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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
394/630

34.異能を持つ貴族1

 

 幽霊城の一件の後、シアンは消沈した。

 取り繕おうとしても、ちょっとしたミスを頻発してしまう。いつもなら何気なくできたことなのにと一層落ち込んだ。

 そんなシアンに幻獣たちが口々に言う。

 大丈夫だと。

『悪いのが来たら、我たちが倒す! 我たちがシアンを守る』

『……』

 真っ先に宣言する一角獣に、普段のんびりのネーソスが素早く同意する。

『そうだよ。地上でも空でも水の中でも、怖いことなんてないからね』

『うん。ベヘルツトとネーソスにユルクがいれば安心だね』

 どこにいても安心するよう言うユルクに麒麟が微笑む。自分はそれほどでは、とユルクが照れ笑いをする。

『シアンがお腹が空かないようにね、ぼくたちが色々持って来るから! 一緒に料理、しようね!』

『ご主人の料理はとっても美味しゅうございまする』

『食べればみなが元気になりまする』

『ひもじくて気持ちが落ち込んだり不安になることなどあろうはずがないのです』

 幻獣たちはシアンが作る料理を好んだ。高位幻獣であればこそ、周辺に漂う魔力を取り込むことによってそれほど食料を経口摂取しなくても良い。ただ、こちらの世界に常にいることができるのではないからせめて美味しいものを楽しんで貰おうと料理しては常備してくれるシアンの気持ちが嬉しかった。一緒に料理をし、あれこれ言いながら味わうのも楽しかった。

 空腹は精神に悪影響を及ぼす。

 シアンは幻獣たちを楽しませることが出来る料理人という職業についていたことを感謝した。

『シアン様の音楽はみなを楽しい気分にしてくれます』

『リリピピのいう通りにゃよ。シアンの音楽で楽しい気持ちになれば、悪い方向に考えることなんてないのにゃ』

 シアンは物心ついた時から音楽と共に在った。

 その音楽を彼らも愛し、心の安定をもたらしてくれるというのだ。これほど嬉しいことはない。

『それに変なことを考える暇なんてないの。みんな、自分ができることをすることが楽しいの』

 だから自分たちは大丈夫なのだとユエは言う。

『シアン、吾らは高位幻獣だ。だからといって間違いを犯さないとは言わん。しかし、吾らは独りではない。各々抱えていることがあっても、決して孤独ではなく、共に分かち合って考えてくれる者がいる。心強いよ』

『シアン、ぼくたちはあの幻獣のようにはならないよ』

 鸞の言葉を受け、だから自分たちはああはならないとティオが力強く宣言する。

『シアンちゃん。シアンちゃんこそ、どれほどの力があっても全てを救えるのではないと知っていたはずではないですか』

 九尾の厳しい言葉にはっと息を呑む。

 そうだ。

 だから、世界の根幹をなす精霊の力を得ても、シアンは殊更英雄然と世界を救うというような大それた真似をしようとはしなかった。自分の腕が届く範囲、自分の友人たちの安寧を守るのが精いっぱいなのだと知っていたから、そうしてきたのだ。

 ただ、どうもシアンは幻獣という存在に親しみ過ぎていたようだ。世にも稀な存在なのに身近に接し過ぎたのかもしれない。

『シアン、あれは下位幻獣だ。彼らのような高位幻獣とは違って本能の方が強い』

 風の精霊の言葉に頷き、幻獣たちを見渡す。

 みな、一様にシアンを見つめていた。

 それぞれ豊かな個性を持ち、言い換えればそれだけの理性を持っていた。

 人は時折、間違える。

 幻獣たちも同じなのだろう。

 鸞の言う通り、良くない方向へ行こうとするのならば、みなで引き留めれば良い。

 シアンはため息交じりに笑った。

 目を細めた途端にころりと涙が一滴転がり落ちる。それを拭うことを考えもせず、両腕を広げてみせた。

 わっと幻獣たちが飛び付いて来る。

 温かく柔らかい。

 活力、生命力に富んでいた。

 それが幻獣たちがこの世界で生きる証のように感じられ、とんでもなくいとおしいものに思えてならなかった。

 一方、幻獣たち自身については平気そうな者もいれば、消沈している者もいた。

 道中、足下にきらめく小川を目にし、シアンはふと思いついて、草で舟を作って川に流す遊びに興じた。気を紛らわせるのにちょうど良いのではないかと考えた。

「草で作った舟だよ。みんなも作って流してみない?」

『わあ、すいすい行くね!』

 幻獣たちは誰が一番早いかを競い合った。

 そう器用でない者には器用な者が手を貸した。

 途中から一角獣と麒麟が水を掛け合う。事件に感じ入っていた麒麟に一角獣が蹄で水面を叩くことで水を掛けたのが契機だ。はしゃぐ二頭を鸞が目を細めて見やる。

 わんわん三兄弟が岩の間をのぞき込み、カランは岩の上で寝そべり、ユエは岩に座って足を水に浸けては持ち上げてぴぴっと水を切る。リムとリリピピは綺麗な小さい石を拾って形や色を見比べる。ネーソスとユルクは小さくなってすいすい泳ぎまわる。

