34.各神殿と神々 ~勇気の小鳥/真面目な部分もある/羨望/焦燥~
人々は疲弊する。
天変地異と凶作、流行り病に翻弄されていた。
他者に関わっている余裕はなかった。ましてや、他者が攻撃されているのを助ければ、自分にも類が及ぶかもしれない。自身に及ぶだけならまだ良い。自分に何かあっては子供が生活できなくなる。
冒険者はうそぶく。
翼の冒険者が助けているのならそれで良いではないか。あんなに強い幻獣たちがついているのだから。きっと何とかしてくれる。
プレイヤ―は匙を投げる。
翼の冒険者も良くやる。やりたいからやっているんだろう。好きにすれば良い。でも、自分たちは無理だ。そんな余力はない。現に、助けてやったら我も我もと殺到された。このままでは食いつぶされる。それどころか、自分たちを助けてほしいくらいだ。
冒険者ギルドは奔走する。
各地を跋扈する非人型異類の被害を食い止めるので精いっぱいだ。
冒険者たちに支払う金銭の出処は国だ。国庫を空にするほどの非人型異類の目撃情報が殺到している。冒険者の数が足りない。
商人は時機を見定める。
今が商機だ。売買するものがなくて腐っていたところ、その機会を与えてくれた。それが人助けにもなる。自分よりも優れた大きなことをする商人たちに混じって活躍できるのだ。
各国は傍観する。
光の属性は六大属性でも上位に位置づけられる。その光の神を崇める国際的宗教の動きに、国は慎重にならざるを得ない。自国にも信者が多くいるのだ。ただでさえ、凶作や天変地異、流行り病で国民、特に労働の担い手が減りつつある。それに、貴光教は翼の冒険者に指示して薬や物資を配らせているそうではないか。本来、国がすべきことを肩代わりしてくれた。凶作や天変地異、流行り病への不満をぶつける相手がいた方が、自分たちが矢面に立たずに済むというメリットもあった。
神殿は静観する。
六大属性の神殿は上位神を祀るだけあって、規模が大きく信者も数多く擁している。貴光教に正面切った対立をしてしまえば大ごとになり、貴光教をより頑なにさせてしまうことを懸念した。聖教司たちは個別で抗議を行った。そんな中で炎の神殿は明確に貴光教を非難した。風、大地、水の神殿では混乱を避け、人命救助を優先させた。闇の神殿は貴光教を刺激せず、時機を見計らっていた。何より、魔族を審問官の魔の手から逃す対応に追われていた。末端の聖職者たちは翼の冒険者の味方をした。旗色を明確にさせない神殿でも、救済は自分たちの役目であることを忘れていない。異能保持者だろうと他属性の者だろうと助けた。それは貴光教信者も含まれた。彼らは罪のない貴光教信者を逆に暴動に巻き込まれないよう務めた。
人間は苦痛をやり過ごすために視野狭窄になりがちになる。今の苦難が過ぎてくれるのなら、その後に訪れると予想される苦難の方がまだましだと思う。
その実、どっちもどっちで、現状を改善できないのであれば、後になっても同じように感じる。
民衆も貴光教はやりすぎだという意見の者たちがいた。翼の冒険者率いる幻獣のしもべ団を支持する者は少なくなかった。
そんな中、貴光教は浄化金という制度を制定した。魔族と関わったとされるものに対して課される罰金である。金銭を払うことで魔族との関わりが浄化されるというのだ。これで魔族を匿うものを減らし、かつ、異類審問官の活動資金とする狙いがあった。
またある時は、六大属性の神ではない神を崇める民の集落に現れた黒ローブが村人たちを異類だと糾弾した。生前罪を犯した者を死後の裁きによって心臓を食べる神だ。頭が鰐、体の前半分が獅子で後ろ半分がカバの姿を持つ。恐れ敬い、悪事への戒めとされてきた神である。それを邪教だと決めつけた。
他者の領域にずかずか立ち入って、突然、無理難題を突き付ける傲慢さに人々は愕然とする。
貴光教は自分たちの首を締めた。
彼らのやり様がおかしいと思う人間が次第に増えて行ったのだ。
「お前らに異類であるという嫌疑がかかっている」
「異能を持っているな?」
村に突然現れた黒い布を頭から被った怪しい風体の男たちが言う。
「た、確かに異能を持ってはいるが、それは攻撃に関するものでは……」
たまたま男たちの近くにいた村人が恐る恐る言う。
異類排除令の噂は聞いていた。多くの異能保持者が捕まり、裁判にかけられて刑をくらったとも。自分たちのようなちょっと生活に便利なだけの異能持ちには関係のない話だと思っていた。それに、酷い目に合うなんて、尾鰭がついたのだとも。噂はおどろおどろしく、それだけに面白がって話を盛っているのだろうと高を括っていた。
「連れていけ!」
「ちょっと! だから、私たちの異能は攻撃できない代物なんだよ! それに、何もやっていないのに、どうして捕まらなくちゃならないのさ!」
