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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
455/630

29.避難先確保のために  ~やる気を出したら一撃必殺2~

 

 魔族のことに詳しいのではないかとセバスチャンにことの次第を話すと、恭しく一礼する。

『それでは、わたくしが国王を招請する手筈を整えます』

 一国の王を呼びつける。

 シアンは棒を飲んだ気持ちになる。

「ええと、その、こちらから伺います。それに、先方のご都合もおありでしょうから」

 さぞや今は多忙を極めているだろう。それを呼びつけるとは。セバスチャンならやりかねないし、実現させるだろう。

「そうだ。ディーノさんにお願いするのはどうでしょうか」

 先日も偽者事件に関して、注意喚起を促すよう、ディーノに依頼している。魔族全体に通達すると保証してくれた。

「あ、でも、見ず知らずの人間が王様に謁見して貰うことなんてできませんよね」

 ディーノは魔神の仲介をも行う。

 更に言えば、幻花島と称されるこの島に行き来することが出来る唯一の魔族である。それこそ、セバスチャンと同じく国王を呼びつけることも可能であった。

 ただ、シアンにそんな発想はない。

『大丈夫だと思いますよ』

『一度、相談してみると良いにゃよ』

 シアンよりもよほど現状を把握している九尾が言い、カランも提案する。

 そこで魔道具で連絡を取ると、気軽に応じて駆けつけて来た。

 その顔色が悪い。

 薄い褐色の肌に薄っすら汗を滲ませ、黒い波打つ髪を張りつかせている。

「ディーノさん、体調が優れないのでは? お忙しいのにお呼び立てしてしまって済みません」

「いやあ、あちこち走りまわされているのは本当ですけれどね。だから、こうやって呼んでいただいて有難いですよ。美味しいお茶をいただきながら骨休めが出来ますから」

 指先で汗を拭うのに、セバスチャンがす、と音もなくハンカチを差し出す。皺ひとつない四隅を合わせて畳まれたハンカチを、ディーノがおっかなびっくり受け取る。申し訳程度に額を抑えて返す。

「ふふ、お時間が許す限りゆっくりしていってくださいね」

 セバスチャンが給仕した茶菓を味わった後、シアンは幻獣たちと相談し合ったことを話す。九尾に同席を願うと快諾され、鸞とカランもついてくれた。ティオとリムは当然だといわんばかりに共にいる。ご相伴に預かる幻獣たちが飲食するのをディーノが垂れた目じりを更に下げながら見つめる。

「ああ、その岬については俺も聞いたことがあります」

 その表情から、魔族もまた流れ着いていたのだと知る。もちろん、生きてはいまい。

 貴光教は異類排除令を発令して、多くの異能保持者を捕らえたと聞いたが、その中でも魔族の割合は多く占められると聞く。

「ジャンさんやルドルフォさんは元気にされていますか?」

 シアンはエディスの魔族の商人親子を思い出す。アダレードを離れたシアンになじみの店があった方が何かと便利が良いだろうとディーノが紹介してくれたのだ。

「うるさいぐらい元気ですよ。良かったらまた顔を出してやってください」

「そうですね」

 エディスには最近顔を出していない。

『リュカは元気にしていますかなあ』

 九尾のことを気に入って懐いていた子供を思い出したらしい。九尾の声を拾い、街中で見かけたら、乳母の手を振りほどいて駆け寄って抱き着いていた。カラムの農場のノエルに怖いと怯え泣かれる身としては懐かしさもひとしおだろう。

「近いうちに顔を出してみようね」

「きゅ!」

「シアンたちの予想通り、先日、インカンデラ国王がハルメトヤと貴光教に向けて厳重な抗議と魔族と異能保持者の身の保全を訴えました」

 それに関するあれこれでこのところ忙しかったのだという。

 合わせて、シアンから連絡を受けた翼の冒険者の偽者の一件だ。

 魔族はどうしてもシアンたちに甘くなるので、それを逆手に取って詐欺に遭わないように、と通達し、回状も出しているのだそうだ。

「貴光教は魔族の言葉には耳を貸さないでしょう。ならば、シェンシの言う通り、逃げるのが一番。インカンデラ国王はいい加減やられっぱなしでいないで自力で逃げて見せよ、と大いに国民に向けて発破をかけていました」

