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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
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4.鳥獣の王

 今日も今日とて冒険者ギルドで採取の依頼を受け、同行パーティメンバーが林の中に討伐モンスターを探しに行った後、シアンはセーフティエリア近辺で薬草を探した。

 料理人として植物知識のスキルを取得しており、すぐに依頼数分を発見した。料理に使うハーブや木の実なども手に入れる。

 あれから強制ログアウトは起きていない。しかし、油断は禁物だ。ログアウトした後の消耗が激しい。ある程度採取を終えると、セーフティエリアに入る。


 穏やかな日差しの昼下がり、のんびり過ごす贅沢なひと時だ。

 透明感のある青い空に白くくっきりした雲、鮮やかな緑の草と葉に濃茶の幹、梢を揺らす風にいろんな生命が入り混じった匂い、暖かい日差し、穏やかで美しい光景に、ふと音楽を聴いた気がした。

 九尾の軽やかな声が思い出される。感化されたのか、それとも、美しいこの異世界の風景のせいか。謝礼として譲られたギターに似た楽器リュートが初めて触る楽器で興味を引いたせいか。いろんなことが重なって、シアンは楽器を演奏してみたいと思った。


 常に、音楽は傍らにあった。自分の中にあった。

 脳がメロディーを追っていた。

 美しい牧歌的な光景に導かれて、のどかな風景、奇妙な生き物が出てくる、というイメージから、古いアニメーションのフレーズを口ずさむと次から次へとあふれ出る。開放感から上がったテンションに、軽快な音が似合う気がした。

 リュートをギターのように鳴らしてみると、覚束ないながらも、音が流れ出る。多彩で華やかな音色だ。

 弾き方がわからないものの、ギターを弾くのと同じ感覚で適当に音を出しながら歌ってみる。

 次第に大きくなる楽器の音に合わせて声を張る。

 楽しまないと損、と九尾は言った。

 この風光明媚な景色の中、大声で歌ってみたら、気持ち良いかもしれない、と思った。

 事実、爽快だった。

 ゲームを始める際、口の中もスキャンされ、声も現実世界と同じものだ。

 初期登録されたものはゲーム内での職業やスキル、行動によって変化する。


 実在しない奇妙な生き物が出てくる歌を歌っていたせいだろうか。

 ふと、後ろで空気が動いたように思えて、振り返った。

 いつの間にか、大きな四つ足の動物がいた。鷲の上半身に鳥の羽を持ち、胴体や後ろ脚はしなやかで地を駆る猛獣のそれだ。

そして、途轍もなく大きかった。


 八畳の洋間の一辺くらいの体長がある。つまり、三メートル台半ばだ。体高はシアンよりも少し高いので百七十センチを超えている。体長は顔から尻までの尾を含まない長さで、体高はつま先から首までの高さだ。鷲の太く伸びた首を含めれば二メートルを超える。

 体はライオンよりも大きく、大型の牛かサイ程の体長である。大型の牛は一トン、サイは三トンにもなるが、目の前の獣は猛禽の上半身と肉食獣のしなやかな下半身を持ち、そこまでの重量を感じさせないシャープな印象がある。

 翼があるので飛んできたのだろうが、これほど大きく獰猛そうな動物が、振り向いたらすぐ傍にいたのだ。

 セーフティエリアに入ってきているということは、敵意はなかったのだと、後になって気づいた。


「わっ」

 音もなく現れた動物に、驚いて体のバランスを崩す。そのまましりもちをついてリュートを投げ出してしまった。猛禽の鋭利な雰囲気に息を呑む。体の大きさというのは力に直結する。特に、戦闘能力のない料理人であるシアンには顕著だ。

