37.潜入
高い壁を持つ城塞都市キヴィハルユの大門は閉ざされ、人々は脇の小門から出入りしていた。
入市する行列が長蛇を作り、大分待たされると聞いていたが拍子抜けするほどすんなり入ることができた。
整然とした街並みに、人通りは少ない。
目的である貴光教の神殿は威容を誇っていた。鋭い尖塔がそびえ、中央塔の頂点に光り輝く輝光石がひときわ目立つ。
ディランは他の者がそうするのと同じように、尖塔を見上げた。
素早く建物の全景や窓の位置、周囲の建物との距離などを確認する。
アーチ状の入り口をくぐり、礼拝堂へ入って祈りを捧げる。
その後、入り口付近に佇む聖職者を捕まえ、自分は光属性を持ち、一念発起して村を出て来たのだと話した。
「昨今の天変地異や凶作、流行り病を憂いて、こちらの神殿では広く物資を与え、救済をされているとか。その慈悲深さに感銘を受け、私もお手伝いできることがないかとやって来たのです」
「それは奇特なお考えです。貴光教では広く人材を求めています。こちらへどうぞ」
相次ぐ凶事の対応に忙しいだろうに、流石は総本山の聖教司は落ち着いた物腰である。清廉な表情からは自身の身をゆだねる宗教が異類排除などという凶行に及んでいることなどおくびにも出さない。
黒ローブたちが幻獣のしもべ団を敵視するようになり、諜報隊もハルメトヤから引き揚げさせている中、異類排除令といった強権を発令した貴光教の動きを掴むことは急事であった。
そこで、ディランは自身の持つ光属性を活かして信者として潜り込むことにした。くどいほど安全第一を言うマウロに、潜入中に頭角を現して聖教司になったらどうしようとふてぶてしく笑ったものだ。
ディランはリベカとともに魔族の国へ行き、その営みをつぶさに見て来た。人間と何ら変わりなく生活しているのに、彼らを一方的に悪と断じ、捕まえては拷問して躍起になって「魔族の悪行」を自白させようとする貴光教に嫌悪を感じていた。情報を吟味することなく偏った見方をすることに反発し、一種の侠気を持った。
剣も荒事も得意で、密偵技術にも自信があったからこその潜入捜査だ。
貴光教では人手不足で、新人と言えど有益な人物だと見なされば取り立てられるのもすぐだという。
「そりゃあいい。使える奴だと見なされれば、異類審問官にもなれますかね?」
ディランの冗談交じりの言葉は、聖教司の穏やかな、しかし、答えを拒否する笑みで躱される。
マウロには安全第一だと言われているし団則も知っている。だとしても、悠長なことをやっている場合ではない。ディランは大きく踏み込むことで相手がどう反応するかを確認しようとした。
まずは労役係見習として荷運びなどの力仕事を任された。
そこでもただ言われて運ぶのではなく、さりげなくどのように使うのかを聞き出して運んだ先で積み上げ方にも工夫した。
「仕事が早いな! 一人でもうこんなに運んだのか」
「いや、この積み方なら物を取り出しやすいね!」
「食品は古い方から出した方が無駄にしませんからね。すぐに使わなさそうなものは奥側に積んでおきました」
また、番号と日付を、麻袋には炭で、木箱には釘で引っかいて入れることによって一目で分かるようにした。
翌日からディランは荷運びの他、次々と仕事を任されるようになった。
あちこちに顔を出しながら仕事を受けるついでに見聞きしていく。情報整理はお手の物だ。
労役係は合理的な部署だが、いかんせん、あちこちへ駆り出されてどこもかしこも人手不足で有能な人間は重宝された。
「ディランさんは以前は何をやっていたの?」
「こんなに良い男だもの、恋人はもういるんでしょう?」
労役係には妙齢の女性も多く、力仕事を手伝えば歓迎された。
「どんな人が好み?」
力のある若い男性は異類排除令にまつわることで神殿の外へ出向いていることが多く、あからさまにこなをかけられることもあった。
これ幸いとにこやかに対応しながら情報を引き出していく。
