44. 真価
「よし、こっちの大将はティオが打ち取ってくれたし、数も大分減らしてくれた。残りを片付けるぞ! 弓、準備!」
アレンの言葉に、息を殺して見つめていたことに気づいた。キャスはすぐさま返答する。
「了解!」
「キャス、お前ならここからでも届くな? 行け!」
号令に、言葉ではなく行動で答えた。
速射のようにまさしく文字通り、矢継ぎ早に射る。
そして、その飛距離と命中率は素晴らしいものだった。
四つ足の魔獣ならば、頭部を狙い、ことごとく命中させている。
一度、矢が弾かれたものがあった。
背中に鎧に似た固い皮膚と鼻先に角を持つ四つ足の大きな魔獣だ。角は二本あるものもいて、それで飛んできた矢を弾いたのだ。
群れで突進してきて、その角を振り回している。あの巨体で体当たりをしたり、太く頑丈な丸太みたいな足で踏みつぶされればひとたまりもない。
と、キャスの放った矢がその魔獣の目に突き刺さった。
凄まじい精度である。
ティオの魔法とキャスの弓の合間をかいくぐって前進する魔獣を、他のパーティの弓使い二人が屠る。
更に近づく獣に、アレンたち魔法職が魔法を放つ。
「いいか、魔法攻撃職はなるべく硬そうなのを狙え」
アレンの檄を受け、魔法が飛ぶ。
首から尾の先まで甲冑のような固い鱗に覆われている四つ足の一団に向けて炎や岩、風で作られた槍が着弾した。鼻先から頭部にかけても胴体と同じ鱗が鉄板のように守っているので、確かに矢を通さない。歩く戦車のようだ。
爪は鋭く、落とし穴から這い出る者もいた。歩行困難なところも難なく進めるのだろう。
背にかぶせた薄い鉄板のような鱗には動きやすいように遊びを持たせた襞があり、それが伸縮することによって体を丸めて転がり、魔法の槍から逃れる者もいた。
「ちっ、ありゃあ、反則だな!」
密林で出会ったパーティの初対面の魔法職の男が舌打ちする。
「どうする? 弓も当たらなきゃ、剣を通すのも難しいかもしれないね。丸まった状態で体当たりでもされたら、ドミノ倒しだよ」
「こうする」
短く言い、アレンが魔法を放った。
「ファイアウォール、ファイアベール」
「げっ、もう、ファイアウォール使えるのかよ!」
歩く戦車の魔獣の一団を炎の壁が囲い、さらに炎のカーテンが多数現れ、包み込む。
体を焼かれ、右往左往するが、周囲は炎の壁に囲まれている。逃げ場ない場所で動き回るとその分、魔獣をより多く巻き込み、焼きつくされた。
「これは負けていられないね!」
「違いない!」
他のパーティの魔法職二人も奮起した。
針山を背負った猪に似た魔獣、近接で当たれば相手に攻撃する間もなく大けがを負いそうな魔獣を風の魔法や大地の魔法で仕留める。
「魔法職、出し惜しみするな、混戦になれば俺たちにはあまり役目がない!」
追尾可能な魔法でもなければ、混戦ともなれば、味方に当ててしまう可能性は高い。
接近される前にできるだけ敵を減らそうと魔法職三人は奮闘した。
フラッシュは翼を持った魔獣が空から襲い掛かってくるのを、弓使いとともに風の魔法で仕留めていた。
「ちょっと、ウィンドアローとはいえ、何本出ているのよ?! しかも精度も速度も威力もとんでもなく強い!」
「召喚士の魔法に魔法職が負けている!」
弓使いは魔法職と違って、口は使わないので自由に喋っているが、それでも精度を落とさないのは流石だ。
「そろそろ、前衛が接敵しそうだな」
『じゃあ、きゅうちゃんも行ってきまーす』
九尾が壁から飛び降りた。