 もちろん、国としてのバックアップも可能な限り行うそうです、と笑うディーノから、同族が迫害されている悲惨さは見て取れなかった。彼らが人の身で随一の魔力を誇る民族だからというのもあるだろう。以前までは身を縮こませながら暮らし、魔力も必要に迫られるまでは使わないようにしていた。いや、自分の身が危うくとも使おうとはしなかった。それが積極的に使い始め、各々が精いっぱい生きるようになったのだ。

「黒い布を被ったやつらなんぞにそうやすやすとは捕まりませんよ」

 不意打ちで捕らえられたために少なくない者が餌食になったが、国王から激を飛ばされ、国民は奮い立っているそうだ。

『ふむ、意気軒高で結構なことだな』

『そうにゃよ。こういうのは怯えて一人で抱え込むといけないのにゃ。みんなで力を合わせてどうするか考えるのにゃよ』

『その上で笑い飛ばせるのなら重畳。いやはや、誠に頼もしい民族ではないですか』

 鸞やカラン、九尾が口々に褒めるのに、ディーノもまんざらではなさそうだ。

「いやあ、そう言っていただけるとみなも喜びます」

 ディーノは魔神からのみならず、魔族に会う都度幻花島の様子を訊かれる。魔族の意欲を高く評価していたと言えば、張り合いもでることだろう。

『魔族は魔族の国へ逃げ込めば良い。商人たちは一時商売の場所を奪われるが、命あっての物種だ。何なら、我らが食料を一時的に融通することも可能だろう』

『問題は他の異能保持者たちにゃね』

『インカンデラの国王もしっかりした人物のようですし、貴光教の連中も魔族の国へは大っぴらに手を出そうとはしないでしょう。せいぜい黒ローブたちが潜り込んで一人二人を浚っていく程度です』

 そこまでするかな、とシアンは首をひねったが、確かに彼らの執拗さは偏執なものを感じる。

「貴光教が捕まえようとする人たちをどこかへ匿えると良いのだけれど」

 最終手段として、島に迎えることも考えているとシアンは話す。

 幻獣たちは反対しなかったが、ディーノが異を唱える。

「それは上手くない。この島に他の者が大勢押しかけるのはシアンたちが良くても嫌がる者が沢山います。心当たりが大勢いましてね」

 ふとどこか遠くを見るディーノの眼差しが虚ろで、防波堤になって色々苦労を掛けているのだ、と実感させられ、シアンはたまらずディーノのカップに新しい茶を注いでやる。このくらいしかできないが、いつかきっとこれまでの恩を返したいと思う。

「この島に招くくらいなら、魔族に国の西側の土地を何とかしますよ」

「と言いますと?」

 不思議そうにするシアンに、セバスチャンが素早く大陸西の地図を広げて見せる。

 シアンの方が南側で向かいに座るディーノの方は北側だ。

「この部分が魔族の国インカンデラです」

 言って、大陸西の西南端を指し示す。

「この西側の部分が荒地でかつ強力な非人型異類や魔獣が跋扈するので、誰も住んでいないのです」

 インカンデラの更に西側、大陸西の最も西南の果てを指し示す。

 幻獣たちも地図を覗き込む。

『ふむ、ハルメトヤとは山脈を隔てているし、ちょうど良いのではないか』

『何かあったら船で逃げれば良いにゃね』

『しかし、こう見ると、インカンデラは近いとは言えないものの、ハルメトヤからそう離れていませんね』

 ハルメトヤは貴光教総本山があるキヴィハルユを国都に要する国である。領土はさほど大きくはないが貴光教総本山として栄えている。何より、整然とした街並みを要する文化水準の高い国である。

