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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
442/630

16.それぞれができることを  ~死亡フラグ1/秘訣は執念~

 

『ここを通りたいならきゅうちゃんを倒してから行け!』

 セバスチャンの目が怪しく光った。

『あ、どうぞ、通ってください』

 そそくさと脇に寄って右前脚で廊下の先を指し示す。

『それでは失礼して』

 セバスチャンは長い脚を動かし優雅な動作で去っていく。

 シアンは島に戻って物資を整えることに従事した。

 幻獣たちとセバスチャンも手伝ってくれる。どうやら、シアンが不在時に話し合い、役割分担を決めていた様子だ。

『ここを通りたいならきゅうちゃんを倒してから行け!』

「ごめんね、きゅうちゃん、ちょっと急ぐんだ」

 九尾を掛け声とともに持ち上げて横にどけると、そのままシアンは駆けて行った。風の精霊からマウロが館の門扉の前に現れたと聞き、急いでいた。

『放置プレイ。いや~ん』

 やることは山のようにある。

 シアンは幻獣のしもべ団にも手伝って貰えないか打診したところ、快く受けてくれた。シアンが幻獣たちと生み出した物資を、各地へ行き渡らせる算段をつけると請け合ってくれた。ディランやグェンダルを中心にマウロやカーク、ロイクなどが大陸西の地図を見て話し合うのに、シアンもティオの背の上から見た光景を語る。今や、幻獣のしもべ団たちは転移陣を用いて大陸西を網羅していた。その情勢を掴んでいるところは流石の密偵集団である。

『ここを通りたいならきゅうちゃんを倒してから行け!』

『きゅうちゃん、また今度遊ぼうね!』

 リムはゆうゆうと九尾の頭上を飛んで行った。

『きゅっ……遊んでいる訳では!』

 遊んでいる以外の何物でもない。

『え? ティオにはやらないのかって? いやいや、きゅうちゃんも命は惜しいですよ。ティオはシアンちゃんとリムが絡むと容赦ないですからな。きゅっきゅっきゅ……きゅう、恐ろしい!』

『お主は何をしておるのだ、こんな時に』

 独り言を通りかかった鸞に聞きとがめられ、冷たい視線を向けられる。

『ギャグの秘訣は執念である!』

 機を逃さずフォーエバーポーズを取る。

『もう少し空気を読め!』

『あは。きゅうちゃんはいつも楽しそうだねえ』

『シェンシ、こいつのおふざけもみんなのガス抜きにはちょうど良いにゃよ。役割分担にゃ』

 おっとりした麒麟の笑顔とカランの言で、知らず力んでいたことを自覚した鸞は、こちらも工房に籠っていたユエを誘って、庭でみなとおやつを食べることにした。

『たまには日光を浴びた方が良いって界も言っていたよ』

『……』

 樹の精霊から果物を預かって来たユルクとネーソスが幻獣たちに配る。

 並んで日光浴をしながら果物を食べる。

 しばし、無言で暖かい日差しを浴びながら甘い果汁と果肉を味わう。

『何をしているの?』

『あ、ベヘルツト、お帰り』

『素材は見つかった?』

『あちこちへ採取に行って疲れたろう。ベヘルツトも食べると良い』

『界からみんなにって果物を沢山貰ってきたんだよ』

『……』

『わんわん三兄弟もリリピピもこっちへ来るにゃよ。みんなで食べるのにゃ』

 賑やかな声に誘われて庭を覗き込むわんわん三兄弟とリリピピを目ざとくカランが見つけて誘う。

 子犬と小鳥はそれぞれ顔を見合わせてみなの下へ集う。

 そこへシアンとティオ、リムとセバスチャンがおやつを携えて加わる。

 麒麟はみなと楽しく喋りながら果物や料理を味わうことができて殊の外嬉しかった。そして、幻獣たちやシアンも麒麟が美味しそうに食べる姿に喜んだ。

 闇夜に冴えた月の風情で控える家令もまた、動かない表情に幸せそうな雰囲気を漂わせていた。



 例えば、人間は酸素を必要とする。

 食べ物も水も必要とするが、前者は三週間ほど、後者は五日ほど摂取しなくても生きていられる。しかし、酸素がなければ数分で死亡する。

 この酸素を人体の隅々に運ぶ成分が鉄分だ。

 生命の維持に欠かせないものではあるが、慢性的に感染症にかかっている人は、肝臓に鉄分を留め置くことで侵入してくる細菌に必要栄養分をなるべく与えないようにする防御システムが働くため、血液中の鉄分が不足しているケースが多い。

