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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
409/630

49.白銀の森8 ~暴言/ドラマティック/どっち?/変なもの/星に誓って/苦労が偲ばれます/恐るべし~

 

『楽しいお酒になるように、音楽を』

 ティオが言うのに、リムが万歳ポーズで賛成を表明する。

 シアンはネーソスが帰って来るまでのつなぎとしてすぐに出せる作り置きの料理を出す。

『シ、シアン様、あの、できれば、廻炎様もお喚びしてもよろしいでしょうか?』

 リリピピがおずおずと言う。

「あ、そうだね。折角だからみんな喚ぼうか」

 リリピピが嬉しそうに笑う。

『じゃあね、リリピピも一緒に歌おう! 楽しくなるように!』

『はい』

 喚び出された炎の精霊はバーベキューコンロの火の具合を見ながら、リリピピの歌に驚く。幻獣たちと音楽を楽しむ姿に、この浮き立つ気持ちを風の精霊に届けてくれているのだというシアンに誇らし気に笑う。

 魚介類だけだと物足りないだろうと九尾と鸞、カラン、ユエに手伝って貰って肉を捌こうとする。エルフたちにも手伝って貰って捌いた肉は宴会で大分消費していた。

 す、と手を出された。

 魔神だ。

『僭越ながら、お手伝いをさせていただきたく』

「え、でも」

 相手は神である。しかも上位存在だ。

『シアンちゃん、数も多いし、戦力のリムも接待に回っています。セバスチャンも不在だし、ここはお手をお借りするのも良いのでは?』

『そうにゃよ。シアンが大変なのを見ているだけなのは彼らもつらいにゃ』

 九尾とカランに言われ、シアンは頷いた。

 魔神たちがいそいそと手伝い始める。器用な者もいればそうでない者もいる。

 幻獣たちが手伝いたがり、それを適材適所で仕事を与えることに慣れていたシアンは的確に指示を飛ばす。

 力自慢の者は解体へ、器用な者は調理へ、魔力操作が得意な者や感知が得意な者、神々は多彩であった。

「テーブルとイス、足りるかな」

 シアンが出したテーブルには精霊たちがついている。

『何なら、本人も料理も浮かんで貰うことができそうですが』

『お前、本当に勇気があるにゃ!』

『全く、不敬甚だしい』

『いっそ、見上げたものなの』

 九尾の言葉にカランや鸞、ユエが呆れる。

『それならば、わたくしが』

 魔神の一柱が進み出る。

 一枚板の細長いもの、それより短い長方形のものと足の低いもの、と様々にテーブルを出してくれる。

『あ、こっちは我たちが使いやすそうだね』

 麒麟がローテーブルは幻獣たちが使い勝手が良さそうだと言うのに、シアンも頷く。

 足の短い細長い木製の簡易テーブルをいくつか持っていたのだが、南の大陸の流行り病時に譲ってしまった。今回の遠出に当たり、簡易テーブルを用意していたが、それよりも頑丈で使い勝手が良さそうだ。

 魔神もそのつもりだったのだろう。上座に小さなテーブルを載せる。リムの専用席だ。

『背丈の低い方はこちらで』

 もう一段低くなった小さめのテーブルもすぐ傍に設置する。

『おお、素晴らしい!』

『我らはこちらですな!』

『お、お腹が空いてきました』

「ふふ、もうすぐだからね」

 宴会の後、これらのテーブルとイスはシアンに献上された。遠慮したものの、自分では使い道がないからと言われ、使い勝手が良かったことから、有難く受け取っておいた。



 羨ましかったのは魔神だけではなかった。

 上位神たちは少し前、世界の力の粋たる存在から人の世に下知するよう申し付けられた。いわば、伝言を頼まれたのだが、彼らの意思に沿うことは当たり前のことで、そうすることが嬉しく誇らしい。人の世に関することは彼らよりも神の方がまだ融通が利く。精霊と比べると、ではあるが。

 風の上位神は何物にも捉われない自由な発想、価値観を持っていた。

 他者の評価はどうでも良い。享楽主義であり、楽観主義であった。

『俺はいつも有頂天でいたい』

 不可解でそれだけに不思議な深みがある存在だった。

 その彼をして自然と頭を垂れさせる精霊から命を下された。

 とある存在に手を出すなというものだったが、風の上位神が興味を抱かずにはおられようか。

 森の上空に雷雲に伴われて強い風、神立ちが起こり、風の上位神が顕現した。

 爽やかでいて剽悍、細身に見えてしっかり筋肉がついたしなやかな体つきをしている。

『水の神が会ったんだ。俺が我慢する必要もないよな!』

 シアンの眼前に顕れた神がそううそぶく。

『何を申すのじゃ。わたくしは眷属の血族に会いに来ただけ。結果論じゃ。そなたの享楽主義と一緒にするでない』

 たおやかな細身の美女の姿の水の上位神が美しい顔をしかめる。

 シアンは反発し合う銀の光の精霊と闇の精霊の姉の調整をするリムを気に掛けつつ、料理をしていたことから反応が遅れてしまった。なお、銀の光の精霊と闇の精霊の姉が一堂に会するなど歴史的瞬間であり、これほど同時に長く留まるのは初めてのことだが、リムは上手く両者の間に入って緩衝材となっていた。このことを知れば、金の光の精霊は面白そうにし、闇の精霊の弟は大いに慌てふためいたことだろう。何にせよ稀有なドラゴンである。

