24.酸鼻
痛い表現があります。こちらを読み飛ばされても「酸鼻なことがあったんだな」という認識で次話へ進めます。
お読みになられる方は自己責任でお願いします。
逆さ宙づりにされた自身の体を、股から真っ二つにのこぎりが裂いていく。
全身に力が入り、筋肉が突っ張り、毛穴が開き、体温が急上昇する。総毛立つ。体中を熱と悪寒が同時に駆け巡って行く。
拷問係は歯が粗く取っ手が四か所ついたのこぎりを二人で持ち使用する。普段は木を切るのに用いる道具で、日常に使うありふれた代物だ。それが恐ろしい拷問道具となった。
確実に死に至らしめる拷問である。
被疑者を裸にし、逆さづりにして、尻の割れ目からのこぎりを挽く。
両足を開き、胸部を下方に位置させることにより、出血の速度を緩めることが出来る。
血液が脳に流れ込み、脳への酸素供給を活発にする。それにより痛みをより鋭敏に感じさせる一方で、来るべき死を引き延ばすことが出来る。
逆さづりになって酸素が確実に脳に送られ、頭の方に血が下がるので、胴体をのこぎりで引いてもさほどの失血はなくて済む。
つまり、意識もはっきりしたまま、失血死もしないままで裂かれて行くことになる。
のこが臍に達するくらいまでは意識があることが多かった。胸まで裂かれてもまだ生きている者もいたといわれている。
より激しい苦痛を与え、長らえ、死に至らしめる。
血液が下に下がるため、裂かれた尻から内部の肉が良く見える。
逆さづりにされた者は両手を一まとめにされ、自由が利かない中、とんでもない苦痛を与えられ、時折妙に変な動きで体を跳ねさせる。
のこぎりの挽き手は力を込めてのこぎりを動かす。もはや肉屋と同じだ。回数をこなし麻痺した思考に支配される彼らにとっては家畜の屠殺と似たようなものだった。
<生きながら焼き殺し、絞首刑に処し、斬首し、腕や足を切り落とし、目玉をえぐり、顔を焼き、鼻を切り落とし、身体のいずれかの個所を切断し、拷問にかけ、処罰しないということはなかった>※注1
大聖教司ヨキアムの拷問はいまや貴光教の中では合法になっていた。
口を割らない魔族に与える苦痛のための手法としては打ってつけだった。
「このような記述を見つけました。改宗を拒否する者の口にマムシをこじ入れて、その腹を食い破らせたことがあったそうです」
「ふむ、口を割らないのならばそれも良いかもしれんな」
あれほどヨキアムの所業を毛嫌いしていたエルッカはコンラッドの進言を受け入れた。
良く行われた刑罰にギロチンがある。
苦しませずに首を切り落とす器械であるため、特に貴族を処刑する際に良く用いられた。毒薬を用いるのは公開できない事案の時だ。逆に言えば、貴族だとしても、処罰する様を庶民に見せ、その気持ちを宥める必要があった。
この二本の柱の間を溝に沿って歯が滑り落ちる首切り機は痛みを最小限に瞬時に確実に死を迎える。
一瞬の出来事過ぎて、頭と胴体が離れたと感じられるほどのあいだ、意識は続いていると言われている。
特別な機械や道具が必要なく、簡単で証拠が残らない拷問では水責めが挙げられる。
頭を高くして仰向けに寝かされ縛られ自由を奪われる。口に漏斗を押し込まれ、膨大な量の水を流し込まれる。鼻の穴を塞がれ、呼吸が出来ずに水を飲まされる。窒息状態を強いられる。非常に苦しい。
腹が膨らんだら、今度は下半身の方を高くされる。肺と心臓が体内の水に圧迫され、苦痛に悶絶する。腸や胃の上から打ち据えられる。
大義名分を得て、拷問が公然と行われるようになり、敬虔かつ熱意あるヨキアムはバラ鞭を改良することにした。
縄を束ねたものに塩と硫黄を溶かした水に浸してから使用することにした。これで打ち据えると肌がただれ、具合よく皮を剥ぐことが出来た。
更に改良を重ね、繊維の硬い麻縄を使用したり、縄に星形の鉄をつけてみたりした。
扱いが難しく、稚拙な者が振るえば自分が怪我をしかねないが、ヨキアムは熟練者だ。
多くの工夫が相乗効果を発揮し、皮と肉が崩れ、肺や腎臓、肝臓といった内臓が垣間見える。肉剥ぎを行う最中はこまめに塩と硫黄を鞭に頻繁に吸わせてやるのがポイントだ。
大きな鞭は肩から腕にかけての肉を一撃ではぎ取ってしまう。また、細い鞭の中でも尻を二、三度打っただけで肉が裂けて骨盤が見えるものもある。
けれど、ヨキアムはあくまでも自白を引き出すための手順として鞭を振るっているのだ。最小限で拷問を終わらせるのは勿体ないではないか。
ヨキアムは巧みにエルッカを唆し、コンラッドに指示させて次々に拷問の種類を増やした。書から拾い出して来たものもあれば、考え出したものもある。
車輪轢きは大陸東の失われた国で行われていた拷問だ。
裸にされた者を地面に仰向けに寝かし、手足を大の字に広げさせて鉄の輪に縛り付ける。手首と肘、足首と膝、腰骨の下に、それぞれ頑丈な木材を通し、鉄車輪で順番に手足とその関節、肩、腰を打ち据えていく。
