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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
453/630

27.惨烈

 

 人ごみに紛れて連行される異能保持者、いわゆる人型異類を呆然と眺めていた。

 と、目が合う。

 人型異類同士は何となく相手に異能があると分かる。

 殴られて唇の端を切った異能保持者は自分に異能があると気づいただろう。

 知らず、身を硬くした。

 足を止めた異能保持者に鞭が飛ぶ。

 鋭く空を切るのに続いて皮を叩く鈍い音がして、周囲で甲高い悲鳴が上がる。

 異能保持者の口が開かれわなないた。

 すぐさまこの場を離れるべきだと思った。

 幸いにして連行されて行った異能保持者は自分のことを告げなかったようだ。

 安堵しつつ、痛ましい気持ちで見送った。

 他人事だったが、あまりにも甘い考えだった。

 凄惨極まる拷問に耐えかね、自白をしたその異能保持者は密告も強要された。そして、街中で見かけた異類のことを告げたのだ。

 気を失っても正気づけられては続く拷問の痛みに耐えかねてのことだった。

 直ちに街へ急行した黒ローブは狙い過たず異類を逮捕しにやってきた。そのころには先に捕まった異能保持者はこと切れていた。

 こうして、芋づる式に異能を持つ者は捕まって行った。

 生きることは辛く惨く、グロテスクだ。

 異類排除令はそれをまざまざと人々に見せつけた。



 ハルメトヤからやや離れた西海岸の岬で少女の遺体を拾い上げた男がいた。

 男には知り得ないことであったが、その少女は異能保持者で、異類審問官の手から逃げる際、命を落とした。

 少女の遺体の傍らには人形が一緒に流れ着いていた。遺体を埋葬した後、人形は少女のものに違いないと思った彼は少女の魂を慰め、悪霊とならぬようにと人形を近くの木にぶら下げた。

 その翌日にまた人形が流れ着いたので、その人形も木にぶら下げた。少女の供養は一度きりでは済まなくなってしまった。その翌日も更に翌日も、人形はひっきりなしに流れて来た。彼は憑かれたように海岸で人形を拾い上げては次々と木に吊り下げた。

 異様な光景だった。彼が拾い上げていると思い込んでいた人形は人間の躯だった。生前は異能があったとしても、死してしまえば人との区別はなかった。

 その海岸には多数の異類審問官の手から逃れるために、あるいは異類審問官の手によって命を落とし打ち捨てられた者たちが物言わぬ物体となって流れ着いた。奇しくも、潮流に乗って同じ場所に続々と流れ着いたのだ。

 あまりに数が多く、むごたらしい遺体が多かったことが彼の精神を圧迫し、異常をきたさせるに至った。

 背中に酷い鞭の跡があったり、串刺しにされていたり、片腕片脚をもがれていたり、目をつぶされていたり、口の中に熱湯を注がれ焼けただれていたりしていた。股から裂かれているものもあった。肉が醜くおどろおどろしく盛り上がったり引き攣れたり、切り刻まれたりして白い骨が垣間見えていることもあった。

 そんな同じ人だったものの慣れの果てを幾つも幾つも目の当たりにして、少しずつ精神は傾いていった。

 そして、初めに拾い上げた少女の弔いにとその彼にとっては人形、少女の大切にしていただろう相棒を祀っていったのだ。

 それは異類審問官の非道の所業を見せつけるかのようでもあった。

 その浜辺では死肉をあさる鳥が集まってきた。

 地獄の様相を呈した。

 この様子は陸路海路を行く者の目に留まり、物議を醸した。この光景を見た者はあまりの非道に声もなかった。

 拷問による死体であることは明白だった。その残忍さ惨たらしさ、そして数の多さは異様だった。

 誰が何のために行ったか。

 貴光教の異類排除令とそれに伴う異類審問官の苛烈さは周知だ。

 彼らの所業に結び付けるに難くない。

 あまりにも無残な光景だった。

 異類に対するものだから、という他人事、対岸の火事だと思っていた者たちの横っ面を張り飛ばす出来事だった。

 当事者意識の薄い者たちに冷水を浴びせかけたこの一連の事態は後の世にまで語り継がれることとなった。

 その岬は人形岬と称されるようになる。



 流行り病が沈静した南の大陸を後にした。北上し、そのまま東へ抜けてアダレードに帰ろうかという声も上がったが、彼らはまだ何事も成していなかった。このままでは帰ることが出来ない。