その先にはポールアックスを構えたベイル、盾を地面に置いてしっかと立つダレルがいる。ザドクのパーティは剣士のウィルとテレサにこちらも盾職のロシュがおり、シアンのファンだと言う剣士の男の他、ポールアックスと槍を持った戦士の男性が二名いる。
敏捷に駆けてきた魔獣は丸い耳を持ち、全身を覆う毛に縞が走り、目はその縞の合間にあり、しなやかなバネで跳躍し、襲い掛かる。すかさずダレルが盾を振りかざし、真っ向からぶつかり合わず、勢いを逃すように角度をつけて滑らせる。しかし、魔獣は盾の端に強靭な顎で噛みつく。太い前脚の爪を盾にかけ、押し倒そうとする。広い鼻筋から吐かれる息がかかりそうな間近にまで迫る。
そこへ、斧刃の重い一撃が振り下ろされた。
ダレルが引き付けているところを逃さず、ベイルがポールアックスで仕留めた。
ポールアックスは先端に鋭い穂先があり、その下に斧刃、その反対側に鉤爪がある。全長はシアンの身長より長く、非常に重量のあるものを、ベイルは両手とはいえ易々と扱う
その隣ではロシュの盾の牽制を軸にして、ウィルとテレサが見事な剣の連携を見せている。
丸い飴細工を柔らかいうちに摘まんで極限まで伸ばしたような細長い口を持つ、変わった姿の魔獣が新たに彼らの前に立ちふさがった。
細長い口から長い舌を出して鞭のようにしならせる。粘着質で巻き付かれると容易に取れない。その舌がテレサの剣に巻き付いた。
大きな前足から生えた強靭な爪が剣にかかり、鋼が軋む。
拮抗していた力をタイミングを計って緩ませると、魔獣がたたらを踏んで体勢を崩した。そこをウィルが切りかかる。二人の連携の邪魔をさせないよう、ロシュが周囲を牽制する。
フィルは四つ足の大きく後ろから前へ弧を描く太い角を持つ魔獣の突撃を身軽に躱し、すり抜け様に切り付けていた。
怒りの雄たけびを上げ、急旋回をして向かって来る魔獣の左右からポールアックスと槍の突きが入る。
逆三角形で鼻と口部分が丸く膨らんだ顔を痛みと怒りで振り回す魔獣の角の先は鋭くとがって前へ向いていて、それでフィルを突き刺そうとする。細い首でよく支えられるものだ。その首をパーティメンバー二人が作った隙を逃さず、切り飛ばす。
中世ヨーロッパの剣は刃が鋭くなく、殴りつける鈍器の扱いを受けていたが、この世界では剣を扱うものを剣士、それ以外の斧や槍などの近接武器を扱うものを戦士と呼んでいる。製作方法や素材などによって剣は物によっては切れ味の鋭い物もある。ただ、太い角を支え得る骨ごと首を切り飛ばすのは相当の技量が必要だった。
壁の上から、奮闘する近接職へ回復や補助の魔法が飛んでくる。無駄なく、各連携に崩れが出ないよう、破綻なく行き渡るよう、ザドクがエドナやもう一人の回復職に指示していた。坩堝と化す状況にも冷静に対応している。
元より少数対多数である。一人でも戦線離脱者が出ると他への負担が大きくなり、総崩れになりかねない。危うい均衡を緻密な読みで十全に支えていた。
ダレルが掲げた盾を人に似た頭や手足を持つ長い黒い毛に覆われた魔獣が殴った。衝撃でよろめく。
すかさず、ベイルがポールアックスを突き刺すように伸ばす。魔獣がバネのある後ろ脚で飛び退ったため、分厚い胸板を貫通させることはかなわなかった。皺の寄った額の下に円らな目が怒りに燃え、広がった鼻の下、固く結ばれた口が開かれ、飛び出た強靭な下顎をむき出しにする。
