57.全きもの ~みんなでキュアぽん~
遠出から戻って来て数日、シアンは現実世界の事柄に追われた。
仕方がないこととはいえ、ログインしてきたシアンに幻獣たちが飛びついた。
遠出で得た素材は鸞とユエに任せているも、たまには手伝うのも良かろうとセバスチャンやカラムたち、ジョン一家、そして幻獣のしもべ団たちへの土産物を整理した。
そして、ふと神秘の森で得たものを思い出す。
種を渡された。特別な種だという。
魔力を籠め、それによって育つものが決定するのだとクリジンデから聞いた。
どんな風に育つのだろう。手に取って眺めながら、シアンは色々想像した。
「何が育つかな?」
『なんだろうね? 大きな木? 綺麗な花?』
『野菜? 果物?』
シアンの掌の上の種をリムとティオも覗き込む。
ふと、リムが麒麟と共に果物の木の世話をしているのを思い出した。尾を振り振り、小さな如雨露に水を溜めては撒いたり、害虫がついていないかチェックしている。ティオが毎日のように土を叩いて大地の精霊にお願いしているので、雑草は生えないし、栄養も十分だ。実が生るのを今か今かと楽しみに待っていた姿を思い出す。
そして、大きな樹になれば地面の虫や草を踏みつぶさないよう宙に浮くことが多い麒麟が休めるようになると言ったリムの言葉が脳裏をよぎる。
幻獣たちみなで枝に乗って島を見渡すのだ。
素晴らしく胸がすくだろう。
唇に自然と笑みがこぼれる。
楽しい。
わくわくする昂揚感を覚える。
その気持ちを両手に乗せ、重ね合わせる。その間には不思議な気配を醸す種。
ティオとリムが顔を見合わせた後、笑い合ってシアンの甲の上に片前足を乗せる。
久々に姿を見せたシアンの傍を離れがたかった幻獣たちはその様子を注視していた。彼らも次々に近寄ってきて、足を乗せ、魔力を注ぐ。
シアンはわんわん三兄弟やユエが乗せやすいようにしゃがみ込んだ。ちょうど、幻獣たちと円陣を組んで額を付き合わせる形となる。一角獣の対角には体高の低い幻獣が位置取り、角のスペースを確保する。
シアンは掌を暖かい柔らかい何かがくすぐるのを感じ、両手を開いた。
途端に、ふわりと種から芽が出る。左右に開いた芽から、風をはらんで精霊が姿を現す。
全体的に透明がかった緑色の人型だ。大きさは幼稚園児くらいだが、シアンの掌の上にある種から発芽した芽から膝上が飛び出している。少し腰をかがめてシアンを見下す形となる。その目は瞳孔はなく、やや吊り上がり気味の緑色のアーモンドの形をしている。小ぶりの鼻、つんと尖った唇を持っている。眉は髪と同じ緑色をしていた。
「こんにちは」
『こんにちは。はじめまして』
澄んだ心地の良い声が届く。予想よりも高くなく落ち着いている。
「ふふ、はじめまして。人間の作法に詳しいんだね」
意思疎通ができることが嬉しい。
『まあね。種の中から色々見聞きしていたんだ』
「そう。こんなに素敵な種だったなんて。本当に特別な種だったんだね」
エッカルトには八つ当たりから嫌がらせをされたが、児戯に等しいものだった。これほどのものを貰い受けても良かったのだろうか。
『まさか。籠められる魔力によって異なる者が現れる種なんだ。こんなに早く、しかも僕が目覚めるなんて、滅多にないことだよ』
興味津々でシアンを見下してくる。透けて見える身体は全く重みを感じさせない。
「僕も君と会えて嬉しいよ。ああ、そうだ。水を上げた方がいいかな?」
『そうだね。君の魔力は極上だけど、やっぱり水はほしいな』
シアンの問いかけに種の精が応え、それを聞いていた一角獣が水を出現させ、種に掛けてやる。種が乗ったシアンの掌を濡らすことなく、水は種に吸収されていく。
『……すごい水だね』
『シアンと水明のお陰で我たちが扱う水は美味しいからね』
一角獣が得意気に鼻を鳴らす。
他の幻獣たちは色々聞きたそうに口元をうずうずさせていたが、シアンの質問が終わるまでは、と控えていた。
「僕はシアン。君の名は?」
『ないよ。好きに呼ぶと良い』
これまで何度となく行ってきた出来事で、シアンも慣れたものだ。
「そうだなあ。そういえば、君は何の種なの?」
『僕は世界の樹の一なるもの。全きものだよ』
判じ物めいた言葉にシアンは小首を傾げた。
「つまり樹の一種ということ?」
『いいや、世界の樹全てと繋がっているということだよ』
