43.集まった冒険者/幕は切って落とされた
シアンはジョンの牧場ととカラムたちの農場をスタンピードから守る位置に陣取っていた。他のプレイヤーはフラッシュたちパーティとそれに賛同した数パーティだけだ。
後はトリスの壁際で守る構えだ。
シアンたちに賛同してくれたパーティの一組は、密林の遺跡前のセーフティエリアで一緒になったザドクたち三人を含むパーティだった。
「リーダーたちが世話になったな」
「美味い肉を食わせてもらったんだって?」
「俺たちにも食わせてください!」
残りのパーティメンバーも愉快な人たちだった。
リーダーで回復役のザドク、剣士のウィル、弓使いのヴェラの他、テレサと名乗った女性の剣士とソールという魔法職の男性、盾職の男性ロシュの紹介を受けた。
「冒険者ってみんな食べるのにどん欲なんでしょうか」
「SP補給に必ず必要ってのもあるけど、料理人が少ないというのもあるなあ」
「あとは、やっぱり現実世界のあの規格化された一定以上の味と品質って、大切だったんだなあって思う」
「あ、それは海外に行っても思う」
「それは文化の違いなのでは?」
フラッシュはくだんのパーティのシアンが初対面の方の女性テレサと仲が良いらしい。こちらもさばけた口調で、波長が合うのだろう。
いつもは何かと――――九尾とか自分のパーティメンバーとかの――――ストッパー役となることが多いが、知人と話し始めたからあてにすることはできない。
話が脱線していくのをどう止めようかと思っていると、呼び止められた。
「あんたがシアン? だよな。グリフォンといるし」
男に声を掛けられた。所々金属で補強された使いこなされた革鎧を着て、大振りの剣を腰に佩いている。
その後ろに五人続いて来る。
トリス周辺の生活基盤を守ることに賛同してくれたパーティだろうが、アレンではなく真っ先にシアンに声を掛けてくるのに、怪訝な面持ちになる。
「あー、俺、実はあんたのことを批判していた一人なんだけど、えーと、その、なんていうかリアルであんたのファンなんだわ。今まで勝手なこと言って済みませんでした!」
勢いよく頭を下げられた。後ろに付き従うパーティメンバーがどよめく。
「ちょっ! あのリーダーが頭を下げた!」
「しかも九十度!」
「うっそ、何、あの人、リアルでヤバい人なの?!」
謝られているのか、新手の嫌がらせかどちらだ。
「リアルって、もしかして、シアンはピアノかバイオリンで有名なのか?」
少し離れたところにいたフラッシュが、流石に他のパーティが近づいてきたので気にしてくれていたのだろう。話を聞いていたようで、思わずといった態で首を傾げる。
「そうなんだよ、どっちも凄くてさ! こないだなんて、ピアノ三大コンクールの二つで優勝して、残りの一つはバイオリン部門で――――」
「リアルの話を持ち込むのはマナー違反ですよ」
シアンが笑顔で遮った。
フラッシュにも分かったのか驚愕に目を見開いている。
「え、あれを三冠達成?」
「そそ。ちょっと前、あんたの工房に行った時、裏手からピアノの音が聞こえてきて、すぐわかった。リアルでは今後コンサートも目いっぱい出るだろうから、俺、有給貯めていて」
「ピアノの音だけで誰の演奏か分かるのか。凄いものだな」
「俺、ガチなファンだからな。海外へも聴きに行く! 金があったらマダムたちに交じってパトロンになるのに」
「そんなことより! 陣形の相談をしましょう!」
強引に打ち切り、アレンを呼んだ。
後ろでフラッシュがマダム、パトロン、とつぶやいているのは気にしないことにした。
地鳴りが起こり、地平線に砂ぼこりが立った。
「予測よりは遅かったな」
「あれがスタンピード」
トリスの街の中へ避難して無人となった農場と牧場を区切るようにして、ティオの魔法で、大地から生み出した壁で囲んだ。その上に立ちながら、徐々に大きくなる魔獣の群れを眺めた。
「大分ばらけたな。それとも、この世界のスタンピードはこんなもんか?」
「まあ、それでも多勢に無勢だが、できる限りのことをすればいい!」
眼前には四つ足で駆ける足の速い魔獣の中にひと際身長が高い巨人が目を引く。半人半牛の怪物だ。大きくても足は遅いのか、群れの半ばくらいに位置している。
