56.帰島 ~少しでも近くにの巻~
神秘の森から真っすぐに島に帰ることにした。
シアンの現実世界の予定と、何よりわんわん三兄弟がそわそわしだしたためだ。かつての同輩と再会して前の主のことを色濃く思い出した様子だ。
『シアンちゃん、そろそろホームシックにかかりそうな者もいますし、島に戻りましょうか』
九尾の言葉に頷き、全員で直近の街を目指し、神殿の転移陣を踏めばすぐだった。
転移陣が作動したのを察知した家令が転移陣の間で出迎えてくれる。
『お帰りなさいませ』
「ただいま戻りました」
『ただいま』
『あのね、とっても面白いものがいっぱいだったの!』
『戻りました』
『ただいま、セバスチャン』
『長らく不在にしました』
『留守番をありがとう』
『も、戻りました!』
『お久しゅうござります!』
『セバスチャンもお変わりなく!』
『ただいま戻りました』
『……』
『戻りましたにゃ』
『いっぱい素材を持って帰ったので、後で見てください』
『ご無沙汰しております』
リムはセバスチャンにあれこれ話し、それをわんわん三兄弟が迷走させ、鸞が補足する。楽し気に麒麟が頷き、九尾とカランは家が一番だとすっかり寛ぐ態で、一角獣は早速島の見回りに出かけ、ユルクとネーソスもしばらくしたら島周辺の海の様子を確認しようと言い合い、ユエは工房に顔を出しに行き、リリピピは庭の木の枝に止まる。
「ふふ、ようやく家に帰ってきた、という感じだね」
傍らのティオに言うと、緩急ついた動きで小首を傾げる。
『ぼくにとってはシアンの傍が帰る場所だから』
どこでも同じだという。
ティオがこんな風だから、シアンはより周囲の環境を整えようとした。自分の居心地ももちろんのことだが、ティオやリムにとって過ごしやすい場所を作りたいと思った。シアンよりも長い間留まる場所となるのだから。
わんわん三兄弟は久々に会うセバスチャンに嬉し気に纏わりついた。
長の封印の間も共にいたのだから、もしかするとこんなに長期間離れていたのは初めてのことだったのかもしれない。そうすると、引き離したことは可哀相なことをしたのかもしれないと思ったがすぐに否定した。
彼らは自分たちでついて行きたいと言った。思いもかけず長い日数となったから、最後には気になるのは仕方がないことだろう。
『茶や食事、風呂、寝床の準備は整っております』
「ありがとう、セバスチャン。でも、僕たちがいつ帰るか分からなかったのに、よくぞそこまでできましたね」
有能な家令は唇に薄い笑みを浮かべて一礼しただけで答えは返って来なかった。
『まずはお茶でもいただきましょうよ』
『ベヘルツトは見回りに出てしまったけれど』
『……』
『あは、ユエも工房に行っちゃったね』
九尾の言にユルクが鎌首をたわめ、ネーソスの言葉に麒麟が笑う。
『リム、居間で落ち着いてからセバスチャンに話を聞いて貰うにゃよ』
『うん!』
『で、では、セバスチャンを囲んでの茶の時間でございますね』
『わ、我はセバスチャンの隣で!』
『我も!』
『わ、我は足元で……』
『『ずるい!』』
わんわん三兄弟が少しでもセバスチャンの傍にいようと言い争う。
『そこで膝に乗せて貰うという選択肢が出ないあたりが、遠慮が染みついていますなあ』
『いっそ、ケルベロスを詰め込んだバスケットを抱えて貰ったら良いんじゃない?』
九尾が憐れむ視線を向け、ティオが素っ気なく言う。
シアンは闇夜に冴え冴えと輝く月のような家令が、子犬三匹を入れたバスケットを膝に置き、優雅に茶を飲んでいるところを想像した。おそらく、子犬は三匹とも家令の端正な顔を見上げて尾を振っていることだろう。
日盛り、濃い木下闇を作るころ、涼しい館の内部にて冷たいお茶を飲みながら土産話は弾んだ。
海の中の景色が初めての幻獣たちは口々にユルクとネーソスが見ている景色を見ることができて嬉しいという。ユルクとネーソスは顔を見合わせて微笑み合う。自分たちが普段見ている光景を共有できたことを喜んでくれた。特訓した甲斐があるというものだ。




