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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
42/630

42. スタンピード発生 ~選ばれし者たち~

 

 フラッシュ宅では家主と九尾が出迎えてくれた。

 フラッシュのパーティメンバーが冒険者ギルドから工房へやってくると言う。

「ワイバーンは本当に一撃だったそうだな」

 フラッシュがティオを見ながら感心する。

「僕も驚きました。ティオよりも倍くらい大きかったので、物凄くハラハラしました」

『フラッシュの分のお肉もあるよ!』

 ティオが機嫌よく言い、フラッシュは礼を言いながら首筋を軽く叩く。

『ワイバーンのお肉、とっても美味しかったよ!』

 シアンの肩から飛んで滞空するリムにフラッシュが笑う。

「目いっぱい食べたようだな。腹が膨れている」

『きゅうちゃんは? きゅうちゃんの分はありますか?』

 上目遣いで九尾が期待を込めて三人を眺める。

『きゅうちゃんのもあるよ!』

 リムの言葉に九尾が跳ね上がる。

『レア肉、ひゃっほう!』

「あの、広場でプレイヤーが冒険者ギルドへって言っていたんですが、何かあったんですか?」

「ああ、シアンはまだ聞いていないんだな。とりあえず、居間へ行こう」

 確かに玄関先では落ち着いて話はできない。


「スタンピードが発生したんだ。位置はシアンが以前、製鉄所と鉱山を見かけた山だ」

 シアンが先ほど聞いたタイミングでもたらされた情報だ。既に多くのプレイヤーに広まっており、なかなかワイバーンを倒せなかったため、製作会社が世界に干渉したのかもしれない、という説もあるとフラッシュは話した。

 シアンは顔をしかめた。

「プレイヤーの都合でこちらの人間が生活を奪われるのですか。農場や牧場の方は言っていました。ワイバーンから助かっても農場や牧場が滅茶苦茶にされたら、生活していくことはできないと。僕はトリスの街だけじゃなく、農場と牧場を守りたい」

 フラッシュは難しい顔をした。

「シアンはスタンピードのことを知っているか?」

「いえ、初めて聞きました」

 何となく、雰囲気から魔獣に襲われるのではないか、という風に考えていると言うとさもありなん、と頷かれた。

「MMOはこれが初めてならそうだろうな。スタンピードは魔獣の群れがなだれ込んでくることだ。とんでもない数でトリスの外壁も壊される可能性があるし、街に入り込まれることも考えられる」

 元は大挙して押し寄せたり逃げ出したりするパニック状態になった群衆の行動のことを言う。本来は魔獣の群れに逃げ惑う人間集団の方を指す。

 四階建ての建物よりも高い壁があっても防げないと聞いて、シアンは呆然とした。


 フラッシュからレクチャーを受けていると、パーティメンバーが工房へやってきた。

 ティオをみて、ワイバーンを一撃か、と感心される。

「美味しかったです」

「いいなあ。レイドボスの肉ってどんな味だろうな」

 キャスが腕を組んでしみじみ言う。

「あ、お肉はまだありますよ」

「食べたいです!」

 ダレルが涎を流さんばかりだ。

「でも、今、緊急事態なんですよね?」

「ああ、先に話そう」

 アレンが皆を居間へ移動するようにと促した。


 冒険者ギルドへ行って分かったことを改めてフラッシュとシアンに話した。

 王都から各ギルドへ魔法具によって通達があったという。

 某山の鉱山の奥が崩れ、魔物の群れが出てきた。シアンが見つけた隠された製鉄所のある山だ。巣を掘り当ててしまったらしい。

 魔物たちは散らばりながらも、王都とトリス方面へ向かってきている。

 スタンピードはものすごい勢いで押し寄せてくるものだとされているが、今回は二手に分かれたということ、距離があり、はぐれていくものも出るのでやってくる数は相当減るだろうということ、王都とトリス以外は大きな集落はないのでその二か所で食い止めることが必要だといった様々な事象をアレンたちは語った。


