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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
41/630

41.一撃必殺  ~ごはんが空を飛んでいる~

 

 漸く時間を作ることができ、ログインした後、ティオとリムに今日は夜まで一緒にいられる、と言ったら二頭は喜び、さっそくせがまれて狩りに出かけた。

『いい獲物がいるかな』

『久しぶりにシアンと狩りに来たんだから、美味しいものを狩りたい!』

 ティオとリムが張り切るのに、シアンの顔も綻ぶ。

 カラムの農場近くを飛んでいると、下から呼ばれている、とティオが言う。

 眼下を見やれば、カラムが大きく腕を振っているので何事かと降りていく。

「カラムさん、お久しぶりです」

 ティオから降りると、カラムが駆け寄ってくる。血相を変えていつもの泰然とした様子はない。

「あんたら、大丈夫なんか!」

「はい。あの、どうかしましたか?」

「最近、トリスの北西でワイバーンが目撃されているんじゃ。風の流れでいつここいらに飛んでくるかわからんと言う話じゃ。あまり出歩かん方がええ。魔獣も最近、南の方へ移動している」

 カラムは心配して呼び止めてくれたようだ。

 アレンたちが言っていたことがこの世界の住人たちにも広まりつつあるようだ。

「そうですか。わざわざありがとうございます」

 トリスの北西は風の精霊と出会った山の方角だ。

 シアンは唇を噛んだ。

「心配せんでええ。最近、鉄や木炭が高騰しとるじゃろ。国も本腰を入れてワイバーン討伐に乗り出すんじゃないかとみんなで言うておるのじゃよ」

 国は戦争の準備で暗躍していますとは言えないシアンだった。ワイバーンがこちら側に降りて来たのは、シアンがその原因を作ったかもしれないのだ。


『シアン、ワイバーンが来るよ』

「え、何が?」

『ワイバーン』

 言霊というのがあるが、タイミングが良すぎるだろう。シアンは唖然とした。

『あれを狩ろう。人間たちも怖がっているみたいだし、何より、美味しいよ!』

 そういえば、ティオはすでにワイバーンを賞味済みだった。

 シアンは頭を抱えた。その隙に、ティオが単騎で飛び上がる。

「ちょ、ちょっと、ティオ!」

『行ってくる!』

『行ってらっしゃーい!』

 気軽なティオにリムが明るく返答する。


 ワイバーンは現実世界ではイギリスの紋章が発祥だ。

 ドラゴンの頭、コウモリの翼、二対の鷲の脚、矢じりになった尾を持つ飛竜だ。翼は前脚と一体化しているとも尾は蛇だとも言われている。

 ワイバーンは戦争や嫉妬を象徴すると言われているが、これは何かの符号なのか。

 シアンはアレンたちからワイバーンの話を聞いて集めた情報を思い返していた。

 ティオが飛翔する先に、大きな翼のある翼竜が見えてきた。

「ワ、ワイバーンじゃ! ついにこんなところにまで!」

 慌てふためくカラムに構わず、シアンはティオを見つめた。

 遠目に、トリスの街が視界に入るが、街を囲む高い壁の上に鈴なりに人が集まっているのが見える。届かないのに矢を放つモーションをする者がいるのが見える。


 ワイバーンはティオが向かってくるのに気づき、咆哮した。空を震えさせる大音響はシアンの鼓膜を破かんばかりで、腹をも重く殴りつける。

「ティオ……」

 何もできず、ただ見ているしかない自分が悔しかった。

 ティオとワイバーンが交差した。

 ワイバーンはティオより二倍近く大きい。

 ティオに噛みつこうと長い首を曲げ、鋭い矢じりが付いた長い尾をふるう。ティオは急旋回し、その勢いに乗って、右脚の一撃を叩きこんだ。

 重厚な音が響く。

 ワイバーンの胴体が背中から急角度のくの字に折れ曲がり、そのまま吹き飛んだ。

 地面に叩きつけられた時、地鳴りがし、重々しい音が響き渡る。

 もうもうと砂埃が沸き起こり、大分離れた森から鳥が飛び立って群れを成して逃げ出した。

 その後、徐々に収まる砂ぼこりの中、ティオは優雅に羽ばたいて舞い降り、狩った獲物の上に四肢を踏ん張り、勝どきの雄たけびを上げた。

 鋭く辺りを切り裂く一音が尾を引き消えていく。一拍の後、トリスの街から大歓声が起こった。

 ティオは我関せずとばかりに、ワイバーンの巨体を両前脚で掴み上げ、飛び上がって戻ってきた。

 シアンの方に。

「ティオ、食べる気満々だ……」

 呆然と事の成り行きを見守っていたカラムが、シアンの台詞に我を取り戻した。

「流石はグリフォン様! そうかそうか、じゃあ、捌く準備をしなければな! あんな大物じゃ。ジョンにも手伝わせよう!」

 慌てて、それでもさすがはグリフォン様、と言いながら牧場の方へ走っていく。


 近隣の農場でも家の中で震えていた者たちが外へ飛び出してきて、見る見る大きくなるティオとワイバーンに両手と歓声を上げる。

『みんなで食べよう!』

 ティオが楽し気に言うのに頷きながらも、シアンはワイバーンを蹴りつけた右脚をさする。

「ティオ、痛くない? 大丈夫?」

『大丈夫だよ』

「良かった。でも、痛くなったら言ってね」

 集まってきたものの、一定の距離を置いて円を作って見守っている農家の人たちが過保護に心配するシアンを眺めている。あのワイバーンを一撃で倒したのに心配するシアンとティオのやり取りをほんわかと見守る。

