25.潜入
今度はフィンレイたちが情報を得る番である。
双子は別人の振りをしながら、だからこそ堂々と顔を晒して護衛の仕事に努めた。最近、ブーメランばかりを扱っていたので短剣や弓矢を持つのは久々だが、幸い荒事は起こらなかった。
敵地にあっても片割れと共にいるのだという安心感があった。
しばらくは表立って動かず、護衛に徹しているよう指示されている。
そうこうするうち、機会は訪れた。
「へえ、大口発注が入ったんだな」
「お得意様からね」
商人の部下の部下、雑用から品の扱いまで様々にこなす使用人がフィオンを捕まえて手伝いを頼んだ。少しばかり嫌がる素振りを見せつつも手伝ってやると口が軽くなる。
「じゃあ、俺もこういう雑用じゃなく、本業の方で力を発揮することになるかなあ」
「まあ、手が空いている時くらい手伝ってくれても良いじゃいか」
「後で何か奢れよ?」
「お? 何? 手伝ったらご馳走して貰えるの?」
フィンレイがフィオンと使用人を見つけて近寄って来る。
「ああ、もう、分かった分かった。何か考えておくから。お前も手伝ってくれ」
「やったね!」
三人は暫くせっせと荷を動かした。
「ちょっとさあ、何でまたこんな奥に仕舞い込んだものを出そうって言うのさ」
「そうだよな。手前の方から出しゃあ良いじゃないか」
「そうはいかないんだよ。お得意様のご指定でね」
双子の言葉を否定して見せた使用人も顔をしかめているので、内心は同意したいところなのかもしれない。
「よっぽどのうるさ型なんだな」
「まあね、ここだけの話、神殿のかなり上の方らしいよ」
「えっ、すごいじゃん!」
「そんな人が欲しがるのを扱っているの?」
「何だろうな?」
「ああ、確か、薬草の類だよ」
双子の息の合った話し具合に乗せられた使用人が言う。
「薬草?」
「そんなものを欲しがるのか?」
貴光教の本拠地では広大な薬草園を持つことを聞いていた双子は、それでもまだ欲しがる薬草とは何なのかと疑念を抱きつつ、そんなことはおくびにも出さない。
「ああ、副聖教司様なら治療に用いられるんじゃないかな」
聖教司になるには通常、副聖教司を経る。そして、聖教司と副聖教司には補佐役として聖教司補と副聖教司補が存在する。
つまり、副聖教司補、副聖教司、聖教司補を経てようやく聖教司になることができるのだ。
ただ、一般的には聖職者全体を差して聖教司と言うことも多い。
フィオンが不審そうに聞けばフィンレイが聞きたい方向に徐々に誘導して落とし込んでいく。つられて使用人が彼らの勘違いを是正する。
「いやいや、聖教司様の更に上だよ。旦那様が本人はもう扱ったりしないのに、って言っていたからさ」
「え、もしかして大聖教様とかかも?」
「まっさかあ!」
大聖教司にも補佐役がいる。
貴光教の大聖教司は四人しかいないが、補佐官はもっと多いと聞く。
そのため、双子は半ば本気で驚いて否定して見せた。
「いやいや、あり得るよ。だって、こっちの箱の送り先はハルメトヤのキヴィハルユだぜ?」
拳でこんこんと別の木箱を叩き、どうだと言わんばかりの顔で話してくれる。
双子は獲物を追い詰める目にならないよう注意しながらも、興奮をそのまま好奇心に見えるように装った。
「何なに? 大聖教司様が欲しがるものって何なの?」
「ハルメトヤってことは貴光教だろう? あの綺麗なことが一番って教えの」
「そうそう。これは薬草だけれど、中には変な物を取り寄せるなって思ったことがあるよ」
言葉を途中で切って、期待を持たせて間を置く。
「じらすなって!」
「鞭だよ」
双子の催促に気を良くして男は告げる。効果的に聞こえるように気取って殊更短く答える。
「鞭? あの長いやつ」
「動物を調教したりするやつ?」
「それは革ひもを編んだやつだな。他に乗馬用の棒状の柄の先端に平たい革のチップをつけたものとかもあるんだよ。後は細い革を束ねたバラ鞭とか」
口々に尋ねる双子に、使用人は流石に詳しい説明をする。
「へえ、そんなに色々あるんだな」
「乗馬でもするんかな?」
呑気に感心する双子に使用人はにやにやと嫌な笑顔を浮かべた。
「何? そんな嫌らしい顔をして」
「おま、嫌らしいってなんだよ」
