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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
387/630

27.傍から見れば

 

 〇月×日

 農場から栗とサツマイモを沢山貰ってくる。

 それを見た幻獣が尾を振る。

「はは、今ふかすからね」

 柔らかくなるのを待つ間、リュートを構える。特等席の正面に幻獣が陣取る。

「では、楽しんでお聴きください」

 一礼してみせる。

 気分はいっぱしの音楽家だ。

 音楽に夢中になりすぎて、栗とサツマイモが柔らかくなり過ぎたのはご愛敬だ。



 〇月×日

 ようやく慣れて来た幻獣は今では膝の上に乗るまでになった。

 撫でると気持ちよさそうに目を細める。

「大分、肉付きが良くなったなあ。毛も増量だ」

 怪我は殆ど塞がり、手触りも問題ない。

 幻獣に可愛らしさを求める者は多くいる。

「ところで君はどのくらいの魔力があるの?」

 聞いてみたものの狸寝入りをしている。狐のくせに。

「まあ、良いか」





 各地の村では生きて行くのに精いっぱいだった。

 農作物は天候に脅かされ、牧畜は魔獣や野獣に食い殺される危険がある。

 彼らは美味しい食事と音楽を喜んだ。そして、だからこそ、力ある存在を崇め憧れた。

『あの村でもシアンたちのことを話していたね』

『翼の冒険者!』

『シアンたちはすごいね』

「ティオやリム、きゅうちゃんのお陰だよ」

『九尾はちゃんとやっておるのか?』

『うん! あのね、きゅうちゃんはね、誰も気づかないことを考えてくれるもの』

 泊まっていけと村人たちに引き留められたが、幻獣たちが多いことを理由に誘いを辞した。幻獣たちは興奮冷めやらぬ様子である。

 リムや九尾、ティオから祭りや宴会の話を聞いてどんなものなのかな、と想像していた。それを体験することが出来たのだ。

『遠出に来られて良かったにゃ』

『我も』

『『『我らも!』』』

「ユルクは随分子供たちに好かれていたね」

『一緒に遊んでいた子供の中に、乗せてやった村人の子供がいたんだよ。それでじゃないかな』

『……』

『うん、きゅうちゃんが教えてくれた遊びも楽しんでくれていたね』

『……』

『えー、まあ、最後の方は中々勝てなくなったけれど』

 ユルクが鎌首を後退させる。

 珍しくユルクを揶揄っている。ネーソスもまた高揚しているのだろう。

 その後、彼らはあちこちを見て回った。

 凶暴な野犬の群れがうろつく街もあった。

 犬や猫どころかサソリもミミズも蛆でさえも食べる国があった。

 シアンは南の大陸で流行り病に関わったことで、以前、ディーノに聞いた魔族の間で周期的に流行る病のことを調べておこうと情報を集めた。

 薬を作成や寄生虫異類に関する研究を行ってくれている鸞が海底の遺跡で手掛かりを得たことから、自分も目的意識を持って各地を回ることで、何か得るものはないかと考えたのだ。

 野で野生のオオムギの一種を見かけた。長い棘が動物の毛の中に入り込みやすいという。またこれは強靭で、口にしてしまった動物の胃に穴を開けるともいう。

 そう風の精霊から説明を受けたリムがシアンに近づかないように言い、カランは猫のことを思い出した。シアンたちが猫と会った時も腸裂きと言われる植物を口にしようとしていたところを助けてやったのだ。

 猫は今、どこをさ迷っているだろうか。

 自分が幸せ過ぎて、猫も幸せであって欲しいと思うのは傲慢だろうか。

 それでも、仲間たちに迷惑をかけたとしても、できれば飢えることなく寒さや心無い言葉に晒されることなく過ごしてほしいと思う。

 道中、非人型異類に襲い掛かられ、何度も倒した。

 そのうちの一件は街道近くでのことだった。

 白い石で舗装された街道は両脇に石を一段高く敷き詰めている。

 路肩に木々が並ぶ。太い幹から沢山の枝が放射状ではなくほぼ垂直に高く伸びて葉を生い茂らせているものもあり、おかげで緑のアーチは時折途切れ陽の光を遮ることなく街道も明るく照らしている。

