表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
403/630

43.白銀の森4 ~イメージ崩壊~

 

 高い木々で囲い込まれた中に、緑化屋根の住居が並ぶ。家が緑に飲み込まれている。森の中に違和感なく溶け込んでいる。

『あれは植物で屋根を全体的、もしくは局所的に覆うのだ』

 書物で見知っていた文化様式を目の当たりにして鸞が興奮して辺りを見渡す。

「そんなことができるんだね」

『培土、感慨、排水システムを備えていれば』

 風の精霊が補足する。

『シアンちゃん、エルフというのはね、耳が長くてとがっているのが特徴で、美男美女ぞろいで長命種なんですよ。そして、音楽が得意』

『音楽!』

 九尾の言葉に、リムが楽し気にシアンの肩の上で尾を左右に揺らす。

『きっとね、道端で出会ったら、シアンちゃんとにらみ合って、おもむろにこう、楽器を構えて引き出すんだよ。どっちかが倒れるまで演奏する耐久勝負!』

『それ、楽しいの?』

 リムが小首を傾げる。

 シアンは苦笑するしかない。

 九尾の言う通り、行き交う村人たちはすらりと優美でしなやかな肢体の若々しい者が多い。

 彼らは幻獣たちを見て目を見張ったが、クリジンデが笑顔で会釈するのに微笑み返した。彼女が連れて来た客という認識に落ち着いたらしい。

 以前、アレンたちがエルフの村がある森のことを言っていた。音楽や弓、魔法に優れているが、その村のエルフは他にも何かあるような口ぶりだった。

「クリジンデさん、もしかして、ここに異界人という人型異類が来ませんでした?」

「はい。来られました。白銀に守れし神秘の森は迷いの森。足を踏み入れてもしばらく経つといつの間にか足を踏み入れた場所へ戻ってしまうのです。森の民のように植物に親しみ認められなければ立ち入ることを許されません」

 だからこそ、シアンたちが何事もなく森を進んでいくのでクリジンデは森が認めた客人だと思ったのだという。

「そのため、私たちの集落にたどり着けたのはそれほど多くはありませんが、やって来た方々は貴重な素材を提供してくださいました。ああ、シアンさんも守りの樹に興味がおありなんですか?」

「守りの樹?」

 合点が行ったという風情のクリジンデに、だが、耳慣れない単語におうむ返しする。

「この森ができた当初からある原始の樹です。異界人のみなさんはみなそこへ行ってお祈りされていますよ」

 精霊が宿る樹で、「不死」の象徴とされているのだそうだ。伐り倒すのはもちろん、枝を焚き付けにするのでさえ禁忌とされているのだという。

 プレイヤーがこぞって向かう先というのに興味を持ち、案内して貰うことにした。

 一旦、村から出るのだとクリジンデが案内した先は木々の狭間にどうやったか板を渡し、扉をつけていた。

 クリジンデが扉を開けようとしたが、開かない。

「あれ? 鍵を掛けることなんてないのに」

 クリジンデが取っ手を引いたり押したりしていると、扉の向こうから声がする。

「ふふん、ここは通さない!」

「その声はエッカルトね?」

 それまでの穏やかさが一変してクリジンデの眦が吊り上がる。

「開けなさい! 鍵を閉めて通行止めにする権利なんて貴方にはないわ!」

「ふん、何を偉そうに!」

「何ですって!」

 扉越しの応酬が続く。

 やり取りからクリジンデは村の派閥のトップで、扉の向こうで立て籠もっているのは違う派閥のトップであると知った。二人は何かと衝突し、張り合う様子だ。エッカルトがこうやってよく自分の邪魔をしようとするのだとクリジンデが忌々し気に吐き捨てる。

 一見して甚大な力を有する高位幻獣を複数連れて村に案内してきたのを面白くないと感じたエッカルトが、どうせまた樹に祈りを捧げるのだろう、ならばそれを邪魔してやることでクリジンデの顔に泥を塗ろうとしたのだとシアンに申し訳なさそうに説明した。

