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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
454/630

28.みなで知恵を絞って  ~狩ろう/危うし~

 

 噂を聞いた際、意味が理解できなかった。だから、実際にそれを見た瞬間、噂とは結びつかなかった。

 人形岬を見て、シアンはただただ呆然とし、しばらく経った後、このことかと思い至る。

 ティオに中空で制止して貰い、海上の空から見渡すパノラマは惨憺たるものだった。

 言葉もなく息を詰めて眺める。

 そんな時、リムが聞いた。

『音楽をして送ってあげる?』

 こんな場面で言い出したリムに不謹慎なというよりも、どうして、という気持ちが先に立ち、そう尋ねた。

『あのね、前にね、緑のジャガイモを食べて死んだ子供にシアンが言ったもの。楽しい気分になる曲で楽しい気分になりながら行って貰おうって』

 はっとシアンは息を飲んだ。

 確かに、ソラニン中毒で亡くなっただろう子の葬送の曲を楽しく奏でた。

 ティオも言う。

『ドラゴンの屍も最後に美しい音楽を聴いて美しい世界を思い出して逝くことができたんだよ』

 シアンは涙した。

 力を持つティオとリムは弱い者たちだと捨て置かず、こんなに優しい気持ちを持っている。そのことが心に染みた。

 彼らに伝えて来たことがこんなにも自分を支えてくれる。

「うん、そうだね。楽しい曲が良いかな」

 リムがぱっと笑顔になってマジックバッグからタンバリンを取り出す。

 シアンは力を持たない。そう思っている。けれど、力ある存在に守られ支えられてここまできた。多くのものを得て来た。それを使うことに忌避する気持ちはいつも付き纏った。自分が彼らを巻き込むことがあってはと心理的ブレーキがかかることが多かった。

 でも、どうしたってシアンがこの世界で何かをしようと思えば彼らの力を借りなければできないのだ。それはこの時も痛感した。

 それでも、頼ろうと思った。

 足下の光景はそれだけに衝撃的だった。

 幻獣のしもべ団にも異能を持つ者がいるのだ。魔族にも親しくする者がいる。

 何より、闇の精霊の友人がその身を賭して助けた一族だ。シアンも幸せになって欲しいと願った。

 シアンはティオと共に大地の精霊に依頼して穴を掘り、亡骸を埋葬すると、まず島に帰ってどうするかどうしたいか考えをまとめた。

 マウロに相談しようとも思ったが、折悪く不在だった。幻獣のしもべ団たちはシアンが依頼した物品配布に忙しいのだ。

 やや消沈して館へ戻って来たシアンに、リムが九尾に相談しようと持ち掛ける。

『きゅうちゃんは物知りだもの。いつもぼくに色々教えてくれるんだよ!』

「そうだね、きゅうちゃんは僕なんかよりもこの世界によほど詳しいものね。何か良い案を考えてくれるかもしれないね」

『狐ならうまいこと考えてくれるよ』

 珍しくティオも賛同する。ティオも彼なりに九尾を認めていてその力を借りる有用性を感じているのだと知り、シアンはため息交じりに笑う。

 そのシアンにティオとリムが顔を合わせて笑い合う。彼らのそんな様子に、随分心配をかけていたのだと知り、自分の不甲斐なさと彼らの心遣いを噛みしめる。

「そうだよね。僕一人で考えたって大したことはできないもの。みんなの力を借りた方が良いよね」

『そうですよ。ただでさえ、みんな、シアンちゃんのお手伝いをしたくてうずうずしているんですからな』

 振り向くと、九尾がいた。

『きゅうちゃん! あのね、いっぱい人が死んでいたの。どうすれば良いと思う?』

 リムがついと九尾の前に飛び出て尋ねる。

『狐のいつもの悪知恵ならうまくすり抜けられるよね』

『きゅっきゅっきゅ! きゅうちゃんにお任せあれ! あ、でも、どうせだから、らんらんとカランも巻き込みましょう』

 リムの端的な話では何のことか分からないだろうに、九尾は自信満々に胸を張る。

「ふふ。頼りにしています。でも、シェンシは薬作成で疲れていないかなあ」

『気分転換ですよ。薬作成に慣れているとはいえ、人命に関わるものを作るのだから神経を使います。たまには他のことをして一旦リセットしないと、うっかり手順を間違えたら大変です』

 慣れたことでも量をこなすとどこかで間違いをしかねない。一旦立ち止まって頭を切り替え、過程を見直し、見落としていたことを探すことも大切だ。シアンは今までも九尾にそうやって教わって来た。

