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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
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54.能ある鷹 ~声音~

 

 とある幻獣のしもべ団団員は述懐する。

 親分の上司リム様は普段、高い可愛い声で「キュア」と鳴く。

 だが、鳴き方によっておおよその意味合いが取れる。

「リムー?」

「キューアー」

 例えば今みたいに、リム様を探す兄貴が呼んだ時の返事だ。

「ここだよー」とか「はーい」という意味合いだ。

 兄貴が何か言ったようだ。小さくて聞き取れないが、リム様は聞き逃さない。

「キュア?」

 語尾にアクセントがついた風に返答している。

 それに何かしら答える穏やかな笑みを含んだ声がする。そんな兄貴に嬉し気に答える。

「キュア!」

 リム様にとって、自分たちはただそこにあるだけの存在だが、兄貴は違う。返す声一つとっても多彩で楽しく弾んでいる。

 見なくても分かる。

 目にすれば、何とも気の抜ける呑気な光景があるだろう。

 力があって、その分気位が高く圧倒される高位幻獣たちが穏やかに寄り添い、甘える。

 そんな世にも稀で、光が舞い降りるみたいな、ただただ静かで優しい光景だ。余分な気負いが抜ける。

 少しの均衡を崩しただけで呆気なく壊れてしまいそうで、ついつい体を張ってでも守りたくなる。自分には向けられなくても良い。幻獣たちが誰かに甘えて慕う姿を永らえさせたかった。

「うっし、行くか!」

「おう、やるぜ!」

 だから、今日も危険だと言われる外へ出ていく。自分の得意分野で少しでも力になるのなら、これほど嬉しいことはない。



 マウロはシアンが無事にアルムフェルトを出立したと報告を受けた。

 フィロワ一族の翼の冒険者に対する評判は上々で、特に奥を仕切る当主と次席、それぞれの正妻の心を掴んだらしい。

 フィロワ夫人は華奢で可愛らしい外見だが、富を生む特産品の製造に関与している。ハールラ夫人は鉄の女と称され、夫と並んで辣腕を振るう。

 その二人はもとより、当主も次席も、次期当主も次期次席もそれぞれシアンに価値を見出した。幻獣だけでなくシアン本人を見てその支援団体の後ろ盾になることが正解だったと確信したという。

 これは大きな成果と言えた。

 マウロはセバスチャンに一連の出来事を話し、ディーノを通して魔族がアルムフェルトと取り引きを行う際は一方的にならないよう、公正な取り引きをするように伝えられないか相談した。

 フィロワ家は商取り引きにも積極的だ。シアンたちに傾倒する魔族はその後ろ盾となったフィロワ家に甘い取引をしかねない。

 セバスチャンはそれを受け入れ、ディーノを通して手配すると請け負ってくれた。

 その直後、マウロはイレルミから連絡を受けた。

 どうやら、貴光教本拠地の黒ローブがシアンを監視し出したようだ。

 力ある幻獣たちの中で埋もれているのならば良い。

 しかし、シアン本人に目が向けられては事だ。

 マウロはシアンも精霊の加護を持つと半ば確信していた。当の本人は自分には何の力もないという態である。マウロたち密偵から見れば彼は隙だらけなのだ。

 幻獣たちの隙をついて内側に飛び込まれれば、シアンに自分を守るすべはない。

 そして、黒ローブたちは躊躇せず暴力に訴えるだろう。

 あの優しくそれだけに柔弱な若者が害されるのを座して待つ訳にはいかなかった。

 だから、イレルミが黒ローブの一人を捕まえ、尋問する態を装って情報操作を行うのに付き合った。

 黒ローブに聞かせたシアンは呑気でいて欲しい、というのは本心だ。真実の中に嘘を混ぜる。もしくはあえて全ての真実を開示しない。そうすることで間違った方向へ思考を誘導させるのだ。

 問題はそれがあの三番隊隊長ヒューゴにどこまで通用するかだ。

 それに、人間、自分が信じたいように信じる。

 シアンが何か未知の力を持っていると思いたがっている相手は躍起になってその証を見つけ出そうとするだろう。普通ならばなんてことないちょっとしたことをあげつらってそれが証だと言うかもしれない。