 ティオが河原の石を軽く蹴り飛ばし、水切りを行う。

 九尾はパラソルの下でジュースを啜っている。

 そうやって悲しいことややるせないことをみなで乗り越えた。

 忘れるのではなくて、気持ちを持ちなおすのだ。

 沈んだ時に考えると良い結論は出てこない。

 平常心である時に、あの魔獣と化した幻獣とその主と同じような立場に立った時、どういった行動をすべきかを話し合う。選択肢を自ら狭めないようにするにはどうすれば良いかを考える。簡単に答えは出ない。出ても何度も意見を交換して新しい答えを更新していく。忘れないように、咄嗟に行動することができるように。

 そんな風にして気を取り直したシアンと幻獣たちはオルティアの実家があるアルムフェルトのネナへやって来た。

 多くの裕福な貴族がそうするように、フィロワ一族は領地の中に田舎と都市にそれぞれ屋敷を構えた。前者は城と称するもので、都市の館はそれよりもこじんまりしている。

 空の上から見ると、濃い緑の野をくっきりと区切る砂色の壁が見える。壁は二重に建っており、要所要所に三角屋根を頂く円柱が立っている。壁の頭頂部には凹凸がつけられ、弓矢を射るのに適した造りとなっている。斜面に建ち、内側の壁はより高く、防ぎやすく攻撃しやすい構造だ。

 壁の中にはレンガ色の屋根がひしめき合っている。屋根伝いに街の端から端まで歩いて行けそうだ。

『わあ、塔が五十もあるよ!』

「そんなにあるんだ。リム、数えるの早いね」

『そう?』

 純粋な称賛にリムがまんざらでもない様子でうふふと笑う。

 ネナは二重の高い壁、五十もの塔を要する要塞都市だ。

 門衛に初めての入市であることやその審査を受けたい旨を話す。

 シアンの傍らにいるティオの姿を見た門衛が恭しく尋ねた。

「ようこそお出で下さいました。翼の冒険者シアン様ご一行でしょうか」

 明瞭な言葉遣いに礼儀正しい所作、明らかに教育をなされた態で一般人と一線を画している。

「はい」

「当街を治めるフィロワ家から申し付かっております。念のため、身分証を提示してください」

 丁寧でありながらも確認は怠らない。

 シアンは冒険者ギルドから貰った身分証を見せた。

「確認しました。どうぞこちらへ」

 身なりもきちんと整えられ、物言いもしっかりしている。

 ネナは周囲に非人型異類が出没しやすく、また、貴人を出迎えるからこそ、教育を施されているのだ。フィロワ家の見識の高さと裕福さが垣間見える。

 シアンは実際にフィロワ家の人間と会う前から好印象を持った。そうさせる目端の行き届いた態に内心感心する。

「ありがとうございます」

 シアンは入市審査も金銭も払わずにネナに入った。

 門脇の守衛室に声を掛け、もう一人が出て来て一行の最後尾につく。

 監視されているというよりは街の者の整理で、幻獣たちに不用意に近づかないようにしてくれていた。

 幻獣たちは気配を薄めていたが、それでもティオの炯眼、一角獣の美しさを抑えきれない。

 門衛に連れられて歩く街は賑やかで通りには多くの人間が歩き、その表情は明るかった。

 街並みは暖かみのある色合いの石やレンガで造られていた。

 連れられた先にはレンガの門柱に蔦薔薇が這う、朱色に緑で彩る瀟洒な佇まいの門構えだ。

 門衛に囁かれた館の守衛の一人が素早く中へ入っていく。

「しばらくお待ちください」

 待つほどもなく、端正な服装の初老の男性が現れた。

「ようこそお出で下さいました。わたくしは当家の執事でございます」

『おお、セバスチャン!』

『きゅうちゃん、セバスチャンは島で留守番しているよ?』

 更に言えば、セバスチャンは執事ではなく家令である。なお、家令ではあるのだが、その前に神をも制すことが出来るという形容詞がつく。

 幻獣たちが鳴き声を上げるのにも動じず、フィロワ家の執事はシアンたちを案内してくれる。

「翼の冒険者様は大型の幻獣が何頭もご一緒だと伺いましたので、中庭に席を用意しております。広間に変更することも可能ですが、いかがいたしましょうか」

「ありがとうございます。天気も良いことですし、庭へ案内をお願いします」

「かしこまりました」

 九尾ではないが、作法を身に着けた執事とは仕草が似てくるのだなと内心思う。所作が洗練されていて島の家令を彷彿とさせる。

 角を曲がると街中とは思えない広がりがあった。

 平らに綺麗に均された道の両側に美しく刈り込まれた生垣はテーマを持っており、想像を掻き立てる。

 気持ちよく晴れ、日差しをふんだんに浴びた庭は散策するのにこの上ない場所だった。島で美しい庭に慣れ親しんでいる幻獣たちもあちこちに視線をやって興味深そうだ。

 向かう先の東屋にテーブルがあり、着席していた者たちが立ち上がる。


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