双子の軽口に鼻にしわを寄せた男は殊更声を潜めて見せる。
「あのな、乗馬用の鞭だけでなくて他の鞭も購入していったんだよ。しかも大量に。それってさ、やっぱり拷問しているんじゃないかって」
「はあ?」
「拷問って大聖教司様だぜ?」
驚きを隠さないまま表に出しながらも、双子はもたらされる情報に興奮する気持ちを静める努力を要した。
「大聖教司様だから、さ。貴光教ってのは異類には厳しいだろう? だから、捕まえて拷問しているんじゃないかって。じゃなきゃあ、バラ鞭なんて大量に何に使うってんだよ。きっと、言うことを聞かせようとするのに使っているんじゃないかねえ」
ま、これは俺の勝手な想像だけれどな、とおどけて言って見せることで真偽は定かではなく、よってどこでどう漏れても言い逃れできるよううそぶく。
「そうだよなあ。あ、でも、そういう宗教のトップと取り引きがあるって、もしかして、旦那様ってお金持ち?」
あまり大聖教司について根掘り葉掘り聞いて不審を抱かれてもまずい。矛先を変えて違う情報を得ることにする。
「そりゃあ、そうさあ。キヴィハルユのお偉いさんと取り引きするようになって、ガッポガッポよ」
そんな風に三人であれこれと話しながら目当ての荷物を引っ張り出した。使用人は何とか発送を期日まで間に合わせることができたと喜んで双子にご馳走してくれた。
なお、ハルメトヤ周辺の魔族を始めとする人型異類が頻繁に行方不明になるということを知っていれば、使用人も軽々しくそういった想像の類を口にすることはなかっただろう。この世界では不意に人がいなくなることはままあることで、さほど大きく問題視されることはなかった。そして、下種の勘繰りが真実を照らすこともあり、事実が醜悪なだけ、口を塞ごうと考える者もいるのである。
ダリウスは酔客に絡まれる老人を助けた。
腕に覚えがある訳ではなく、彼の武器は情報である。その街の情報は一通り取り揃えていて、酔客が無頼ともめ事を起こしていたことを知っていた。
だから、その無頼が探していたと囁いてやれば青くなって逃げて行った。
老人は非常に感謝をしてくれた。あまりに礼を言うのでそれよりも自身の治療を優先した方が良いと肩を貸して薬師の工房に連れて行ってやった。
治療薬を煎じて貰う老人と別れたが、別の街でばったり出会った。
奇遇に大げさに驚き喜ばれ、一杯ご馳走させてくれと言われて大人しく付いて行った。その街ではまだ情報収集ができていない。行きつけの店があるという老人に従うことで地元民の馴染みの店に潜り込んで情報を得ようとした。
連れて行かれた先はこじんまりした酒場で、良い雰囲気の店だった。
そう言うと、自分が褒められたように相好を崩し、以前絡んできたような酔客は来ないと笑うのに、もう怪我は良いのかと聞いた。
「いやあ、あんたさんは面倒見が良いねえ。どうだい、わしを助けてくれた礼をさせてくれないか」
「そうだなあ。なら、ここの払いを持ってくれ」
そんな会話をする二人に、新たに入って来た老人たちが近づいて来た。
ダリウスが助けた老人の友人たちで、相席して呑むことにした。ダリウスは目を細めて盃と耳を傾ける。穏やかな聞き役に老人たちは落ち着いた風情で酒とお喋りとを楽しんだ。
後日、後から来た老人たちが街の様々なギルドの中枢にいた者たちで、何かと便宜を図ってくれるようになった。
ダリウスは自分が幻獣のしもべ団の一員で、妻子を魔獣に襲われて失ったこと、最近頻出する非人型異類の討伐に役に立てないから別の分野で力を尽くそうと思うことを話したところ、職人も旅することがままあるので自分たちにも無関係のことではないと手を貸してくれるようになった
「そうか、ダリウスさんはあの翼の冒険者の支援団体にいる人だったんか。わしだけじゃなく、他の多くの人の面倒も見ていなさるんだね」
「ああ。俺にはもう家族はいないからなあ。俺みたいな人間が少なくなったら良いと思うよ」
ダリウスがそう考えるに至ったことを殊更に褒めたり説教したりすることなく、老人たちはただそれぞれ頷くに留めた。
ダリウスはその後も時折その街に訪れては老人たちと静かに杯を酌み交わした。




