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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
465/630

39.因果は不思議に

 

 異類審問官及び護衛官によって異能者が暮らす村々が狙われた。

 ゼナイドは貴光教の要求を突っぱねたが、暗躍する者がいた。

 幻獣のしもべ団でも他人事ではなかった。

 団員の中には異能保持者が幾人もおり、郷里も危険に脅かされていた。

 マウロはカークとグェンダルと相談し、ゾエ村とロイクとアメデの村へそれぞれ団員を送り込むことを相談していた。

「ミルスィニは逆に島で待機させておいた方が良いな」

「そうですね。ただ、母御とは連絡を密に取らせるようにしましょう」

「それが良いな。年ごろの娘のことを心配しているだろうからな」

「オルティアの方は心配ないが、そちらも連絡はこまめにするように言っておいてくれ」

 そんな中、悲報が届いた。

 ゾエ村が襲われたのだ。

「ちっ、迂闊だった。ゼナイドが異類審問官の入国を拒否しているからって悠長に構え過ぎた」

「至急、人を出します」

 しかし、事は既に終わっていた。

 突如現れた黒ローブが異能保持者を逮捕しようとしたところ、村の者が抵抗し、刺し違えたという。

 あまりのことに絶句する。

 その自爆とも言える行為をしたのがマティアスだと聞いて、グェンダルは涙した。村に一軒家を与えられたと言っても、外から鍵を掛けられ、外出時には常に村長が付き従う窮屈さの中で、村人と少しずつ交流し、人らしい暮らしを送るようになっていた。

「これから、これからだったのに。あんなに穏やかになって、怯えて、でも、ちょっとずつ村の者たちと親交していたところだったんだ。それがどれほど嬉しかったか。村を失ったあいつがもう一度やり直せるところだったんだ。なのに、なのに……」

 グェンダルは心の冷静な部分ではマティアスに同情する部分があると認めるものの、流石に八つ当たりで自身の村を襲われたことに怒り心頭だった。

 その気持ちが変化したのは、クロティルドの粗相を鷹揚に受け止め、態度を改めてやり直す機会を何度もくれたこと、その後の頑張りを認め、その能力を評価してくれた幻獣のしもべ団やシアンの影響があった。

 いつだってやり直せる。しかし、そこには反省と行動が必要だ。上辺だけ謝ってみせるのではない、誠実さと成果が必要だった。

 嫌だと思った人間でもちょっとしたことで手を取り合うことができる、互いに役に立つことができる。それは一方的ではない。差し出された手を握って、ただ立ち上がらせてもらって引いて行って貰うだけではない。受けた恩以上のものを返そうとする行動が必要だ。

 そのことを目の当たりにし、マティアスの村人との親交を思い返し、いつかは、と期待せずにはいられなかった。そして、村長の弟として村の安全への責任を感じているグェンダルをして、村を破壊したマティアスへの許容と慈悲の心を持つことができた。

 やられたらやり返す。知能と感情を持つ者として当たり前のその思考から逸脱した価値観だった。

「彼らは、異類審問官たちは異類たちも他の人間たちと何ら変わりなく考え感じると知らないんだ。それはお前がよく知っているだろう? 今までゾエ村の人間たちと関わってきたお前なら」

 シアンはそれをマティアスに思い知らせるために、随分平和的な手法を考えついたのだとグェンダルは思う。暴力ではなく、人の心に触れさせることでそれを教えたのだ。そして、ゾエ村の人間に苦痛を与えないように知らせないように言っておいた。誰も傷つかず、マティアスに教えることを可能にした。翻って異類審問官たちはどうだ。ありもしない悪をねつ造して暴力に訴えて虐待する。それで自分の正当性を主張するのだ。

 同じく一度村を失ったリリトには痛いほどその気持ちはわかる。リリトも二度故郷を襲われた。二度目はゾエだ。そのゾエがどうにか防戦し、立ち直ることができたのは、村人の中に強力な異能を持つ者がいたことと、翼の冒険者が積極的に復興援助をしたことによる。だから、ゾエ村のリリトたち八人がしもべ団となって活動している。その働きだけでは賄えないくらいの援助をして貰っている。それがどれほど有り難いことか。失ったものを取り戻すことはできないけれど、立ち上がって新たに作り出す手助けをしてくれたのだ。

 マティアスの様子を見に定期的にゾエ村に行くグェンダルがもたらす村の様子に、リリトたちは喜んだ。どこそこの寡婦が再婚した、誰それが新しい奥さんを貰ったとか、どこそこの家庭に子供が生まれたと聞くことがどれほど嬉しく励みになったことか。グェンダルはしもべ団でも要職を担っていたので、長期不在は歓迎されなく、転移陣を使っての移動だった。更には、ゾエ村に行くたびにエディスから物資を購入して運んでいる。故郷が平穏無事であるというのが心強いものなのだということを、旅に出て知った。



 ゾエ村の異能は強力な武器ともなるが、その分、視力や聴力が低下した。

 彼は物心ついたころから聴力が弱く、だからあまりうまく喋ることができなく、子供のころから揶揄われ、さんざん嫌な目に遭った。極力話さないようになった。

 この世界では文字を解する者は多くない。その少ない中の一人、村長の弟であるグェンダルはそれならばと彼に根気強く文字を教えてくれた。読み書きができるようになると、喋られなくても何とかなるものだ。やる気のある商人たちは読み書きができる者が多いからだ。大国ゼナイドの国都エディスともなれば、特に顕著だ。

 だから、彼は逆に読み書きができない商人に教えてやった。その時はさほど感謝されなかった。仲良くなったつもりだったが、自分の事をどこか見下していて、そんな自分に教わるのが面白くなかったのかなと思った。

