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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
40/630

40.首無し事件の真相

 


 トリスの街近くにあるジョンの牧場直近のセーフティエリアまでやって来た。

 ティオの背から降り、マジックバッグから器を取り出して経口補水液を満たす。ティオが待ちきれない、と器に嘴を突っ込む。

「ほら、リムも飲んで」

 まだシアンの肩にしがみついているリムの体を軽く叩き、器を示す。

 タープテントを張り、その下にテーブルを出し、飲み干したティオの器をまた満たす。

 テーブルに甘辛く味付けた肉を挟んだコッペパンやから揚げ、野菜の煮物、果物などを並べる。

 栄養補給を済ませ、横座りをしてくつろぐティオの背中を撫でた。

「ティオ、あの機械から助け出してくれてありがとう」

『ぼくも、翼を寄こせという人間たちから守ってくれてありがとう』

『ティオが痛いの、ダメだものね』

 三人で顔を見合わせて、うふふ、と笑う。

 こうやってまた美味しいものを食べて、のんびりして、笑い合うことができて、本当に良かった、と心から思う。

 それは決して、ティオの片翼を失ってはできないことだった。


「あのね、ティオ、リム、ちょっと聞いてほしいんだ」

 シアンは今後、精霊たちの力はあまり使わないでおこうと話した。

 使いこなせる分だけ借りる。でも、もし、自分たちの危険が迫っている時は必ず頼る。

 シアンはもともと料理人なので人前では使わないでいた。今後ともそうしていくつもりだと話した。

「あの研究員の人は使いこなせない力に呑まれたんだよ。僕は君たちにはそんな風に変容してほしくないんだ。だから、これは僕の我儘なんだよ。もちろん、ちょっとずつ使いこなせていったら好きに使ってくれたらいいんだけど」

 力があるのに使うななどと無茶を言っている自覚はある。けれど、他の人の弱みに付け込んで巻き込み、後ろ盾からも見放され、最期は自分の被検体に出合い頭の事故で死亡した男と同じ途を辿ってほしくはない。