アメデほどではないが、ディランとてそこそこ見られる容姿だ。
なお、アメデに言わせると、女性に好まれるのは外見の良し悪しではないとのことだ。
「そら、これをやるよ」
手伝った礼にとそっと渡されたパンには肉が挟まれていた。
「おお、肉だ!」
「しっ、他に見られないうちに食べちまいな」
声を潜めて言うと労役係は足早に行ってしまう。
食べ物はあるところにはあるものだな、と遠慮なく食べる。豪華ではないものの食事もきちんと出る。貴光教内部はシステム化が進んでおり、無駄を省いた見倣うべき点も多い場所だった。
それに力を貸せばこうやって厚意を示してくれる。
情報収集のために積極的に雑談に混じって見れば、内部の人間は普通の価値観の者たちだった。
「どこをどう掛け間違ってしまったんだろうな」
彼らは巷で行われている陰惨なことに薄々勘づいてはいた。
それでも、食べて行くためには目を瞑って耳を塞いでいなければならないこともある。本当にそれで良いのか、という声は、事が終息してから上がることがままある。
自分たちがやっていることが間違っていると認識して行動にすぐさま移せる者はそう多くはない。
数日もしないうちにディランを迎え入れた聖教司がやって来た。
「君のような有益な人間を迎え入れることができて非常に喜ばしいことです」
にこやかだがどこか探るような視線に、普段のふてぶてしさを潜め、恐縮して見せる。
「恐れ入ります」
ディランは礼拝の手伝いをも任されるようになった。
人前へ出てもそつなくこなす姿を、聖教司はじっと観察していた。言動におかしなことはなく、単に上昇思考が強いだけかとも考える。あれほど能力のある人間だ。すぐに地位を得るだろう。では、取り立ててやったことへの見返りも十分に受けられるかもしれない。
けれど、万一にも良からぬことを考える輩であれば、あまつさえこちらへ累を及ぼすことになっては一大事である。
「しっかり見張っていろよ。今は犬目どもは出払っている」
「はい。でも、あいつ、結構がたいが大きくて」
子飼いに言えば、気弱気に見上げてくる。
「大丈夫だ。いざとなったら我らには「特別な薬」がある。
聖教司は常に浮かべている穏やかな笑みで答えた。
ダリウスは飲み仲間となった老人たちの様子を時折見に行った。
「本当にダリウスさんは面倒見が良いねえ」
「今度は異能保持者の保護か」
「彼らの異能は役に立っておるというのに。悪いものばかりじゃないのになあ」
「そうじゃそうじゃ。力など使いようによって良くも悪くもなるものだよ」
現状を憂いて、ギルドに顔が利く彼らも幻獣のしもべ団の活動を支持すると表明してくれた。
彼らは物資の配布の手伝いをも行ってくれていた。
「あちこちから喜ばれておるよ」
「じゃあ、追加分をまた持って来るよ」
「いや、助かるねえ」
どこも物資不足だ。すんなり受け入れたのは、翼の冒険者の活動を聞いていたのだろう。耳の早い老人たちだ。
「物資はちゃあんと異能保持者にも行き渡るようにしておくからね」
「ありがとう。頼んだよ。ああ、それとこれも渡しておくよ」
「いかんいかん、金など!」
テーブルに置いた布袋がたてた音に老人の一人が手を振る。
「そうじゃよ。わしらとあんたは呑み友だちじゃないか」
「いや、これは翼の冒険者から預かっている異能保持者たちの路銀だよ」
「なるほどね」
「行き届いておるの」
大人数が移動するには金銭が掛かる。必要なものだと知れば、頑なに拒否せず受け取る柔軟性を見せる様は流石に各ギルドで活躍した者たちである。
「で、骨折りして貰うから、ここの酒代は俺が持つね」
「それは、嬉しいの」
ダリウスは年上の友人たちとゆっくりと酒を楽しんだ。こんなご時世だからこそ、楽しみは必要だったし、たまの息抜きだった。
酸いも甘いも嚙み分けた老人たちの語る話に耳を傾けながら、穏やかなひと時を過ごした。




