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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
440/630

14.シアンのお手伝い  ~役立たずの巻/やる気を出したら一撃必殺1~

 

 マンティコラは三列に並んだ歯が櫛のようにかみ合い、人間の顔、血のように赤い獅子の胴を持つ。尾の先端は蠍のそれだ。敏速で笛とラッパの音を合わせたような声は良く通り、そして、人間の肉を好む。

 巨大な赤い人面獅子は軍隊をも食いつくすと言われた。恐ろしい魔獣の象徴だっただろう。

『この魔獣が口から疫病を吐いたと言われる。強力な魔獣がまき散らすという恐怖の証であり、大いに恐れたものが流行り病である。恐ろしい魔獣と関連付けられるほど流行り病も怖がられたということだな』

『疫病ってなあに?』

『流行り病のことにゃよ』

 鸞が言葉を切るとリムが首を傾げ、カランが答える。

 同義語、言い換える言葉を知っている場合と知らない場合があるリムは鸞やカランから様々に教わっている。時折、九尾から要らぬことも吸収している。

『マンティコラはどこぞの砂漠を陣取っていると聞きますが、同じレベルの魔獣をティオさんが一撃で倒していましたね』

 翼と鶏冠、蛇の尾を持つ魔獣やドラゴンの翼と蛇の尾を持つ雄鶏の姿の魔獣だ。

 どっちも石化されちゃう厄介な魔獣なんですけれど、気づかれる前にひと蹴りでした、という九尾にリムがぱっと笑顔になる。

『ティオはすごいものね!』

『本当だねえ』

 麒麟がおっとりと同意する。

『くっ、我だってそのくらい!』

『そうなの。ベヘルツトも一撃なの』

『あっという間に倒すにゃ』

 一角獣が悔し気に地面を蹄で掻き、ユエとカランがさもありなんと頷き合う。

『な、何はともあれ、流行り病というのは恐ろしい魔獣が発すると考えられたほど、厄介で怖いものだったのだ』

 幻獣たちにとってはさほど脅威ではないが恐ろしいものなのだと鸞が解説する。

『疫病は多くの亡者を生み出しまする』

『苦しんで死への旅路につくのです』

『痛ましいことにござりまする』

 珍しく沈痛な面持ちでわんわん三兄弟が語る。彼らは可愛いのために子犬の姿に変化したが、元は冥府の入り口を守るケルベロスである。

『ともかく、人間にとって流行り病は脅威で、島の北の大陸で流行っている。しかも、農作物の出来があまり良くないらしい。シアンが薬や食べ物を配りたいと言っていたから、ぼくたちも手伝う。それで良いね?』

 幻獣たちには流行り病の脅威が今一つ分からなくて停滞する話を、ティオが簡潔に纏める。

 ティオは普段は積極的に発言することはないが、シアンに関することならば別である。そして、発言すれば幻獣たちを纏めるのも速い。

『うん。私も手伝うよ』

『……』

『しかし、ネーソス殿の甲羅は貴重なもの。それに北の大陸の西側だけとはいえ、相当な量の薬が必要なのでは?』

 ユルクの賛同の声にネーソスも自身の甲羅を使ってくれと言うのに、リリピピが控えめにその負担の大きさを言及する。

『そうだな。ネーソスの甲羅やレンツの角は万病に効く。だが、数が限られるし、二頭に障りが出てはいかぬ。まずはどんな病なのか吾がこの目で確かめてから症状に合う薬を調合しよう。ならば、そう甲羅や角の効力を借りずとも済むであろう』

 麒麟も名乗りを挙げようとするのを首肯することで鸞が制する。

『話を聞いた上で大体どんな素材が必要か、基本素材のようなものが分かるなら、その間、ぼくたちが材料を集めているよ』

『そうにゃね。ただ、シアンが目が覚めたらシェンシと一度見回って来て貰うから、素材集めは俺たちがやっておくにゃよ』

 ティオとリムはシアンと鸞について行ってほしいとカランが言うと、ティオが謝意の籠った目で頷いた。

 鸞だけでなく、人間であるシアンが同行した方が良いだろう。そうなると、シアンの騎獣を自認するティオが随行するのは当然の成り行きだ。

『シェンシ、必要なものを教えて』

『自分はまた日用品を作っておく』

 一角獣とユエが自分の役割を口にする。

『わ、我はどうすれば』

『りんりんはきゅうちゃんと一緒に畑仕事をしましょう。食料はいくらあっても良いでしょうからな』

 角を提供しないならば自分は何をすれば良いか、とおろおろと中空に浮いたまま蹄で空を掻く麒麟に、九尾が誘う。シアンやティオ、リムが不在でも大地の精霊はある程度自分たち幻獣の願いを聞き入れてくれるのだと先日行った芋掘りの際に知った。役に立てるだろう。

