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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
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41.白銀の森2 ~無欲の勝利~

 

 その狸は風を生む獣とも称される風の神の眷属であった。

 彼は住まいとする白銀の森の一角が騒がしくなり、また闖入者が現れたのかと物見高い気持ちで向かった。

 木立の影から伺い見たその者たちはとんでもない数の魔獣を倒し、せっせとかき集めては袋詰めしている。

 確かにここへ採取目的でやって来る者は多くいたが、目を疑う光景だった。

 まず、討伐された魔獣の数が多い。倒したのが複数の高位幻獣であるということ。そして、物すごい数の魔獣を小さい袋にどんどん入れていったことである。

 狸も今まで見たことのない種類の幻獣が混じっており、どれも相当な魔力を保持している。

 その幻獣たちと共にいる人間が全く強くなさそうで、ふと悪戯心を出した。

 狸は切れ味の鋭い剣で切りつけられても平気で、炎にも強い。

 打撃には弱いが、そこはそれ、鳥のように滑空することができるので逃げれば良い。

 森を無暗に荒らす者は敵である。

 その敵を揶揄うのは無聊を託つ狸には得も言われぬ楽しみだった。



「ききゅう!」

 シアンの目の前で脚をもつれさせた神獣は黒っぽい毛並みに焦げ茶色の斑点があった。時折青い毛が混じり、目が赤いことから、複雑な雰囲気を持つ。尾が短い。

 前足で握っていた三十センチほどの植物の茎のようなものが投げ出され、シアンの方に転がって来る。

「落としましたよ。はい、どうぞ」

 シアンはしゃがんでそれを拾って渡してやった。

『こ、これはご丁寧にありがとうございます』

 驚いた風でシアンの顔と差し出した茎とを見比べながら、おずおずと前足を出し、素早く取る。

「いいえ。怪我はありませんでしたか?」

『は、はい』

「それは良かった。では、僕たちは失礼しますね」

 見上げてくる狸が後ろ脚立ちする様が幻獣たちを彷彿させ、シアンは思わず笑みを浮かべた後、立ち上がった。

『え? あ、あの!』

「はい」

 踵を返しかけていたシアンが顔を向けると、茎を両前足できゅっと二か所掴んだ様子が愛らしい。

『あ、あの、私が話しても驚かないんですか?』

「ああ、実は僕が連れている幻獣は高度知能を持っていて意思疎通ができるので、それと同じなのかと思っていました」

 つまりは慣れたことなのだ。

 通常、多種族と意思疎通ができる高位幻獣は珍しい。

 シアンの周囲では多くいたのでそういうものだと認識していた。

『そ、そうなんですか。あ、じゃ、じゃあ、この杖! この杖を使ってみませんか?』

「その杖を使うとどうなるのですか?」

 両前足で斜めに茎を握って、見せつけるようにぐっと前へ押し出す。

『これで鳥を指せば空を飛んでいても落とすことができるのです!』

「そうなんですか」

 自信満々に言う様子が可愛らしくてシアンは微笑んだ。

『あれ? 使ってみたくないですか? 簡単にどんな鳥も落とすことができるんですよ? 欲しくなっちゃいますよ?』

 狸はシアンがさほど杖には興味を示さなかったので杖を振ってアピールする。

『きゅっきゅっきゅ、シアンちゃんにはそんな杖がなくとも、べヘルツトがいますからねえ』

 九尾が指し示す先には鋭い角を持つ一角獣がいた。

 狸は息を呑んで身を硬くする。

 幻獣たちと大量の魔獣を集め、一息ついた時にティオが神獣がやって来ると警告した。敵意はないけれど、ちょっと嫌な意志を感じると言うのに、逆に興味をそそられた。

 それでも何かされそうなら即座に立ち去ろうと思っていた。休憩するならセーフティエリアへ移動すべきだ。

 けれど、現れた狸の姿をした神獣はよろけたふりをして前足に掴んでいたものを放り出した。それを拾って渡してやると何やらシアンに提案してきた。懸命にシアンの気を引こうとするのがどこか微笑ましく感じるのは、普段、幻獣たちがそうするのに慣れているせいだ。

 ただ、この狸は幻獣たちとは決定的に何かが違うのにシアンは気づいていた。

 それはシアンを試そうとか揶揄おうというもので、ティオの言うちょっと嫌な感じはここからくる。

『シアンはそういうものがなくても、幻獣たちがいるにゃよ。ところで、神獣というのは分かっているのにゃよ? 小芝居は九尾で十分にゃ』

『きゅっ! 小芝居とは何ですか! 可愛い子ぶっているのはカランの方でしょうが。きゅうちゃんは常に可愛い狐です! 天上天下唯狐独尊!』

 言いながらフォーエバーポーズをする。

「それじゃあ、狐全員が偉くなるんじゃない?」

「きゅっ……」

 九尾より一回り小さい狸が狐と猫に挟まれておろおろしていた。

「ええと、あの、カランが言った通り、感知能力の高い幻獣から風の神獣だと聞いています。何か失礼があったら謝ります。ここを通して頂けませんか?」

 狸は茎を持ったまま、こくこくと何度も首を上下させた。

「ありがとう。あ、そうだ、これ、もしよければ」

 言って、シアンはマジックバッグから焼き菓子を取り出して渡してやる。

 そして、毒は入っていないということを示すために自分も食べた。

 咀嚼しているとリムが肩の上で口を開けたので放り込んでやる。

 視線を感じるとティオがこちらを見ていて、おもむろに嘴を開ける。

 結局、その他の幻獣たちに「あーん」することになった。自ら口を開けない鸞やリリピピ、カランにはシアンから口元に持っていき、麒麟は美味しい水を出してやる。

 一巡りして視線を戻せば、狸は茎を抱えたまま焼き菓子をせっせと食べていた。

「もう一つ食べる?」

 目を丸くしながらも頷いたので渡してやる。

「簡単にどんな鳥でも落とせる道具なんだね。すごいね。そんな大切な物をよくわからない者に渡しちゃ駄目だよ?」

 微笑んだシアンは今度こそ踵を返して立ち去った。

 揶揄ってやろうと思っていた風狸は、前足に掴んだ初めて賞味する美味な食べ物を見つめる。

 風狸杖をいとも簡単に返し、その効果を知っても欲しいと言わず、逆に初見の者に渡してはいけないと言いつつ、美味しいものをくれた。

 あんな人間もいるのだな、と風狸はしみじみ感じ入った。



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