ペアを組んで片方がロシュの盾を引きつけ、もう片方が回り込んで噛みつこうとする、狼などのイヌ科に似た駆けるのに適した体を持った魔獣に、ウィルとテレサは手を焼かされていた。顔は狐のようで目は細く鋭い魔獣は倒しても倒しても仲間と組んでリレー式に襲ってくるのだ。切りがない。
フィルもまた、二人のパーティメンバーとともに苦戦していた。
的が小さくすばしっこく、捉えにくいのだ。
先ほどから集団で取り囲まれ飛びかかって来る、全長は一メートルもない短い四つ足を持つ魔獣だ。小さな体に対して顔が大きく、耳も目も大きい。どこかいびつな印象を受ける。
多種多様な魔獣の攻撃についていくのに神経を使い、疲労が蓄積する。また、戦闘酔いという長時間戦闘をするにつれ、冷静な判断ができなくなったり、ミスを誘発しやすくなるというなどといったバッドステータスに陥りやすくなる。
何より、先の見えない戦いというのはモチベーションを保つのが厳しい。
と、青白い炎が辺りを覆った。
咄嗟に硬直する者、悲鳴を上げる者、武器や盾を取り落としそうになる者、様々だったが、一拍後、その炎はプレイヤーは焼かず熱さも感じさせず、魔獣のみを焼いていると気づいた。
中空に炎の玉が尾を引いて幾つも現れる。すぐに数を増やし、三つ巴のように尾を引きながら円を描く。
青い火の玉は、大地を覆い魔獣の一団を一掃した炎と同じものだ。
火の玉は九つになり、回っていたものが一つに合わさる。
巨大な青い火の玉は、ふ、と掻き消えた。
次の瞬間、味方のグリフォンと同じくらいの大きさの白い毛並みの四つ足の獣が幽玄と佇んでいた。
三角の大きい耳、赤い釣り目、長く前へ飛び出た鼻を持っている。
白い毛足の長い体毛の先が金色に輝き、昼なお明るく照らす。九つある尾の先は青い炎が宿ったようにうっすらと青み掛かっている。
白面金毛、九尾の狐だ。
その出現、瑞兆か革命か。
革命とは、命を革め、天命に順いて人を導く、これ革新の大なるものなり。
その威に打たれた諸王ことごとく跪き、治世の是非を問う。
瑞獣だけにあらず、凶獣だけにあらず。
すべては人の王の徳によりにけり。
四肢でしかと空を踏みつけ、口を大きく開き、炎を吐く。
音もなく炎は広がり、辺りを青白い海と化す。
ダレルの盾に前足をかけつつ、逆の足を盾の中へ突っ込もうとしていた黒毛の魔獣が、ウィルたちを翻弄していたイヌ科に似た魔獣たちが、フィルたちに纏わりついていた小さくも狂暴な魔獣たちが、炎に焼かれて消し炭となっていく。
一瞬、呆然と炎と魔獣と九尾を眺めていたプレイヤーたちは、小さな白い毛並みのオコジョに羽根がついた姿の幻獣が、周囲を飛び回って歌を歌っているのに気づいた。黒い羽根が羽ばたくたびに、白を基調にした青や赤や緑が混じった微かに光る粒子がはらはらと辺りに撒き散らされる。
こんな場面で呑気に歌を、という思いは湧かなかった。あまりに幻想的でいっそ神々しいほどの光の砂に、疲弊した精神が癒された。
「え、何、これ、魔力が回復している」
「俺、戦闘酔い、やばそうだったんだけど、それも治っている」
「あー、俺もバッドステータスが解消されているんだけど。こんな回復ってあるの?」
「ありえねえ、なんで、SPまで回復すんだよ! 飯食いたい!」
光の粒に触れたプレイヤーたちは呆気にとられた。小さな幻獣は歌のリズムに合わせて頭を左右に振って、長い尾を揺らして辺りを飛んでいる。
「やだ、可愛い。楽しそう」
「リム……可愛い」
幻獣の参戦に盛り返したプレイヤーたちは、最後の一頭まで倒した。
異世界で十八時。日か沈むぎりぎり、実に三時間に及ぶ戦闘をやり切った。