「僕がいない時は雄大に言ってね」

 こっそり囁いておく。


「おお、これはまた、でっかいなあ」

「あ、マウロさん。みなさんも」

 ワイバーンをどう捌こうかと巨躯をためつすがめつしていると、聞いたことがある声がする。振り向くと、マウロを始め、幻獣のしもべ団やジョンとその息子、妻らしき女性の姿があった。

「ちょうどジョンのところにいたんだ」

「助かったよ。うちにある酒をすっからかんにされそうな勢いで飲んでいたからさ」

「酔っていても解体はできるから安心しな。後、仕事はきちんとやっているからな」

 後者は小声で言うのに、シアンは笑った。

「ちゃんと休憩もしてくださいよ。ティオがみんなで食べようって言っているので、よろしければ、皆さんで食べましょう」

 シアンが言うのに、周囲が色めきたった。

「いいのか?!」

「美味しいらしいですよ」

 涎を流さんばかりのマウロにティオから聞いたことを伝える。

「そりゃあそうだよ」

「流石は頭の親分の兄貴!」

「太っ腹!」

「痺れる!」


 喜んだのは幻獣のしもべ団だけではなかった。

「よし、じゃあうちから野菜や調理器具を提供しよう」

「じゃあ、うちは酒を」

 次々に材料が集まる。農民たちはいっせいに家に何かしらのものを取りに戻った。もはや今日の仕事は早じまいだ。午前中も早い時間から宴会をするための準備に取り掛かる。

 子供たちはワイバーンを興味津々で見ている。

 そして、解体が行われ、まさしく飲めや歌えやの宴会が始まった。ワイバーンの肉以外の部位は売れば高値がつくし、素材として何かの役に立つというマウロの忠告に従って、シアンが保管しておくことにする。


「いやあ、あのワイバーンだよ? ワイバーンを一撃!」

「すっごい地響きだったよね!」

「その後のティオ様の雄たけび!」

「「「「「痺れたね!!」」」」」

「ほんと、ワイバーンが飛んできたのを見た時には、死んだかと思ったよ」

「ああ、生き延びても家や畑が潰されたらなあ」

「ティオ様様だよ!」

「あのワイバーンを一撃だぜ?」

 酒が入っているせいか、何度も話がループした。

 シアンとティオ、リムで演奏し、子供たちが甲高い声で笑いながら踊る。初めは手拍子して微笑ましく見ていた大人たちも加わった。ここ最近の不安が取り除かれた解放感で、皆浮かれて楽しんだ。

 リムが顔いっぱいの笑顔で、身体全体でリズムを取り、シアンが自然と湧きおこる笑顔と音楽に身をゆだね、その二人をティオが嬉しそうに眺めていた。

 カラムやジョン、幻獣のしもべ団が三人を心地よさ気に見つめていた。



 宴会が終了した昼前、トリスの街壁の門をくぐると、門番や街の人から歓声を受けた。

 驚きが引いた後シアンは曖昧に会釈をしながらフラッシュ宅へと帰る前に串焼き屋に向かう。

「お供NPCにおんぶにだっこかよ」

 鋭く声が掛けられた。

 思わずそちらを見やれば、冒険者然とした一団がこちらを睨みつけている。

「分かってんのか? レイドボスだぜ? 強力なNPCにやらせて独り占めしてんじゃねえよ!」

 ワイバーンの被害はどうでもいいのか。自分たちが討伐できるまで待てと言うのか。他に国や強い魔獣が狩る可能性もあったのに、強いNPCを連れたプレイヤーが狩るのは腹立たしいと言う。

「狡いんだよ!」

「マナーを考えろ!」

 プレイヤーにとっては出し抜かれたという意識だ。


 その時、走ってきたプレイヤーが何かを話し、驚愕の声が上がった。深刻な様子で、シアンを責め立てていたことなど忘れ去ったようだ。

 周囲を見回す者、仲間としきりに話し合う者、必要物資を買い込もうと店に駆け込む者、情報を得ようと冒険者ギルドに走り出す者、様々で、時折、「スタンピードが」「冒険者ギルドが」という単語が繰り返され、シアンの耳にも届いた。

「静かに、静かにって。パニックが起こらないように、街の人には言うなってきつく言われたんだよ!」

 不穏な雰囲気だ。ワイバーンの討伐はすでに街に伝わっているから違う。戦争が起こったのか。

「そうだ、とにかくギルドへ行こう」

「おい、冒険者はギルドへ急げ!」


 シアンも冒険者ではあったが、先ほどの連中と一緒になるのは遠慮したいところだ。後から行くことにして、串焼きの屋台へ向かう。

 いつもおまけしてもらっているので、ティオからです、と肉の塊を渡す。

 屋台の主は一瞬戸惑った顔になったが、彼もまたティオがワイバーンを倒したことを知っていたらしく、顔色を変えた。

「もしかして、これって」

「あの肉です」

 何の肉かは伏せて頷き合う。

「待ちな! こいつを持っていきな!」

 網に焼いているものを全て乗せた皿を差し出す。

「あいつの肉には敵わないが、こっちも美味いぜ!」

 シアンは礼を言って受け取った。




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