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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
406/630

46.剣聖

 

 エイナルとラウノは装備を整え、二人して連れだって目的の街を目指す。

 そこで三番隊の全員が集結するのだ。

「何だっけ? 幻獣のしもべ団? 幻獣は出てくるかな?」

「気を引き締めろよ。聞くところによれば、グリフォンは相当な力を持っているそうだぞ」

「小さいのもドラゴンなんだろう? しかし、よくそんな幻獣を連れているものだな、その翼の冒険者とやらは」

 どうやって手懐けたのだろうな、というエイナルにラウノは肩を竦めて見せるくらいしかできなかった。

 土台、グリフォン、ましてやドラゴンなど、人が相手取ることができる存在ではないのだ。それを意のままに操るなど眉唾物だ。

「ヒューゴ隊長ならどこまでやれるかな」

「最後に立つのは隊長だろう」

「だな」

 気心知れた二人が話すうちに街が見えてくる。街の手前で街道を逸れた。目印を見つけて林に足を踏み入れる。

 小さな目印を見落とさず進むと、小屋があった。

「またおあつらえ向きな」

 下手な口笛を吹きながらエイナルが後頭部で腕を組む。今は普通の旅人を装っているので、一般的な青年に見える。

 小屋の周囲は警戒する魔法が施されており、それを手順通りに外し通り過ぎる。小屋の中には既に隊長はじめ隊員がいた。

「俺たちが最後ですか?」

「そうだ。では、打ち合わせを始める」

 壁に寄りかかって腕を組んでいたヒューゴは腕組みを解き、まっすぐに立った。

 隊員全員が背筋を伸ばす。

 大聖教司から翼の冒険者に対する調査命令が下されたこと、ヒューゴがこの任に当たったところ、ことごとく幻獣に阻害されたこと、あちこちの街に出没するようだが、拠点を持つかどうか不明であることを淡々と話す。

「隊長が阻止される?」

「どんな幻獣だよ……」

「あ、じゃあ、翼の冒険者が駄目なら、その関係者から当たって行けば良いのでは?」

「そうだ。だからお前らを集めた。これから、三番隊は幻獣のしもべ団を称する翼の冒険者の支援団体に当たる」

 狭い小屋の内部に詰め込まれた隊員たちは口を閉ざす。息苦しいほどに空気が張りつめる。

「目的は翼の冒険者を心理的に追い詰め、油断を誘い、その内情を知ることだ」

 ヒューゴは無表情で隊員たちを見渡す。

 それぞれ緊張する様子が見受けられたが、それ以上のやる気が現れている。

「良いか。繰り返し追い詰めれば、最後には必ず幻獣が出てくるだろう。奴らは強敵だ。直接当たらず逃げろ。標的は翼の冒険者だ。本丸にたどり着くまで気を抜かずにやれ」

「「「「「はいっ」」」」」



 ヒューゴは同時に南の大陸で流行り病を集結させたのは自分たちなのに翼の冒険者に手柄を横取りされたと盛大に文句を言い、管を巻く冒険者がいると聞きつけ、彼らに翼の冒険者の情報を流してやった。

 冒険者たちは早速翼の冒険者の後を追った。

 その二つ名のごとく空を行く翼の冒険者に追いつけるはずもなかったが、いつかかち合うこともあるだろう。その際、彼らが翼の冒険者に出会い頭の偶然ででも何らかの打撃を与えることが出来れば儲けものだ。

 また、ヒューゴは以前自分がハルメトヤの周辺国で情報を抜き、自身が手に掛けた娼婦の殺害を幻獣のしもべ団になすりつけた。金を握らせ、団員が部屋から出るのを見たという人間を複数用意したのだ。

