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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
429/630

3.芋掘り ~ほっかむり/オーエス!/キュアぽんと同じ~

 

 麒麟は固有の性質、慈悲に寄ることから生き物を食べない、という性質を覆した。

 生命の循環を知り、そのサイクルから離れた自分を悩んだ。きっかけは料理人であるシアンが料理するのを他の幻獣たちが手伝い、一緒に味わうのが殊の外楽しそうだったからだ。

 他者の生を奪い、自身の糧にする。

 とても残酷で分かりやすい弱肉強食な世界の一端だ。

 そしてそれを、彼らは味覚や嗅覚、視覚という五感で味わう。

 幻獣たちは調理された美味しいものを食べるのを殊の外好み、楽しむその姿を、麒麟は指をくわえて眺めているしかなかった。何より、みなと共有できないことが悲しかった。

 麒麟は食べたいと思い、決心し、生き物を殺さないだけでなく、自ら育てることを考えた。他の幻獣たちが一緒に考えて出してくれた案に従い、能く植物を育てる人に教わり、モモを育てた。全ての植物に通ずるという樹の精霊が生命サイクルについて話をしてくれた。

 その上で、シアンや幻獣たちは麒麟を急かすことなく、見守ってくれ、一緒に付き合ってくれた。行きつ戻りつしながらも、麒麟は自身の途を見つけて歩んだ。

 そうして手に入れた味覚は不思議に満ち溢れていた。

 基本五味と言われている「甘味・酸味・塩味・苦味・うま味」、これらが複雑に絡まり合い、香りや舌触り、見た目でも大きく印象が変わって来る。

 自身が育てたモモを鸞と一緒に賞味することができたことがどれほど嬉しかったことか。

 鸞が美味しいと言っていたのは、こういった味、触感だったのか。

『豆腐も美味しいね』

『ああ。ちょっと癖のあるほんのりした苦みに甘みが混ざり合うのがまた良い』

『ジャガイモも食べて!』

 一角獣がシアンにジャガイモ料理を作って貰って麒麟に勧める。

 リンゴ、トマト、肉、生クリーム、海鮮、ハンバーグ、肉の味が染みた野菜、芋栗なんきん、幻獣たちがこぞって自分の好物を勧めて麒麟と分かち合う。

 まだ食べる量はそう多くはないし、特に肉はあまり食べられないが、様々に賞味した。

 鹿花妻が咲く。

 季節はまさに秋、様々な味覚が揃っていた。

 キノコ狩りに木の実拾い、栗拾い、芋堀りを楽しみ、カボチャをくりぬいてランタンにし、中に蝋燭を入れて火を点した。中身は無論、幻獣たちが美味しくいただく。

 芋掘りを行うには一般的には良い天気の日が望ましいと言われている。

 芋は濡れると腐りやすいからだ。

 彼らが行う場合、たとえ雨が降っても芋は濡れない。芋は湿気を嫌うので水気に晒されない。大気中の湿度管理も完璧である。

 九尾がリムを通じて光の精霊に掘ったサツマイモをふかしてごちそうすると言っておいたのだ。甘みの強い芋、しかもカラムが育てた大地の恵みがいっぱいにつまったサツマイモは、銀の方の光の精霊の好物だ。よく九尾と並んで幸せそうに食べている。

 陽光や大気の微調整するのは風の精霊である。こちらも九尾が抜かりなくリムを通して依頼している。

 芋掘りは通常、霜が降りる前に収穫する。低温に弱く、腐ってしまうのだ。収穫が遅れると味が落ちたり、芋が大きくなり過ぎて割れてしまうこともある。そのため、蔓や芋を傷つけないように土を掘り起こし、芋の状態を確認する、試し掘りを行う周到さが必要だ。まだ小さければ日を改める必要がある。