「この世界では定期的に発生する大災害という扱いだな。アダレード国では異能の異類が昔、故意に起こして、酷い有様になったらしい」

 そこでシアンは先ほどフラッシュに語ったプレイヤーの都合でこちらの人間が生活基盤を奪われるのは不条理だという話をした。

 甘いことを言うなと言われるかと思いきや、アレンたちは同意した。

「俺たちプレイヤーは最悪死んでも戻ってこれるが、農場や牧場を元に戻す労力と時間とその間の生活保障などを鑑みると、やれるだけやってみる方が良い。俺は賛成だな」

 言って、他のパーティメンバーを見渡した。

「前線をトリスの外壁に設置するプレイヤーが多いだろうが、牧場と農場の前で戦ってくれる人間を募ろう」

 アレンの言葉に各々頷いた。


 パーティの了承を取ったアレンは遠話というスキルを使って遠方の知人と連絡を取り始めた。

 ただし、このスキルはレベルが一定以上でないと役に立たない。シアンも一応取得しており、フラッシュとやり取りすることもある。

 話を聞くと、三時間ほどの猶予はあるという。

「今は昼前だろう。二時か三時にやって来たとしても、長引けば夜間の戦闘になる。夜目が利かないプレイヤーも多くいるから不利になるだろう。なるべくそれは避けたいところだな」

 ちょうど鉄製品を運んでいた兵士たちが一旦は穴をふさぎ、応援の要請をしたが、そのバリケードがいつ壊されるかわからない。逃げ場がない鉱山を一旦、出入口を再度塞ぎ、山を下りて、簡易の塹壕を掘り食い止めていたという。その戦線を突破されるのは想定内で、そこを超えた両端にトリスと王都があるのだそうだ。

「まあ、空いた穴がすぐに巣に直結していなかったのと、製鉄所が近くにあってそこに兵士を配置していたのが幸いしたのだろう」

 とアレンが続ける。

「第一エリアのレイドボスすら倒せないプレイヤーにそう難易度が高いストーリークエストを用意しないんじゃね、というプレイヤーもいたなあ」

 キャスの言葉に、それは違うと思う、とアレンが顎を撫でる。

「ここはもはや製作会社の手を離れているのではないか。会社は地球に似た環境と生命を与え、その中に魔法や幻獣を追加し、進化や文明の勃興はこの世界に任せていたのではないかと思うんだ。つまり、AIに」

 シアンも管理者としてのAIの存在を感じるも、基本的に無干渉で、自分たちがAIだと知らない一般的なNPCが子孫を残し生活をしている世界ではないかと思う。

「密林の遺跡での碑文に刻銘されていた内容も、単なる設定じゃない。この国が実際に歩んできた歴史だ。この国は昔から戦争と融和政策で勃興と衰退を繰り返してきたんだ」

 そういうアレンにシアンとフラッシュが賛同し、そういわれればそんな気がする、と他のメンバーも続く。


 他のプレイヤーたちは、会社は多くのプレイヤーがいて国軍がいないトリスをプレイヤーに守らせることでもってストーリークエストに変えようとしているのではないかと推測しているらしい。

 しかし、製作会社は果たしてそこまで管理運営しているのだろうか。遺跡の碑文にあったように時折指示を出すだけで、プレイヤーの安全を確保した後は細やかな管理は現実世界の人間はしていないのではないかという疑念をアレンは持っていると言う。

「母体が医療機器メーカーだからなあ。ゲーム的お約束どころか、必要なこともわかっちゃいないって散々叩かれているんだよなあ、リアルで」

 キャスが苦笑する。

「まあ、ワイバーン討伐は次のエリアへの鍵だったのは間違いなさそうだがな」

 ワイバーンが討伐されてから西北の国に通じる洞窟が通行可能になったそうだ。だが、直後にこのスタンピード発生だ。まずはこちらを片付けてからだ。

 他のプレイヤーは自分たちの行動がどう世界に影響するか、考えているだろうか。

「プレイヤーはこの世界で特殊能力、つまりスキルを与えられているが、この世界そのものではちっぽけなものだ。俺はスキルや魔法を育てるのもいいが、こちらの人間の協力を取り付けられる立ち位置を確保する必要があるんじゃないかと思う。君みたいに」