『それで、あんたが風の君の加護を得た人間か?』

 中空に浮かんでいた風の上位神はシアンに近寄り、その肩に手を置き、顔を覗き込む。

 随分パーソナルスペースが狭いなと思い、後退るシアンの後頭部を肩に置いたのとは逆の手で掴む。そのまま端正な顔を傾けて近づけてくる。

「ちょっ、な、何をするんですか!」

『何って、もちろん、出会いの挨拶』

 至近距離でにやりと笑いながらもじわじわいたぶるように近寄る。

『シアンの肩はぼくのなの!』

 九尾曰く精霊たちを接待、幻獣たちの遠出について精霊たちに話していたリムが縄張りを侵されたのに気づき、ぴゃっと跳び上がって飛んできて抗議する。

「英知!」

 途端に風の上位神の体が吹き飛んだ。

 シアンはようやく息を吐く。

 周囲に視線を巡らせれば、風の精霊はシアンにちょっかいを掛けようとした風の上位神の顔を踏んでいる。

『おう、ドラマティック・バイオレンス、再び!』

 九尾が震え上がる。その割に発言は茶化したものだ。

「英知、その人は神様だから! スルヤさんたち聖教司の方々が崇める存在だからね」

 助けを求めたものの、あまりの仕儀にシアンが慌てて取りなす。

『神様なのにその人とはこれ如何に!』

『神様なの? 人間なの?』

 動揺しておかしな内容を口走るシアンに九尾が忍び笑い、リムが首を傾げる。

『リム、九尾の戯言だ』

『シアン、下がって。あれは英知の王に任せておけば良い』

 鸞がリムにそっと首を左右に振って見せ、ティオがシアンに配慮してやる必要はないと言う。

『あれが知性を司る風の上位神かにゃ』

 同じ風の属性を有するカランが肩を落とし、その脚にユエが前足を置き慰める。

 おろおろと一連の出来事を心配気に見やる麒麟に、一角獣が心配ないと落ち着かせようとする。わんわん三兄弟は風の精霊の怒りと、風の上位神を地面に伏せさせるという事実に恐れおののき、尾を股に挟んで小刻みに震えている。リリピピは麒麟の陰からそっと騒ぎを窺っている。

 概ね、普段とそう変わりはない一行である。

 風の上位神は懲りなかった。

 風の精霊が足を降ろすと起き上がる。シアンのとりなしで事なきを得たのに、からりと笑う。

『肩じゃなかったら良いんだよな』

「ひゃっ⁈」

 シアンは急に耳を触られて身体を硬直させる。縁だけでなく、中の方を触られ、背中に蟻走感が奔る。

 ボグッ、と鈍い音がしたかと思うと、風の神が横ざまに飛んだ。

 シアンは驚きのあまり声も出ない。

 神が地面に倒れ伏す姿などやすやすと見られるものではない。ましてや、その倒れ伏した神の顔を踏む光景を短時間のうちに二度も見るなどとは。

「え、英知、大丈夫だから。ね?」

 風の精霊は再び風の神の顔を踏んでいた。

『風の精霊王は怒りが頂点に達すると顔を踏むものなんでしょうか』

 あまりの光景に九尾が変なことを言い出す。

『懲りないな、お前』

 静かだが冷徹な風の精霊の声に、向けられた当の風の神だけではなく、九尾も震えあがる。周囲の風はぴたりと止んでいる。嵐の前の静けさのように思えて怖気が振るう。

『か、可愛い耳だから触ってみたくなって』

『だからって勝手に触っても良いというのか?』

 断りを入れられても困るのだが。

『いえ、私が悪うございました』

 風の精霊が足を退かし、流石に風の上位神も二度目の注意を受けてからはシアンに近づこうとはしない。

『流石はシアンちゃん! 変なものに好かれやすいですな!』

『変なものの最前線を行くお前が言うな』

 鸞が胡乱気に言う。

『変なもの……。でも、我もシアンが好きだし』

 固唾を飲んで風の上位神が巻き起こす一連の出来事を見ていた麒麟が九尾の言葉に我がことを顧みる。

『いや、りんりんは十分普通の範疇じゃありませんよ。第一位の聖獣ですし』

 九尾が片前足の指を一本たてて左右に振る。

『じゃあ、シアンを好きでも構わないよね』

『それで納得するんだ』

 ほっと息を吐きながら麒麟が言うと、ユエが呆れた表情になる。鸞はため息をつきながら翼で額を抑える。九尾に影響されたのか、随分人間らしい仕草をするようになっているが、自覚はない。言及されれば盛大に落ち込んだことだろう。