「ピィ」

 猛禽特有の鋭く高い声で鳴くと、なめらかで緩急のついた動作で、放り出したリュートを嘴に咥え、シアンへ差し出した。

「あ、ありがとう」

 へどもどしながら受け取ると、じっと見つめられる。肌に鋭い痛みを刺す錯覚を起こさせる炯眼だ。

「な、何かな?」

「キュィキュィ」

 つい、と嘴でリュートを示す。

「弾いてみてってこと?」

「ピィ」

 返事みたいな合いの手に、不意に九尾を思い出す。

 優れたAI、高度の知能を持っている彼と同じように、この動物も意思疎通ができるのではないか。

「ええと、じゃあさっきの曲を」


 冒頭から、リュートを奏で、歌いだした。

 軽快でリズムを取りやすい曲を、歌詞を忘れた部分は適当に補完しながら歌った。

 どんどん楽しくなり、体の中からリズムがあふれ出てくる。

 音の響きがうねるように体を動かしていると、動物もその場で座りながら、軽く前足で拍子をとるように旋律に乗って動かしている。

 楽しい気持ちのまま笑顔を向けると、笑い返されたような気がした。

 一曲歌い終わって、遭遇当初よりも身近な存在に感じた。

「拍子を取るの、上手だね」

「ピィ!」

 得意げに答えた。

 スフィンクスの人面が鷲になったような動物は、まさしくかの彫像よろしく尻を地につけ、前足を揃えている。

 その前足二本が猛禽類のもので、鋭利な爪で地面を叩いたために、抉れて草が引きちぎられていた。


「君、力が強いんだね」

 言いながら、座り込む彼の前に驚かさないように静かに近寄って視線を合わせる。

「この世界では大地には精霊が宿っているんだって。力任せに掘り返したら、痛いんじゃないかな。精霊に挨拶する気持ちで叩いてみようか?」

 先ほどの曲を口ずさみ、しゃがみこんで地面を掌で叩いて見せる。

「こうやって、大地の精霊によろしくね、って気持ちを込めて……えっと、君はなんていう名前?」

 シアンが地面を叩くのを興味深そうに首を差し伸べて眺めていたが、手を止め、正面から見合う形となった。

「キュィ?」

 首を傾げる。

「ないのかな? 僕が君に呼びかけるのに、名前をつけていい?」

「ピィ!」

「ふふ、じゃあ、ティオって呼ぶね。僕はシアンだよ、よろしくね」

 特に嫌がっている風ではない。また地面を叩きながら、歌っていた旋律に歌詞を変えて口ずさむ。

「大地の精霊、僕はティオだよ、よろしくね」

「ピィピィ」

 真似して地面を叩きだす。

「草が引っこ抜かれちゃうから、そっとね」

 シアンの言葉を理解して従う意思もあるようで、柔らかく叩くようになる。

「ピィ」

 リュートを嘴で示す。

「じゃあ、一緒にやってみようか」


 ひとしきり歌った後、シアンに親しみを覚えたのか、満足げに喉を鳴らしながら、腹辺りに顔を寄せ、こすり付けてきた。顔も大きく、シアンの顔や首では面積が足らないからだろう。喉を鳴らす音は猛獣らしく低い。

 細く柔軟に伸びる首をそっと撫でてみると、手触りの良いなめらかな毛皮の感触に顔が綻んだ。

「柔らかい、すごい、いい毛並みだね」

「キュィ!」

 すごいでしょ、と言われた気がした。

「うん、すごいね。それに、ティオはとてもリズム感が良いね」

「キュィ」

 嬉し気に鳴くのに、シアンの気分も高揚する。

「じゃあ、次の曲はね、クラシック」

 元々、アニメの楽曲はそう知らない。

「最初から最後まで同じリズムが繰り返される曲があるんだけどね、それはリズムこそが重要なんだよ。繰り返されるリズムに支えられて、次々と色んな楽器が豊かなメロディーを奏でていくんだ。沢山の楽器が一緒に演奏して、それぞれ音色が違うんだよ。最後には様々な音が調和してハーモニーを作るんだ」