 無論、島では起こらない事柄だ。シアンかティオ、リムが大地を叩いて願えば、もうその時が掘り時である。

 しかし、芋掘りは秋の晴天に行う風物詩、と九尾が主張し、リムと麒麟が面白がり、該当する日を選んで行われた。

 一般的には、地上に溢れる蔓を一定の長さから上を刈り取り、その蔓を掴んで、そこからやや離れた場所の土を掘って、蔓を優しく引き上げるようにして抜く。

『日中は日差しが強いからほっかむりをしましょう』

 今まで被り物をせずにモモを育ててきた麒麟は付き合い良く九尾に手ぬぐいをかけて貰った。

 ほっかむりをして芋を掘り起こす幻獣二頭。

 何とも言えない光景である。

 九尾はこっそり大地を叩いて囁く。

『大地の精霊、りんりんが芋掘りを楽しめるように、少し芋を引っ張ってくれますか?』

 麒麟はほっかむりを気にしていて九尾には気づかない。嫌がっているのではなく、布を被ることに興味津々の態だ。

 二頭は蔓を前足で掴んだり口で咥えたりして引っ張った。

『オーエス! オーエス!』

 九尾は実に楽しそうに掛け声をかける。

 それにつられたリムも唱和する。

『きゅうちゃん、オーエスってなあに?』

 あまりにも楽しそうなので真似したものの、ふと気になってリムが小首を傾げる。

『船の帆なんかを引き揚げる時の掛け声だよ。それが伝わっていったんだ。力を合わせた方が掘り起こしやすいからね』

『あは、そうだねえ』

『じゃあ、りんりんも掛け声に合わせて力を入れてください。オーエス! オーエス!』

 九尾も麒麟も幻獣だ。力もある。

 その二頭が力を合わせるにもかかわらず、中々抜けないのは九尾の願いを大地の精霊が受け入れてくれたからであろう。

 麒麟は足を踏ん張って九尾の掛け声に合わせて力を入れた。

 と、土から芋が引き抜かれた。麒麟は勢い余って尻もちをつき、芋が抜ける時に飛び散った土を被る。

 口に蔓を咥えて座り込んだまま、驚いて目を丸くする。

『大丈夫ですか?』

 九尾が掛けてきた声に我に返り、笑い出した。

『あははははは』

 明朗で快活な声に、九尾も声をあげて笑い出す。

 まずは芋掘りの発案者である九尾と麒麟に芋掘りをさせてやろうと見守っていたシアンと他の幻獣たちが快活に笑う二頭を眺める。

 いつにない麒麟の溌剌とした様子に鸞と一角獣が顔を見合わせて、こちらも笑い声をあげる。

『レンツや九尾の力でも抜けにくい芋ってどんなのにゃ?』

『大地の精霊が空気を読んで引き抜きにくくしていたんだよ』

 呆然とするカランにティオが答える。

『えー……、そんな手加減も自在なの?』

 大地の属性のユエが呆れる。

 容易には抜けなく、力を籠めれば掘り起こすことができて達成感を得られる。その加減の妙があったのは楽し気な二頭の様子から読み取れる。

『大地の精霊、レンツのことが大好きだものね!』

『そうなの?』

『うん! 一生懸命モモを育てていたからね。それに、ユルクやネーソスのことも大好きだって。いつも美味しい水をくれるからって』

『……』

 リムの言葉にユルクが目を見張り、ネーソスがいつも美味しい陸のものをありがとう、と大地を前足で叩く。

『ほう、リムは大地の精霊の姿が見え、その声を拾うことができるのか?』

『あれ、そうだったみたい』

 鸞の言葉に、そういえば、できるようになっていた、とリムが小首を傾げる。幻獣たちが精霊王の姿を見ることができるのは、精霊の方がそう仕向けているからだ。下級中級上級の変わりなく、加護を貰っていない精霊の姿を見ることは稀である。

『リム様は六属性の精霊王に愛される稀有な御方!』

『リム様ならばこそ!』

『可愛いドラゴンであらせられる!』

 わんわん三兄弟がリムを褒める機会を逃す訳がない。

 土を掘るということをやりたくてうずうずしていたわんわん三兄弟や面白いことに目がないリムが参戦し、幻獣たち全員で芋掘りが行われた。

 芋掘りは一般的に、蔓を掴み、その周辺の土をサツマイモごとシャベルなどで掬い上げるようにして掘り起こすのがコツである。

 幻獣たちの芋掘りは一風変わっていた。

 九尾以外にもティオにも願われた大地の精霊が芋を掴んで離さなかったので、幻獣たちは童話にでてくる綱引きよろしく芋を引っ張り上げることになった。リムが芋を引っ張るのをやってみたいと顔を輝かせていたのだ。ティオがその期待に答えてほしいと大地の精霊に協力を願った。

 蔓が途中で切れそうなものだが、そこは樹の精霊から力を与えられている植物だ。幻獣が綱引きを楽しめるように頑張った。

 つまり、もはや一般的な芋掘りの範疇から逸脱したということである。

 おかげで九尾や麒麟、リムをはじめとする幻獣たちは芋掘りを楽しんだ。

『楽しかった!』

 小山となった芋を前にリムが満足げにふんすと鼻息を漏らす。

 最後にはみなで大地の精霊に感謝を込めてキュアぽんした。

 なお、途中で根がちぎれ、地中に取り残された芋があるものなのだが、根の方がちぎれまいと頑張り、それでも取り残された芋はそっと大地から押し出されて小山の裾に添えられた。