『うん。ぼくもコントロールできることしかしない』

『うん、わかったー!』

 快諾する二人に、シアンは微笑みながら礼を口にした。


 草地に脚を投げ出して座ると、ティオがするりと体を寄せ、自分にもたれかかれと横寝する。ありがたく、その暖かい腹に背中を預けた。

 マウロたちやNPCパーティは無事に逃げられただろうか。

 絶望に救いを見出し、それに縋る気持ちはシアンなりに少しなら分かる。そんな彼らを誘導したのがあの狂った研究者だったのではないだろうか。


 ティオの規則正しい呼吸の度に感じる振動と、心地よく吹いてくる風にぼんやりしていると、風の精霊が姿を現した。

『あの人間たちがもうすぐ来る』

 シアンは起き上がり、服の埃を払った。

「みんな、無事?」

『大事ない』

「そう。ありがとう、英知」

『どういたしまして』

 優雅に右手を胸に当て右脚を軽く引き、会釈する。様になるお辞儀にしばし見とれる。

 色んなことが立て続けに起きて、解放されてからは少し頭の回転が鈍くなっているようだ。


 街道の向こう、地平線上に土煙が立ち、馬車の姿が見え始めた。結構な速度でやって来る。

 シアンは馬が飲めるような器をマジックバックから物色し、調理で使うボウルを地面を少し掘って固定して置くことにした。

 そうこうするうちに、馬車が近くまでやって来て止まった。馬がティオを見て棹立ちになるのを御者が懸命に落ち着かせている。

「シアン、無事だったか!」

「はい。マウロさんも怪我はないですか?」

 馬車から転がり出たマウロが駆け寄ってきた。

「ああ、こっちはおまえさんたちが囮になってくれたようなもんさ。しかも、何かが守ってくれたみたいなことが頻繁にあったんだぜ?」

「そうそう、木が倒れてくるのが途中で角度を変えて倒れていったとか」

「飛び出てきた魔獣が風に飛ばされた石に当たって撥ね飛ばされされたりとか」

 マウロの後から、幻獣のしもべ団の手下たちがやって来る。

「ああ、みなさん、ご無事のようで良かったです」

 大変な目に遭ったというのに、いつもと変わらない彼らの肝の太さに感心する。


「御者の方、こんな入れ物しかなかったんですが、馬に水を飲ませてやってください」

 ようやっと馬を落ち着かせたが、耳を後ろに伏せ、鼻の穴を広げて荒い鼻息を吐いて、少しずつ後じさりしている。

「ありがてえ。しかし、やっぱりグリフォンが怖いんだなあ。物すごく驚いて怯えていらあ」

「人間にも何か飲ませてくれ」

 マウロに頷くものの、見知らぬ男を見つけ、少し警戒する心が湧く。

「そちらの方は?」

「おお、紹介がまだだったな。こっちはトリスの冒険者ギルドのギルドマスター、カールだ。こっちはシアン」

 ギルドマスターとはギルドを統率する人間だ。

「君がグリフォンとともに行動している冒険者か。噂はかねがね」

 四十歳前後の押し出しがいい立派な骨格にしっかり筋肉を備えた男が握手を求めてきた。

「ギルマスは元冒険者で相当評価が高かったんだ」

「寄る年波に勝てなくて今は楽隠居さ」

「よく言う。まだ現役には負けていないだろう」

「跳ねっ返りの冒険者どもを統率できるくらいにはな」

「俺らが冒険者登録する時にも色々骨を折ってくれたんだ」

 気軽にやり合う二人に、大分前からの既知だった様子が窺える。

 御者も含めた五人分の飲み物を渡してやると絶賛された。

「ほう、冷たいものが飲めるとは」

「うめえ!」

「甘酸っぱい!」

「これ、ちょっと塩入ってねえ?」


 落ち着いたところで、マウロがこれまでのことを報告した。

 シアンの報告を受けた冒険者ギルドの職員が上役であるサブマスターに報告し、彼の音頭で森の中の動物が捉えられていた施設を再調査をさせた。そこで、国有施設だと判明し、サブマスターが暴走して独断で国の弱みを握ろうとし、逆に難癖をつけられ、シアンの情報を渡してしまったのだという。

 政治とは乖離していなければならない組織であるはずなのに、最近評価を上げている冒険者を売り渡した。その後はギルドにとってシアンは邪魔な存在になった。ギルドの存在意義を問われるやり口を暴く契機になりかねない存在になった。

「自分たちの責任逃れ、八つ当たりの対象が必要だったんだ。元はといえばてめえが下手を打ったってのによ」

 マウロが舌打ちしかねない表情で唸る。

「そこで、彼は私にねじ込んできたのだよ。サブマスターの頭を押さえられるのはマスターだけだってな。随分な力技じゃないかね」

「部下の手綱はしっかり握ってろってことさ。まあ、事の次第が突飛すぎて、口頭で説明されるよりもじかにその目で見た方が理解しやすいかと思ってついてきてもらったんだ」

「連れ出した、とも言うな」

 カールが苦笑いをする。強引に事を運んだようだけれど、ギルドマスターにしても、マウロの言う通り、部下のしでかしたことだから、強くは出られなかったのだろう。


「あの研究員の男は国をバックに狂った研究をしていた。国民の理解を得られないほど非人道的、かつ非現実的な研究だと言う者もいたが、戦争が始まるかもしれないという風潮の中、少しでも戦力増強をしておきたいという者も少なからずいたんだ。異能の異類を作り上げるなんて狂気の沙汰だよ」

 しかし、国は徐々に狂った研究者の手綱を取れなくなり、最終的には放り出した。問題のある人間を投げ出したのだ。

 どこの世も戦争は価値観を狂わせる。


「例の山奥の製鉄所に近づきすぎたために、あのパーティのリーダーは問答無用で兵士に殺されて、他のメンバーは命からがら逃げた。魔獣が出た麓、同じ山の上の製鉄所には兵士を多数配置させていたんだ。兵士が魔獣討伐すれば奴らはこんなことに巻き込まれることはなかっただろう。リーダーは言ったそうだよ。こんなところにこんな魔獣が出るなんておかしいから少し調査してみようと。責任感の強さが仇になったんだな」

 マウロはやり切れないという風に頭を左右に振った。国に感情一つで使い捨てられた彼にとっては他人事のように思えないのかもしれない。


「あの研究員は人の頭部を集めていたから、国から放逐される前に奴の手に渡った。人体、というかこの場合頭部だな。頭部を保存する研究も進められていて、ある程度の期間は腐らないようにできていたらしい」

 放逐された研究員の男はNPCパーティにリーダーの首を見せつけ、実験はおおむね成功しているからリーダーを生き返らせられる。けれども、希少な素材が必要だと言ったのだろう。

 この研究が進めば、リーダーは戻ってくると。その証拠に、まだリーダーの頭部はこんなにきれいなままではないか、と唆された。

「もともと、あの研究員に冒険者パーティやリーダーのことを吹き込んだのは国だ。彼らのことを国に教えたのはギルドだ。国としてもギルドとしても街で人気の高いシアンたちを表立って攻撃すれば無傷では済まない。それで、狂った研究者とつぶし合えばいい、と情報を渡した。リーダーの遺体検分は国から秘密裏にギルドにあったんだろうな。製鉄所は公にしたくない場所なので念を入れたってわけだ」