 ティオの背に乗った上空からその白い街道にぽつぽつと歩く人が見えた。

『シアン、あちらに非人型異類がいる。街道に向かっているよ』

 麒麟が声を掛けてくる。

 感知能力の長けた麒麟ではあるが、より優れているティオやリムもまた気づいていたのだろう。

 我関せずな彼らとシアンとをおろおろ見比べる麒麟に一つ頷いた。

「前に立ち寄った街で最近、人を襲う非人型異類が多いって言っていたものね」

 このままでは街道を行く人が襲われるのではないかと危惧する麒麟の首を、腕を伸ばして優しくなでる。伸ばしたくらいでは届かないのだが、シアンの意志を汲み取り、ティオが翼を畳み、麒麟が身を寄せて来たのだ。翼を持つ幻獣たちは羽ばたきがなくても飛行が可能だ。

『我が倒してこようか?』

「うん。ベヘルツト、お願いできる?」

『もちろん、我はシアンの一番槍だからね』

『ベヘルツト、倒したらそのまま持って来て』

 ベヘルツトの背から降りたユエがちゃっかり言う。

『ユエ、吾にも研究させてほしい』

『もちろん。島に戻ったら今回の遠出で得た素材はセバスチャンと一緒に精査しよう。シアン、その上で売却する物を渡すのでも良い?』

「よろしくお願いします」

 シアンとしては薬づくりも物づくりも任せっきりだ。セバスチャンが館で使うものを差し引いて残ったら売却すれば良い。

『ふむ、幻獣のしもべ団にも声を掛けた方が良いかもしれぬな』

『大量に手に入れたものね』

 鸞とそう話すユエは自身でも飛行が出来るようになっている。カランと同じく器用なので、シアンよりもよほど上手なものだ。

 彼らは一角獣が負けるはずがないと確信した上で話し合っていたが、事実、一角獣は獲物を引っ提げて帰ってきた。

『……』

『あ、本当だね。串刺し』

 ネーソスが注意を引くのにユルクが反応する。

 シアンがそちらを見やる間もなく、傍らに一角獣が戻って来る。

「お帰り、ベヘルツト」

『シアン、ベヘルツトが倒したのでこちらに視線が集中し始めたのにゃ』

『この場から離れた方が良いかと愚考いたします』

 カランとリリピピの言葉に足下を見下せば、こちらを指さしている者たちがいる。

 リムに見つかりにくい隠ぺいをして貰っていたが、意識して探されると分かってしまう類のものだったようだ。

 助言に従ってシアンはその場を後にした。

 なお、九尾とわんわん三兄弟はティオの背の上で舟を漕いでいた。

 ティオが静かで良いと一つ鼻息を吐く。

 近くの街に立ち寄った際には、九尾の助言から非人型異類を討伐したことを冒険者ギルドに報告するとこれで安全が確保されたと喜ばれた。



 広範囲で噂に聞く翼の冒険者が非人型異類の討伐をしたのを、街道を行く冒険者たちが目撃した。

 街道を歩いていると、非人型異類が近寄って来たのを視認し、すわ戦闘かと身構えれば、突然白馬が現れた。いつの間にやら非人型異類を額の角で串刺しにしている。それでもなお、ひときわ目立つ角は雪が陽に輝いているような清廉さだった。

