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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
386/630

26.村人たちとの交流 ~強く生きるのヨ!~

 

 〇月×日

 傷を負った幻獣を預かった。

 怪我の治り具合を記録するために日記をつけることにする。

 随分警戒されている様子だ。

 今までも同じようなことがあった。

 こういう時は暖かい食事と音楽に限る。

 器を置いてやると、そっぽを向いたが、こちらが見ていては食事を摂る気になれないだろう。

 離れた所にイスを移動させてリュートを奏でる。

 楽器は弾かなければ、すぐに指が音を忘れる。

 集中して音を奏でていると、器を空にした幻獣が腰を下ろし、両前足で上半身を支えながらこちらを見ていた。

「気に入ったの? じゃあ、こんな曲はどう?」

 演奏が終わって近寄ってみたら逃げられた。

 まだまだ、これからだ。



 〇月×日

 今日は何を食べるのか聞いてみながら、目の前にいろいろ並べてみた。

 リンゴ、モモ、栗、トマト、ジャガイモ、サツマイモ、と肉に野菜に果物にと多種集めた。季節感がないが、近くに畑仕事の名人がいて、色々手に入るのだ。

 栗とサツマイモに興味を示したが、生のままでは食べないらしい。

 ふかしてやると勢いよく食べた。

 獣のくせにグルメなものだ。

「君は狐型の幻獣なの? 尾が一本しかないのが残念だなあ」

 撫でようとしたら避けられた。

 大分距離は詰められたから、もう少し。





『これも同じ植物なの?』

 白い花は一重で赤いものは八重で、緑の細長い葉に鮮やかに咲いている。

『そうだ。山羊や羊には毒だが、人は蛇の解毒剤として用いる』

 リムが覗き込んだ植物について鸞が解説する。

 遠出の最中、途中休憩している時のことだった。

『それは書物の知識?』

 風の精霊が鸞に尋ねる。

「英知?」

 説明の補足やシアンと言葉を交わす他はあまり自発的に他者に話しかけない風の精霊が、鸞に問いかけたことに小首を傾げる。

『はい。左様にございます』

 鸞が畏まる。

『この植物は花や実、葉、枝、根、全てに毒を持つ。嘔吐や倦怠感、めまいや腹痛を起こす』

 風の精霊は鸞がリムにした説明を否定する。

『は、では……』

『書物も記した者の思惟によるもの。誤った知識が記載されていたのでしょうなあ』

 九尾の言葉に風の精霊は頷く。

『毒となるオレアンドリンは強心配糖体で、強心作用や利尿作用があるけれど、取り扱いは難しい』

 間違いを指摘された鸞は感激した。

『書も間違っていることがあるのだ。吾は本当に幸いだ。万物を知る御方に教えを頂くことができるとは』

『英知、とってもいっぱい知っているものね!』

「いつもお世話になっています」

 鸞の称賛にリムが嬉し気で、シアンが思わず笑みをこぼす。

『私もシアンたちには様々に教わっている』

「そうなの?」

 思いもかけぬ風の精霊の言葉にそちらを向き、何となく微笑むと怜悧な表情も綻ぶ。と、リムが声を掛けてくる。

『シアン、誰かやって来るよ』

「そう。一人? 子供じゃないよね?」

『うん。ちょっと前にティオが助けてあげた人間だよ』

「どういうこと?」

 森の中を歩く男に狙いを定めた魔獣をティオが狩り取ったのだという。

『リムはそこまで分かるのだな』

 シアンは急ぎ、バーベキューコンロやテーブルウェアを設置する幻獣たちに声を掛ける。

 ユエや麒麟、わんわん三兄弟、カラン、ユルク、ネーソスリリピピといった面々が賑やかに鳴きながら準備を行っていたのだ。

 流石に幻獣たちがそういったことをしているのを見られるのはまずい。他の人間の目がある時はなるべく普通の幻獣の振りをして貰うことにしている。

 狩りをした獲物を捌く時も抑えたり皮を剥いだりして手伝ってもらうが、器用だと随分驚かれるのだ。

「おお、やはり翼の冒険者さんだ! いやあ、久しぶりだね!」

 グリフォンが空を飛ぶ姿を見かけたので近くのセーフティエリアを見に来たのだという男は確かに見覚えがあった。ティオは一角獣と共に食事の調達に出かけている。それを目撃したのだろう。

「以前お邪魔した村の方ですよね」

 そういえば、以前、この近くの村に行ったことがあるなと今更ながらにシアンは思い出す。

 先日、神に生贄を捧げていた村の一件があってから、何となく人の集落には立ち寄らないようにしていた。

「覚えて下さったのかね。こいつは嬉しいや。グリフォンが低空飛行しているのでいなさると思ったんだよ! おや、こんな所で食事かね? 村はすぐそこだよ、ぜひ来てくだされ!」