 どうりで村人たちがクリジンデに好意的な者が多かった訳だ。そして、やはりどこにでも派閥はあるのだなと思った。

 幻獣たちの機嫌を損ねその地位から転落すれば良い、とエッカルトは扉の向こうで笑った。クリジンデは幼稚な振る舞いに歯ぎしりせんばかりだ。

『エルフは美しい外見と優雅さを持ち、それだけに気位が高いと思っていたのにゃ』

『気位が高いというよりは、単に我を通そうと駄々をこねているだけなの』

 やり取りを眺めていたカランが呆れ、ユエが後ろ脚立ちして前脚を組む。

『シアン、我が鍵だけを壊そうか?』

『中へ入るならそれも良いかもしれない。巨木を回り込んでもこの通路を進まなければ目的の石碑にはたどり着けないみたい』

 一角獣の言葉にティオが頷く。その内容に驚く。

「石碑?」

『うん! あのねえ、この森で一番大きな樹のすぐ傍に石碑があるの。この板で作った通路の先にあるんだよ』

「ええと、ティオもリムも見えていないのに分かるの?」

『うん、濃い魔力を感じる』

『ここだよーっていう存在感があるの!』

『あ、本当だ。強い魔力を感じる。我は石碑かどうかは分からないけれど』

 ティオとリムの言葉に麒麟が意識を凝らす。シアンも倣って感知しようと試みたがクリジンデの声に中断される。

「良いです、鍵を壊してしまってください!」

 クリジンデは堪忍袋の緒が切れた態で怒り心頭だ。

「いえ、どうしても入りたい訳ではないので。それより、エルフの音楽を教えて頂けますか?」

 事実、シアンはそこまでして入ろうとは思わなかった。

『それだ!』

『どれ?』

『……』

 九尾が上げた声に、ユルクが左右に鎌首を振りながら同心円の丸い目をきょろりと動かし、ネーソスがそういう意味じゃないよ、と伝える。

『今こそシアンちゃんの音楽で気を引くのです! 楽しい音楽が聞こえてくれば気になって扉を開けるはずです!』

『ご主人の音楽は天上の調べ!』

『得も言われぬ心地になります!』

『聞いているといつの間にやら良い夢を見ているのです』

 わんわん三兄弟が九尾の言葉を後押しする。

「エッカルトの馬鹿が出てくるかどうかはともかく、私もシアンさんの音楽を聴いてみたいです」

 リムがいそいそとマジックバッグからタンバリンを取り出す。

 ティオがシアンにリュートを渡す。

 なし崩し的に音楽を披露することになったが、人前で演奏するのは苦ではないし、音楽を好む村人との交流になれば良いと思い演奏を始めた。

 けれど、何曲か弾いてみても扉は開かなかった。

「ふん、そんなもので惑わされないぞ」

 とは言うものの、その文句も演奏中には出てこなかったから、聞いてはいたのだろう。

「失敗かあ」

 ただ、幻獣たちは楽しそうにしているのでこれはこれで良いかと思う。

 村人たちはティオの太鼓に目を見張り、リムがタンバリンを振りながら踊るのに歓声を上げた。子供たちはわんわん三兄弟を真似てその場でくるくると回り、大人たちの笑いを誘う。

『そ、そんな! シアン様が失敗なさるなんて! いいえ! シアン様の音楽は素晴らしかったです!』

 リリピピが驚愕の表情を浮かべ、次いで懸命に言い募る。

「ふふ、ありがとう。リリピピにそんな風に言って貰えるなんて光栄だね。でも、僕なんてしょっちゅう失敗しているよ。みんながいつも助けてくれているんだよ」

『では、私がお助けします!』

 言うと、リリピピは歌い出した。

 リリピピはそれで扉が開くとは思わなかった。

 けれど、助けると豪語した自分が失敗することでシアンの失敗を覆い隠そうとした。他の幻獣たちのように自分がシアンを助けられることがあるとは思えなかった。このくらいのことしかできない。

