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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
410/630

50.白銀の森9

 

 その沼からは成人男性の胴ほどの太さの樹の幹がいくつも水面から顔を出していた。枝葉はなく、巨大な棒が林立する不思議な光景だった。

 元々は樹林だった場所に地震による地滑りで地形が変わり、水が溜まったのだ。

 エルフに聞いた周辺の情報によると、その沼の主は長きにわたり頂点に君臨しているのだという。

 ユルクとネーソスは広く深く、木立が多く影を作る沼の淵から水面をしばし眺める。

『見つかるかなあ』

『……』

『なるほど。そうだね、隠ぺいが使えるのかもしれないね』

 だから、未だかつて狩り取られたことがないのかもしれない。

『でも、そうだとしたら、見つけるのは難しいかもしれないね』

 ユルクが鎌首をたわめる。

『……』

『え、そうなの?』

 ティオと同じく自分たちも闇の精霊の助力を得ることができており、その結果、隠ぺいを見破りやすくなっているというネーソスにユルクが目を丸くする。

 呑気なものだがユルクはこれで良いとネーソスは思う。

 シアンや麒麟もまたおっとりしている。

 幻獣たちはその穏やかな雰囲気を殊の外好んだ。

 そして、ユルクにしろ、麒麟にしろ、現状のままで良いと思ってはいない。自分たちが自分なりにできることをやろうとしているし、できることを増やそうともしている。ならば、多少の呑気さくらいどうということはないではないか。

 ティオはシアンを、一角獣は麒麟を守ろうとする。そして、自分がユルクの足りない部分を補うのだ。それで十分に事足りる。

 また、ティオは麒麟を好み、一角獣はユルクの特訓に付き合う。ネーソスも麒麟が害されれば怒った。リムは食物を食べられない麒麟を案じ、レヴィアタンに呼び出されたユルクを心配して同行を申し出た。

 武闘派の幻獣たちは自分たちより弱い幻獣を大切にした。

 力ある者が力ない者を害しない。

 力なくとも各々の特性を活かして貢献する。

 居心地の良い場所だった。

 それを作り出すシアンの役に立ちたいとネーソスも思う。

 ユルクも同じ考えで、シアンが料理をする材料を得るために、こうして狩りにやって来たのだろう。

『あ、あれじゃないかな』

 ネーソスが様々に考えに及んでいるうちにユルクが意識を凝らし、沼の主の位置を探り、見つけたようだ。

『……』

 ネーソスも感知能力を高めると、沼の中で強い魔力を感じた。

 二匹は早速入水する。

 水面から上に棒状にまっすぐ伸びた樹は何故か水面下には枝葉があった。つららのように下に長く垂れさがっている。そこへ水苔が纏わりつき、不気味な様相を呈している。

 二匹が感知した沼の主は巨躯を誇る一角獣や麒麟の体長よりやや小さいくらいの全長を持っていた。つまり、人の身長を優に超える巨大魚だ。蛇に似た細長い体の先に尾が矢のように鋭く伸びている。鏃の部分は発光器で、これを明滅させて獲物をおびき寄せる。

 一種の異能で異類とも言えた。

 現に、ユルクも興味をそそられた。

『あれ? 向こうでかちかちかしているけれど、何だろうね?』

『……』

『ああ、誘われているんだ。逃げ出されなくて良かったね』

 ユルクの言う通り、追いかけることで無駄な時間を費やさずに済んだとネーソスも頷いた。

 それでも念のため、逃げられないよう二人で挟み撃ちをすることにした。

 沼の主は頭は小さいものの、その何倍も大きく開く顎は発達していた。

 頭を始点に顎が上下だけでなく左右へもばっと広がる。迅速な動きに水が口の中へ流れ込んでいく。腹部の末端が袋状に膨らみ水を溜めて行く。

 目に見えるほどの水流が出来上がる。その水流に捕まれば死の顎に飛び込むことになる。

 沼の主の向いた先にはユルクがいた。

『わあ!』

 何ともはや緊張感のない声を上げてユルクは懸命に泳ぎ逃れようとした。傍目はともかく、当の本人は必死である。

 大きく左右に開いた口には上下左右に鋭い牙が並んでいる。内側に曲がっていて獲物を逃がさない構造になっている。

『わあ!』

 翼に噛みつかれて思わず悲鳴を上げる。

『……!』

『あ、そっか』

 ネーソスの鋭い声にユルクは本来の姿に戻る。つまり、二十メートルを超える長大な姿になった。

 主が驚いて逃げようとするのを素早くネーソスが泳ぎ近づく。ネーソスは本来の大きさよりも小さいものの、小回りが利く程度の大きさになった。そして、沼の主に食いつけるほどの大きさでもある。

『……⁈』

『……‼』

『……ッ‼』

『……‼』

 水の中、激しい無音の攻防の下、噛みつき合い、体を打ち付け合っての戦いが続く。ユルクもすぐさま参戦し、魔法で作り出した水の槍を叩きこむ。ネーソスとは普段から狩りで連携を取っている。大きく開いてネーソスに牙を剝いたところへ水の槍を突っ込む。

『ッ……‼』

『……』

『やった!』

 ユルクの魔法に怯んだ沼の主の一瞬の隙を逃さなかったネーソスに大きく噛み千切られ、動きが徐々に緩慢になる。とうとう、体から力が抜け、ふ、と重みも抜けて水面に向かってゆるゆる浮かび上がり始めた。ネーソスはそれを口に咥え、ユルクがすかさずマジックバッグを差し出す。そこに収めてから二人で顔を見合わせ笑い合う。

『やったね!』

『……』

 ユルクが満足気に口を横に伸ばすのに、ネーソスもまたきゅっと目を瞑って見せた。



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