「まあ、シアンは事実、とんでもない力を持っていそうなんだがな」

 とんでもない力といえば、イレルミだ。

 幻獣のしもべ団は貴光教本拠地の黒ローブの凶行によって死傷者が出た。一度始まると次々に餌食になった。

 流石は暗殺部隊だ、とマウロは臍を嚙んだ。

 徐々に追い詰められていく幻獣のしもべ団は団員からしばらく活動を休止して様子を見ては、という声も上がった。

 しかし、だからといって、寄生虫異類は立ち止まってはくれないだろう。

 ナタに潜入しているレジスからは時折ガイダル家が薬草を出荷しているという報告が上がっている。諜報隊はこれが貴光教本拠地からの注文だということを掴んでいた。

 よって、貴光教に寄生虫異類が入り込んでいるのでは、という疑念が持ち上がる。幻獣のしもべ団としてはより一層、貴光教に対して警戒を強めざるを得ない。

 そもそも、黒ローブたちが幻獣のしもべ団を殺傷する理由が不明だ。そうすることで果たせる目的というのは何だ。それが不明のまま活動をやめてしまっては奴らの思うつぼではないか。

 本拠地の大広間では白熱した意見が飛び交った。

「三番隊を叩いても、次は他の隊が出張るだろうしな。向こうは大陸規模の国際機関の総本山だ」

 イレルミが言うと場は静まった。

「ちょっと待て。それは三番隊を叩けるということか?」

 沈黙の後、ディランが他のみなが思うことを口にした。

「ああ。やり様によっちゃあ、いけるだろう」

 何てことのないようにへらりと笑う。

「いや、待て待て待て」

「あいつだぞ! あのヒューゴとかいう陰険野郎だぞ!」

 幻獣のしもべ団たちは殆どが三番隊隊長のローブの奥の顔を見たことはない。それは諜報隊がもたらした報告によるものだ。けれど、出てくるエピソードがすさまじいものばかりで幻獣のしもべ団の心は一致した。

 あいつは化け物だ。

 奇しくもそれは貴光教の暗部部隊員と同じ感想ではあったが、別の環境にいる者が同じ考えに至ることは多々ある。

「え、イレルミ、もしかして、あいつとやりあって、勝てるとか言う?」

 揶揄うでもなく、誰かが戸惑った風情で呟く。

 その声は、ひとしきり騒いで静かになった場に大きく響いた。

「うん、俺が押さえておくってのなら、押さえるよ」

 再び、静けさが支配する。

 その後、蜂の巣をつついた騒ぎになった。

 他の者が言ったなら一笑に付されるだろう。

 だが、団員たちの多くはイレルミの力の片りんを垣間見ていた。

 もしや、という思いと、あの化け物だぞ、という恐れが交差する。

「頭、一体、どういう人間なんですか、あれ」

「とんでもないのを連れてきましたね」

 マウロはディランとカークに詰め寄られたものだ。

 だが、イレルミには二言はなかった。

 相手が対多数でも一度に向かってこられる数は限られている。慌てず対処すれば良いとばかりに一人で三番隊を壊滅に追い込んだ。ロイクと同調したオルティアの追捕の矢が混乱を招いた最中というのを差し引いてもとんでもないことだった。

 幻獣のしもべ団は沸き立った。

 それもそうだ。

 安全第一を掲げて今の今まで死者を出さずにいた結社が次々に襲われ複数の死者を出した。正面からではなく、暗殺術によってというのも手痛かった。

 密偵集団として情報の抜き差しが本業だ。相手の情報を得、自分たちのものを取られないようにすることに長けてはいるも、命を取られることに対しては弱かった。

 それを強かに反撃することができたのだ。

 マウロとしては頭が痛いことだった。

 あの自分たちが一番であるべしという貴光教がやられたままでいるはずがない。

 躍起になって幻獣のしもべ団を付け狙うだろう。

 だからこそイレルミはヒューゴを始め、三番隊隊員の多くを戦闘不能に陥らせることに留め置いてくれたのだ。

 戦意喪失の可能性の余地は残されている。これが死亡させていれば全戦力を投入して反撃に出て来てもおかしくはない。

「ヒューゴがやられて恐れおののいて大人しくなってくれる、訳はないか」

 頭をがりがり掻くマウロは部下たちにそう言った。

 途端に、差し水したように騒ぎは収まった。

「お前ら、気を引き締めて行けよ! これからが正念場だ。うちの第一は安全だ。必ず生きて戻ってこい」

「おう!」

「ちょっとやそっと怪我をしたくらいなら、治して貰えるしな!」

「仕事の後に戻って来てのんびりする幻獣を見ると、このために帰ってきたって思える!」

 古参がはみ出し者集団だった名残か、突き抜けた世界観があった。諦念ではない、心の切り替えの早さ、見極めの良さがあった。

「これだからここは居心地が良い」

 イレルミの評価に、マウロはにやりと笑って見せた。



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