 ヒューゴは事を為すためにあらゆる方策を取るつもりだった。

 搦め手だろうと何だろうと使えるものは積極的に使う。一時の感情で躊躇していては自分が負けに追いやられる。

 この複雑怪奇な世界は、純粋な力比べだけでは決してないのだから。



 エイナルは決して弱くない。

 それどころか、精鋭ぞろいの三番隊でも上位に食い込む。

 現に、対幻獣のしもべ団作戦の当初は押していた。幼児が作った砂山を蹴散らすように、幻獣のしもべ団を称する者たちを刈り取っていた。

 その街では幻獣のしもべ団を称する者たちが闇討ちされていると知れ渡り、彼らに関わると自分たちにまで累が及ぶのではないかと恐れた者たちが翼の冒険者の支援団体を締め出した。

「ふん。どうやら、自称幻獣のしもべ団が多く混じっていたみたいだな」

「誤爆ですか」

「想定内だ。僭称して甘い汁を吸おうとした天罰だな」

「我ら神の御為に働いているのですからな」

「そうだ。偽団員だろうと何だろうと街の人間には関係のないことだな」

 ヒューゴ率いる三番隊は次の街へ移って同じことをした。

 と、横手から轟音が上がる。

「おいでなすったか」

 エイナルは歯ごたえのある敵の登場に口元に笑みを刷く。堂々たる佇まいは既に歴戦の勇者の態をなしている。

 ラウノは無言でフードを被った。

「異類か?」

「おお、中々の威力だな」

 先輩隊員の言葉を背景に、エイナルが気づかわし気な視線を向けてくる。無辜の民を殺めることにラウノが耐え切れないのではないかと案じてでもいるのだろう。

 活躍する同輩に心配される己の不甲斐なさを感じながら、ラウノは出動を待った。

 少数とはいえ、再び仲間を殺された幻獣のしもべ団が精鋭を出すことは簡単に想像がつく。翼の冒険者は支援団体の安全を唱えていると聞いていたので、どこかの拠点の穴倉にでも籠っているかもしれないという意見もあった。

 しかし、こうやって出てくるのだから、唱えた安全とやらも建前のことなのだろう。

 挟撃すべく、街道脇の林に潜むラウノたちは仲間が自分たちの方へ幻獣のしもべ団を追いやって来るのを待った。

 と、その時だった。

 矢が飛んできて、勢いの良い音を立てて先輩の体を貫いた。呆気なく動かなくなった。

 すぐに第二射が飛んでくる。恐ろしい精度で、次の矢も対象を精確に捉える。

 三番隊隊員も座して眺めていたのではない。身を屈めたり樹の幹に沿わせ、しきりに射手を探す。

 こんな遮蔽物が多い場所なのだから、すぐ近くの樹上に違いない。

 だが、全く気配はない。

 相手を特定できないまま、第三射、第四射が次々に届き、まさに矢継ぎ早の様相を呈している。そして、空恐ろしいことに、その矢は素早く動き回る隊員を追尾するのだ。逃げても樹を盾にしても弧を描いて飛んでくる。ラウノは剣を一閃し、隊員の背に迫る矢を切り飛ばした。矢は力なく地面に落ちる。後に検分したところ、何の変哲もない普通の矢だった。魔道具ではないかと問題視されたが、違い、逆にどういうことなのだと隊員を混乱に陥れた。

 他の隊員たちも追って来る矢に冷静に対処しようと努めた。

 摩訶不思議な仕儀ではあるが、ありふれた矢でもあるのだ。

 それでもその攻撃は確実に潜伏班を混乱に叩き落した。惑乱は班を機能させなくする。

 射手が見つからないということも不気味さを加速させる。

 神が持つという千里眼の持ち主なのだろうか。

 こうなっては、一刻も早くヒューゴ率いる追撃班と合流して態勢を立て直したいところだ。

 矢に追い立てられるようにして追撃班の方へ進んだラウノたち潜伏班は、そこであり得ない光景を見た。

 貴光教本拠地黒の同志三番隊隊長、赤い手袋の持ち主であるヒューゴが押されている。

「嘘だろう?」

「あの隊長が」

「誰だ、あれ?」

「幻獣のしもべ団か?」

 さほど大柄ではなく、細身にすら見えるが、しっかりと筋肉がついている。剽悍でばねに富んだすばしこい体が繰り出す緩急つけた動きは、急の時に時折視界から消える。濃い金髪が残像のように空に靡く。