 言いながら、そのリズム通りに地面を叩くと、ティオも真似をする。単調なリズムとはいえ、延々と繰り返される律動を狂うことなく刻む。

「上手だね、ティオ。いつか、もっと色んな楽器と一緒に演奏できると良いね」

「キュィ!」

 シアンの言葉に機嫌よく鳴き声を上げる。今日会ったばかりだけれど、少なくともシアンとの大地を太鼓に見立てた共演を気に入った様子だ。



 と、不意に首を持ち上げると、ひと声高く鳴いてティオが飛び去った。

 力強い翼の羽ばたきを繰り返し、滑るように高く舞い上がる。シアンに挨拶するように、一周旋回して、上空に小さくなっていった。

 足音がするまで、シアンは空を見上げていた。

 戻ってきたNPCパーティが声を上げる。

「あんた、大丈夫だったのか」

「あれ、あれって……!」

「グリフォン、だったよな」

 飛び去るティオの姿を見たのか、口々に興奮して言う。

「なんでこんなところに」

「ものすごく近くにいたわよね。私、幻獣を見たの、初めてよ」

 あれこれ言われたが、シアンはしばらく呆けていた。

 地面に降り立った姿しか見ていなかったが、翼を広げた長さが十メートルもありそうだったのだ。

 プレイヤーはともかく、この世界では体の大きさは力の強さに比例する。

 何より、本能に刻み込まれた大きな生物に対する畏怖が背筋を震わせる。

 怖かったが、憧れにも似た感情を強く感じた。

 グリフォンというのは鷲の上半身にライオンの下半身を持つ幻獣だということを滾々と説明された。

 その飛翔力と力強さと雄姿から広く信仰や尊崇の対象になっている地帯もあるのだそうだ。

 興奮するNPCメンバーをなだめながらも、新しくできた音楽仲間がいなくなったことを残念に思う。久々に他者と共演した。ティオが大地に刻むリズムはゆるぎなく、だからこそ安心して旋律を奏でることができるだろう。

 また、会えるだろうか。

 街に戻る一行の最後尾を歩きながら、見上げた蒼穹のどこかを自由に飛んでいるグリフォンを思った。



 ログアウトして、VR機を外す力もなく、そのまま横たわっていた。ぼんやりしていると、脳裏に音楽が蘇る。ティオと歌ったアニメの挿入歌だ。

 思い浮かんだフレーズを口ずさむ。

「楽しまなきゃ、損、だよね」

 確か、同じアニメ制作会社が他にもいくつか作品を制作し、挿入歌がそれぞれにあった筈だと探した。何とはなしに、アニメも視聴した。

 もしかしたら、同じようなアニメの挿入歌を歌っていたら、またティオがやって来てくれるのではないかという期待があった。

 次にあのリズム感の良いグリフォンに会ったら教えよう、とあれもこれもと音楽を聴いた。現金なもので興味の赴くまま忙しくしていると痛みも感じない。

 現実世界でも、楽しみができた。


 また、リュートの弾き方を検索してみた。

 ゲームでは音を鳴らすことしかできなかった。いくつかのフレーズもそれっぽく音をならしてみただけだ。メロディラインも何もあったものではなかった。

(でも、ティオのリズムは本当に良かったな。……演奏に関するスキルを取ろうかな)

 スキルに頼るのも情けないが、リュートは一般的な楽譜とは異なるのだ。右手の弦をかき鳴らす動作もギターとは違っていた。

 リュートはギターとは違う系列の楽器で、左手の技術はギターと同じで調弦も似ている。

 音色が美しく、鳴らすだけでもうっとりした。多彩に響く楽器を思い出し、夢中になってリュートのことを調べた。

 リュート全盛期の頃の音楽は楽譜通り弾かず、アレンジを加えていたようだ。

 そもそも、作曲する人間が演奏する人間でもあったせいか、譜面には詳細な指示が記載されていない。まさしく、奏でながら音楽を作っていくスタイルだったようだ。

(リュート、難易度高い楽器じゃないか。ファンタジーっぽいから初期に出てきたのかな)

 自由度が高く、とにかく、アニメの音階とリズムを追えればいいか、と落としどころを見出す。


 シアンは知らなかったが、初期のお使いクエストで得られるからこそ、初期の割には扱いが難しい楽器を手に入れられたのだ。演奏するにはスキルを要求されるも、それほど高く売れない練習用の楽器だ。

 リュートは丸く膨らんだアボガドを縦に半分に切ったような胴と先が後ろへ折れた棹を持つ。高い音を出す楽器ほど棹が長くなるのが特徴だ。

 何と紀元前から存在したようで、紀元前十七世紀に絵として残されている。亀の甲羅やアルマジロで胴体を作ることもあったそうだ。

 弦は時代の変遷により増え、十二本もあるものまである。

 胴体は共鳴の為に空洞で薄く、非常に軽い。弦は共鳴板の上面の下部の駒に結ばれている。

 この丸い胴体が持ちにくく不安定になりがちだ。

 リュートに慣れていないからかと思えば、効率の悪い楽器と言われていると知り、愕然とした。

 そういった不便さを乗り越え、スキルアップを重ねていくと天上の調べを思うままに奏でることができる、ゲームの世界ではそういう楽器だ。





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