 通常、堀ったサツマイモはすぐに食べずに一か月ほど寝かせ追熟させた方が美味しくなる。収穫してからしばらく待った方が、芋のデンプンが糖に分解されることによって、甘みが増すのだ。

 この時、キュアリングすると良い。

 傷ついた芋を高温多湿の場所で修復する。傷口の表皮下にコルク層を形成させ、自然治癒させる。そして、デンプンが糖に分解されるのを助ける。期間として、二~三週間を要する。

 つまり、キュアぽんと同じ効果をもたらす処理である。

 しかし、幻獣たちが待つことができるだろうか。いや、ない。光の精霊も待てないだろう。

 キュアぽんはキュアリングと異なり、即座に効果を得た。

 さっそく、大地の精霊に窯を即席で作って貰って掘り出した芋を焼いた。炎の調節は風の精霊が請け合ってくれた。炎の精霊がその背後でうろうろして自身も力を貸したそうにしていたが、風の精霊は知らぬ顔をしていた。力関係が明確な二柱である。

 シアンが炎の精霊に声を掛け、風の精霊にも一緒に力を貸してほしいと改めて依頼することで事なきを得た。

 大好きな風の精霊との共同作業に、炎の精霊が張り切り、ほんのり焦げ目のついた黄金色の焼き芋ができあがる。九尾と光の精霊が喜び、それを眺めていた麒麟はシアンと顔を見合わせて笑い合った。

「はい、レンツときゅうちゃんが掘り起こしたサツマイモだよ」

『りんりんが頑張ってくれたお陰で美味しい焼き芋が食べられます』

『甘い』

 シアンが追加で渡したサツマイモを、九尾と光の精霊が口元に黄金色の欠片をつけながらせっせと咀嚼する。

『あは。本当だ。甘くて美味しい』

 九尾と光の精霊の様子に、サツマイモが一層美味しく感じられる。

『うむ。ほくほくしている。絶妙な火加減だな』

 麒麟が食べるのを見守った後、自身も賞味した鸞が感心する。流石は微調整の得意な風の精霊だと二度三度頷く。それを炎の精霊が良く分かっているじゃないかと自慢げだ。

『シェンシはね、英知にいっぱい色んなことを教わっているから、英知のことをとっても尊敬しているんだよ!』

 リムの言葉に一層、炎の精霊の鸞を見る目が優しくなる。

『さようにございます。そして、そうやって得た知識を惜しみなくわたくしたちに教えてくれ、お力になってくださっておいでです』

 鸞は全ての鳥を生みだしたとされ、リリピピの辛い旅路の苦労を少しでも減らそうと心を砕いてくれるので、ここぞとばかりに炎の精霊にアピールする。

『そうか。では、礼をせねばならんな』

『い、いえ、そのようなお気遣いは……』

 流石に精霊の王たる者の言葉に固辞しようとする鸞の後ろに隠れたまま、ユエが声を上げる。

『シェンシは研究したり薬を作ったりするの。試行錯誤をするから、その時の炎の調整をしやすくしてあげるときっと助かるの』

『ほう、なるほどな。兄上と同じく研鑽を積んでいることへの助力か。任せておけ!』

 精霊の力を借りることができるなど滅多にないことだ。この島にいては忘れてしまいがちだが。

 鸞は研究の助力を得られるのであればと有難く受け取っておくことにした。

『ユエも道具作りをしているから、炎の調節の重要性を知っているのにゃよ』

 カランがそっと誘導する。

『ほう、そうなのか』

 興味を引かれた炎の精霊に、空気を読むに長けたリリピピがすかさずカランを援護する。

『さようでございます。ユエ殿はシアン様やわたくしたちに役に立つものを作ってくれているのです。わたくしの旅路が安全で快適になるような道具も作ってくださいました』

 満足げに頷いた炎の精霊はユエの道具作りにも力を貸そうと言った。

 成り行きを眺めていたシアンはこっそり風の精霊に微調整を依頼しておいた。

『承った。炎のは光のと違って火加減はお手の物だけれどね』

「ふふ、そうなんだ」

 何だかんだいって、炎の精霊の特性を知り、認めている風なのが嬉しくてため息交じりに笑うシアンに、風の精霊はほんのり頬を色づかせてふいと視線を外した。



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