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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
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44.白銀の森5 ~何だね、リム君~

 

「悪かったな。ほら、これをやる」

 宴会後、エッカルトがシアンに何かを放り投げて来て、慌ててそれを掴む。

「種?」

 掌の中には種があった。

「エッカルトは特別な植物の種を保管する役目に就いているんです」

 だから、あんなに偉そうにしているのだ、とクリジンデが唇を歪める。重要な役割を担っているのだろう。

「これはどうすれば?」

「そうですね。シアンさんのものにするために、魔力を込めて下さい。反応を見せたら、住まいのお近くか、できれば常にすぐ傍にあるような場所に埋めて下さい」

 何が育つかは籠めた魔力に寄るのだという。

 とても大きな、それこそ世界の層を結ぶほどの巨木が育つという伝説もあるというクリジンデに、リムがぱっと顔を輝かせる。

『わあ! じゃあ、レンツが乗っても平気だね!』

「レンツが?」

『我が乗るの?』

 シアンと麒麟は不思議そうな声を上げ、互いに顔を見合わせる。

『だってね、ここの森の樹はとっても大きいの。それよりももっともっと大きい樹に育ったらね、きっとレンツも乗れるね!』

「そうだね」

『あは、そんなに大きい樹かあ』

 確かにこの森の樹よりも多きれば巨躯の麒麟も枝に乗れるだろう。

『そうしたらね、レンツも脚をつけられるよ。いつも宙に浮いているのは疲れちゃうもの。レンツはいっつも頑張っているからね、レンツが休めるくらい大きい樹になると良いね!』

『リム……』

 麒麟が目を見開く。シアンはそう言うことかと得心がいった。

「ふふ、そうだね。あ、そうだ。折角だからみんなで乗れるくらい大きく育つと良いね」

 麒麟の他、ティオや一角獣が枝に乗れるのだから、世界最大の巨木だろう。けれど、シアンはそうなれば良いと思った。

『わあ、すごいね! ね、レンツ、みんなと一緒に高い枝に乗ったら、どんな景色が見えるかな』

「島のどこに植えてもきっと端まで見えるよ」

『じゃあ、海も見えるね!』

『うん……、うん、見てみたいな』

 麒麟の声がくぐもる。でも、自分の気持ちを伝えたくて嗚咽を堪える。

 麒麟の眼前にはたなびく雲とそれに平行に沿う地平、そこには緑野や林や森が広がり、木々や茂みが点々とし、川が蛇行し、湖が寝そべり、そしてその先には陽光を反射する海が見えた気がした。それをシアンや幻獣たちと一緒に眺め、綺麗だねと言い合うのだ。

