38.対象者たち ~眉唾物/ゴッドスレイヤー/必要な存在~
エルフも異類とみなされるため、異類排除令の対象となった。
エルフたちが住まう森、通称神秘の森は森を閉じた。
外にいる同胞たちが逃げ込むのでぎりぎりまで森に入り込もうとする黒ローブたちを撃退した。普段いがみ合っているクリジンデとエッカルトが息の合った連携を見せた。互いをののしり合いながら、というのが何とも二人らしいことだった。
そこに入ることができなかったエルフが次々に狩られて行くのを幻獣のしもべ団が助ける。幾人かのエルフたちはインカンデラの西の地、荒地へ移動した。そこで開墾を手伝いながら、事態が終息し、再び森が開かれるのを待つことにした。
異類排除令はプレイヤーに大きな打撃をもたらした。
短期間ではあったが自分たちも狩られる側に立ったあの時の恐怖は筆舌に尽くしがたい。現実世界がどれほど文化水準が高く、人道的配慮がなされているかを実感した。政治家たちに不満は尽きないけれど、人が積み上げてきた文明的見地に慣れ親しんできた彼らからしてみれば、この世界で起こった勢力を持つ宗教が行う弾圧というのは恐ろしいものでしかなかった。
プレイヤーたちは意見を聞き入れられずに自由を奪われ連行されたこと、狭い部屋に閉じ込められ、おぞましい器具でもって虐待されそうになったことをインターネットを通じて話し合った。それでこその製作会社の迅速な対応があったのだが、一部プレイヤーはこのゲームから離れることとなった。
逆に、現実世界の過去に類似した、そこに魔法やモンスターといった幻想的存在を加味した異世界に慣れ親しんだ者たちは行く末が気になり、ログインした。
仮想の世界というにはあまりにも現実味があり、その世界で生活する者たちの歴史があった。
真実、異世界へやって来たのだと実感し、そこで疑似的な「もう一人の自分」「もう一つの世界」を堪能することは現実世界を過ごす上でも良い刺激となり、また、良い発想を得られることもままあった。現実世界では職場と家の行き来するくらいで外出しないが、異世界では気ままにあちこち旅をする者もいた。異世界での手間の掛かる営みが逆に利便性や効率性、合理性に特化した現実世界では味わえない醍醐味だと言う者もいた。そういった者は工房に弟子入りまではしないものの、独自の工房を持って生産に明け暮れた。
異世界の未発達な科学見識による一種珍妙に見える学説や通説も面白がられ、逆に現実世界の知識でもってアドバンテージを得ることができるのも爽快だった。
あまりにリアリティがありすぎて、現実世界でもスキルを使おうとして何も起こらずに拍子抜けすることもままあった。
それだけ、「もう一つの世界」に馴染み、なくてはならない場所となっていた。
だからこそ、製作会社が管理者を通じて異世界人は異能排除令に該当せずという発令が行われた後、プレイヤーたちはこの世界へ戻ってきた。
世界は荒廃していた。
度重なる天変地異に凶作、流行り病が重なった上での異能排除令だ。
暗雲立ち込めるかのような不穏で重苦しい雰囲気に包まれていた。
そんな中、何やら人々が浮足立っているように見えた。そわそわしていると言っても良い。
ザドクは穏やかな物腰で異世界の人間とも交流していた。
その知人に最近、街がどことなく明るい気がすると聞いてみた。
「ああ、そうなんだよ。……そうだな、ザドクさんなら大丈夫かな」
やはり何かあるのかと思うザドクは、自分を信頼してくれているのを内心喜んだ。
「いえね、ザドクさんと同じ異界人で翼の冒険者って人が食べ物や日用品、驚くことに、薬まで配ってくれているってんですよ。ここはまだ何とか食べる物がありますがね、他所では飢え死にする者が出るくらいのもんなんですよ」
翼の冒険者とその支援団体が密やかに物品を配り、また、より物資を広めるために翼の冒険者が商人たちに依頼して安価で物流しているのだという。
「いやはや、すごいもんですよねえ。お陰で生き延びた者が大勢いるそうですよ」
「ああ、シアンさんが」
漏れ聞く彼の噂は荒唐無稽なものも多かった。
曰く、立て籠り犯を一人も殺すことなく制圧し、幼い人質を無傷で保護した。
曰く、クラーケンを討伐した。
曰く、老獪な大商人をファンにした。
曰く、動く島に乗って海を渡った。
曰く、どこか別大陸の救世主となった。
曰く、複数属性の神殿から聖者扱いされている。
曰く、神を倒した。
グリフォンの他にドラゴンも連れているのだ。半分は本当かもしれない。残りは各地の神話などと混同されているのだろう。
つまりは、それだけ各地で人々に愛されているのだということだ。
なお、真実は噂より奇なり。もう少し斜め上の結果を生み出しているが、ザドクは考えも及ばない。