 また、安易に鉄分を増やしても、栄養失調のせいでたんぱく質が不足していると、逆効果となる。たんぱく質は鉄と結合して、鉄を運んだり肝臓に蓄えたりする役割を果たすが、この機能をができなくなると、鉄分がひとり歩きをして感染菌の格好の餌となる。

 一時を凌ぐだけではなく、その後派生することについて行っていかなければならない。

 風の精霊は管理者だからこそ、容喙しない。

 シアンが生きる世界の最新知識を持つが、それらで対処すべきだろうか。別世界の高度知識はこの箱庭の世界の文明を破壊しかねない。この世界で暮らす者たちが乗り越えていくことだ。そして、シアンはそうすると思っている。

 その上で、シアンらが手を貸したいと言うのなら貸しただろう。彼らは管理者であるAIに影響を与える存在だからだ。



 カラムに引き取られ、農場を手伝うようになったスタニックとノエル兄弟はすぐに、ジョン一家と仲良くなった。

 ノエルはジョンの妻に懐いたが、スタニックは女性嫌いの気配を見せつつあった。

 この恵まれた島にやって来ることが出来て、ジョン一家とともに兄弟はシアンに感謝している。

 そんな彼らは幻獣のしもべ団たちから大陸西を襲う惨状を聞き、食料調達に積極的に手伝った。

 シアンは自分たちが飢えている時に手を差し伸べてくれた。本当に嬉しかった。中々にあり得ないこと、できないことであることも知っていた。

 今度は自分たちが役に立てるというのだからやり甲斐がある。手を差し伸べたくともできないことが多々ある。それをさせてくれる環境にも感謝した。

 彼らのこの言葉は後に幻獣のしもべ団の尽力と共にシアンを支え、持ち直すことを可能にさせた。彼らの素朴で心からの言葉は知らず降り積もり、シアンの根幹を支えた。

 農作物の価格は、需要と供給によって決まる。販売量の多い時や需要量の少ない場合、価格は下落する。

 需要に応じて農作物の作成量を調整する必要がある。

 一般に果樹で良果を多く実らせるには、光合成が十分であることが重要だ。これは葉が多ければそれで良いというものではない。葉が多すぎると日影も増え、総光合成量が減る。そのため、調節してやる必要がある。

 光合成の原料である水を根が十分に得ることが出来るよう、土の管理も必要だ。水分が不足すると、葉が蒸発を少なくするために気孔を閉じ、二酸化炭素の吸収量が減少して、光合成速度が低下する。だから、光合成に欠かせない葉の葉緑素含量が低下しないように施肥に気を配る。葉緑素を作るのに必要な肥料要素は、窒素とマグネシウムである。また、鉄・マンガンなどの微量要素も必要である。

 風当たりも影響する。強風が吹くと、葉からの水分の蒸散を防ぐために気孔を閉じるので、二酸化炭素の吸収量が減少し、光合成速度が低下する。

 さて、島ではどれほど葉が生い茂ろうと、光は乱反射して葉に吸収される。水分も栄養素も十分で、風が葉の水分を吹き飛ばすことはない。温度調節も十全だ。

 植物にとっては乾燥の他、陽光に含まれる紫外線も弊害となる。

 UV-Bは生物にとって有害な紫外線であり、植物はフラボノイドを生合成し、これらから細胞を保護する。同時に、植物ホルモンであるオーキシンの作用に影響し、植物の成長を調整することによっても、環境ストレスに間接的に適応する。

 樹の精霊は島の植物に働きかけ、この仕組みを活性化させた。

 農作物が育つのには相当な手間がかかるものだが、各属性の精霊たちがこぞって助力したので、すさまじい速度で育った。

 ティオやリム、その他の幻獣たちが地面をぽんぽんと叩いて農作物が育つことを願ったので、精霊たちは奮い立った。

 リムなどはリンゴやトマトをその都度貰い、嬉々として食べるものだから精霊たちは指示されていなくてもそれらを作り育てた。ジャガイモもモモも芋栗なんきんも同じくで、幻獣たちは喜んだ。

 残念なのはそれらの食材を使ってシアンが料理する時間がないことだったが、簡単にふかして食べても十分に美味しい。時間が取れるようになったら料理を一緒に作ろうと話し合った。

