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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
439/630

13.陰の立役者2

 

 フィンレイはマイレから街で最近流れている噂との内容を聞いていた。

「俺たちが井戸に毒を流しただと?」

「はい。詳しく訊いてみたところ、初めは誰が投げ入れたかはわからないという話でしたが、半年前の娼婦殺害の下手人が俺たちじゃないかっていう噂が再燃して、井戸に毒を入れたのも同じ人間たちじゃないかと言われているそうです」

「ふむ。噂が変化するのは良くあることですが」

「由々しき問題だな」

「ああ。翼の冒険者の評判に傷をつけることになりかねん」

「頭。黒いのが言っていた種撒きってのがそれじゃないですか?」

「……それは噂の方か? 毒の方か?」

「! まさか、噂をばら撒いただけじゃなく、本当に毒を入れたって言うんですか?」

「分からん。が、奴らならばやりかねん」

 居並ぶ団員は絶句した。だが、確かに彼らは手段を選ばない。

 井戸に毒を入れるなど、無差別大量殺人だ。

 もはや主義主張のない、単なる殺人行為を愉しむ精神異常者である。

「至急調べさせます。噂がある所を重点的に!」

 いつもはふてぶてしく余裕の笑みを浮かべるディランが焦った様子を見せる。

「ああ。だが、落ち着け。そんな噂を撒く真意が今一つ掴めていないからな。井戸の調査が最優先だが、安全も最優先だ」

「そうですね。うちの団則の第一項ですから」

 シアンが掲げる任務遂行よりも生きて帰ってこいという言葉からできた団則を聞いてディランがにやりと笑う。ディランは過去、必要な物資を渡さず、なのに危険な職務を遂行しろという上司のお陰で大勢の部下を失った。それを目の当たりにして、力ない自分を歯がゆく思った。

 だから、物資の重要性を痛感させられたし、情報を収集し整理することによって事を有利に働かせることを率先して行った。準備もないままに当たれば勝率は著しく落ちる。

 当時の上司たちは自分を敬い尊重することを言外に要求した。そんなもの、腹の足しにもなりやしない。

 そのディランの思いをシアンは違った言葉で表現した。

「無理そうなら一旦引いてください。どれほど屈辱でも生き恥を晒しても、安全を優先してください」

 そしてその発言の後、自分は酷いことを言う、と笑った。

 それを実現するための軍資金や物資、後ろ盾や人脈を豊富に揃えてくれる。

 だから、ディランは鷹揚なシアンのために働こうと自然と思うことが出来た。

 そのシアンの評判にでっちあげで酷く傷つけられるのは我慢ならなかった。第一、無防備な無関係の者を殺すやり口に憤りを覚える。

 冷静さを取り戻したディランに、マウロは人も金も物も、必要なものはふんだんに使って急ぐように言った。

 ディランはグェンダルやアーウェルに声を掛けて慌ただしく出て行った。



「随分、賑やかですね。生気溢れる女性というのは幾つになっても溌剌としていて見ていて気持ちが良いものです」

 突然現れた男が歯の浮く言葉を並べ立てる。

 この辺では見かけたことのない男だ。

 村では余所者は警戒されるものだ。何を言っているんだ、こいつ、と怪訝そうに男の顔を良く見た井戸端会議をしていた女性たちが黄色い声を上げる。

「あらあ、良い男じゃない!」

「溌剌としているってさ!」

「まあ、あたしら、元気だけが取り柄だからねえ」

 どっと笑い声が起きる。

「何を仰る。この暗いご時世に明るく元気にされているのは周囲にも良い影響を及ぼします」

 ありふれた茶色の色彩の髪と瞳をしているも、高く通った鼻梁や力強い眉、精悍な中に甘い雰囲気のある男だ。

「よくあの中に入っていけるよなあ。流石はアメデ」

 男と彼を囲む年配の女性たちは後頭部で両手を組んで面白そうにを眺める少年を見つけた。

 金茶色のさらさらの髪を持つ彼はよくよく見れば、童顔なだけでとうに成人しているだろうことが見て取れる。ふっくらした曲線を描く頬は愛嬌のある笑みを浮かべている。

「おや、こっちの子も可愛いね! 見ない顔だけれど、お兄さんの連れかい?」

「おばちゃん、そりゃないよ! 俺、もう成人して何年も経っているんだぜ!」

「あっはっは、そうかい、そうかい。そりゃあ悪かったね。お詫びにこれをやるよ」

「お、美味そう! ありがとう」

「じゃあ、私はこれをあげるよ」

「これも食べな!」

 声を掛けられてからの怒涛のやり取りに、ロイクはしっかりついていけていた。

「お前もなんだかんだ言って、その見てくれでくいっぱぐれしなさそうだな」

 アメデが腕組みして感心したように言う。

「あいつらすごいなあ」

「ああ、私にはできない芸当だ」

 物陰で一連の流れを眺めていたイレルミとオルティアである。

「まあ、アメデとロイクのことだから、彼女たちから話を聞き出すくらい、何てことなさそうだな」

 軽く言うイレルミもまた人の懐に入り込むに長けている。

 オルティアも情報を得られないかと動くうちに村の男から言い寄られそうになり、イレルミがうっかり足を引っかけてしまい、転ばせてしまう事態が起きた。

「あの男、磨いた農機具や鍋釜に自分の顔を映してこっそり優越に浸っていたよ」

 オルティアが薄気味悪そうな表情で嫌がっていた。

 結局はその話をきっかけに、あいつ、行動が気持ち悪いよね、と村の年若い女性とオルティアが盛り上がったことにより、聞き出したい情報を入手することができた。

 こういうやり方もあるのか、とオルティアは目から鱗が落ちる思いだった。



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