「ああ、樹は大地に根差すことで繋がっているものね」
シアンが納得して頷く。霊木とはよくいったもので、まさしく精霊の宿る樹だ。
『ふむ。世界が一本の樹の上に成り立っているという思想を持つ民もいるという記載を書で見たことがあるな。天上を支え、天界と地上、冥界を貫き、あるいは支えているという』
『じゃあ、とっても大きくなる?』
鸞の呟きにリムがわくわくと目を輝かせた。
「品種がわかれば、と思ったんだけれど、でも、そうだね。自分が何者なのか、と言われても簡単に応えられないよね」
シアンの言葉に種の精霊が笑い、シアンも微笑み返す。
「では、君の名前に界というのはどうかな? 境に関係なくすっくと立っていることから取ったんだけれど」
『そうだね、全ての樹と連なる僕に相応しい名前だ』
言って、種の精霊は静かに目を瞑った。
数瞬の後、開いた目に瞳孔ができていた。一層、人の容姿に近づく。鮮やかな緑の瞳をしていた。
つけた名前を受けいれてくれたことにシアンは内心安堵する。
「世界で一番大きい木か。どのくらい大きくなるのかな。君を植えられそうなところはあるかなあ。ちょっと友だちの精霊に聞いてみるね」
『君、既に精霊と知り合いなの? だから、初見でも僕を普通に受け入れて話していたんだね』
「そう? 種の精霊とは初めて会うから、大分気分が高揚しているけど」
『まあ、精霊とは一生会うことなんてないよね』
種の精霊は頷いた。そんなところも人間の生活様式に馴染んでいる。
シアンは六属性全ての精霊と出会っていた。そのうちの万物を知る精霊に尋ねる。
「英知、彼はどのくらい大きくなるか解る? この種を館の庭に植えても大丈夫かな?」
シアンの問いかけに応じて傍らに翳し風が現れ、人型を取る。
『それは育てば世界を支えるとまで言われた樹となる。離れた場所の方が良いだろうね』
「そうか、やっぱり広さが必要なんだね。精霊が宿る木だものね。ああ、セバスチャンに島の管理をお願いしているのだから、前もって相談しておくべきかな」
ふと種の精霊を見やると、風の精霊を見つめたまま固まっている。
「どうしたの?」
『か、風の精霊王』
シアンが尋ねると、唇をわななかせて声を絞り出す。
「大地の精霊王や光の精霊王もいるから、環境としては良い場所を提供できると思うよ」
流石に精霊はその王たる存在を正しく認識することができるのだな、と思いつつシアンは種の精霊を安心させるために言う。
『大地の精霊王と光の精霊王も⁈』
しかし、精霊の王たる存在は在するかどうかさえ不明な者だった。そんな対象が他にも集うということは種の精霊に驚愕を通り越した混乱を呼んだ。
『まあ、初めて聞く者はこういう反応になるにゃね』
『きゅっきゅっきゅ、ここは動植物の楽園のような島です。溢れる魔力で好きなだけ生長することができるでしょうよ』
愕然とする種の精霊にカランが気の毒そうに言い、九尾は面白がる。
『確かに、ここは今まで感じたことがないくらいの居心地の良さを感じる』
幻獣の言葉に種の精霊が周囲の魔力を感じ、呆然とする。
セバスチャンから自分は管理をしているだけであるのでシアンの良いように、と言われたシアンは風の精霊の導きによって種を植えるのに適当な場所に導かれた。
そこは森や山、湖の狭間の平原だった。館や畑からもそう離れていない。
種に魔力を籠めたのだから植えるのも見届けようと幻獣たちも付いて来た。
シアンは大地の精霊に具合よく窪んで貰い、種を落とし込む。土が自動的に柔らかく包み込んだ。
『……至れり尽くせりにゃね』
『シアンちゃんのお手伝いする機会を鵜の目鷹の目で狙っていますからね』
『……シアンはもう少し、精霊たちに世話を焼かれると良いの』
カラン、九尾、ユエがそれぞれに呆れた様子で言い合う。
リムが種を埋めた場所の近くの地面を、大地の精霊、種を育ててと節をつけて鳴きながら叩き始める。
「キュアキュア」
ぽんぽん。
「キュア」
ぽんぽん。
「キュア」
ぽん。
「キュア」
ぽん。
「キュア」
ぽんぽん。
シアンは笑ってリムを真似て大地を掌で叩いた。すぐにティオも参加する。
『あは。リムはああやってよく大地の精霊に畑のことをお願いしていたねえ』
『そういえば、キュアぽんした野菜や果物は味が濃くて美味しいってネーソスが言っていたよ』
