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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
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4.錦秋を楽しむ  ~ショックの巻/半減/キコキコ~

 

 金波をなす袖振り草に白露が輝く夜、幻獣たちと揃って真円を見上げ、料理を食べ、音楽を楽しんだ。

 昨年に行った月見をまたしたいという声が上がったので、餅つきをし、月見団子やぜんざいを作る。

 麒麟はおっかなびっくり餅つきを楽しんだ。

 山で拾った栗を用い、今年も栗ぜんざいをみなでこしらえた。

 九尾の好物の栗はぜんざいに入れても美味しいという麒麟に、九尾が自分の椀から栗を掬って麒麟の椀に入れてやった。それを見たシアンが自分の椀から九尾の椀へ栗を移動させ、九尾に感謝の眼差しを向けられた。

 一連の流れを並んで眺めていたリムと闇の精霊が顔を見合わせて微笑み合う。

 山で拾い集めた木の実と蜂蜜で飴を作った。

 春先の茶会で蜂の王が土産に携えて来た蜂蜜を使った。とても上品な甘味で幻獣たちが好み、カカオと並んでディーノを通して譲って貰っている。

 その蜂蜜で作った飴は香ばしくて甘く、歯触りが良い。

『これは光の精霊王が好まれそうですなあ』

「金色の稀輝も銀色の稀輝も好きそうだね」

『じゃあ、二人にあげよう!』

 山では他にキノコも採取した。

『鹿の角みたいな形のキノコ、またあったよ!』

『他に、籠の形のようなものもありましたね』

『細長く丸い棒状のもあったね』

 わいわい言いながら、山の幸を採取する。

『これなど、椀のような形をしておりまする!』

 わんわん三兄弟が大きく口を開いたような形のキノコを口に咥えて他の幻獣たちに示して見せる。

『子実層が内側や上面にならび、胞子を能動的に放出する』

 風の精霊の説明に、リムがさっとわんわん三兄弟から飛び退る。

 リムに避けられたことにショックを受けたわんわん三兄弟が思わず口を開け、ぽろりとキノコを落とす。

『ち、違うの。わんわんを避けたんじゃないの。悪い菌がついたら、ぼくたちは大丈夫でも、シアンが大変だもの!』

 途端に、キノコに触れたウノから他の兄弟が距離を取る。

 がっくりと項垂れるウノに、風の精霊が空気の膜を張っているから心配するなと伝える。

 リムとわんわん三兄弟に弛緩した雰囲気が漂う。

『これ、いつもやらなくちゃならないのかにゃ』

『リムやわんわん三兄弟の、いわゆるお約束というやつですよ』

『あとは水に流されるか溺れるかするやつ』

 珍しく、カランと九尾のひそひそ話にティオが加わる。

『カラン、可愛いはお約束を踏襲してこそ、だよ』

 ユエの言葉にカランが目を見開いて固まる。

『あは、カランはいつも可愛いを追及しているものねえ』

『でも、どこかずれているというか、いや、可愛いのだが、何か違うというか』

『あざといということ?』

 麒麟の言葉に引っかかりを感じて鸞が首を傾げ、一角獣が止めを刺す。

『カラン、大丈夫?』

 固まったまま呆然とするカランをユルクが鎌首をたわめて心配する。ユルクは二メートルほどの大きさになっている。ネーソスがカランの足をそっと突いてみる。

『……はっ。あ、ああ、そうかにゃ。突っ込みをしているようでは可愛いには到らないのにゃね』

『カラン殿はそのままでも十分なのでは』

 鸞の引っ掛かりにリリピピが答えを導き出す。

 変な方向で頑張るからおかしくなるだけで、今ある幸せ、可愛いに目を向ければ良いのに、ということである。

 ともあれ、すれ違ったり空回りしているのも健気で可愛いと言えなくもない。カランの場合、そこにあざとさが加わるのでやや苦みや渋みをますのだ。悪い方向で。

『これもキノコだ』

『これ? まん丸なのに?』

 鸞が指し示す濃い褐色の塊を見てリムがどんぐり眼をさらに丸くする。

『木の皮が丸まったようですな』

 九尾も興味津々覗き込む。