<巨大な木偶人形のようになり、悲鳴を上げ、血の海の中でのたうち回っている。それは手足の代わりに四本の触手がついた木偶で、蛸の化け物のようであり、ぬるぬるとしたむき出しの肉は形をとどめておらず、それが打ち砕かれた骨の破片と一緒くたになっている>※注2
ぐにゃぐにゃになった手足を車輪に絡みつかせ、野ざらしにする。血肉の匂いを嗅ぎつけた魔獣や非人型異類が忍び寄り、生きながら食われる。車輪から肉片をもぎ取り、咀嚼される。
犠牲者はそれまで定期的に係りの者から食事を与えられ、死に至るまでの苦しみが故意に引き延ばされるのだ。
ねじを使って捻り上げる拷問器具を改良させた膝砕き器も有効的だった。
鉄の棘が複数並んだ板を巨大なねじで左右に止めた器具だ。ねじを締めあげると棘が締め付ける。骨まで穴を開けられる。板の上からハンマーでたたいて関節を砕く。関節は一度砕かれると使い物にならなくなる。
魔族が見目麗しいことに嫉妬し、苦悶する顔にも腹を立てた異類審問官が鉄の猿ぐつわを開発した。仮面をかぶせ、口に鉄球を入れたり、鋭利な棘で塞いだのだ。
イルタマルなどは露骨に顔をしかめていた。彼女は魔族の美しい顔が歪むのを見たいがために痛めつける。男性に対しては性的興奮を、女性に対しては溜飲が下がるのを感じるのだろう。
この鉄の猿ぐつわは意外にも他の異類審問官も用い始めた。魔族は魔力が高いことから、いつ何時魔法を使うか分からないと言われており、鉄の猿ぐつわで口を塞いで喋られなくするのは安心を得る代物なのだ。
口の中に長い棘が舌から下顎を貫いて飛び出し、また、口蓋を刺し通した棘も上あごの骨を貫通した。これで声を出せなくなり、魔法を用いることができない。
自分たちが行うのは正義の行いであり、魔族の魔法で僅かばかりも傷つくことを恐れた。
「そんな脆弱な事でどうする」
ヨキアムは鞭を振るいながら失笑した。
彼の眼前には後ろ手に縛り、宙づりにされた魔族が苦悶の表情で神の試練である鞭を受けている。
この振り子と称されるものは、滑車を用いたり、天井から吊るしたロープの先に鉤をつけて引っ掛け、手を頭の上まで引き上げる。そうすると、肩がねじれ上腕骨と肩甲骨と鎖骨の関節が外れる。
この器具は上半身が無理な体勢を取らされ負荷がかかり、筋肉や腱が引きつるので、通常一時間以上続けて用いられることはなかった。
ヨキアムはこの体勢を取らせ鞭を振るうことを殊の外好んだ。苦痛の表情を間近で見ることが出来た。
拷問係は陰惨な光景を見ながら、ヨキアムの細かい指示に従って十字型の取っ手を回した。行き過ぎると叱責が飛ぶ。巻き添えを食らいたくないとお気に召すように努めた。
鞭の振るいやすい位置から苦悶の表情が良く見える位置へと頻々と変えられた。その都度、脱臼した肩が妙な形になり魔族へ痛みを与える。
それをヨキアムは恍惚の表情で見つめる。
とある魔族が一家ごと逮捕され、拷問に掛けられた。
次々に施された拷問は酸鼻を極めたが、串刺しは最終的に死に至らしめることが目的で行われた。非常によく行われた刑罰だ。拷問は自白を強要するために行われるが、この刑は確実に死に至らしめる。懲罰そのものが目的だった。
元々は、主に敵軍の捕虜にほどこされ、再び戦意を起こさせないようにするため、あるいは犠牲者は見せしめのために行われた。
「力を抜いてくれないと入らないからね」
気遣うようにおためごかしでそう言いながら、先を尖らせた木の杭を秘所や肛門にあてがい、ぐいぐいと押し込んだ。
喉が張り裂けるほどの悲鳴が上がる。
尻の穴を灼熱の痛みが突き破る。内臓を押し上げ、あるいは圧迫し、潰す。骨を軋ませて肉や腱をぶちぶちと裂き、喉の奥を硬いものが通り過ぎていく。
虚ろな目が虚空を睨む。
拷問係にとっては単なる作業であった。
被疑者の痛みも苦しみも屈辱も恐怖も、死すら自分には関わりのないことだった。
アクシデントが発生すること、例えば道具が壊れて作業が中断されることの方が困る。拷問をしなければならない被疑者は沢山残っているのだ。暴れて器具を壊されないようにしなければならない。そういった器具の費用は被疑者から取り立てるが、それは後の事であって、今現在ここになければ、仕事が山積していく。
拷問を行う方ももはや一般的な感覚は失われていた。その中にずっといると、感覚が麻痺して相対的な見方ができなくなっている。
肛門から背骨に沿って杭を通す。肩のあたりで外に突き出させるという方法により、内臓を極力傷つけないで済み、最大期間苦痛を与えることが出来る。
苦痛により烈しく身悶えし、背骨からそれ、喉から杭の先が突き出ることもあった。
喉を押しつぶし灼熱の硬いものが絶叫と共に飛び出る。
夫も妻も拷問にかけた。
小さな子供たちも例外ではなかった。
「こんなに小さい愛しい子を残していくのは辛いだろう?」
にやつきながらそう言い、拷問は執り行われた。
さも相手の事を思いやっているという態で自分たちの加虐性を相手の所為にした。
※注1 参考文献:パンデミック 「病」の文化史p160 赤坂俊一 米村泰明 小﨑恭一 西山智則 人間と歴史社
※注2 参考文献:拷問の歴史p95 川端博監修 河出書房新社




