47.白銀の森6 ~お前が言うな~
神は世界の粋の力を得て様々なものを作り出した。ある意志によって一定の法則性に沿っていた。それは世界の管理者が、与えられた法則性に従って神々へ指示を出している。
神々からしてみれば被造物は愛らしく生意気で単純、苛立たされることもあるが結局は許してしまう。弱い存在だった。環境に弱く、例えば暑すぎても寒すぎてもいけない。傷を負っても儚くなる。
時にひっかかれたり噛まれ痛い思いをし、腹が立つこともある。時に愚かで時に賢く、時に慰められることもある。
どうしたって短い生涯だ。可愛いとは思うが、情が移りすぎると辛くなる。それぞれの世界で幸せでいて欲しい。そのための助力は惜しまないが、極力常に傍にいようとは思わない。
傍にいるのであれば責任を持たなければならない。どんなに愚かなことをしようとも受け入れる。その短い生でさえも。神々の中には気に入りの存在が死亡して虚無感に苛まれた者もいる。
水の上位神は無類の美しいもの好きであった。
そのため、エルフを好み、古にエルフが住まう森を守った。
エルフはその美しい容姿や高い魔力から他の種族からも好まれた。
美しいものを愛でるのならば良い。しかし、無理強いをすることが頻発したのだ。それで強固な結界を作り上げるに至った。
靄が掛かり、森に認められない者は入り口に戻され、いつしか白銀の森、神秘の森、迷いの森と呼ばれるようになった。
水の上位神は自分の眷属の子供が神秘の森にやって来ていると知り、会いたがった。
美しい蛇の姿を持つ眷属の子供だ。さぞかし優れた容姿をしているだろうと期待に胸膨らませた。
そして、靄に乗って目指す存在の近くへ顕現する。
シアン一行はまだ神秘の森の中にいた。
エルフの村を出て、まず真っ先に行ったのはセーフティエリアを探すことだった。
シアンはそこでログアウトを行い、再びログインしてテントを出る。
テントの前では九尾が独り遊びをしていた。
『市中引き回しの上、打ち首獄門の刑に処す!』
『どうか許してくだせえ、お奉行様!』
『引っ立ていっ!』
今回は一人二役、幻影で二匹の九尾が行っている。
一人芝居を高度な幻想魔法で行う。使いどころがおかしい狐である。
その向こうではプレッツェルゲームに興じる幻獣がいれば、寝そべっている者もいる。鸞は写生を行い、ユエは素材の整理に余念がない。
『みんな、シアンちゃんが目を覚ましたよ。真面目にやろうよ!』
『お前が言うな!』
九尾の呼びかけに近寄って来た鸞が胡乱な視線をやる。
ログインしてこちらの世界で目覚めれば、賑やかな幻獣たちが迎えてくれるのにシアンは苦笑した。
目覚めた後のいつもの癖で当然のように食事の準備をしている時のことだった。
ティオとリムが力ある存在近づいて来ると警告を発した。
常にない警戒する様子を見せる。
「英知、みんなを守ってくれる?」
『承った』
シアンはティオとリムの緊張感を見て、迷わず風の精霊を頼った。
意識してみれば、甚大な魔力が集まって来ることを感じる。
「近づいて来るのは誰か分かる?」
シアンも流石に顔をこわばらせる。
『水の上位神だ』
「神様?」
しかも、神の最上位存在である。
シアンたちの眼前、セーフティエリアの陣の外に靄が集まり人型に凝る。薄い青色の長い髪は半ばから液体になり、時折雫を振りまく。やや痩せ気味だが、胸は大きい。それを強調するような体に密着した服を着ている。
美しい姿をするも、どこか常に遠くを見ているような眼差しだった。
『レヴィアタンの孫はどこじゃ』
幻獣たちは顔を見合わせる。
ユルクがおずおずを前へ出る。
自分の属性の上位神に、落ち着きなく鎌首をたわめる。
『私です』
『おじいちゃん絡みでしたか』
九尾の言葉にシアンも思わず警戒を解きそうになった。一度しか会っていないものの、何だか随分馴染んでしまった存在である。
『……』
しばし無言で水の上位神はユルクを見つめる。
『我が眷属はレヴィアタンの娘。その者が息子からこの森に来ていると聞いたので降臨したものを』
ほうとため息を吐く姿がなまめかしいが、どこか落胆している様子だ。
そして、言い放った。
『何じゃ、こんなものか』
視線はユルクに向けられている。
『ユルクはこんなものじゃない』
一角獣が一歩前へ出た。
『おや。ほう、ほうほう、美しいの』
水の上位神は目を見開く。
その全身を余すことなく見つめ、一つ零した。
『欲しい』
夢見る眼差しのまま言う。
シアンは一言だけ漏らして無言の圧力を掛ける神に何と対処すれば良いのか逡巡する。自分の欲望は叶えられて当然だという風情である。
『あげない。我はシアンのものだもの』
気負いなく告げる一角獣がこちらの方を向くに合わせて、水の上位神がシアンに視線を移す。
『寄越しや』
繊手を差し伸べてくる。掌は当然上を向いている。
『そなたのような地味な人間には勿体ない美しい姿じゃ』
シアンは地味な容姿を気に入っていた。
先ほどシアンの現実世界の姿を見たカランが複雑そうな表情をする。九尾はにやつく。他の幻獣は人の美醜にあまり関心がないが、一部がシアンを悪く言われて気分を害した。
『わたくしの加護を与えてやっても良い』
『そんなのいらない。我は既に水明の加護を貰っているもの。でも、それがなくなったとしても、我はシアンの一番槍だ。どちらを取るかと言えばシアンだもの』
顔を上げて角を振り上げ、誇らし気に高らかに宣言した。
『戯言を! わたくしに対して何てことを申すのじゃ! 生意気な!』
怒りに頬を赤らめ、水の上位神は魔力を集めた。だが、水の魔法は発動しない。
水の上位神は戸惑う。こんなことは初めてだ。
『水明!』
一角獣の声に答えてざあ、と梢から水滴が集まって来る。水がひと塊になり、人型を取る。
水の精霊の顕現だ。
『水明!』
一角獣が嬉しそうに名を呼び、その後、ばつが悪そうに頭を下げる。
『あら、どうしたの?』
水の精霊は率直な一角獣の常にない態度に小首を傾げる。小鳥のように可憐な仕草だ。
『我は水明よりもシアンを取ると言ったの。だから、もう我は水明を頼ることができない』
『そんなの構わなくてよ。わたくしがしたくて加護を渡しているのですもの。それに、シアンのために何かしたいというのはわたくしも同じ。いわば、わたくしとベヘルツトは同志でしてよ』
その言葉に、一角獣はぱっと顔を上げる。目を合わせてうふふと笑い合う。
「二人とも、ありがとう。僕も二人のために何かしたいって思っているよ」
シアンの言葉に一角獣も水の精霊も嬉しそうに莞爾となる。
水の上位神は自身の力の源、世界の粋である水の精霊の顕現に、その場で蹲って畏まった。