 リリピピは風の君に歌を届けに行く時と同じく心を込めて勇ましく、楽しく、優しい気持ちで歌った。

 高く澄んだ歌声は風に乗ってどこまでも届く。

 その歌声に惹かれて森の鳥たちが集まって来た。エルフの集落の周辺の樹の梢に止まって、一緒に歌い出す。

 歌声はすぐに大合唱となった。

 美しい歌にシアンは楽しくなって笑いながらリュートを奏で出す。即興でリリピピの歌声に合わせて弾く。

 リムも笑顔でタンバリンを振りながら踊る。ティオも笑みを浮かべて太鼓を叩く。九尾も唇の両端を吊り上げて手拍子をする。

 幻獣たちは顔を見合わせて莞爾となって、揃って尾を振る。

 大合唱に驚いて家から飛び出て来た森の民も全員で歌い踊り出す。

 リムが中空で後ろ脚立ちした脚を超高速で動かしながら、右へ左へ上へ下へ斜めへ動くのに歓声が上がる。

 シアンも思わず笑い声を上げた。

 笑い過ぎて息切れしてその場に座り込んだ。マジックバッグから水を取り出して幻獣たちと飲む。

 エルフたちもその場にへたり込み、水を飲んで喉を潤す。

「水じゃあなんだな」

「そうね、こういう時はお酒ね!」

「よし、宴会だ!」

「準備するわよ!」

『酒好きはドワーフと相場が決まっているんですけれどねえ』

『俺、ここに来てエルフのイメージが崩れつつあるにゃ』

『九尾とカランは宴会しないの?』

 宴会の準備に参加するシアンを手伝おうとした一角獣が九尾とカランに小首を傾げる。

『『いいえ、お手伝いさせていただきます』』

 楽しいことに乗り遅れては大変だ。

 そして、それはエッカルトも同じだった様子だ。

「何だ! 俺だけ除け者にして!」

 施錠が外される音がして、ついに扉が開いた。

「何よ、貴方が勝手に立て籠もっていただけじゃない!」

 すかさずクリジンデが噛みつき、二人で言い争う。

『あれはあれで仲が良いのやもしれぬな』

 鸞が呆れて嘆息する。

「リリピピ、ありがとう。君が助けてくれたお陰で、本当に扉が開いたね」

『え、そ、そんな、私はただ歌っただけで』

「それがこの森の鳥たちやエルフたちに届いたんだよ。僕の友だちは本当にすごいね。いつだって僕を助けてくれる」

『素晴らしかったです!』

『我らも思わず体が動きました!』

『目、目が回るのです~』

『わんわん三兄弟は回りすぎ』

 よろよろと足下が覚束ないアインスをユエが支える。

『楽しかった!』

『あは、リムはずっと踊っていたね』

 満面の笑みを浮かべるリムに麒麟が笑う。

『久々に大きな音を出せた』

『鳥の大合唱に負けない音量だったものね』

『……』

 満足げなティオにユルクとネーソスが賞賛する。

 腹の底に響く音量を出していて、シアンのリュートやリムのタンバリンの音色を殺さないよう、奔放に弾むリズムを統制していた。

 先ほど幻獣たちが狩った獲物を出すとエルフたちが手分けして捌く。宴会で使わないものもついでに捌いてくれるというので、鸞とユエが素材の整理に勤しむ。

 二足歩行する九尾やカランユエに驚いたものの、すぐに慣れて手分けする。順応性は高いようだ。

「シアンさん、手際が良いですねえ」

「ふん、お前は女の癖に料理もろくにできないのか」

「これ、香辛料ですか?」

「森の民なのにそんなことも知らないのか」

 クリジンデの言葉に一々突っかかるエッカルトは調理の邪魔になるからと捌く一団に連れていかれた。

「本当に、済みません。お見苦しいところをお見せして」

「はは。クリジンデさんも大変ですね」

「あいつ、事あるごとにあんな感じなんです。全てにおいて自分が優っていなければ気が済まないんです」

 辟易したようにクリジンデは肩を竦める。

 すりおろしたニンニク、ドライハーブ、酒、塩、マスタード、黒コショウを混ぜ合わせ、肉にもみこみしばらく置く。その間、クリジンデが切った野菜を素揚げしてタレに絡める。肉に小麦粉を適量まぶして揚げる。

「スパイシーな味とハーブのお陰でいくらでも入りそう」

「こんなハーブ、食べたことない!」

 折角だから魚介類を食べて貰おうと作る。

 エビとホタテに白ワインと塩コショウを振り、加熱する。塩を加えた熱湯でマカロニを茹でる。ホワイトソースにエビとホタテを加熱した際に出た汁を加え、ひと煮立ちさせる。そこにエビとホタテ、マカロニを入れてチーズをかけ、ダッチオーブンで焼く。

「ぷりぷりしている!」

「風味が良いわ」

「美味しい! 美味しい!」

 一角獣のためにジャガイモを用いた料理も作る。

 ジャガイモを切り、水で洗ってアクを抜く。

 肉を切り、熱湯でさっと洗う。ざるにあけて水気を切る。

「これで余分な脂と臭みが抜けてアクも殆ど出なくなるんだよ」

『そうなんだ』

 ジャガイモを取り出したシアンの手元を覗き込む一角獣に言う。

「ジャガイモ、多めに使おうね」

 シアンが微笑むと一角獣も嬉し気に笑う。

 玉ねぎとニンジンを切り、ジャガイモと肉、みりん、しょうゆ、水を入れて煮る。

「これだけ。後はジャガイモが柔らかくなったら煮詰めるんだよ」

 味がしみ込み柔らかくなったジャガイモは一角獣の分は大きい。ユエと並んで野菜と肉が美味しく煮込まれた料理を味わった。

 食事を済ませると、今度はエルフたちが演奏を披露してくれた。

 幻獣たちは不思議な調べを存分に楽しんだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