45.お疲れ様会 ~鼻ちょん~
それまでシアンがフラッシュのパーティと会わなかったのは、フラッシュは工房に籠り、その他のパーティメンバーは外へ出かけることが多かったからだ。けれども、フラッシュがシアンたちとのんびりしているのを見て、それもいいなと思ったと言われた。
アレンとベイルは九尾に会いに時折来ていたが、フラッシュがシアン不在の時の訪問になるように誘導していた。シアンがあまりプレイヤーと関わりと持とうとしていなかったためで、NPCとは関わっていたようなので、折を見て引き合わせようと思っていたのだそうだ。
今、シアンはフラッシュ宅の厨房で料理に追われている。
スタンピードの打ち上げをしたいという声が上がり、その準備を行っている。
戦闘が終了した後、時間が時間だった為、各自すぐにログアウトを行った。
日を改めて、とのことで、全員は集まらないかなと思っていたが、なんと、揃った。宴会への執念、恐るべし。
マウロたち幻獣のしもべ団はスタンピード時、トリス内部で侵入してきた魔獣を倒すことと人命救助を行った。あのNPCパーティたち四人もトリス守備に参加していたらしい。
今後、彼らは名もなき刺客としてシアンの前に幾度か現れる。後に、この時に捕まえておくんだったとマウロが悔やんだ。
「九尾はあんなこともできたんだな」
アレンがしみじみと言うのにフラッシュも頷いた。手に酒の入った杯を持っている。
「私も知らなかった」
「フラッシュさんも?」
シアンは料理が乗った皿を持ちながら驚いた。
『まあ、きゅうちゃんの実力を持ってすればあんなものですよ。きゅっきゅっきゅ』
九尾がたらふく食べて膨らんだ腹をさすりながら悪く笑う。
「九尾様!」
アレンが感極まった声を上げる。親父くさい仕草をしていても感激できるのは何故だ。確かに、大きくなって魔獣を一掃した九尾は神々しかったが、今はその片鱗すら見いだせない。
「愉快な人たちねー」
「アレンって言えばザドクと並ぶくらい、知略で知られているんだけどねえ」
フィルのパーティの女性陣が少々引いているがアレンは平気なもので素を出している。
「ザドクさんは冷静沈着な感じですよね。有名な方なんですか?」
「緻密な戦略を立てて戦線を崩させないって一定の評価を得ているわよ」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
シアンの疑問に答えた女性に、ザドクが苦笑する。
「またまた。私たちもザドクのところとレイドを組んでいたらワイバーンも倒せたんじゃないかって言われているわ」
「あ、ワイバーンをレイドで討伐しに行ったというパーティって」
「そう、うちよ」
そう言われてみれば、プレイヤーの中でも強いパーティだと聞いた。
「ザドクさんのところのパーティじゃなくて別のパーティと行かれたんですね」
「ううん、うちのところ。うちって大所帯でレイドを組めるメンバーがいるのよ」
「へ? 三十人いるんですか?」
「実質はもう少しいるわね」
レイドを身内で行えると聞いて、驚いた。
「クランとかの制度を立ち上げようって話もプレイヤーで出ているんだよ」
「そ、そんなに沢山いらっしゃるんですね」
「そうなのよ。サブリーダーがほんっとうにリーダーにほれ込んじゃってさあ。ザドクのところにレイド申し込みをしようって声を黙殺しちゃったのよねえ。自分たちだけでやりたいって」
獲物の横取りになったのかな、と内心思っていると、女性が手を振って苦笑した。
「ワイバーンはトリス方面にまで降りてきたんだから、早期に片付ける案件よ。貴方たちがやってくれてみんなが助かったわ」
シアンの心を読んだように言う。
「ただ、少し前にリーダーが言ったのよ、みんなの前で。シアンっていうプレイヤーの悪評を流したり嫌がらせじみたことをしているって耳に挟んだけれど、今後はしないようにって。驚いたわ。そういうのは我関せずな人だったから。で、どうしてもやめないというのなら、自分がパーティを抜けるとまで言いだしたんだもの」
「まあ、そんな感じでちょうどごたついていた時にワイバーンが討伐され、その直後にスタンピード発生だろう? 六人しか集まらなかったんだ。カリスマなんて言ってもそんなもんさ」
肩を竦めて本人が口を挟む。
「リーダーが不満がありそうなメンバーに来るなって言ったんじゃない」
「この世の終わりみたいな顔をしてましたよ、主にサブリーダーが」