麒麟の言葉にユルクが頷く。
ネーソスも小さいままで前足で地面を叩き出す。
それを見た麒麟とユルクも参加する。他の幻獣たちも顔を見合わせて加わった。
シアンと幻獣たちは植えた種の周りを輪になって囲み、リムの鳴き声に合わせて大地を叩き、精霊に祈った。
早く芽が出ますように、元気に育ちますように、と。
「キュアキュア」
ぽんぽん。
「キュア」
ぽんぽん。
「キュア」
ぽん。
「キュア」
ぽん。
「キュア」
ぽんぽん。
柔らかく被せられた土を押し上げ、芽が顔を出す。
「わ!」
『わあ!』
『出た』
『『『『『出た!』』』』』
植えてすぐに芽が出るのに目を丸くしたシアンは、精霊の住まう世界は違うな、と感心したが、そのまま受け入れる。
『シアン、音楽を聞かせてあげようよ! 楽しい気分にしてあげるの!』
「ふふ、良いよ。そういえば、植物も音楽を聴くと聞いたことがあるよ」
音楽を提案したリムにシアンも頷く。
バイオリン、タンバリン、大地の太鼓の音が風に乗って島のあちこちへ拡がる。ティオの律動はバイオリンとタンバリンのリズムを乗せて、大地の奥深くへ浸透していく。
幻獣たちは楽しくなって輪になってシアンたちや芽の周囲を踊りながら歩いた。
遠出した際、村の祭りに参加できなかった幻獣たちはシアンがログアウトした後、太鼓のリズムに合わせて踊ったと言っていた。丁度こんな感じだったのだろうと推察する。
普段から二足歩行する九尾、カラン、ユエは器用なせいか上手なものだ。特にカランはリズム感が良い。
ネーソスが短く太い四肢を中空で浮かんでじたばた動かしながら進む。ユルクは長い体を波打たせ、鎌首と尾を交互に左右に振りながら進む。
一角獣は進みながら踊るというのが上手くいかないようでちぐはぐな動きをする。麒麟はそれよりもややましな程度で、鸞は羽根を交互に動かし、角度を変え、それに首の動きを搦めて上手に二本足で歩きながら踊って見せた。
驚いたのはわんわん三兄弟だ。
彼らは二足歩行をしながら、ややよろけながらも前足と尾でバランスを取って歩き、時折躍るような素振りを見せる。
リリピピは時に踊りの輪に加わり、時にシアンたち音楽隊の方に加わって歌ったりした。
シアンは幻獣たちの楽しげな様子が周囲にも溶け込んでいくことを夢想した。精霊たちの魔力に幻獣たちの楽しい気持ちが加わった輝かしく優しい光景だった。
ひとしきり音楽を奏でた後、楽器をしまうと、不意に芽が急激に成長し始めた。
ズア、と高く伸び、見る見るうちに太くなる。枝を横に斜めに広げ、陽を受けて透明な緑に輝く葉が生い茂る。風に揺られて清涼な音をたてる。
あれよあれよという間に巨木になる。
シアンたちは後退して樹の成長を見守った。
神秘の森で見た古代樹の高さに達する。けれど、成長は止まらない。
「わ、わあ……」
『わあ!』
シアンは腰が引け気味で、リムは心底楽し気に歓声を上げる。
シアンと幻獣たちの音楽と踊りに乗せた願いは六柱の精霊の王たちに届いた。その魔力に反応し、世界の一なる樹、全き存在として生長する。通常、長い歳月をかけて育つものだが、精霊の力が集結したのだ。そして植物の王たる種の精霊はその注がれる力に耐え得ることができた。
『わあ、みんなが枝に乗れるくらい大きくなったね!』
リムがついと弧を描いて飛び、樹の周囲を一周してくる。その顔いっぱいの輝かんばかりの笑顔に、シアンや幻獣たちにも嬉しさが伝染する。
どれほど大きくなるのだとしても、生長するまでに相当の年月を要する。だから、リムの希望通り大きくなってもシアンは一緒にその樹の上での光景は見ることはできないと思っていた。
それでも良いと思った。
そんな日がくるまで、きっとシアンはこの世界にいられない。そのことはシアンを寂しい気持ちにさせたけれど同時に嬉しくもあった。それだけ長い時間をティオとリムと共にしてくれる存在が増えたのだ。
自分がいなくなっても、リムもティオもその他の幻獣も高位存在だ。その分長生きしてその傍らにずっと樹がありつづけてくれる。
けれど、シアンが思った風にはならなかった。
島は全ての精霊の王の力が遍く行き渡る土地だ。
樹は急成長を遂げ、大きく梢を広げて葉を茂らせていった。
ティオでさえ、その巨大な梢に留まることができた。