 夢のようなという表現があるが、夢でさえ見たことのない輝かしい光景だった。

 それをリムやシアン、幻獣たちが麒麟に教えてくれるのだ。

 涙を堪える麒麟に、鸞と一角獣が寄り添う。

 ユルクとネーソス、ユエ、リリピピがそれぞれ顔を見合わせて微笑む。

 わんわん三兄弟がリムの優しさを褒めたたえる。

『リムは我らの中の一番の賢者ですなあ』

『あれは天然ものだからにゃ』

 九尾とカランにティオが重々しく頷く。

「シアンさん、せっかくだから、守りの樹に祈りを捧げて下さい。こちらにいらした異界人の方々は一度は試してみたいと口々に言っていましたよ」

 クリジンデの勧めに従って後片付けはエルフたちに任せてシアンは幻獣たちと扉の奥へ進んだ。

 ティオの巨躯でも悠々と通れる幅があった。

 薄暗い中、一部の幻獣たちのためにライトの魔法を使う。

『シアンちゃん、精霊王たちの助力のお陰で、島の幻獣は暗い所でも見えますよ』

『シアンの環境整備の一環にゃね』

 まるでシアンが環境を整えているようにも聞こえるが、精霊たちが幻獣たちに配慮してくれているのだと知り、有難みを噛みしめる。

「そうなんだ。みんなには助けて貰いっぱなしだな」

『宴会して差し上げれば良いのですよ。上位者への献上品は料理と音楽、踊りなどが捧げられます』

 シアンたちはこれまでもそうしてきた。

「そうだね。チョコレート菓子のレシピも手に入れたしね」

 この森でも様々な動植物の素材を手に入れた。

 そんな風に話していればすぐにティオとリムが感知した石碑の下にたどり着いた。

 シアンの身長の二倍、横幅は四倍ほどありそうな大きなもので、びっしりと何らかの文字が刻まれていた。

 風の精霊に掘られている内容について尋ねようとした。しかし、その前にうっかり石碑に触れてしまった。

 途端、眩い閃光が辺りを支配した。



『システムエラー。キャラクターメイキングが解除されます』

 脳裏にアナウンスが流れる。

 後に、それはプログラムに紛れ込んだエラーではないかと思った。

 この世界でプレイヤーは自分が設定した外見にて存在する。それが一時的に機能しなくなったのだ。

 閃光が辺りを支配したと思ったのはシアンだけだった。

 幻獣たちが一斉にこちらを見ている。中には驚いたり戸惑ったりしている。それが激しい光のせいではないのだというのはすぐに知れた。全く眩しそうではなかったからだ。

 反射的に目を瞑ったシアンは、精霊の加護があるのにそういった光源の調整がされないことへの不信さに思い至らなかった。

『誰?』

『シアンは?』

『つい今しがたまでここにいたのに?』

『入れ替わった?』

 徐々に不安が増したように周囲を見渡す者が出てくる中、ティオはじっと視線を向けてくる。外側だけでなく、中を見透かそうとするかのような炯眼に、居心地が悪い気持ちを覚える。

 以前、幻獣たちの悩み相談で幻獣の声が誰のものだか分からないようにして貰った。その時強烈な違和感を感じ、脳が強い拒否反応を示した。

 幻獣たちはそれと同じような感覚を覚えているのだろう。

 先だってのアナウンスと合わせて想像するに、シアンは今、現実世界の容姿に戻ってしまっているのだ。幻獣たちの戸惑う様子にそうと知る。

 自分がシアンだという証明をすることを懸命に考えた。バイオリンやピアノを取り出して弾いてみることも検討し始めた。

 中空に浮かんだリムはシアンをじっと見つめる。

 いつものように近寄って来ない。幻獣たちの視線がどこか余所余所しく感じられ、気持ちは沈んだ。

『シアン、「何だね、リム君」って言ってみて』

 リムが小首を傾げて言う。

「えっ⁈」

 何の冗談か、と思ったが、リムはへの字口と目元にしっかり力を入れて、シアンを測っている様子だ。ティオは急に何を言い出すのだ、と不思議そうな表情をする。

「ええと、な、何だね、リム君……?」

『シアンだー‼』

 リムが飛びついて来る。

「えっ、僕ってそんなことを言いそうなイメージだったの?」

 柔らかい体を抱き留めながら、嬉しい気持ち半分、自分へのイメージの不可解さに複雑な気持ち半分になる。

 リムは以前見た悪夢をまだ少し引きずっていたが、今回はそれがシアンにとって好転の契機となった。

 先日見た夢に出て来た、あの気取って何でも知っていますよ、というしたり顔のシアンではない、本物だ。

 飛びついてきたリムを胸に抱え、いつものように長い背中を撫でていると、ふと大きな質感を間近に感じる。見やれば、ティオがそっと近づいて小首を傾げていた。

「ティオ……」

『うん、魔力や気配はシアンだね』

「良かった」

 ティオにも認めて貰えたらしい。

 肩に乗ったリムがしきりにシアンの匂いを嗅ぐ。濡れた鼻が首や顎、えら、頬に当たる。

「く、くすぐったいよ、リム」

「キュア!」

 リムは普段、肩の上に乗っている時には大きな声を上げない。今も小さな、けれど嬉し気な鳴き声を上げる。

 ティオがシアンの腹や胸に顔をこすり付ける。

『リムはシアンちゃんにマーキングでもしているんでしょうかね?』

「ええと、みんな、初めて見ると思うんだけれど、これが異界にいる時の僕の姿なんだよ」

 信じられないかもしれないけれど、と言うと、幻獣たちはこぞって気配に敏いティオとリムが認めるのだから、何より、話し方や仕草がシアンだと認めてくれた。

『それはいつまで続くのかにゃ』

 カランが不安そうに言う。

「それが分からな……あ、終わりそうだよ」

 脳裏にシステムエラーが回復された旨がアナウンスされ、再び閃光を浴びる。

 やはり幻獣たちにこの光は見えていないようで、しかし、シアンの姿は従来の者に戻ったみたいだ。

 見慣れたシアンの姿に幻獣たちの雰囲気が弛緩する。

『良かったにゃ。あのままエルフもかくやの姿でいられたら、シアンは注目を浴び過ぎて大変だったにゃ』

『シアンは幻獣の中でいてこそ。そちらに視線が行くので妙な注目を浴びずに済む』

 カランの言葉に鸞が頷く。

『短期間で済んで幸いでした。とにかく、これで一件落着ですな』

 九尾の言葉にみな頷き、シアンもまた安堵の息を吐いた。

 そうして一行はクリジンデたちエルフと別れ、村を後にしたのだった。


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