 幻獣たちはカラムの農作物を好んで食べたが、それでも余りあるほどの作物を作ることが出来た。

 大地の精霊の他に樹の精霊が調整することによって、必要なだけ作ることが出来た。

 市で高値を付けるためには良質で規格が統一されたものを出し、高い評価を得る必要がある。ただ、物資支援であるのだから、まずは栄養価と腹を満たすことを考えれば良い。

 そこでカラムたちは作れるだけ作った。

 貯蔵庫の農作物は真っ先に幻獣のしもべ団たちが餓死者が出そうな地域へと携えた。

 カークが指示して、運び入れる国にフィロワ家から正式な救援物資だという通達を出させている。



 流通は経済の重要な根幹をなす。

 転移陣はごく短時間で長距離を移動することが出来るまさしく神の御業だ。よって、神殿がそれを管轄し、その使用料には持たざる者への還元も含まれている。

 使用者だけでなく、所持品についても転移量を支払う。時には、契約を履行することを優先して赤字を呑んで物品を運ぶ商人、あるいは職人が転移陣を用いることもある。

 また、転移陣はどの神殿に設置されているのでもなかった。

 シアンは各地で知り合った者たち、特に商人たちに声を掛けて回り、物資を行き渡らせることに努めた。

 商人たちに野菜果物や乳製品、流行り病の薬を配ってくれるように頼った。

「できれば安価で、もし可能ならその時に金銭がなくても後払いで渡して頂けると嬉しいのですが」

 シアンは無償提供する。

 彼らのネットワークと労力を利用するのだから当然のことだった。

 ディーノやジャンといった魔族、エディスのエクトルやニカのナウム・ブルイキン、ミルスィニの母であるテサのシプラといった商人と既知を得ている。サルマンの冒険者ギルドのギルドマスターに相談すると、立て籠り事件の人質になった少年の祖父を紹介してくれた。身代金を支払わないといった商人が協力してくれるとは思わなかった。

 振り返ってみれば多くの者と縁を繋いできた。

 彼らは快く引き受けてくれた。

 シプラは商人が無料で行うことはできないが、必ず良心的な値にすると請け合ってくれた。

 その時ようやく、商取引をしている者が無料もしくは安価で配布することの危険性に気づいた。渡された方も一度無料、もしくは安価で貰えたのに、今後もそうではないのか。翼の冒険者の提供? そんなものは関係ない。自分たちは困窮しているのだと言われればその後の商取引に差し障る。更に言えば、普段取引のある者たちから不満が出る。いくら飢えているとはいえ、自分たちはなけなしの金銭を支払っているのに、なぜ価格の違いがあるのだと言われれば納得させるのは骨だろう。

 そこでシアンは考えなしに彼らを頼ったことを恥じた。慈善事業をしているのではないのだ。いくら彼らの流通網が魅力的だとはいえ、迷惑をかけることになる。

 その考えが表情に出たのか、シプラは笑ってシアンの腕を叩いた。彼女もその娘も聡明で、翼の冒険者にしてはいけないことをしっかり連絡していた。

「そんな顔をなさらないでください。貴方は素晴らしいことをされようとしている。その手伝いをできるのは光栄ですよ」

 シプラは翼の冒険者からの提供の救援物資だから安価なのだと言えば、大抵の人間は納得するだろうからそう混乱はないと請け合ってくれた。

 各地を巡り交流を持って来た翼の冒険者ならばこそ、すんなり受け入れてくれると言う。

 シアンが今まで築き上げてきたことは無駄ではなかったのだ。

「ただ、私たちとはちょっとばかりやり方が違うというだけです。人は誰でもそれぞれの枠組みで生きている。その立場の違いを理解しようとし、あるいは示せば、わかり合い手を取り合えるんですよ」

 物事の本質を突いた深い言葉だった。何気ない言葉だったろう。しかし、彼女がそれまで積み重ねて来た人生から出た言葉だった。

 シアンもまたこの世界で幻獣たちや多くの者たちとそうしてきた。

「ありがとうございます」

 どうでも良い相手なら上辺だけで付き合えば良い。殊更持論を言い立てて軋轢の種になるかもしれないことを撒かない方が良いと考える者も多いだろう。それをわざわざ口にして教えてくれたことに感謝した。

 シアンはシプラの人柄を好み、その他の商人たちとの間を取り持つことになる。そうして経済の活性化に手を貸すことになり、一層、商人たちから慕われることになる。




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