『これは小さい椀が沢山ついている』

 ティオが木の根に幾つか生えたものを根ごと咥えて持って来る。

『それは耳状と言われておるな』

『ゼラチン質の傘の裏側に子実層がある』

 鸞の言葉を風の精霊が補足する。

『わ、ネーソス、それ、面白い形だね』

『……』

『それは星形のキノコだな』

『閉じた構造内に子実層が形成され、その構造が後に裂け、その様な形を作る』

 ネーソスが器用に甲羅に乗せて運ぶキノコをユルクが鎌首を左右に振って眺め、鸞が興味深げに観察し、風の精霊が解説する。

 一角獣はキノコ狩りに飽き、木の実やキノコを食べて肥え太った野生の獣を狩り、シアンはセーフティエリアで料理の準備を行う。

 銘々が好きなことをして山で過ごした。

 後日、幻獣たちは山で楽しく過ごしたと樹の精霊に話すと、秋ならではの山の楽しみを見せてあげようと言われて期待に胸膨らませた。

 数日後、指定された場所へシアンと一緒に出掛けた。

 天高く水が澄むその日、秋の山は鮮やかに粧った。

 赤、黄色、朱色、黄金色、濃い緑に薄い緑、黄緑、茶色、様々な色が混然一体となっている。また、山裾に広がる湖面に映る色が残像の様にぼやけてゆらいで見える。

 全てが紅葉樹ではなく、碧も混じっていることから、より一層色鮮やかなコントラストを作り出している。透明感あふれる色が広大に広がって、山肌や湖面を覆いつくさんとしている。

 上空から見る鮮烈で圧倒的な光景だ。

『わあ、りんごとトマトの色がいっぱい!』

「リムの好きな食べ物だね。赤色は好き?」

『好き! 青と緑も好き!』

「そうなの?」

『混ぜたらシアン色になるんだよね』

 シアンは目を見開いた。

「良く知っていたね」

『英知がね、教えてくれたの!』

 得意げに胸を張る。ティオと並走しつつ行うのだから器用なものだ。

『じゃあ、リム、これを上げるよ』

 色づいた葉を繁らせる樹に近づき、一枚葉を咥えて来た一角獣が差し出す。

『赤い葉っぱ!』

 リムは一角獣が渡してくれた色味草を片前足に持ち、楽し気に眺める。

「綺麗な赤色だね」

『あれが落ちて乾いたらかさかさになるんだね』

 傍らを飛行する麒麟も覗き込む。

「そうだね。リムは落ち葉踏みも好きだものね」

『うん!』

『錦秋というが、これはまた鮮やかで華やかな色づきだな』

 鸞も圧倒的な光景にため息交じりで言う。

 紅葉の淵とはいうが、奥深さを感じさせつつも広大にどこまでも広がっていく鮮やかな衣は圧巻だった。

『まことに美しい』

『色鮮やかでござりますなあ』

『圧巻でござります』

 幻獣たちとしばらくゆるゆると飛び、見事な景色を堪能した。

『この季節、この島の暖かさではこんなに色づかないんじゃないかな』

『あー、まあ、あれにゃ。樹の精霊だから色々やってくれたんじゃないかにゃ』

『何なら、ここら一帯の気温だけ、闇の精霊王が下げてくれそうなの』

『ええと、それは私たちを喜ばせるため?』

『……』

『確かに、シアン様もリム殿も喜ばれていますが』

 一部の幻獣たちはひそひそと囁き合った。力の使いどころがおかしいのはもはや常態だった。



 可愛い研究会は今もまだ続いているようだ。

 先日覗いてみれば、どうやら手品のようなことを行っていた。

 ひとしきりはしゃいだ後は、最近あった良いことニュースを報告し合っていた。

 もはやどこへ向かっているのかは不明だが、仲良く楽し気でシアンは知らず口元に笑みを浮かべていた。

 秋の風物詩として運動会も行った。

 綱引き、かけっこ、ダンス、借り物競争、後ろ向き競争、玉転がし、おたまレース、玉入れだ。

 庭も広いのだが、樹の精霊の近くで行った。

 綱引きは二チームに分かれて行う。

 かけっこは銘々が好きなように走ってゴールの向こうにあるそれぞれの好物を食べられる、というもはや趣旨がどこにあるのか分からないものになり果てていたが、速度差が激しいので競い合うのはなかなか難しいのだ。一角獣に競争で負けても心から勝者を誉めそやす幻獣たちならばこその仕儀だった。なお、九尾とカランはおやつを賭けてデッドヒートを繰り広げた。