 あまりのことに声もなかった。


 カールが居住まいを正して腰を深く折る。

「ギルドの者が済まなかった」

「とりあえず、顔を上げてください。ギルドの謝罪を受け取るかどうかは後程よく考えます」

 即答は避け、マウロを見た。

「ギルドの方はサブマスターがしたことだとして、国は誰が指示したことか分かっていますか?」

「すまねえ、大まかなことは分かっているが、まだ裏が取れてねえ」

 マウロは国がシアンに目を付けたことに気づき、調べていた。先日報告した際、シアンには言わなかったのは、詳細が明らかになってから報告した方が良いと判断したからだ。それでもまだ、詳細はつかめていないという。

「あとな、ああいう時はさっさとティオに乗って逃げ出すべきだ。研究員の男のたわごとを延々と聞いていてやる必要はない」

 シアンのことを思いやっての温かい忠告に、素直に頷いた。

 正直なところ、冒険者ギルドと国の暗躍が判明したところで、シアンにはどうすればいいか判断がつかない。

 これをフラッシュたちに報告するのか、と思うと気が重かった。



 疲れ果てて帰宅してから、複雑な気持ちのままフラッシュと九尾に洗いざらいぶちまけた。

 少しやさぐれる気持ちもあった。

「それで、シアンはどうするのかね? 冒険者ギルドはギルドマスターがサブマスターと関わった職員を処分するとして、国の方は?」

「そちらは、国の誰が僕を邪魔だとしているのか、そこをまずマウロさんに探ってもらっているんです。あの研究者を切り捨てた一派全員が僕を積極的に排除しようとしているのか、それとも単に都合がよかったからぶつけ合って共倒れを狙ったのか、もっと路傍の石程度の存在として捉えられているのか」

 それによっては、国外へ出ることも考える必要がある。

 そして、国の中枢に食い込むにしろ、雲をつかむ話で、風の精霊に目鼻だけでもつけられないかと相談してみたところ、色んな話を集め、総合し、いくつかの役職名や個人名を挙げてくれた。

 マウロに調査依頼をした時からこうしていれば良かった。次からはそうしようと思うが、次がないことを祈るばかりだ。

「まあ、一介の冒険者を国が重く捉えることはなかろうが」

 言いつつ、フラッシュがティオを見つめる。

「そうなんです。僕は大したことはなくても、ティオをどういう位置付けで捉えるか、ですね。そこはギルドマスターのカールさんがしっかり国に危険性の低さと自由の保障とを釘を刺してくれるそうです」

「まあ、そこは良かったのかもな」

 ギルドとしても当たり前の処置だとフラッシュが頷く。

「はい、周辺諸国の冒険者ギルドにも通達してくれると言っていました」

「それはまた……国外へ行くように勧められているのかね?」

「どうでしょうか。厄介事すぎて、出て行ってくれる方がありがたいという思惑がなきにしも、というところでしょうか」

 フラッシュは腕を組んで唸った。

「国に目をつけられた冒険者がいるというのと、ギルドの不正の被害者だが、ギルドとしてはいつまでも自分たちを糾弾されているようでやりにくいんだろうが」

「常に忘れないでいてもらいたいですね」

 辛辣なシアンにフラッシュが頷く。

「さすがのシアンも今回ばかりは怒り心頭だな」

「さすがって何ですか?」

「プレイヤーにあれこれ言われても、キレることなく淡々としているからさ」

「それは、ティオやリム、きゅうちゃん、もちろんフラッシュさんもいてくれたから。いつも賑やかで楽しくて、嫌な気持ちもすぐに吹き飛びます」

「それは嬉しいね」

 面はゆそうに笑いながら、フラッシュはアレンたちパーティメンバーにも事の次第を話しておいてくれると請け合った。


 現実世界での出来事などに追われたということもあるが、シアンの異世界へのログインはまた短時間に戻った。

 ティオたちが狩りへ出かける際には、くれぐれも気を付けるように言い、精霊たちにも彼らの無事を願った。

 ティオたちと狩りに出かけた時、あのNPCパーティに一時期入っていた盾職の男をフィールドで見かけたことがある。他のパーティに入り、それなりにやっているようだった。

 他の四人がどこでどうしているかわからない。マウロは引き続き、調べていると言う。緊急性はないとシアンは判断し、風の精霊にそちらの調査は頼まなかったが、マウロはどうやら違うらしい。どうにも気に掛かるので調べると言っていた。




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