58.どこまでも勁く
世界の樹の一なるもの、全きものである樹が島に植えられた後、農作物の出来高をコントロールしやすくなった。
また、草がより美味しくなり、その草を食べる草食動物が美味しくなり、それを食す肉食獣が美味しくなるという好循環を得た。
草のコントロールにより、動物の数の調整もできるようになった。
これにはカラムとジョンが腰を抜かさんばかり驚いた。
カラムの方は一度驚いたら後はあるがままを受け入れ、シアンたちに案内されてやってきた樹に一礼してその幹に触れる。掌で撫でるようにする仕草は恭しくも愛情が籠っていた。
シアンは大地の精霊に愛され、畑づくりの名人と言われるカラムの実力の所以を知った心持になる。
ジョンも目に見えて草の質が変わったことに驚き喜んだ。
「ここは来た時から上質な草が育っていたんだ。だから、それを食べる草食動物も、その動物を食べる肉食動物も肉が美味い。これからもっと美味くなるぞ!」
幻獣たちも喜びの鳴き声を上げた。
『じゃあ、我は樹の精霊と相談して魔獣の数を調整したら良いね』
島の見回りを定期的に行う一角獣が顔を上げ、鼻息をひとつ漏らす。
「そうだね。界、お願いしても良い?」
『任せて。この島のことは隅々まで分かる。セバスチャンとも連携を取っておくよ』
種の精霊は樹の精霊へと変じた。
島を管理する家令ともうまくやっているようだ。種の精霊を得、成長させたことにより、島の管理が更に充実することが出来ると謝意を述べられた。
以前、南の大陸で起こった流行り病の時のようにいつ急に相当数の食料を必要とするか分からない。幻獣のしもべ団も団員数を増やし、アルムフェルトの貴族フィロワ一族とも縁を結んだ。
島の動植物は現実世界では発想することのないほどの短時間で育つ。それを植物の負担がないように調整して育ててくれる樹の精霊にシアンたちは感謝した。
『果樹は樹の負担能力以上に果実が実る。そうなると養分の奪い合いで美味しい果実ができなくなるし、樹の養分でさえも果実の方に行ってしまうから弱ってしまうんだ』
陽光を十分に浴びるためにも間引きは必要だという。光合成した葉からブドウ糖を果実に送る。この際、送る果実が増えれば一個に対してのブドウ糖の量が減る。
『そうなの?』
『樹が弱ったら果物を作れなくなっちゃう!』
『『『大変だ!』』』
樹の精霊の言葉に幻獣たちが顔を見合わせたり目を丸くしたりした。
『そうだね。翌年は花芽ができにくくなって、果実自体が少なくなる。だから、摘花・摘果が必要になるんだ』
『果物に対して何枚くらいが良いというデータを出している者もいるくらいだ』
リンゴの実一つに付き、四十~七十枚の葉が必要だとされている。モモは実一つに付き、二十~三十枚の葉が必要だとされている。葉が小さいと枚数が多く必要とされると風の精霊が説明する。
『ああ、カラムもトリスで出会った時は花や実を摘み取ると言っていた』
両精霊の言葉にティオが重々しく頷く。
『でも、しばらく経って大地の精霊が力を貸してくれるから養分が十分でそんなに摘み取らなくても良くなったとも言っていた』
陽光も十分で降る雨水も栄養素がたっぷり含まれている。温度調整も十全だ。
『島に来てからはしていないよ!』
『うん、摘み取っているのを見たことないねえ』
ティオが小首を傾げ、リムが肩前足をぴっと上げ、麒麟がおっとりと頷く。
『それはティオやリムが精霊王に好かれていたからだよ。だから、君たちの好む農作物が良くなるように力を与えていたんだ』
九尾が言う。
幻獣たちは口々に美味しい農作物を食べられることについて話した。
シアンは大木の青葉闇に幻獣たちが思い思いに寛ぎ、幹からにじみ出るようにして姿を現す樹の精とその梢を揺らして緑の鮮やかな光線の角度を変える風の精霊の話を聞く姿を見守っていた。こうやって世界の粋から様々な知識を学び、高位知能はさらに高みに登っていくのだろう。
『畑づくりの名人ともなると、毎年安定した生産を上げる。そのためには結果量を制限することも必要なんだよ。でも、精霊の助力によって養分が十分に与えられる。そうするともちろん、美味しい果物が沢山できる』
幻獣たちが嬉し気な鳴き声を上げる。
シアンが感心したことには、樹の精霊は講義のように一方的に話すのではなく、幻獣たちの言葉を受け、それに返事をしつつ話を進めた。そこに時折風の精霊のより詳細な補足が入る。
『でもね、そうなると今度は樹木や植物自体が大変だ』
『どうして?』
『大変なの?』
『いっぱいできたら嬉しいのに』
ユルクと麒麟が首を傾げ合い、ユエが不満そうにする。
『養分が大量にあれども、農作物を作る方、つまり植物自体がもたないということであろう』
『ああ、なるほど』
『そっかあ。樹も疲れちゃうんだね』
鸞の言葉にティオが頷き、リムがしおたれる。
『と仰られますと?』
『どういうことなのでしょうか?』
『疲れれば休めばよいのでは?』
『そう、エークの言う通りにゃよ』
揃って首をかしげるわんわん三兄弟にカランが片前足の指一本を立ててさっと向ける。示されたエークが目を白黒させる。
『つまり、どれほど精霊王たちの助力を得られるとしても、シアンちゃん自身は弱い。酷使すればシアンちゃんの体は悲鳴を上げます』
『却下』
『そんなのダメ!』
『我が代わりに戦う』
『そ、そんなことにならないようにしないとね』
『そうだ。そのために吾らが務めれば良い』
『ご主人のために!』
『でき得る限りを!』
『励みまする!』
『シアンが倒れたら大変だものね』
『……』
『ある意味、幻獣が野放しになるの』
『精霊王たちも心配するにゃ』
『そ、それは阿鼻叫喚の様相をなします』
カランの言葉を九尾がシアンに例えて話すと幻獣たちが口々に言う。
どれだけ栄養素があっても、植物自体が成長速度についていくのに消耗する。それでも、大地の精霊の要請に答えようと限度を超えて奮起する。そうなれば疲弊する。
カラムはだからこそ、長く生きられるよう植物が頑張り過ぎないように調整していた
広大な土地だから、ちょっとずつ順番に実をつけてくれれば良い。今後は、必要な時に植物の限度を超えない程度を樹の精霊が見定めてくれる。
樹の精霊が島にやってきたことで、島の樹木や植物自体の力が漲る。急激な成長にも耐えられるようになっていった。
つまり、島の動物だけでなく植物も勁くなりつつあったのだ。