 ダンスはひみつの特訓をした成果をシアンに喜ばれ、精霊たちに褒められて幻獣たちはそれぞれ満足げだった。

「これって祭りの踊りの成果かなあ」

 即席で音楽を担当したシアンがバイオリンを弾きながらこっそり呟いた。

 シアンもまた、ダンス以外の競技に参加した。

 借り物競争、後ろ向き競争、玉転がし、おたまレース、玉入れもまた盛り上がった。

 借り物競争は魔族の言葉を勉強したことが功を奏した。

 紙に書かれた物をどこに探しに行けば良いか迷った際にはセバスチャンを頼った。この時ばかりは有能で万事わきまえた家令は場所を教えるだけで、自ら用意することはなかった。幻獣たちは慌てて、でも楽しそうに書かれた物を取りに駆けて行く。

『ベヘルツトさんは後ろ向きでも突進するんですのにゃね』

 カランが額の汗をぬぐう仕草をする。

 そういうわざとらしいところが、九尾に似て可愛さが半減する所以だとは言えずにいる鸞である。

 玉転がしではお約束通り、わんわん三兄弟の方が転がって行き、あわや玉の下敷きになる所だった。

 お玉レースでは幻獣たちの一部は口や嘴に大きな匙に入れた球を落とさないようにして四足で駆けた。残りの一部は後ろ脚立ちし、片前足で匙を持って走った。

 玉入れは立てた棒の先端に籠が設えられ、そこに玉を投げ入れるものだ。

 けれど、幻獣たちの行うのは移動式だった。チームの一人が籠を背負って逃げる。相手チームはそこに玉を入れる。

 これが結構な盛り上がりを見せた。籠を背負って逃げる方も、一旦籠に投げ入れられた玉を落としてはペナルティが課せられる。

 的が小さければ有利である、とばかりにリムが背負った。籠の方が明らかに大きい。リムがすっぽり入って余りある大きさだ。一方、相手チームは一角獣が背負う。

『お、恐ろしい、籠が見えぬ!』

『止まったところを狙い撃ちするぞ』

『ユルク、尾で引っ掛けて足止めして』

『え、い、いいのかな?』

『……!』

『リ、リム様こそ、なかなか籠には入りませぬ!』

『上下運動が素早い!』

『よ、避けられる!』

『きゃっ!』

『あ、わ、わ、ごめん!』

 流れ弾に被弾する者も出た。

 中々にハードでワイルドだ。

 それ以上に白熱し、危険性がありそうな競技は端から却下されていた。リレー、組体操、騎馬戦、障害物競争、二人三脚、棒倒し、ムカデ競争、自転車リレーなどである。

『自転車ってなあに?』

『リムは足がつかないだろうからなあ』

 そんなリムと九尾のやり取りを眺めて、ふと三輪車に乗るリムを夢想した。せっせと後ろ脚を動かしてペダルを漕ぐ。あっちへキコキコ、こっちへキコキコ、自在に素早く走らせることだろう。思わず吹き出して幻獣たちに心配されたものだ。

 運動会と称したものの、何でもない、いつもの遊びの延長であった。ただ、幻獣たちにとってチーム戦というのは中々目新しいことだったかもしれない。

 ともあれ、島での生活はそれまでと変わらず楽しく賑やかに過ぎて行った。

 不穏な世界の情勢とは全く対照的なのどかなものであった。

 シアンは時折、夏に幻獣たちと遠出をした先の幽霊城と称される館で出会った魔獣化した幻獣のことを想起する。

「飢えは人の尊厳を奪います。動物から人へと戻してくれた聖教司には感謝しかありません」

 そう言ったのは光の聖教司だ。彼は安全な場所を出て、方々を放浪して人の尊厳を守っている。

 飢えや痛みは動植物をも狂わせる。そして、信頼への裏切りも。

 幻獣たちをああいう風にはさせたくはないと思う。それは強い願いだった。

 自分が何をできるのかを考える。

 そんな時に流行り病のことを耳にしたのだった。




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