だから、実際こうして全く話を取り合わずに無実の人間が捕らえられようとするなんて想像だにできなかった。
「父さん! 父さん!」
「あんたは家に入っていなさい!」
夕影のあちこちで悲鳴が上がり、村は混乱に陥った。
「お前ら、どんな権限でこんなことをしているんだ!」
「神の御意志だ」
「神だと?」
神が自分たちは悪いことをしたと断じたというのか。
「そうだ。貴様らも知っているだろう。各地で天変地異があり、極めつけが彗星に日食だ。あれらは神のお怒り、神の御徴」
「だ、だからって俺たちが何故捕まるんだ!」
「それはもちろん、お前たちが罪深いからだ」
「俺たちは何もしていない! 悪いことをしていないのにどうして!」
「な、なあ、俺たち、捕まってどうなるんだ? 金なんてないよ。出せる物なんて、一つもない!」
凶作に喘ぎ、天変地異に苦しみ、流行り病に怯えて暮らす、彼らの心からの悲痛の叫びだった。
黒ローブたちには届かない。鋤や鍬を手に手に抵抗しようとする村人たちを簡単に無害化し、荒縄で両手を縛り、自由を奪っていく。
「お前たちは裁きを受け刑に処される」
「裁きって、悪いことをしていないのにどんな罰を受けるって言うんだ!」
村人たちの決死の抵抗もむなしく、大勢が捕縛され、連行されようとした。
「母さん! 母さん!」
「すぐに戻って来るから! 畑と家畜を頼んだよ! 何かあったらみんなに相談しな!」
「いやだ、行かないで!」
彼らの脳裏にまことしやかに伝わる噂が浮かぶ。
曰く、異類排除令によって逮捕された者は戻って来ることはない。
曰く、遠く離れた岬に逮捕された者たちのなれの果てが流れ着く。
曰く、それは貴光教の非道を見せつけるように展示されている。
拘束された者も残された者も鼻をすする音や嗚咽を堪える声がそこかしこからする。
「お前らっ! 何をやっている!」
村人を連行しようとする黒ローブの前に立ちはだかる者がいた。
袖付きの貫頭衣は聖職者が着ける衣装だ。くるぶしまであることが多いが、四十代の男性の裾は脛までの短さで、ズボンやブーツが見える衣装は炎の聖教司のものである。腰に幾重にも巻きつけた帯は赤、橙、黄、白、青といった色があり、これは位によって異なる。
彼は近くの街の神殿に務める聖教司であり、不穏な情勢から周囲の村々を回り、目を配っていたのだ。騒動を聞きつけ、乗り込んできた。
「天変地異や凶作、非人型異類の跋扈などという最悪な事態が起きている時に! 人を浚って拷問している暇があったら、非人型異類の討伐でも行ってこい!」
黒い布を頭からかぶった怪しい風体の男たちに一歩も引かずに、自分たちの神を信じるのでもない異能保持者と彼らの中に割って入る。そのまま、村人たちを背中に庇い、炎の聖教司は拳を握り締めた。
周囲から賛同の声が上がる。
黒ローブが苛立ち、じり、と足を踏み出そうとした。
噴き出す殺気に、けれど、炎の聖教司は怯まなかった。ここで朽ち果てることになったとしても、本懐を遂げた満足感を胸に逝くことができる。いと高き場所で同じく殉教した同志たちに胸を張って会えるというものだ。
黒ローブの裾がはためき、武器が鈍く陽光を弾いた時のことだった。
「ルルリリ、リリルル、ピピピピピ」
美しい澄んだ鳴き声と共に、さっと一陣の風が奔る。炎の聖教司と黒ローブたちの間を突っ切って、彼らの間合いを広げさせる。
「ピーピピピピピ」
「キーィッ、キーィッ」
「チーチチチチ」
「ピルルルルルル」
その後を追うようにして、小鳥の群れが飛ぶ。羽ばたきが大きな一つの音と化す。
炎の聖教司と黒ローブたちはたまらず後退し、狭間は更に広がる。
小鳥たちは旋回して再びこちらに向かって来る。
小鳥の群体は巨大な矢じりとなって猛スピードで迫ってくる。
「ちっ」
黒ローブは舌打ちして潮が引くように撤退していった。
小鳥たちはしばらく警戒するように辺りを飛び、やがて去って行った。
その先頭でひと際美しい歌声を上げる小鳥の灰色の羽根に、夕紅の鮮やかな色が映える。
各地でそうやって異能保持者の捕縛を阻む小鳥の姿が目撃された。
小さき者でも力を合わせれば事をなす。見よ、夕映えの小鳥を。心根のままに美しい歌声を響かせる。
先頭を切って勇敢に飛ぶ美しい歌声の小鳥は、夕彩の最中、燃える炎の鳥だと炎の神殿で語り継がれたという。
炎の神殿に少し前に、翼ある獣を従えし者は炎の粋のごとき勇ある者だ、という神託がなされた。
それ以前に降りた、翼ある獣を従えし者には警戒せよ、という神託と相反するものだった。
炎は燃え盛る勇気に例えられる。
そのものずばりを宣言された。
翼の冒険者は炎の神殿にとって、神に称えられた者となった。いわゆる聖者である。
こうなれば、先の注意云々の神託も、注目すべき者であるという意味合いだったのだろうと受け止められた。
