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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
398/630

38.異能を持つ貴族5

 

 リムが使うカトラリーやブラシは最高級品である。魔神の指示の元、ディーノの店に置かせたものだ。シアンたちが買い物に来た時のみ提示する商品だ。まだ店の奥にはそう言った商品が何点も眠って購入される日を待っている。それをディーノは押し付けたりしない。シアンたちが必要だと思った時にすかさず提示できるようにしている。それはジャンの店でもそうだ。

 そういった品々に用いられる最高級の素材を扱える職人がまず限られている。そのため、神の眷属に作らせた逸品である。

 神器である。

 島の茶会でリムが使用しているのを見て、眷属に任せずに自分で作れば良かったと魔神は後悔した。

 そのリムのブラシを貴族と思しき女性が突然現れて、取り上げようとした。

『ダメ! ぼくのブラシなの!』

 菓子を食べ終えたリムは東屋を出てマジックバッグからブラシを取り出して毛づくろいしようとしていた。

 シアンにやって貰うのが一番だが、お茶会の間は構ってやれないと言い含められていた。なのに、先ほど顔を拭いて貰えたのでご機嫌だ。

 その暖かくて柔らかい気持ちが萎んだ。

 生まれた当初は初見の人間に警戒心が強かったリムはシアンと共に過ごすうち、様々な人間との出会いを経ることによって、初対面から無暗に威嚇するといったことはない。

 しかし、お気に入りのブラシに対して、勝手な物言いをされれば別である。人間の女性はブラシに手を伸ばして来たので、ついと飛んで距離を置く。

 リムが動くにつれてその前足で握ったブラシも動く。それを視線で追いながら女性が言い募る。

「こんな最高級の品質のブラシを畜生に使うなんてっ! 正気なの? どこのブランドかしら。無銘? もしかして、私が第一発見者⁈」

 価値あるものを見出し、世に出してやるのは貴族の義務である。少なくとも、エマヌエラはそう考えていた。

 その畜生が逸品のブラシを使っている、つまりはそれだけ常識の範疇を逸脱しているのだという事実には気づかない。自分の欲で眼が曇り、見たいものだけを見ているからだ。

 シアンは素早く東屋を出た。

「それは僕が正規に購入したものです。どう使おうと僕の自由です。申し訳ないですが、差し上げられません」

 柔らかな物言いで、明確に断った。

 無銘どころか神の指示によって作られた逸品だ。隠ぺいされているので感知能力の弱い者にはそこまでの品だとは分からないが。

「無礼者! わたくしを誰だとお思い? どこで手に入れたか教えなさいっ!」

 そんなことをすればディーノに迷惑を掛けることが目に見えている。

 女性は貴族の令嬢にしては品がなく言い募ったが、フィロワ家当主に目配せされた執事に速やかに退場させられた。

「どうしてわたくしが退かねばなりませんの? 離してちょうだい! 触らないで!」

 暴れる女性に必要以上に触れることなく連れて行く執事の手腕は素晴らしいものだ。

「当家の茶会での大失態、大変申し訳ない」

 口々に謝罪され深々と頭を下げられシアンは慌てて気にしていない旨を告げる。

 ブラシを取り上げられそうになったリムも、シアンの膝の上でブラシを掛けられてご機嫌だ。細長い体からくったり力が抜けて目を細めてブラシの心地よさを味わっている。

 目を細めて時折小さく鳴く様子を見つめるフィロワ一族もようやく穏やかな表情になる。

 シアンは内心、ティオを始めとする幻獣たちがリムを庇おうと過剰な行動に出なかったことに安堵していた。

 仕切り直しとばかりにその後、チョコレート菓子のレシピを教わった。その礼にとアイスクリームを作ってみせ、驚き感激された。

 ぜひ作って売り出したいとのことで、売り上げの一部を献上すると言われて断った。アイオロスがそれでは当家の子女が世話になっていることだし、と幻獣のしもべ団の活動資金に渡すことで決着した。新たな特産品となり得るレシピを手に入れたのだから、と言われては受け入れない訳にはいかなかった。

「いや、本日は誠に有意義でした」

「その中で水を差すようなことがあり、大変申し訳ない」

「オルティアをよろしく頼みます」

「我ら一族も全面的に翼の冒険者とその支援団体の後ろ盾となります」

「またいらしてくださいましね」

「その時もまた幻獣様をお連れして頂けると嬉しいですわ」

 土産を沢山貰い、フィロワ家を後にした。

 後日、イアンテとクリスタに茶会の歓待の礼としてオルティアにもプレゼントしたというブラシを贈った。幻獣も使っていると添えられていた一文に殊の外喜び、二人の母は少女のように笑いさざめいた。

 こうして、翼の冒険者は一族の母二人を味方に付けた。

 フィロワ家当主とハールラ家当主もまた、シアンの自然体でいて胆力のある様子を高く評価していた。特産品と言った富を得る代物に対して正当な評価を与え、それに新たな品を加えてくれたこと、対価を指し示して見せてもがっつかず、しかし、過剰に遠慮することがない姿勢に見識の高さと品の良さを感じた。