 ある日、ひょんなことからそんな彼が知らないところで自分の事をかばってくれていたと知る。うまく喋られないのを馬鹿にしていたやつに物申してくれていたのだ。だから商人が困ったときは自分も助けようと思っていた。

 だからこそ、欠点があるのに異能はない彼は、黒いのに連れていかれそうになった家族を取り戻そうとする商人を助けた。そして、自分が捕まりそうになった。

 這う這うの体で逃げ出し、どうにか村までたどり着いた。

 後で考えたことだが、黒いのたちはわざとすぐに捕まえずに逃げるに任せ、村まで案内させたのだ。

 村に帰って来て安堵の息を吐く間もなく、黒い布がはためくのを見てぎょっとした。驚きすぎて自分に伸ばして来る手が見る間に大きくなるのを茫然と眺めていた。そんな自分の腕を引いて、黒いのから遠ざけてくれたのはマティアスだった。

 少し前から村に住み着いた彼の友人だ。

 マティアスもあまり喋ることはなかったが、村で出会えば自分の上手く出ない言葉に静かに耳を傾けてくれ、一言二言返してくれた。初対面の時から地面に棒きれで文字を書いて意思疎通を図ろうとするのにも面食らいつつも合わせてくれた。それから文字のやり取りを重ね、文字を用いない会話を行うまでに至ったのだ。

 彼にとっては初めてできた友人だった。

 そう言うと変な顔をしたので慌てて謝罪して前言を撤回しようとすると、嬉しかっただけだと答えてくれた。

 マティアスはこの村へ来る前のことは一つも語らなかった。きっと辛いことがあったのだろうと思う。でも、あんなに優しい人なのだから、これからは幸せになる。彼はそう確信していた。

 何故なら、読み書きを教えてやった商人が自分のことを庇ってくれていたのだと話すと、マティアスは我がことのように嬉しそうに笑ったからだ。

 商人が困ったときは自分が助けてやるのだと言うと、きっとできるよとさえ言ってくれた。

 そんなマティアスが死んだ。



 黒い変な恰好をしたやつらは危険極まりない異能者を連行すると高らかに宣言した。力づくで連行されそうになり抵抗する者が徐々に声を大きくし、子供たちは異様な雰囲気に泣き叫び、村は騒然とした。まだ衝撃波を放ってはいなかったが、一触即発だった。

 マティアスは穏やかな村の生活が脅かされようとした時、子供のころ体験した記憶が呼び覚まされた。

 まざまざと見た。

 過去、自分の村を襲った出来事が再現されるのを。圧倒的な暴力で村を蹂躙する非人型異類と黒ローブの所業が重なって見えた。

 ゾエ村に何かを仕掛けているのを見かけて興味を持って村を観察し、結果、非人型異類が暴れまわったのを手助けしたのはマティアス自身だ。けれど、今はその行いを悔いていた。ゾエ村の復興に携わり、少しずつ村人たちと接するうち、自分のしたことの大きさ惨さ、そして考えなさを思い知らされた。

 黒ローブは再び村に現れ、よりにもよって、マティアスの友人に襲い掛かろうとしたのだ。我を失ってふらりとその前に立ち、突然、大声を上げていた。咆哮だった。



 マティアスは彼が見たこともない形相をしていた。

 薄々マティアスは異能持ちだと思っていたが、小さな違和感しか感じられなかったため、そう力はないのだろうと思っていた。

 しかし、今、陽炎のように空気が揺らぎマティアスの前身から立ち上る。

 とてつもない力を感じた。

「また奪おうとするか! 二度もさせん!」

 魂を引き絞るような声音に、彼は緊迫する状況に反して、ああ、彼はやはり辛い目に合ったのだなと感じた。だから、甚大な力を感じても怖いと思う前に、悲しみを感じた。無二の友人がこれほどまでに激高し、悲痛な声を上げるのだ。きっと以前、この村が非人型異類に襲われた時に彼が祖父母を亡くしたのと同じくらいの悲しみだろう。上手く喋ることが出来ない息子に愛想をつかした両親の代わりに育ててくれた優しい祖父母だった。

 彼は何となくまだマティアスにその話をすることができないでいた。マティアスはマティアスで大きな傷を抱えている気がしたのだ。けれど、悲痛な叫びを聞いて、これが終わったら話してみようと思った。彼の悲しみとは全く違うかもしれないが、寄り添うことができるかもしれない。

 彼の願いは叶わなかった。

 マティアスにとって幸いなことに。

 二人の黒ローブを相手取って一歩も引くこともなく戦い、彼らを道連れに死んだ。

 自分のことを初めてできた友人だと言ってくれた彼が、庇ってくれた商人が困ったときは助けてやるのだと言ったことが念頭にあったこともある。

 今度は友人を助ける側になろうと。

 マティアスの願いの方は叶った。

 最期まで、心から彼を気に掛けた友人に悼まれ惜しまれながら、この世を去った。

 彼の心の中で物静かで穏やかな友として生き続けた。

 優しい友人がその優しさゆえに招いた災厄によってマティアスは死んだ。そしてまた、その優しさによって醜悪な真実を知らずに済んだ。

 時として、因果はそういった不思議な綾を為した。

 マティアスは圧倒的な力を跳ね返そうとした。弱者がやられっぱなしでいる義理もない。

「その時、思い知らされたんです。これが有効手段なのだと。どんなに高邁な思想もあの圧倒的な光景の前では塵あくたに等しいと。これこそが誰も避け得ない出来事なのだと。それを悟ったからこそ、私もその手法を取ることにしました。私は全て失った。その私が同じことをやって、誰に責められようか!」




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