 白馬はつい今しがた眼前にいたかと思いきや、姿がかき消え、あちこち見渡すと、空にいた。傍にはグリフォンが静止しており、その背に人が乗っていた。

「翼の冒険者」

 冒険者ギルドで良く同じ冒険者として引き合いにだされて云々されるが、比較するのが間違いだ。

 あれはまさしく神の領域だ。

 グリフォンだけでなく一角獣までもいる。

 神獣を何頭も従えた存在と比べられるなど、光栄なくらいである。

 翼の冒険者を見た者の中にはプレイヤーもいた。

 後からのこのこやって来て、あっさり魔獣討伐をしてしまう。幻獣任せでだ。

「感じ悪いな!」

「いや、良いやつじゃん。俺らもあの変な魔獣がとんでもなく強くて困っていたじゃん」

「俺、エディスで見かけたことがあるけど、何か、幻獣、増えてなかった?」

「もふもふが、もふもふもふもふもふもふくらいになっていた!」

 プレイヤーもまた異常気象によって不便を強いられていた。

 スキルがあっても過酷な世界だ。脱落者も多い。だが、それが良いという猛者もいた。

「良いよなあ、触らせてくれるのかな」

「見た目は綺麗だったり可愛かったりするけれど、高位幻獣だろう?」

「え、グリフォンとドラゴンはそうだけれど、他のも高位なのか?」

「あ、そうか。下位幻獣の方が動物寄りだから却って愛でられるな」

「下位だとこっちが言っていることを理解しないぞ」

「いや、諦めるのはまだ早い。よほど可愛がれば意思疎通ができるみたいだ」

「本当か? じゃ、じゃあ、幻獣にブラシを掛ける日がくるかも?」

「まあ、道のりは遠いけれどなあ」

「あー、俺も、一度は高位幻獣にブラシを掛けてみたい」



 高位幻獣ケルベロスが分裂したわんわん三兄弟は、それぞれ買って貰ったブラシを大切にしている。

 ブラシを掛けて貰うことも好む。

 シアン不在時にはお手伝いをしたご褒美にセバスチャンにブラシを掛けて貰うこともある。

 お手伝いをした後、期待に満ちた目で家令を見上げて尾を振っていると、ブラシを掛けて貰えるようになったのだ。けれど、いくら有能でも彼の腕は二本しかない。そこで一連の出来事を眺めていたリムが名乗り出た。

『ぼくもブラシしてあげる!』

 それから、ご褒美としてだけでなく、リムがブラシを掛けてくれるようになった。

 その日、九尾が庭を横切っていると、その光景が目に飛び込んできた。

『随分緊張しているようだけれど、大丈夫?』

 リムと一緒にいたティオが嘴にブラシを咥えて一匹にブラシを掛けていた。されるほうは体を硬直させ、目を見開いて一点を見据えている。

『ティオは力加減が上手いから、ブラシを掛けるのも上手だと思うんだけれどねえ』

 言いながら、九尾もブラシを手に取り、リムにブラシを掛けて貰おうと順番待ちしている一匹を呼び寄せる。

『ああ、とても心地良いです』

 器用な九尾はブラッシングもお手の物である。

 そして、九尾の言う通り、絶妙なティオの力加減でブラッシングされたわんわんと、その他のわんわんたちはうとうととその場で舟を漕ぎ出した。

『この微睡んでいる最中が至福なんですよね。しばらくこのままにしておきましょう』

 九尾が言うと、ティオもリムも頷く。

『次はぼくがティオにブラシ、する!』

 リムがティオの背中にブラシを掛ける。

『あ、シアン!』

『おはよう』

 ログインしたシアンがいつもなら飛びついて来るリムの姿を探して庭へやって来た。

「おはよう。今日はリムがティオにブラシを掛けているんだね」

 幻獣たちがたがいにブラシを掛け合う姿は時折見かけられる。

『うん、その前にはわんわん三兄弟にブラシしてあげたの。ティオときゅうちゃんとしたんだよ!』

 ぴっと片前足を掲げて言う。

『気持ちよくて眠ってしまったのですよ』

「ふふ、じゃあ、僕はきゅうちゃんにブラシをかけようか?」

 シアンは九尾の前足からブラシを受け取り、背中に滑らせる。

 その時、話し声に起き出したウノがきゅっと眉根を寄せる。シアンの手に持ったブラシはウノのものだった。それを使われるとどんなに気持ち良いか、どれほど愛おしくて大切か。

『そ、それは我のブラシなのですっ』

 もごもごと寝起きのあやふやな口調で主張する。

「あ、ごめんね、勝手に使って」

『い、いえ、使うのは良いのですが、我のブラシなので、その』

「そうだね、ウノものだものね。他の人に使ったら駄目だよね」

 意地悪をして言っているのではないと分かっている、という意味を込めてシアンは再び謝罪する。

『いえ、我の方こそ。その、我ら一匹ずつにいただいたブラシで、自分のブラシなので』

 自分個人の所有物となったというのが嬉しかったのだろう。

「ふふ、そんなに気に入って大切に思ってくれて嬉しいよ」

 その後、ウノはシアンにもブラシを掛けて貰って、お昼寝の続きを楽しんだ。

 なお、九尾が大人しくブラシを掛けられるのはシアンにのみである。





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