「ああ、そこは立地条件で中々攻めてこれないんです」

「立地条件? ああ、山脈が間に横たわっていますね」

「そうです。そして、そこをドラゴンが住処としているのです」

「ドラゴン!」

 生態系の頂点に立つ種族である。

『ぼく?』

 一斉にみなの視線がリムに集まった。

「リムの同族もいるかもしれないね」

『わあ、行ってみたい!』

「あ、えーと、ちょっと怖い、かな」

 現実世界と相違点はあるものの、特有の生態系を築いてきたこの世界でドラゴンなどという存在が恐ろしい力を持つと、シアンもさすがに想像することができる。

『大丈夫。手出しはさせないから』

 シアンが行くのならばティオが随行することになる。ティオは気負いなく世界最高峰の種族をもけん制して見せると言う。

『いやあ、それはおいそれと手出しは出来ませんな』

『じゃあ、この土地は北はドラゴン、西と南は海、東は魔族の国に囲まれた天然の要塞にゃね』

『避難場所には打ってつけだな』

「ああ、ドラゴンの巣がある山脈があるから、今まで貴光教もおいそれとインカンデラに手出しは出来なかったんですね」

 幻獣たちの言葉になるほど、とシアンは頷く。

「ええ、その通りです。ただ、先ほども言いましたように、この土地は魔獣やら非人型異類やらが跋扈する荒れた場所なんです」

 何なら、魔獣退治は魔族の方でやっても良いとディーノが言う。

『ふむ。長期間滞在するならこの土地で作物が取れるに越したことはないか』

『故郷を離れて落ち着くまでは日数がかかりそうだもんにゃあ』

『どのくらい避難民が出るか分かりませんし、島で作った農作物を持って行くにしても、長期間にわたると難しいかもしれませんね』

 鸞とカラン、九尾がああでもないこうでもないと言い合う。

『魔獣は大丈夫。ぼくやリム、ベヘルツトが片付けるよ。作物は界に頼んで根付く植物を分けて貰おう。あとは荒れた土地だそうだけれど、ぼくが行って大地の精霊に恵みを行き渡らせてくれるように頼んでみる』

『……』

『……』

『……』

 問題点を洗い出して一つひとつ解決に向けて喧々諤々意見を話し合っていた鸞や、カラン、九尾がティオの顔を見た後、三頭揃って顔を見合わせた。

「あれ? もしかして、これで万事解決?」

 シアンが小首を傾げる。

『すごいね、ティオ!』

『ううん。リムも手伝ってね』

『もちろん! ベヘルツトもきっと突進で魔獣を一撃で片付けてくれるよ!』

 ティオとリムはうふふと笑い合う。

 三頭揃ったらすぐに制圧できそうだ。

『……ティオさんは難問も一撃必殺なんですねえ』

『す、すごいにゃね。山積の問題があっさり解決』

『いやはや。規格外だとは思っていたが。こんなに簡単に纏めてしまうとは』

 やる気を出せばこんなものである。普段は特にその力を誇示することはない。シアンがしたいということを手助けするのに積極的だというだけだ。

「えーっと、俺、何の役にも立ってないですが、一応、あそこも魔族の領地となっているので、持ち帰って国王に打診してみますね」

 九尾とカラン、鸞がしみじみと頷き合い、ディーノが頭を掻く。

「あ、そうですね。勝手に話を進めて済みません」

「いやいや、言い出したのは俺ですからね。それに、本当に見放された土地なんで、許可は下りると思います。他の異能保持者に対しても援助の手を差し伸べる方向で話し合われていましたし」

 シアンは引き続き、島で物資を調えると言い、ディーノに提案した。

「もし必要なら、魔族の方にも提供させていただきますよ」

「それはありがたい。インカンデラでは凶作に悩まされているというのではないですが、この調子で鎖国を強いられると兵糧攻めに合いそうで」

 何より、島の野菜も肉も美味で頑張った者たちへの褒美のような位置づけになりそうだとディーノが笑う。

「このくらいの役得がなくてはね。ああ、そうだ。シアンも一度インカンデラへ来てください。歓迎しますよ」

「ええ、ぜひ。できれば、一度国王陛下にお会いして異能保持者の避難のことなどをお話ししたいです」

 ディーノを通してばかりではなくもし叶うなら直接会って礼を述べ今後の依頼を行いたいと思った。

『魔族の国! 行きたい!』

 珍しくシアンが積極的で、リムが興味津々である。

 魔族たちにとって二人の意を汲むことは本望だ。ましてや来駕の栄光に浴することが出来るのだ。

 こうしてシアンたちの魔族の国インカンデラ入国が決まったのである。




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