「おや、ザドクさん、もしかして、翼の冒険者をご存じで?」
「ええ。こう見えて、一緒に戦ったこともあるんですよ」
「そうなんですか! 流石はザドクさん! グリフォンは見ましたか?」
「ええ、間近で。触ることはできませんでしたが、素晴らしく美しい獣でしたよ。それに、知性も高くて、私なぞよりもよほど賢い」
「そうなんですね!」
いつの間にやら村人が集まってきてザドクと知人とが話す翼の冒険者の様子に耳を傾けていた。
彼らの明るい表情を見るうちに、この状況下でこれほど気分を上向きにさせることこそが、翼の冒険者の真骨頂なのかもしれないとザドクは思う。
「シアンさん、ご無事で」
巨大な宗教がなすことに及び腰になっている国やその他の神殿、諸ギルドの陰で、何かと尽力しているらしいシアンの身を密かに案じた。
アレンもたちもまた、それらの噂を聞いていた。
「多分、全部事実なんだろうな」
「ああ。幻獣が増えたから、より一層酷いことになっているな」
「亀に乗ったって言っていたものなあ」
「亀も蛇も大きさを変えられるって言っていたしな」
「一角獣だっけ? 一瞬で狩るんでしょう?」
「神も倒しそうだよなあ」
「どれだけの商人だってあの財力には平伏するわよね」
「フラッシュも色々教わっているらしいじゃないか! 兎の丸い尻が五つ並んでいるって……! 兎が生産するって……‼」
彼らはフラッシュを通して様々に伝え聞いていることもあり、より事実に詳しかった。
そんな彼らはシアンが異能保持者を保護すると聞き、呼びかけを手伝うことにした。
「ザドクのとこにも声を掛けてみるか」
「フィルんとこは?」
「あー、後になって知れたらへそを曲げるから、会ったら言っておくか」
「お前ら、現実世界は忙しくないのか?」
「俺らもこっちが気になるんだよ」
「九尾召喚はいつになることかしらねえ」
「まあ、シアンの方でもあいつなりに役に立っているみたいだしな」
「九尾様……!」
のこのこ怪しい黒ローブについていったと聞いた九尾がこれはいかぬと張り付いているのだ。
『ティオもリムも強者だからこそ、こういったことに無頓着ですからね。シアンちゃんに物理的な危害を加えられなくてもやり様はいくらでもあるというもの』
『シアンが意地悪言われたら反撃するもの!』
『シアンは守る』
『どっちみち殲滅! それはそれで被害甚大。周囲への影響とか後々やりづらくなるとか考えないんだから、君たちは!』
この不穏な情勢で差し伸べる手は多い方が良いと思い、フラッシュは召喚は控えていた。アレンが不満そうだが、こればかりは致し方がない。
サルマン国都の冒険者ギルドのギルドマスターのオクサナは隣国ゼナイドが異類排除令に反対する意志を明確に示したことを盾に自国の王を説得した。結果、サルマン国は審問官の入国を拒否することとなる。
その後押しをしてくれた有力商人に挨拶に行くと、礼などどうでも良いと言わんばかりの様子で今後の対策を語り合った。
「商人としてはどちらにもつかず、静観する構えでいる方が利があるのでは?」
会話が途切れ、双方流石に疲労感が漂う中、ふと口をついて出てしまった。
しまったと思うがもはや遅い。
海千山千の商人に本音をオブラートにくるみもせずに言うなんて迂闊に過ぎる。案に相違して、そんな正直な言葉だからこそ、本音が返ってきた。
「何、翼の冒険者ならばこちら側につくだろうと思ってな」
意外な言葉に目を見開く。
商人は以前、孫を誘拐され、身代金を払うのを拒否したことがある。その誘拐犯は孫を人質に空き家に立て籠ったのだが、それをいとも簡単に解決したのが翼の冒険者だ。
「なるほど。勝ち馬に乗るのは商人としては当然のことですね」
「そういうことだ」
言ってにやりと笑う顔は若々しく、この人物がいれば大丈夫と思わせるものがあった。冒険者ギルドを預かる身としては、単純に頼ってばかりもいられない。
二人は対策を練り、様々な伝手を辿って使えるものは使い、多くのものを巻き込んでしたたかに立ち回った。
そして、サルマン国国都にも隣国に翼の冒険者が現われ、異類審問官を退けようとするのに加勢したという情報が流れてきた。
自分たちの考えが間違っていなかったと確証を得た二人は、更に尽力した。
ハルメトヤに近接するクリエンサーリやアルムフェルトは貴光教の異類審問官の入国を拒んだ。
ゼナイドもまた抵抗した。
隣国サルマンは国都の冒険者ギルドから強く意見され、拒む方向へ舵を切る。冒険者ギルドが強い発言権を持っていたことに加えて、有力商人が後押ししたこともある。
後に、サルマンは政治的配慮から審問官を受け入れざるを得なくなった際に、数十項目の留保条件を飲ませて対抗した。




