30.要衝 ~運びます/撫で待ち行列~
ディーノを通じての打診は快諾され、魔族の王は喜び勇んでシアンの都合に合わせるという答えが返ってきた。
シアンは幻獣たちに引き続き物品調達の依頼をする。基本は健康と安全を第一にしてほしいと伝える。
居間に集まった幻獣たちは銘々好きな体勢でシアンの言葉に耳を傾ける。
流行り病の時に協力して貰った商人たちにも声をかけるかどうかは様子見をしようとなった。
「彼らも彼らの生活があるから」
あまり貴光教に目をつけられるのも上手くないだろう。
『大勢の異類たちを移送するのであれば船を使って移動するのが良いだろうな』
一旦インカンデラへ入って横断するのであれば、貴光教に要らぬ疑惑を抱かせかねない。魔族が異類と手を組んで一大勢力を作り上げ人類と敵対しようとしている、とでも言いだしそうだ。
貴光教は異類たちが井戸に毒を投げ込み、流行り病を流行らせた張本人だと吹聴してまわったと聞いている。そこまでやるのだ。
鸞が広げた地図をカランが覗き込む。
『そうするとこの港町が一番適しているにゃね』
『おや、そこは……』
九尾も気づいた様子だが、カランが指し示したのは港町ニカだ。
ユルクの祖父の下へ向かう際に赴いたことがある、豪商ナウム・ブルイキンが拠点を置く街でもある。
『こうなるとここの商人には声を掛けて置く方が良いでしょうな』
「うん。どっちみち、異能保持者たちを船に乗せる港町の協力は必要不可欠だしね」
ニカは北東にハルメトヤ、南にドラゴンがいる山脈、北西を海に囲まれた立地条件である。ニカから南東にインカンデラがあり、荒地はちょうどドラゴンが住処にする山脈を挟んで南側に位置する。
ニカから海を渡れば荒地はすぐだった。
言われてみれば、これほど異能保持者たちを移送するために乗船する地点としては打ってつけの場所も他にない。
『ここが魔族の国で、その北のここら辺に山脈があって、ドラゴンが住んでいるんだね!』
リムが細く長い指で指し示すのを、幻獣たちが顔を寄せて覗き込んで頷いたり相槌を打ったりする。
わんわん三兄弟はさっと目配せし合い、珍しく口を噤んでいた。
隙間から頭を突っ込んで地図を眺めていたネーソスが意を決してきゅっと目を瞑る。
『……』
『えっ、そうなの?』
「ネーソス、良いの?」
ネーソスの申し出にユルクとシアンが驚きの声を上げる。
以前遠出した時のように大きくなって、今度は異能保持者たちを運ぶと話したのだ。
ネーソスはやはり人間が嫌いだ。けれど、幻獣のしもべ団のような良い人間もいる。そして、人間たちにも大事に思い無事を祈る者たちがいるのだ。ネーソスが幻獣たちに抱いている気持ちと同じように。
そうシアンに言い、協力すると力強く保証した。
シアンは目を潤ませてネーソスを抱き上げた。
『ネーソスの上なら安心だね。揺れも殆ど感じなかったし』
『そういえば、人間は船酔いをする者がいると聞いたことがあるにゃよ』
麒麟の言葉にカランがふと思い出したことを口にする。
『船酔い?』
『船に乗ると酔っぱらうのでござりまするか?』
『酒いらずでございますな!』
『船の揺れで気分が悪くなったり頭痛がして吐いているか寝込んでしまうのだ』
真剣な表情で地図を覗き込んでいたわんわん三兄弟が顔を上げ、鸞が訂正する。酒に酔うのと症状が同じなせいか、三匹は今一つぴんときていない様子だ。
『まあ、そんなに距離がある訳ではないし、ネーソスの速度ならばどの船足にも勝るでしょう』
『ネーソスが運ぶなら、私が護衛につくよ』
「ありがとう。それなら安心だね」
自分もと申し出るユルクにシアンが微笑む。遠出の時にネーソスの補佐として活躍していた。
『うん、荒地とかいう辺りまではおじいちゃんの勢力圏内だから、強いのは襲ってこないと思うけど念のため同行するよ』
「えっ⁈」
『おじいちゃん……また随分範囲を伸ばしたんですね』
シアンと九尾は顔を見合わせ、何とも言えない表情になる。
ユルクの祖父レヴィアタンは海の王とも呼ばれる存在で、下位の水の精霊の加護を持つ、強力な幻獣だった。好戦的でやや魔獣寄りである。
『何なら、人間たちに追手から逃げるのなら、あの辺の海に飛び込めば良いと言っておくと良いよ。おじいちゃんから眷属たちに言って貰っておくから』
『それは心強いことですね』
リリピピの言葉に、みな口々にユルクに礼を言った。
『え、そんなこと。私じゃなくておじいちゃんがすごいんだよ。それに、ネーソスも水の眷属のみんなに頼りにされているしね』
戸惑いつつも祖父を褒められて嬉しそうだ。ネーソスもユルクに持ち上げられてまんざらでもない様子である。
『ユルクはのんびりしていて実は強者を転がすのが上手いの』
ユエが腕組みしてしみじみ頷いた。
言われてみれば、強者であるネーソスや一角獣とよく特訓を行っている。
穏やかな性質なので付き合いやすいのだろうなとシアンはユルクを撫でた。途端に我も我もと幻獣たちが寄って来て、撫で待ち行列ができた。
概ね、いつもの調子のシアンたちであった。