 アレンに振られてシアンは驚く。

「僕はどのプレイヤーともパーティを組んでいないはぐれ者みたいなものなんですが」

 困惑して言うのにアレンは笑う。

「いやいや、ティオやリムの他、こちらの世事に長けた人間、しかも複数人を動かせる人間と親しくしていたり、牧場や農場の人間、市場の人間とも親しくしているだろう?」

「あと、プレイヤーもみんながみんなシアンに嫉妬したり悪口言っているわけじゃないわよ」

 エドナが補足する。

「トッププレイヤーの中で君を評価しているパーティもいたよ」

 キャスも続く。


 ティオとリムはお腹いっぱいになった後歌って踊ったため、眠くなり、庭先で寝ている。

 シアンも何もできないながらも、言いだしたのは自分なのだから、魔獣の群れを止める現場に出るつもりだ。ティオとリムもおそらくついてくるだろうし、手伝ってくれるとは思う。でも、無理はしないでほしい。

「さて、連絡した返答が来るまで、戦闘準備をしておくか」

「ワイバーンの肉が食べたいです!」

 ダレルがシアンに期待を込めた目を向けながら、真っ先に言う。

「そうね。昼食もまだだし、SPのためにも食べておかないと」

「あとは、手軽に摘まめるものを持って行っておく方がいいな。途中でSPが切れたら目も当てられん」

 エドナが賛成し、アレンが情報を追加する。

 全てが初めてのことで何をすればいいのか分からないシアンにはありがたい。また、そのシアンのために詳しく語ってくれているのだろう。本当に面倒見のいい男だ。

「回復薬関係は十二分に用意してあるから、シアン、食事の方を頼めるか?」

「手伝うよ」

 キャスが言うのに、ベイルが短く続ける。

 息が合った調子にただ聞くだけだったシアンが頷いた。

「はい。フラッシュさんがティオのために作ってくれた大きい鉄板がありますから、それで焼きましょう。あと、先ほど串焼きの屋台で沢山もらってきたので、それをパンに挟んで持っていくのはどうでしょうか?」

「おお、いいな!」

 一も二もなくダレルが賛成し、各自、動き出す。

「みんな、フラッシュに見てもらいたい装備や道具があれば今のうちだぞ」

「厨房には全員入らないだろうから、順番に工房に来てくれ」



 九尾とダレルが物も言わずにがつがつとワイバーンの肉を食べる。

 各々、居間や庭先で初めて食べる肉に舌鼓を打っていた。

「レイドでも倒せないボスの美味い肉を食べさせて貰えるなんてなあ。これで頑張ろうって気になれる」

 キャスが肉を幸せそうに咀嚼しながらしみじみ言う。

「そんなつもりじゃあないんですが」

 シアンは慌てた。

「うん、そんなつもりはなかっただろうから快く戦える。そんなやり手のことを考えられたらこっちも身構えるからさあ」

 とキャスは笑う。

 自分は考えなしだったが、それが相手の安心をもたらすこともあるのだと知る。

 確かに、食べさせてから交渉する、というのは一つの有効な手段ではある。

「難しいことやややこしい手段はうちのリーダーに任せておけば大丈夫」

 そういうキャスもまた、密偵として優秀で罠を解除したり、弓矢や投擲がうまいとフラッシュから聞いた。


 反対側にいたベイルがサブ職種にテイマーを選びなおそうかどうか迷ったと言う。テイマーについて聞くと、色々話してくれ、今度テイマーを紹介してくれることになった。

「ティオやリムに会いたがるでしょうか?」

 先走って心配すると、シアン単体で行けばいいという。

「自分は他のテイムモンスターを見たいのに、自分の同行者NPCは見せられないのは失礼でしょうか」

「テイムモンスターの中でも繊細なのや神経質なのもいる。それを汲み取るのはテイマーとして当たり前だ。百歩譲ってシアンに食い下がって合わせてくれと頼むのならまだしも、リソース独占だとかで同行者NPCに無断で触ろうなんて言語道断だ」

 ベイルが怒りを露わにする。他のテイマーも賛同していたという。

「それに、人懐こい魔獣を連れている奴は自分の魔獣を自慢したいという心理が働くこともある。快く見せてくれたり、披露会などが開かれることもあるぜ。もちろん、俺も行っている」