 晩秋から初冬にかけて頻繁に時雨が降り、殊更気持ちを陰鬱にさせる。

 アダレードは暖かかったが、山脈を経るだけでこうも世界は一変するのかと驚きを禁じ得ない。

 宗教があるにはあったが、みな大らかに受け入れられてきた。彼らはそう思っていたが、歴史をひも解けば弾圧に喘いだ時代もあった。彼らは安穏とした時期に生まれ育ったに過ぎない。

 そして、異なる文化を形成する地域へやって来てそれを実感させられた。

 一つの宗教、六大属性の最たるものである光の神を崇拝する者たちが下した令は苛烈だった。

 そうとは知らずに困窮する彼らは貴光教が広く募集する異類審問官の助手に応募した。給金が良かったのだ。しかも食事が出るという。

 彼らの他にも多くの者が殺到し、次々に辞めて行った。去って行っても来るものの方が多い。貴光教はこうして拷問の担い手を目まぐるしく変えながらも常に補充することができた。

 凄惨なことも他の者もやっているのだ、自分がやらなくても他人がやる。結局誰かがやるのなら、自分がやって給金と食料を手にする方が良いと考える者は少なくなかった。

 彼らもそれは同じだった。

 異類である翼の冒険者を批判的に見ているところが非常に気に入っていた。

 女性二人が比較的ましなものを担当して貰えるように、男性陣が率先して惨憺たるものを引き受けた。逆さに吊るされた者に対して鋸を引いた時には流石に胃が空っぽになるまで戻し、その日は食事を摂ることもできなかった。

 これもみな、翼の冒険者が悪いのだ。

 奴があの時、グリフォンの翼をくれていてくれさえすれば、リーダーは生き返ることが出来たのだ。そうしてくれなかったから、自分たちがこんなところでこんなことをする羽目になっているのだ。

 南の大陸で流行り病が起き、しばらく経ってからのこのこやって来て、それまで自分たちが駆けずり回って汗水たらして頑張っていたのを、ちょっとばかり手助けしたくらいで村人から感謝されていた。奴は自分たちの功績を掠め取ったのだ。大方、自分たちの尽力で流行り病は終息に向かっていたのだ。何とも卑怯で悪辣なやり口ではないか。

 最近では大陸西で物品をばら撒くことで人気取りをしている。そんなことをするくらいなら、何故、あの時リーダーを助けてくれなかったのか。自分たちをこんな目に陥らせているのか。

 答えは明白である。

 功名心だ。

 全ては大勢の人から感謝されてちやほやされ褒められたいのだ。

 何て小さい人間か。

 何て厚かましくもせせこましい人間か。

 だったら、自分たちがこうするのも仕方がないことではないか。

 自分たちの功績を努力を掠め取られるのだったら、生きて行くためには、こうするしかないのだ。

 熱血剣士がティオと初めて会ったのは、街中だった。グリフォンが近くにいるのにぼんやりしていたら危ないとシアンを心配したのだ。

 採取のために数回パーティを組んだだけのシアンをそうやって心配する優しさがあった。他のメンバーはティオが串焼きの屋台の順番に並ぶのを褒めた。彼らは真っすぐな心根の人間たちだった。

 それが拗れ、妬み嫉み、自分の行動の責任を他者に擦り付け、自分は間違っていないと、正義なのだから他者を踏みつけても良いと考えるようになっていた。




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