「そうだね。じゃあ、みんなでおやつを食べながら話そうか」

『ぼく、呼んでくる!』

『じゃあ、ぼくはカランを』

 リムは鸞を呼びに行き、共に研究室で手伝っていた麒麟とわんわん三兄弟を伴ってきた。

 ティオはカランを探しに行く。工房で手伝っていたカランは簡単な事情を聞いてさっと顔色を変え、そんなカランを心配してユエが同行を申し出、素材を持ち込んでいた一角獣や工房で作り出された日用品を幻獣のしもべ団に運ぼうとしていたユルクとネーソスも付いて来た。幻獣たちが集い、何事かとリリピピも梢から飛び立ち、仲間に加わる。

「ああ、みんな来てくれたんだね。丁度良かった。おやつを食べよう。頑張ってくれてありがとう」

 九尾とセバスチャンに手伝って貰って庭に料理を広げ、みなで飲食となった。

『そんな、酷い!』

 話を聞き、真っ先に一角獣が憤る。彼は人の子の王女が民を助けたいという言葉に応じてその力を振るい続けた。

『……惨いにゃ』

 カランがおやつの皿を見下ろしながら項垂れる。彼は人間社会の世知辛さを知っていた。けれど、その暖かい手も知っていたのだ。

『『『黄泉路の旅が安からんことを』』』

『ご冥福をお祈りします』

 わんわん三兄弟が祈りを捧げ、麒麟が続く。闇属性の者たちは闇の精霊に魂の安寧を願う。

『何と愚かな! わたくしは長い旅の最中、人の営みを見ることもありましたが、そんな愚行をしていては自ら滅びを招くようなもの!』

 臆病な小鳥にしては珍しくリリピピが憤る。えい、えい、とそれが非道なことをする者どもに見立てておやつを毟り啄む。

『シアンちゃんはどうしたいのですか?』

「……他人事ではないんだ。僕も異能を持っているからね」

 そう、シアンもまた異能を持ち、異類に分類される立場なのだ。

『狩ろう』

 まず真っ先にティオが短く告げた。敵全てを狩る意思が鋭い眼光に浮かんでいる。

『シアン、捕まっちゃうの?』

『由々しき問題だな』

『うん、狩ろう』

 一角獣も頷く。

『な、なんて死亡フラグ』

『死屍累々だろうにゃあ』

『シアンに敵対するなんて、命知らずなの』

『……』

『ネーソスもやる気だね』

『そう言うユルク殿も』

『わ、我らも!』

『助太刀いたしまする!』

『と、殿がおられぬうちならば、ケルベロスとなり!』

『み、みんな、おち、落ち着いて』

 麒麟がおろおろと幻獣たちを見渡す。

 片っ端から狩られるかもしれない。

 危うし、異類審問官及び拷問係。

 シアンのとりなしで、幻獣たちは落ち着きを取り戻し、一旦仕切り直しとなる。

『ふむ、貴光教の者らは彼らなりの理屈で動いているのだろう。それを止めるよりも、まずは異能保持者たちを安全な場所に移動させることが先決ではないかな』

 主義主張のすり合わせは難しく、他者を変えることはままならない。それを待つ間にも犠牲者が出るのだ。まずは異能保持者の安全を確保するのが優先されるのではないかと鸞が言う。

 シアンはなるほどと頷いた。自分は惨状に驚き立ち竦み胸を痛めるしかできなかったが、言われてみればそうだ。

 対話は必要だが、まずは犠牲者を減らすことを考えた方が健全だ。

『……』

『私にも何かできることがあったらやるよ』

 過去に万能薬の素材として同族を多く失ったネーソスが言い、ユルクもならばと声を上げる。隣にいた同族が生きながらにして捕らえられるのを幾度も味わってきた。そんなことをしてきた人間が同じ目を見るのを因果応報だと断じずに、きちんと区別をつけることができるネーソスをユルクは尊敬していたし、そんな風に素直に受け止めることができるユルクをネーソスもまた好ましく思っていた。

『ふむ。まずは避難場所の確保ですな。この島に連れてくる訳にはいかないでしょう』

 場所さえ確保できれば、今まで配布していた物資をそちらに割けば良いと九尾が言う。

『じゃあ、魔族の王に会えば良いの。魔族の王は魔族の王で何か考えているの。幻獣のしもべ団のように、協力し合えば良いの』

 ユエが事も無げに言う。

 シアンは九尾と鸞と顔を見合わせる。

「そうだね! 魔族だってただ漫然と迫害されている訳にはいかないだろうから、きっと対策を講じてくる」

『それに連動させれば何とかなりそうですな』

『ふむ。異能保持者たちが個別で抗えども力及ばず捕まりやすいのだ。魔族と他の異能保持者が協力し合って逃げたら捕まる確率も減るだろう』

『ユエ、良く言ってくれたにゃ』

『ううん。今までシアンやみんながしていたことだよ。だから、今回も同じように考えたら良いんじゃないかなって思いつくことができたの』

 だから自分一人の考えではなく、みなの思い付きなのだというユエに幻獣たちは顔を見合わせて笑い合った。




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