「おー、ミノタウロスだ!」
「迷宮の主か。穴倉から出てきたのか」
「生贄、受けてたのかなあ」
シアンの周辺にいるのは魔法職と回復役、弓矢を扱う者たちだ。
剣士など近接攻撃を行う者は壁の下にいる。
壁には街壁とは異なり、扉も階段もない。シアンたちはせり上がる壁にしゃがみこみながら持ち上げられた。実にシュールな一幕だった。しかも、足場はそれほど広くない。取りつこうにも先が尖っており、シアンたちがいる踊り場のような場所だけが平らで面積を有している。階段もないのに踊り場も何もないが。
聞けば、集まった二パーティは高い戦闘能力を有しており、あちこちの攻略を先頭に立って行っている者たちだそうだ。そのせいか、実に飄々として一見のんびりと言っていい程の悠長さで会話している。
徐々に群れの陣容が見えてくる。
四つ足の獣が多い。シアンが見たことがない魔獣もいる。
彼らの右にトリス街壁、左にティオが作り出した即席壁がある。
群れが左右に分かれた。ミノタウロスは大きい壁の方、トリスへと向かった。
「そろそろだな」
轟音が起こり、群れの左側、シアンたちに向かってきていた群れが、地面を踏みぬいた。もうもうと土煙が起こる。魔獣たちは突然蹴っていた地面がなくなり、重力のままに落ちた。
あらかじめ穴を掘り、その上に板を渡し布を敷き、薄く土と草を置いておいたのだ。
簡単な落とし穴だが、底は深く横長だ。
その穴の分の土が今、シアンたち後衛が立つ壁となっている。
「本当に規格外のグリフォンだなあ。大地の魔法をこんなに器用に大規模で使いこなせるなんて」
「グリフォンってこんなに強くないよね。ラスボス並みじゃない?」
「見える、見えるぞ、レイドを組んで向かっていったら、落とし穴に落ちるプレイヤーが!」
「うん、そんな不吉な予測はいらないから」
「大丈夫だ、シアンがいればティオは敵に回らない」
力強くアレンが言いきり、他のパーティのプレイヤーは口を噤んだ後、何故かシアンを拝んだ。
シアンのファンだと言う男はフィルと言い、剣士の男性だ。
彼のパーティメンバーのうち、女性三名が壁の上に共にいる。
それぞれ、回復役、魔法職、弓使いだ。他に男性二名が戦士でリーダーのフィルと共に壁の前に陣取っている。
「ちょっ、あれ!」
「げっ、グリフォン! 敵側にもいたんかよ!」
落とし穴に落ちた魔獣の後陣の中から鷲の上半身、肉食獣の下半身を持つ魔獣が飛び出した。そのまま空を駆けてこちらへ一直線にやって来る。
濁った甲高い声で長く威嚇する。
高く応じて、ティオが飛び出した。
「ピィ――――――ッ」
「うおっ、グリフォン対グリフォン!」
鷹は急降下で時速三百キロを超える速度を出し、その勢いのままで獲物に向かっていく。
けれど、相手はグリフォンだ。
易々と相手が高度を取るのを許さない。
体を斜めにし、後ろ脚を下にして前脚を突き出し、双方、蹴り合う。翼がせわしなく、大きく羽ばたく。羽ばたきさえ攻撃と化し、相手の胴体に打ち付け、バランスを崩そうとする。
剣戟が一合二合とぶつかり合うように、一蹴り二蹴り、一羽ばたき二羽ばたき、と双方繰り出した。
遠目にもティオの蹴りの方が強かったし、羽で打ち据えられ、相手のグリフォンは空中でバランスを崩した。
体勢が崩れた先、ティオの後ろ脚へ鋭い嘴を向け、啄もうとしたが、ティオが後ろ脚で蹴りつける方が早かった。横っ面を完全に捉えられ、錐もみ状態で地面に横たわる。
「キュィ――――――ッ」
ティオが勝利の雄たけびとは違う、まだまだ戦意の籠った勇ましい声を上げる。
と、地面のあちこちから岩が浮き上がり、先の尖った杭状を成型する。
一拍置いた後、魔獣の後陣へ向けて、放たれる。
腱を何本か断つ鈍い音がする。
骨が砕ける濁った音、肉が潰されるねばついた音が、離れていても耳に届いた。
ティオは大地の精霊の加護を受けるようになって大地の属性の魔法を使えるようになった。普段の狩りでは使わなかった。身体能力のみで事足りたからだ。数が多い今回は使いどころがある。一匹たりとも逃さないという気迫で臨んでいた。
魔法使いのように魔法を駆使し、石礫を降らし、岩の槍を無数に作り逃げ惑う群れを簡単に潰し、串刺しにする様は圧巻だ。