『それが良い。風の精霊王が栄養不足の体では薬の作用が悪い様に作用することもあるとおっしゃっていた』

 鉄分不足を薬で補ったものの、たんぱく質が不足していたら必要なところへ運ぶことができず、その鉄分を餌にする細菌が活発化するというケースもある。

『じゃあ、私とネーソスも界に事情を話してから畑に向かうよ。水撒きくらいなら手伝えるだろうし』

『……』

『そうですね。ユルク殿の水撒きは農作物が喜びますものね。とても綺麗ですし』

 ユルクの水撒きを褒めるネーソスにリリピピも同意する。

『わ、我らは何をすれば』

『お役に立てることがありますでしょうや』

『思いつきませぬ……』

 揃ってしょんぼりと項垂れるわんわん三兄弟にティオが視線をやる。

『君たちはセバスチャンを手伝って』

 一部幻獣たちがセバスチャンの仕事が増えるだけなのでは、という懸念を抱く。

『その方がシアンが安心するから』

 幻獣たちのもの言いたげな視線を受けて簡潔に答えるティオに、ああ、なるほど、と疑問が解消される。

『わかりました!』

『我ら、セバスチャンの御力になれるよう努めます!』

『主様ご不在の分まで頑張りまする!』

 ぴんと尾を立てて、つぶらな瞳に決意を籠める。

 ティオはそれで良いとばかりに一つ頷く。

『俺はユエたちを手伝うにゃよ』

『それとカランにはぼくたちが出掛けた後の幻獣たちのまとめ役も頼みたい』

『えっ……、いや、その、セバスチャンがいるにゃよ』

 ティオの炯眼にカランが目を見開く。

『何かあればセバスチャンを頼れば良い。でも、セバスチャンは島の外の事柄に関して自発的に動こうとはしない。ぼくたちのサポートは率先してやってくれるけれどね』

 つまり、今回の物資を整えることも手伝ってくれたとしても率いてはくれないということだ。

『シアンやシェンシがいない間、まとめ役は君が打ってつけだとぼくは思う』

 言って、居並ぶ幻獣たちを見渡す。

『うん。ティオの言う通りだと思う』

 真っ先にユエが賛同する。常に周囲に気を配り、道具作りの助言を貰っている。

『カランならできるよ』

『そうだな』

『うん、カランが指揮を執ってくれるなら安心だね』

 一角獣がユエに続き、鸞が短くそれだけに真実が籠った声音で言い、麒麟が落ち着いて微笑む。

『『『賛成いたしまする』』』

 わんわん三兄弟が異口同音になる。

『カランは本当に良く見ているからね』

『……』

『そうなんですか。教えるのも上手なんですね』

 遠出をする際に共に特訓したユルクとネーソスが頷き合い、リリピピが感心する。

『大丈夫だよ。もし困ったことがあったらね、きゅうちゃんが色々教えてくれるから』

 何だかんだ言って、この世界に生を受けて九尾に様々に教わって来たリムが力強く言い切る。

『おや、満場一致でカランならできると言っているよ。後はカランが自分を信じるだけだね』

 言外に自分も賛成だと伝える九尾はにやにや笑っている。

『わ、分かったにゃよ。シアンたちがちょっと大陸西の様子を見てくる間だけのことにゃ。大丈夫にゃ。ティオたちも気を付けて行って来るにゃよ』

『うん。シアンには危険を寄せ付けない』

 こちらのことは任せておけと請け合ったカランに、ティオもまた事も無げにシアンの安全を保障する。

 こうして幻獣たちはシアン不在時に彼のサポートをする段取りを組んで準備を進めて行った。

 元々、人間世界に興味がなかったり、深くかかわろうとしない者が多かったが、シアンがしようとすることを手伝うという点では、幻獣のしもべ団と同じだった。

 幻獣たちは以前遠出した際に行った幽霊城で幻獣のなれの果てを見た。飢えた幻獣と人間の手記を思い出す。

 飢えは苦しく切なくむごい。

 島にいる幻獣たちは様々な種が集まっている。

 その同じ幻獣が人に慣れていく手記の記載は自分たちがシアンと親しんだことを彷彿とさせた。その同胞は、人と共に飢えた。人は死にゆく恐怖と飢餓の凶暴さに圧倒されつつも、最期に幻獣に力を与えることを望んだ。幻獣は狂ってもなお、人とのよすがを大切にしていた。

 シアンと共に暮らすようになった幻獣からしてみれば、他所事ではない。

 どちらの気持ちも分かる。

 だからこそ、幻獣たちは人の世の物品流通に力を貸すことにした。



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