

 手を差し出し、握手する。この人に任せておけば安心だと思わせる稀有な人材だった。

「歓迎しますよ。大変でしょうが、多くの発見もあると思います。風の性質の方なら、きっとどんな困難にも捉われずにいらっしゃるんでしょうね」

「何よりの御言葉です」

 スルヤに荒地の場所を教える。

「こちらからならば、インカンデラを通るルートが一番安全だと思います」

「魔族の国ですか。わたくしが通ることができるでしょうか」

 長らく閉じられていた国に、スルヤが思案気な表情になる。

 九尾の提案でシアンが荒地開墾の支援者なので融通してくれるように一筆したためた。

「僕の依頼ごときでどこまで通用するかわかりませんので、インカンデラを通過できなければ、南から船に乗って下さい」

 言いながら、これはその料金も含めた路銀だと渡すとその高額さにスルヤが目を見開く。

 遠慮するスルヤにこれはスルヤだけのものでなく、今後集まって来るだろう異能保持者のためのものでもあるのだから、と受け取らせた。

「サルマンとアルムフェルトは協力してくださると伺っています」

 インカンデラ周辺の諸国の通行許可書も預ける。

「ではそちらを通って行くことにします」

 大事そうに押し抱き懐に仕舞った。

「スルヤさんたちに守りの風が吹きますように」

 きっと荒地で会おうと約束して別れた。

 そして、その約束は叶えられる。

 シアンがしたためた書簡は相当な効力を発揮した。特に、魔族の国では入国や通過はもちろんのこと、宿泊や飲食さえも優遇された。驚いたことに、王宮に招へいされ、国王にシアンの様子を尋ねられた。奇しくもスルヤが会った幻獣とインカンデラ国王の会った幻獣は同じだったので、彼らの変わりない様子を聞いて満足げだった。

 国王の指示で兵士を付けられて、安全に異能保持者を連れていくことができた。武力となる異能を持たない者ばかりだったので、一人で戦ってきたスルヤは安堵した。

 そうして、異能保持者を集めて開墾地へとたどり着いた際、その美しい光景に歓声が上がった。

 空気は澄み、温暖で、水に溢れ、豊かな緑を湛えた、動植物がのんびりと住まう場所だった。

「ここが荒地?」

「こんなに美しいのに荒れた土地なんてとんでもない!」

「見ろ! この肥えた土を」

「本当だ。耕しやすそうだな」

「器具も揃っている!」

 わいわいと騒いでいると、先にやって来ていた者たちが姿を現し、一通り挨拶を行って出来上がっているルールを語った。

「ここではできる者ができることをして生きているんだ。上の人間も下の人間もない。纏め役は必要だと思うがね」

 肩を竦めて見せる男に、スルヤと旅してきた者たちは笑う。

 長旅で疲れただろうから、ゆっくりしろと食事を用意してくれるという。

 建物はまだ建築中だという男に、スルヤの同行者たちが木材や石材の取り扱いは得意だと伝えると歓迎された。それまで、スルヤ一人に戦わせて縮こまっているだけだった者たちが自分たちの異能が役に立つと張り切った。

 みな一様に明るい表情をしていた。

 インカンデラから同行してくれた兵士たちは国王の指示により、しばらくは手を貸すように言われているのだという。

 有り難いことだった。

 目的地に到着した晩、スルヤは眠りにつく前にシアンが持たせてくれた書簡をそっと押し頂き、感謝した。



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