 そう言う村人は足を怪我したので採取の仕事を一旦中断して村に戻るところだったのだという。

『これはティオが助けてやったのには気づいていない様子ですね』

『きっとティオのことだから、村人を狙う魔獣を狙われた村人が気づく前に仕留めたのだろうな』

 シアンの背後で九尾と鸞が言い合う。

「おや、幻獣以外にも動物を連れていなさるんだね。鶏に兎に猫に鹿に小鳥に蛇に丸っこいの……もしかして全部?」

「そうなんです、全員幻獣で僕と一緒に旅をしているんです」

 普段は出歩かないが、たまには全員で旅をしようと思ったのだというと、村人はなるほどと頷いただけで受け入れた。

 ほどなくしてティオと一角獣が戻って来て村人に再度勧められて村へ行くことになった。

 患部に薬を塗ってやり、肩を貸してやる。

「いやあ、悪いね。このくらい大したことないのにさ」

 言いつつも、怪我をしていると実感した途端、痛み始めた様子だ。

 ティオも一角獣も乗せるのを拒否したので、ユルクが大きくなって乗せてやる。

 初めは恐々だった男も、蛇が巨大化し、低いとはいえ、空を浮いているというのに興奮気味だ。

 以前、ジョンの息子をティオが背に乗せてやったことがあるが、本人もその父親も高揚した。幻獣に乗るというのは一種の憧憬があるのかもしれない。幻獣たちは快くシアンを乗せてくれるので普段は意識しないが、こういう時思い知らされる。高度知能を持つがゆえに矜持の高い幻獣たちが気安いことの厚意を噛みしめる。

 畑の中を並木に区切られた道がまっすぐ村の方へと続いている。

 うっすら黄色がかった灰色の石造りの家には茶色の屋根が被せられている。

 その後ろの小高い緑の丘の天辺に大きな灰色の物見櫓が建つ。櫓までには緑を蛇行した道が続いている。

 空飛ぶ巨大蛇に背負われて返ってきた村の男に、村人たちは仰天するが、シアンたちを見て破顔する。

「翼の冒険者は大歓迎だよ。それにしても、随分幻獣が増えたねえ」

「犬に兎に猫に蛇! この小さいのは何? 亀って言うの⁈」

「わあ、いっぱいだ!」

「すみません、大勢で押しかけてしまって」

「いや、助けて貰ったのはこっちだしな。それに、みな礼儀正しくて良い子ばかりじゃの。よしよし、水でも飲むか?」

「あ、専用の食器があるから、こちらでやりますよ」

 幻獣たちは水の精霊が与えてくれる水を好んで飲む。美味しい水を飲み始めて口が肥えているのだ。

「それにしても、あんたはまた助けて貰ったのかい!」

「父ちゃん、狡い!」

「俺も蛇に乗りたかった!」

「待て待て、お前ら、幻獣様だぞ。勝手に触ろうとするな! 罰が当たるぞ」

 子供たちに人気のユルクはいつの間にか広場であっち向いてほいをし始めた。

 ユルクの声を拾えなくても、尾を顔の前に持って来て、上下左右に振るのに合わせて顔を動かしていたら何となくわかったようで、子供たちときゃっきゃしている。

 ネーソスとリリピピ、ユエは一番の安全圏、ティオの背の上に乗っていた。誰も近づけない。

 カランは小さな子に大きい猫怖い、と泣かれて、九尾に慰められていた。九尾もまたカラムが預かった兄弟の弟、ノエルに怖いとよく泣かれる。

『負けちゃダメ! 強く生きるのヨ!』

 泣いた子をわんわん三兄弟が慰める。

 助けた男が翼の冒険者らが食事の準備をしようとしていたのを連れて来たというので、村のおかみさんたちが料理を提供しようとしてくれた。

 ティオと一角獣に了承を貰い、狩って来た獲物をみなで捌いて食べることにした。

 女性陣が家庭から持ち出した植物を鸞が覗き込み、おや、気になるのかい、と言いながら説明するのに頷いていたら、流石は幻獣、と感心しながらも集まって来た者たちが各々の知識を披露する。

 リムはシアンを手伝い、村の男たちに相変わらず可愛くて力持ちで器用だと褒められている。

 そんな一行と村人たちを離れた場所で麒麟と一角獣が楽し気に眺めている。美しい毛並みの二頭に近づきたい村人も、一角獣の目が向けられると竦む。角は隠ぺいされているものの、その威厳は隠しきれていなかった。

 世にも稀な幻獣たちと一緒とあって、村人たちも浮き立つ。

『とりどりのアイドルと食事会のようなものですからな! そりゃあ、テンション上がります!』

「いやあ、美味いな」

「森に出る魔獣がこんなに美味かったなんてな」

「森からは出ないが、ちょっとでも奥に踏み込めば襲ってくるやつらだったんだ」

「でも、お陰でもう少し先へ行ける」

「幻獣たちは良く食べるなあ」

「美味しそうに食べるねえ。作った甲斐があるってもんだよ」

「ほら、翼の冒険者さんも食べているかい?」

 食事の後に子供たちにせがまれてシアンはティオとリムとで音楽を演奏した。

 村人たちがそれを楽しんでいるのを見て、幻獣たちは顔を見合わせ、微笑み合う。そして、いつしか、幻獣たちは聴くだけではなく自分たちも音楽をやりたいと思い始めた。

 わんわん三兄弟は高揚する気分のまま、音楽に合わせてくるくるとその場を回る。

 リリピピも歌い出す。

 幻獣たちが揃って尾を振り出すと、村人たちも手拍子をする。

 そうして、下位神へ供物をささげていた村の苦い思い出を楽しいものへと塗り替えしていったのだった。




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