神託とはかくも曖昧なものなのだ。
その翼の冒険者は手下を使い、商人たちに協力させ、疲弊著しい大陸西に物資を行き渡らせた。跋扈する非人型異類を討伐し、異能保持者を保護しようと動いている。
炎の神が称える聖者の尽力にただ漫然と眺めているようでは炎の聖職者ではない。彼らは突き動かされるようにして各地へ散り、黒ローブの間の手から異能保持者を逃した。
突然、言い掛かりをつけられて捕らえられそうになった者たちからしてみれば、まさしく救世主だった。
中には燃え盛る気持ちのままに黒ローブに対峙し、死傷者も出た。
その姿がまた、縁もゆかりもない者たちを助ける弱者の味方に見えたのだった。
そんな彼ら炎の聖職者たちの行いは、翼の冒険者の救助活動を陰ながら支えてのものだという。
それで、異能保持者たちは翼の冒険者の呼びかけに応じてみようと思う者も少なくなかった。
炎がするすると滑らかにあらゆるものを飲み込んでいくように、勇気が連鎖していくのをいと高き御座にて満足げに頷いた。
『その意気や善し。励めよ、者どもよ』
異能保持者たちは異類審問官と護衛官の手を逃れ、神殿に逃げ込む者が多かった。
他属性の聖職者たちも彼らを救おうと奮闘した。
ふとした時に、実力よりも大きい力を発揮できることに気づく。
崖の上の神殿にて世界の粋を感じて修行に明け暮れていたスルヤは異類排除令のことを聞き、一も二もなく下界に降りた。風の神を信じる信じないに関わらず、助けられるだけの者を助けた。
逃げて来た異能保持者を風の神殿に入れ、門扉を閉めようとするところを黒いローブの奥からぬ、と伸びて来た手が掴み、阻む。
「くっ……」
思わぬ力に引き寄せられ、黒いローブの向こう側に吸い込まれそうな錯覚に陥る。
不意に迅風が奔り、押し戻すかのように門扉を閉める。甲高い金属がたてる音に我に返る。見れば、黒ローブが尻餅をついている。
慌てて施錠し、念を入れて魔法を施して開かないようにする。
ほっと安堵の息を吐くスルヤの耳に風が思念を運んでくる。
『お前、あいつと言葉を交わしたことがあるんだろう? 自分を守れ。あいつを泣かせる真似はするなよ』
耳元に届いた神威に打たれ平伏する。
以後は自身ももちろん他の聖職者たちにも呼びかけ、各々己が身を第一に守りながら戦った。
大地の聖教司はいつもよりも農作物が良くできたことに、感謝の意を込めてリュートを奏でた。心なしか、リュートを奏でると農作物が良くできるような気がするのだ。
翼の冒険者にリュートを教えたころからだ。
流石は神託の御使者だ、と大地の聖教司はリュートを大事に手入れする。
そのお陰で、周辺国では凶作が続くと聞くが、この村では飢えることはなかった。村人とよくよく相談して、天変地異に逃げ込んできた行商人に頼んで、周辺の村々に食料を配って貰うことにした。
行商人がくすねていくことも考えないでもなかったが、それでも、行商人が売り飛ばした農作物で生き延びる人間がいたのならばそれで良いではないかと結論を出した。
行商人はあちこちで翼の冒険者の話を耳にタコができるくらい聞いていた。だから、この村でリュートを共に奏で、そのせいで村が豊作続きだと聞き、大地の聖教司の願い通り、ほうぼうの村々に農作物を配り歩いた。
彼もまた、翼の冒険者に憧れていたのだ。それに、こんなご時世、この先どうなるかわからないのに食べ物を手放した村人たちの気持ちが尊いものだと感じていた。
行商人が旅路の間で非人型異類に襲われなかったのも、きっと大地の聖教司の意を汲んだ神の思し召しだと考えていた。旅をする最中、何か不思議な力の働きを感じることがある。こういう時は逆らわないことにしていた。
そしてそれは、事実だったのである。
『え、あの聖職者、ティオ様とセッションしたの? 何それ羨ましい! でもだったら、生き延びて貰わなくちゃね!』
くらいのものであろうが。
足を怪我してユルクに運んで貰った男やその子らの村では井戸が枯れることなく、水害に悩まされることはなかった。
また、子供たちは蛇を見つけたら食べることなく逃がしてやった。
「いやあ、どれだけ腹が減っていても、あの姿かたちをしたのはもう食べられないよ」
「でも、あっち向いてほいはできなかった」
「翼の冒険者が連れていたのは幻獣だからなあ。あのユルクさんが規格外なんだよ」
「あんなにでっかい蛇でも可愛かったもんね!」
「まあなあ。……って、可愛いなんてそんな失礼なこと言ったら気を悪くするぞ!」
いや、きっと喜ぶ。
『やばいわ、やばい! 水の君のお気に入りのレヴィアタンの孫と関わった人間においそれと死なれては困るのよ! 気合い入れて生き延びなさいよ!』
どこぞの神はさぞや、やきもきして見守っていることだろう。