この先、フィルのパーティのサブリーダーには会わないでおいた方が良いような気がしてくる。
「足を引っ張られるよりいいだろう?」
シアンはぎょっとした。女性も首を傾げる。
「そこまでするかしらねえ」
「俺たちは良くても、他の人たちに迷惑をかけたらまずいだろう。万が一に備えて、だ」
「まあ、良いペナルティになったんじゃないかしらね」
「いや、だからそんなことしたら、シアンさんに敵意が向くだけっすよ」
「それは困る」
フィルのパーティメンバーがこの手があったか、と閃いた顔をした。今後、何かと出汁に使われそうである。
「シアンさん、遠話の登録、お願いできますか? 何かあったら駆け付けますんで、いつでも気軽に連絡してください!」
下心が見え見えの提言に、さて、どうしようと内心首を傾げた。
フィルの肩が揺れる。自分も登録を願い出たい、でも迷惑をかけたし、という葛藤が顔に出ていて、シアンはちょっとおかしくなった。
「じゃあ、フィルさんと登録しておいていいですか。リーダーとしておけば、問題ないですよね?」
無理難題を吹っ掛けられないだろう。多分。
フィルが無言でガッツポーズを取る。
大丈夫だろうか。九尾を前にしたアレンのようにはならないことを祈るばかりだ。後はサブリーダーの防波堤となってほしい。
奇しくも、国が戦争の準備をしていた武器防具がスタンピードを食い止めるのに役に立った。しかし、スタンピードの爪痕は深く、王都も防衛は叶ったが、疲弊して戦争を起こすどころか、隣国に攻め込まれないようにするので精いっぱいだ。
シアンに対しても、対立姿勢や余計な横やりを入れる余裕などないだろう、というのがマウロの意見だ。
何より、その存在を鮮やかに刻みつけられていた。トリス周辺を守った守護幻獣を連れた特殊能力保持者だと。
シアンは厨房にティオとリムを探しに行った。
果たして、二頭と一緒に九尾もいた。
「ティオ、リム、ここにいたの。きゅうちゃんも。そろそろ演奏を始めようかと思うだけど、いいかな?」
『あの人間たちも一緒に演奏するの?』
「ううん。皆、リムやティオの演奏を聴きたいんだって」
『ふ~ん』
リムが珍しく、ティオのように気のなさそうな返事をする。
「リム? 気乗りしない? 演奏やめておく?」
『リムはシアンちゃんがずっと他の人たちと話していたのが気に入らないんだよ』
きゅっきゅっきゅと笑いながら九尾が言う。
限られた時間なのに、一緒にいられないことが不満だったようだ。
シアンは少し屈み、リムと目線を合わせた。
「ごめんね、放っておいて」
リムの鼻をちょんと人差し指で軽く押した。
「キュア~」
顎を引き、短い前足で鼻をなでる。
「キュィキュィ」
ティオがシアンの腹に顔をこすり付ける。
「はは、ティオも?」
くちばしの付け根近くをちょんと押さえる。ティオが機嫌よさげに喉を鳴らす。
『鼻ちょん?! シアンちゃん……ッパないっす! 巷でクールだと畏怖されているティオ様もデレデレ!』
「ティオ、あまり気安くないもんね」
笑いながら、九尾の鼻も軽く押す。
『くあ……鼻ちょん、攻撃力パない。抵抗耐性無力化魅了効果付きか、コレ』
前足で鼻を押さえながら、よろよろとよろける九尾に、シアンが声をかける。
「きゅうちゃんも行こうよ」
『お供します』
居間に向かおうと向き直ると、フラッシュやアレン、キャス、エドナの他、ザドクやフィルまで戸口に顔を並べている。大人数なので顔だけしか見えない。
「すっげ、何、あれ、反則的な可愛さ」
「ティオもリムもメロメロじゃん」
「魅了に特化した九尾は耐性も相当あるはずだが」
「あれ、絶対イケメンな仕草だよね。私のイケメンセンサーが超反応するんだけど!」
「……それ正解」
「え、それはどういう」
「さあ、皆さん、行きましょう!」
ぐいぐい背中を押して居間に向かう。
そこだけでは入りきらないので、庭先に向けて大きく扉を開き、音を出す。
外へ向けてシアンはピアノの前に座った。
ティオの揺ぎ無い大地の太鼓がテンポを支え、リムが体の奥から沸き起こるリズムに乗り、シアンの旋律が流れていく。
空気を震わせ、場に彩を織りなす。
リムの楽しい、が伝わってきて、シアンも自然と笑顔になる。ティオの太鼓が旋律を支えてくれる。
音楽を取り戻しただけじゃない。新しい音を、弾むリズムを、流れるメロディを、美しく響くハーモニーを与えてくれた、教えてくれたのだ。