 まさしく、神速の剣技だった。

 その男と対峙するヒューゴの剣術は逆に精彩を欠いて見えた。

 いや、隊長の攻撃は常と変わらぬ冴えわたるものだった。

 その上を軽々と超えていくほどの実力を、相手が持っていたのだ。

「剣聖……」

 誰ともなしに呟きが漏れる。

 剣戟の音が甲高く響き渡る林の中に、茫然と見守る隊員の耳に届いた。

 剣聖とは剣技に優れその道を究めた者のことを指す。

 その究め人が赤手袋を拝した三番隊隊長を翻弄するのを、茫然と見守った。



 エイナルは孤児だった。

 嬰児のころに貴光教の神殿前に捨てられていたそうなので、親の顔は知らない。

 孤児院で育ち、紆余曲折を経て貴光教の暗部で職務を得た。孤児院でも暗部でも、自分の居場所を得るのに必死だった。

 エイナルは神を信じているのかどうか、自分でも良く分からなかった。

 何故なら、神の息吹を確かに感じることはあるのに、全くその意図することが分からないからだ。どれほど清浄を実現しても、神の輝きを目にすることはなかったからだ。

 同じ三番隊の隊員として同年代のラウノもエイナルにとっては最初は敵の一種だった。

 けれど、いつしか気心知れた友人となった。そして、その剣技に魅せられた。ヒューゴは人外の強さで恐れが先に立つが、ラウノには憧れを持った。

 ラウノが剣を持ち、凛とした表情で言うのだ。

「我が剣の前に散れ」

 剣筋はその気性の清冽さとは違って凄烈で、たまに見とれることすらあった。

 ラウノは大切な者を守るため、剣を振るった。

 彼は神への愛と清浄の教義と、暗部の汚れ仕事との狭間で揺れていた。

 いなくなってほしくない、いつまでもその背中を追っていたかった。

 そのためなら何でもすると思った。

 だからこそ、情報と交換にアリゼから譲り受けた特別な薬効がある香を使って、ラウノの本質は剣鬼なのだと何度も刷り込んだ。

 他でもない、血を流すことが神への貢献なのだと幾度も話した。

「これがその報いか」

 エイナルは茫然と袈裟懸けに切られた自身の体を見下しながら呟いた。

「エイナル‼」

 ラウノが必死の形相でこちらに来ようとする。

 剣聖は既に他の者と対峙している。

 少し先にはヒューゴが四肢全てをへし折られ無力化され転がっている。ヒューゴとは異なり、エイナルはもはや生存すら危うい。傷が深く、血が流れ過ぎた。

 体から加速度を増して熱が失われていくのを感じる。代わりに倦怠感が襲ってくる。身体が重くて動くことが出来ない。自分が死ぬ寸前だということを自覚した。

「ラウノ、ラウノ、ごめんな」

 唇をわななかせて何とか声を発する。

 地面に倒れ込んだエイナルの頭を膝の上に乗せて、ラウノが覗き込んでくる。

 あの澄んだ水のように清冽な友人が見る影もなく歪んだ形相をしている。こんな顔をさせてしまったのは自分なのだ。

 ならば、もう突き進んでしまうしかないではないか。

「ラウノ、なあ、俺の分まで黒の同志の職務を全うするって誓ってくれ」

「何を言っているんだ。こんな傷くらいで! しっかりしろ!」

「無茶言うなよ。なあ、いつか赤手袋をつけてくれ、お前ならできるよ」

 自分には出来なかったから、という呟きは動きが鈍くなった口の中に留まった。

「エイナル! 起きろ、エイナル! 目を覚ませ‼」

 エイナルに取りすがって慟哭するラウノはもはや戦意喪失と見なされ、いつの間にか剣聖は姿を消していた。

 死傷者多数、赤手袋を拝したヒューゴすら無力化させられた。

 三番隊は壊滅状態だった。

 しかし、ラウノは歩みを止める訳にはいかなかった。

 ラウノに夢を託して逝ったエイナルの遺志を継ぎ、今更辞める訳にはいかなかった。



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