『らんらんもシアンちゃんが好きでしょう?』

『そ、それは、まあ』

 何を他人事のみたいに、と言わんばかりの九尾に、鸞が言いよどむ。

「ふふ、レンツもシェンシもありがとう。でも、みんな、変じゃないよ。僕の大切な友だちだよ」

『ぼくもシアン大好き!』

 ようやく縄張りを取り戻したリムがシアンに頬ずりしながら言う。

『ぼくも』

『我も』

 ティオも近寄り、一角獣もやって来る。

 九尾は幻獣たちの輪から離れ、大人しく離れた場所でシアンたちの様子を眺める風の上位神に近づく。

 威風堂々たる普段とは打って変わって、流石に膝をついて肩で息をしている。

『さ、涙を拭いて!』

 九尾が風の神の肩を前足で叩く。

『あの宵の明星に誓うのよ! きっとやり遂げてみせるって!』

 肩を叩いたのとは逆の方の前足を、空に向けてびしっと伸ばす。

 現在は昼間である。

 後に、天帝宮に苦情が入った。

 おたくの幻獣はうちの最上位の神に気安く接しすぎではありませんかね、と。

 天帝宮曰く、半ば放逐した獣です。そちらのお好きにやり取りしてください。

 全く慣れた回答だった、と苦情を申し立てた担当は語っている。

『お前、何だ? 頓珍漢な狐だな』

『何ですと⁈ 可愛い狐のきゅうちゃんを捕まえて!』

 風の神に言われ、九尾が毛を逆立てる。

『とん、ちん、かーん!』

 撥音ごとに区切ってポーズを取る。

 後ろ脚で立ち、両前脚をまっすぐ前に出す。次に、左後ろ脚を上げ、右後ろ脚一本で立ち、両前脚は右斜め上にまっすぐ伸ばす。両前脚を平行に伸ばしたままぐるりと回し、最後に四肢で大の字を形作る。

『頓珍漢とは、どこがですかっ!』

 その言動全てである。

『あ、いや、うん、訂正。変な狐だ』

 ずいと顔を近づけるのに気圧された風の上位神が一歩後ろに下がる。

 流石は聖獣でもあり凶獣でもある九尾。最上位の神をも退けさせる。

『きゅっ……いいですか、それは決してリムの前で言ってはいけません』

 ふ、と息を吐いて憂う表情を乗せる。

『何でだ?』

『真似するからです』

『なんだ、リムとやらには言われたくないのか』

『いいえ、貴方のために言っているのです。いいですか、リムが頓珍漢などあまりよろしくない言葉を貴方から教わって使ったとしますね』

 片前足の指を一本立て顔の横に見せつけるように持ち上げる。

『うん?』

『セバスチャンがキレます。あ、セバスチャンというのは前狼の王です』

『ひっ……』

 風の上位神が息を呑む。そこにはあからさまに怯えがあった。

『宜しいですか?』

『ワカリマシタ、ゼッタイヘンナコトバヲオシエマセン』

『オウ、立派な紛うことなき棒読み! 恐るべしセバスチャン! 上位神ですらこの体たらく!』

 九尾が両前足をそれぞれの頬に当てる。

『ばっか、おま、彼奴をキレさせたら世界が半損するわ!』

 恐るべし、前狼の王改めセバスチャン。

『大丈夫です。シアンちゃんがついていますゆえ』

 つい先ほども風の精霊を二度も宥めた。

 誰にも捉われない風の性質の最たる者を、何者が翻意させることができようか。

『あー、六精霊王が坐すか。なら大丈夫か』

 風の上位神は端正な顔をひと所に集まって飲食と音楽を楽しむ精霊たちに向ける。世界の粋が集まった、絶後にも思える光景である。

『だから、シアンちゃんをもゆめゆめ粗雑に扱わないように』

『それはすでに肝に銘じている』

 先立って、風の精霊の足の下でそうせざるを得なかった。

『あれ? シアンちゃん、セバスチャンの上を行くのでは?』

 九尾が首を捻る。

『今更かよ』

『だって、あのセバスチャンですよ』

『まあなあ。……いや、あいつのことを考えるのは止そう。一見シアンは無害だからなあ』

『バックが恐ろしすぎるんですよねえ』

 各所の担当の気遣いを余所に、風の上位神と九尾は意気投合した模様である。




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