 ちなみに、九尾は悪名高いというのもあるが、ふざけすぎていてフラッシュが外へ出したがらないので交流に参加したことはない。

『きゅうちゃんのハイセンスなギャグについてこれるものは限られた者だけ! 誇るが良い、選ばれし者たちよ!』

 完全に選民意識をくすぐるカルトな言い分だ。

 大人しく食べていたのに、と思い見やれば、皿はすでに空になっている。

 シアンにとっては聡明で頼り甲斐のあるアレンが九尾の前で正座する。

 ベイルもふらふらと近寄ってくのを機に、他のメンバーと話す。


 エドナがどこそこのパーティのイケメン率を話していた。

「顔は多少いじれるから現実世界で美男ってわけではなさそうだけど、せっかくの異世界だしね」

 ダレルがシアンに肉のタレを分けてほしいと懇願する。タレと他に経口補水液も渡してやると他のメンバーも寄ってきた。

「今回の分も金を払うし、他にも分けてほしい」

「皆さんには色々協力してもらったり連絡を取ってもらったりしているから、お金はいらないですよ」

「他のパーティとの調整もリーダーの役目なんだから気にしなくていいわよ」

 エドナの言葉に、アレンが顔をしかめ、お前たちはもう少し協力しろ、と言う。

「フラッシュがサブリーダーに戻ってくれればアレンがうるさく言わないからそうしようよ」

 エドナの言葉に、フラッシュは不審げに眉を顰め、どういう意味だそれは、と聞く。

「生産職は道具や武器防具の作成や手入れでパーティに貢献するんだと聞きました。僕は料理人だから、料理で役に立てればそれでいいですよ」

「いや、生産職の材料や素材分は負担するのが当たり前だ」

「それは十二分にフラッシュさんから色々いただいているので、じゃあ、フラッシュさんに渡してください」

 そういうことになった。


「ああ、連絡を入れておいたパーティリーダーから返信があった」

 遠話で連絡がきたらしい。

「二つのパーティは賛同してくれたが、後は断られた。二つのパーティが自分たちの知り合いにも声を掛けてくれるそうだ。まあ、時間帯が時間帯だしな」

「私たちを入れても四パーティか」

 アレンが遠話の内容を伝えるのに、エドナが難しそうな顔つきになる。

「私はシアンのパーティに入るぞ。九尾も連れて行くからな」

『え~、きゅうちゃんはお留守番をしていようかと思ったのに』

「お前もたまには役に立つんだ!」

 ぐずる九尾の首根っこをフラッシュが掴む。

 あれもまたやりたいと言われるかな、とちらりとリムを見やれば、まだティオと昼寝中だ。一安心だ。

「きゅうちゃん、きゅうちゃんの好きな芋も栗も南瓜もカラムさんのところから譲ってもらっているんだよ」

 最近出すシアンの料理に使われる野菜はカラムの農場のものだ。どこよりも美味しい野菜と果物を譲ってくれる。

『やります! きゅうちゃんが守り抜きます!』

 九尾が幻影で鉢巻を作り額に巻く。中央に「必勝」という文字が躍っている。

「おや、賛同してくれたパーティリーダーが、冒険者ギルドからシアンへのスタンピード阻止への参加要請があると伝えてくれと言われたそうだ」

 遠話には続きがあったようで、アレンがシアンの方を向く。

「まあ、そうだろうな。ワイバーンを撃破したグリフォンにはぜひとも参加してほしいところだわな」

 キャスが後頭部で手を組む。

「さて、交代でログアウトしておこう。長丁場になりそうだからな」

 リーダーの言葉に皆頷いた。

 ここに住んでいるティオもリムももちろん、先ほど宴会をしていた人間たちは死んでしまえばそれまでだ。つい今しがたまで一緒に食べて飲んで騒いでいたのだ。

 それなのに、トリスの街だけ守るので精いっぱいなのだ。トリス周辺に住む者たちは街に逃げ込んだとしても、その生活基盤を失った後はどうなるかわからない。

 ふと、人の監視を既に離れているのではないか、というアレンの発言が思い返される。

 魔獣の群れは時折発生したという。

 ならば、犠牲者もそれなりに出してきただろう。

 人が土台を作ったものの、AIが発展させた歴史を持つ、まさしく異世界なのだということを実感せずにはいられなかった。




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