 だからこそ、クロエとその友人の貴族にあるまじき振る舞いは目に余った。

「どうやって闖入してきたんだ?」

「あれはフリストス伯のエマヌエラ嬢では?」

「そうですわ。確か、クロエの友人でしたわね」

「他家で行って良い振る舞いではありませんわ」

「ましてやフィロワ家の賓客に対してだ」

「当主がいる前だというのにね。あれはブラシしか見えていませんでしたね」

 彼らは異能を持つ一族で貴族だ。

 血統を守るために様々に努力を積み重ねて来た。

 その努力を無に帰す者を野放しにしておく訳にはいかなかった。一度許せば他に侮られかねないからだ。



 フリストス伯は進退窮まっていた。

 若く美しくそれだけに少々我儘な節がある娘の失態で窮地に立たされていたのだ。

 各地で異類を討伐し、評価される翼の冒険者と幻獣のしもべ団だ。

 とある小国では上層部が幻獣のしもべ団に接近した。無理難題を押し付けてくる隣国に辟易し、翼の冒険者のネームバリューを盾に起死回生を図ろうとした。元家臣が幻獣のしもべ団に入団していたのでこれ幸いと足掛かりにしようとしたのだ。

 その元家臣が仕えていたころ、爵位が低いと見下し、有能であったのに彼の挙げる成果を奪うだけ奪って報奨を与えず知らん顔を決め込んだ。国王は元家臣を頼るだけ頼り、彼よりも地位のある貴族たちは貴族らしく、労務は他の者にやらせて当然といった態であったのだという。

 元家臣は地位を捨てて国を出て行き、幻獣のしもべ団で活躍していた。それを知った王侯貴族は利用価値があるとばかりに声を掛けた。

 返ってきたのは素気無い対応で、折角声を掛けてやったのに、世話をさせてやろうと思っているのにと憤った。思いもかけない幸運を逃すには惜しい。ならばそれなりの条件を提示すべきなのにそれもしない。ただただ無償の奉仕を要求した。

「やる気のない人は評価に値しません」

 一刀両断されたのだという。

 そのエピソードを耳にしたアルムフェルト国王が翼の冒険者とその支援団体には丁重に対応するようにと話したという。

 アルムフェルトとしては、取り込むかどうかはまだ態度を決めてはいないが、敵対しない方針のようだ。

 各国でも取り込もうとする動きがあるかもしれない。

 本当に、娘は余計なことをしてくれた。

 フリストス伯が調べさせたところ、今後、翼の冒険者とその支援団体の戦力と財力、商人たちとのつながりが重要と目されることは大いにある。

 自分たちに必要だからと言って、翼の冒険者が協力するいわれはない。しかし、フリスト伯だけでなく、アルムフェルト国王には自分たちには必要なのだから、協力して然るべしという認識でしかなかった。

 そこへ、神殿からの抗議だ。

 エマヌエラは自分が気に入った物を取り上げることが出来なかった怒りに任せて、事の次第を自分寄りに、大分変形させてとある男に話した。自分に気のある男が手を回すのを期待してのことだった。

 男はエマヌエラの家柄とその容姿から、彼女と結婚したいと望む下級貴族の一人だった。彼はエマヌエラの思惑通りに動いた。結果は男の惨敗である。

 何故か神殿から猛抗議を受けた。それも火、水、風、大地と基本属性全ての神殿からである。

 恐れおののいて手を引くと言った男に意気地なし、とエマヌエラは罵った。自分の思う通りにならなくてむきになった。絶対に手に入れてやると、高貴な自分に不遜な物言いをした翼の冒険者に額を地面につけさせてやると憤慨した。

 常に甘い言葉を囁き続けていたエマヌエラの豹変に自尊心を大いに傷つけられた男は腹を立てて、彼女のことを神殿に告げ口した。自身も抗議を受けたというのにも関わらず、神殿は翼の冒険者に味方するのだからと安易に神殿に駆け込んだ。案の定、男は再び神殿できつく説教された。

 事態はそこで終わらなかった。

 事の次第を知った神殿は血相を変えてフリストス伯に詰め寄った。それも基本属性全てからだ。

 時を同じくして、フィロワ家が翼の冒険者とその支援団体の後ろ盾になると声明を出した。既に一族の者が支援団体に入団して貢献し、その働きを認められているのだという。

 そのフィロワ家に翼の冒険者が招かれている時にエマヌエラがとんでもないことをしでかしたのだ。

 フィロワ家は激しく、しかし表面上は静かに、つまり実に貴族的に抗議した。

 アルムフェルトでも権勢を誇るフィロワ家と神殿を敵に回してはお手上げだ。フリストス伯は娘を修練神殿送りにした。



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